覚悟と約束
      ※ 90000Hitリクエスト、キリ番ゲッターニコニコ様へ捧げます。
      ※ ちなみに、未来夫婦設定の話です。(今回はまだ結婚してませんが)




「…あの、陛下が来る必要はあるんでしょうか。」
 我が家を間近にして最後にもう1度だけ、夕鈴は同じ質問を隣を歩く陛下にした。
 行くと言われた時も、昨日の夜も同じことを聞いたけれど。

 今は2人とも下町に行く格好だ。
 陛下は相変わらず眼鏡をかけて外套を羽織っている。

「当然だよ。僕が出向くのが礼儀でしょう?」
 夕鈴に向かってにっこりと笑って、彼もまた同じ言葉で答えた。
「お嫁さんを僕にくださいって、お父さんに言うのは僕の役目だよ。他に誰が言うってい
 うの?」
「…ええ、それはまぁ、そうですが……」


 普通の庶民の家庭ではそうかもしれないけれど。
 彼はそれに当てはまらない。

 陛下は一言命じれば夕鈴を手に入れられる。
 彼にはそれだけの権力がある。
 彼が本気になれば、父が嫌と言うことはできない。


 ―――けれど、彼はそうしなかった。
 夕鈴の意志を尊重してくれた。

 逃がさない代わりに、"それ"以外の願いは叶えてくれた。
 これからもっと苦労をかけるからって、今まで以上に甘く優しくしてくれる。
 …それはちょっと困ったから、程々にして欲しいと頼んだけれど。



(…でも、意外だったな。)

 これだけは譲れないと言って実行したのが、父さんと青慎への挨拶だなんて。





 ―――もうすぐ私は陛下の正妃になる。

 それが私が選んだ道。あの人の隣に立つことを選んだ覚悟の証。
































「あら、父さんは?」
 ちょうど夕食前を狙って来たのに父の姿はまだ見えない。
 きょろきょろと見渡していると、お茶を運んできた青慎が並んで座る夕鈴達の前に湯呑み
 を置いた。
「仕事が立て込んでるみたいで、ちょっと遅くなるかもって。」
「…今日は逃げないわよね。」
「さすがにそれは… 僕も朝から念を押しておいたし。」
 全員分を並べ終え、最後に自分の分を置いて青慎も席に着く。
 でも肝心の父親がいなくては話はできない。

「―――で。」
 そこで夕鈴は、自分達と青慎の他に当たり前のようにそこに座っている男に目を向けた。
「どうして几鍔までいるのよ?」
 さっきから彼は当たり前のように青慎から湯呑みを受け取り、当たり前のように飲んでい
 る。
 この男を呼んだつもりはないのだが。
「別にただの日課だ。」
「は?」

 人がいない間に、この男はここに入り浸るようになっていたのか。
 青慎は優しい子だから断らないのを良いことになんて奴だ。


「アン、」
「私にはちょうど良い。彼にも聞いてもらいたい。」
 夕鈴がケンカ腰で言い出す前に、陛下が下町ではいつも見せていたにこにこ笑顔を消して
 姿勢を改めた。
「…ッ」
 口を噤めと、遮るように前に出された彼の手の甲が夕鈴の唇に軽く触れ、夕鈴は反射的に
 黙り込んでしまう。
 …だって、空気が変わったのが分かってしまったから。
 ちらりと覗き見た陛下の横顔は、完全に"狼陛下"になっていた。

「―――まだ君達には正式に名乗っていなかったな。」
 がらりと雰囲気を変えた彼を前に几鍔も茶を飲む手を止める。
 几鍔が湯呑みを置くと陛下も眼鏡を外して前に置いた。

「私の名前は珀黎翔という。」
「珀…? 李翔さんじゃないんですか?」
 きょとんとした顔で聞いたのは青慎。
 彼は少しだけ困った顔を返す。
「結果的に騙すようなことになってしまったが、あの時は名を明かせなかったんだ。すま
 ない。」

「……珀黎翔といえば、狼陛下と同じ名だな。」
 静かな声で呟いた几鍔は苦い顔で陛下を睨みつけていた。
 それを受け止めて、陛下は何も言わずに目を閉じる。

 ―――沈黙は肯定。几鍔の瞳がさらに鋭さを増した。

「え… そういえば…って!?」
 気づいた青慎もがばりとこちらを向く。
 思わず立ち上がってしまうほど、青慎も驚いていて… それは当然のことだろうと夕鈴も
 思った。

 卓の下で陛下がそっと夕鈴の手を握る。
 大丈夫だよと言われている気がした。

 青慎が再び席に着くのを待って、陛下は静かに口を開く。

「今日は夕鈴を我が花嫁―――正妃として、正式に貰い受けたいと許しを得に来た。」





「え――っ!?」

 大人しい弟にしては珍しく、大きな声で叫んだ青慎は目を白黒させている。
 その反応は予想していた。父さんがここにいても同じだったはずだ。


「…んだと……?」
 その横で、ガタンと音を立てて几鍔が椅子から立ち上がる。
 彼を包む雰囲気に、夕鈴も思わずたじろいだ。

「…歯ぁ食いしばれ。」
 拳をバキバキと鳴らす几鍔は目が完全に座っている。
 本気だ。これは本気で怒っている時の几鍔だ。…血の惨劇が頭を掠めた。

「わーっ 待って几鍔さん! 相手は国王陛下です!!」
 同時に察した青慎が慌てて止めるが几鍔は聞かない。
 縋りつく青慎を無視しても掴みかかる勢いだ。
「関係あるか! とにかく一発殴らせろ!」

「…それで君の気が済むのなら構わない。」
「陛下!?」
 几鍔を見上げる陛下はどこまでも静かだ。
 繋いでいた手をするりと解いて、今度は肩を抱いて引き寄せた。
「だが、何を言われても夕鈴は貰っていく。」
 それは許可とは言わないんじゃ…というのは場の雰囲気にそぐわないので言えない。

「彼女は、私の唯一の女性だ。」



「――――…」
 彼の言葉に夕鈴は彼の決意を思い出す。
 …くれた言葉を思い出す。


 隠したのは私。暴いたのは彼。
 そして、共に立つ道を選んだのは2人。

 貴方は選ばせてくれた。


(陛下…)
 泣きたい気持ちを堪えて、彼の胸に縋りつく。


「私は夕鈴以外を選ぶ気はない。」
 几鍔に向けた宣言が、くれた言葉と重なった。



 ガンッ

 卓に拳を打ち立てた几鍔はなおも彼を睨みつける。
 相手が国王であろうと几鍔の態度はそのままだ。狼陛下を恐れもしない。


「夕鈴は貴族の娘じゃねーぞ。」
「分かっている。」

 陛下はそれでも良いと言った。
 ただ"夕鈴"が良いのだと。

「何かあれば傷つくのは夕鈴だ。」
「ああ。でも、それでも私は彼女を手放せない。」

 夕鈴も覚悟を決めた。
 この人の隣に立つということはそういうことだと。
 それでも私も選んだのよ。

「…遊びだとか言ったら殺すぞ。」
「言わない。私が愛するのは夕鈴だけだ。」

 全ての言葉は演技ではなく心からの言葉だと。
 夕鈴を捕らえた彼は言った。

 私はその言葉を信じたの。だから彼の手を取った。



「だったら覚悟を見せてもらおうか。」
「……ああ。」

 几鍔の言葉を受けて、陛下は夕鈴を置いて立ち上がる。
 外套を夕鈴に預けた彼は几鍔と正面から向き合った。

「避けても良いぜ。」
「避けたら覚悟にならないだろう?」
 その返答を聞いて満足そうに几鍔が笑う。
 ぼきりと拳が大きく鳴った。

「その本気がどこまでか、見せてもらうぜ!」

「〜〜〜っダメ!」
 几鍔が殴りかかろうとした瞬間に、彼の後ろから飛び出して2人の間に割って入る。
 腕を広げて、几鍔から陛下を守るように、いつかのように2人の間に立った。
「夕鈴!?」
「殴るなら私にしなさい!」
 驚きぴたりと拳を止めた几鍔をじっと睨みつける。
「諦めきれなかったのは私なんだから!」

「…夕鈴。」
 後ろから陛下が腕を回して抱きしめてきた。
「違うよ。君を逃がさなかったのは僕だ。」
「いいえ。貴方が好きで諦めきれなくて、傍に居続けたのは私です。」
 前を見据えたままではっきりと答える。
 彼の腕の中は温かくて心地良いけど、大丈夫だとそっとその手を外した。
「几鍔、選んだのは私よ。私が彼の傍を選んだの。誰にも意見される謂れはないわ。」


 几鍔と正面から視線を交わす。
 何を言われてもここから退く気はなかった。



「―――すっかりオンナの顔だな。」
 ふと几鍔の雰囲気が和らぐ。
「?」
「いつまでもガキのままだと思っていたんだがな。」
 拳の代わりに手のひらでポンと頭を叩かれた。
 仕方ないといったような、とても優しい顔だった。
「その顔に免じて許してやる。」
 途端に泣きたくなって、くしゃりと顔を歪める。
 そんな夕鈴に几鍔は苦笑って少し乱暴に頭を撫でた。







「そういうわけだ。―――泣かすなよ。」
 今度はすぐ後ろに立つ彼に釘を刺す。
「夕鈴相手にそれは難しい気もするけれど…」
 夕鈴を再び腕の中に囲った彼は苦笑いをした後で、真剣な面持ちで几鍔を見返した。

「悲しませることだけはないように努力する。この先の未来にかけて、夕鈴を守り抜くこ
 とを誓うよ。」
「…っ」
 誓いの印に夕鈴の手を掬って手の甲に薄い唇を押し当てる。
 気障ったらしいとそれを呆れたように見やった几鍔だったが、夕鈴が真っ赤でいながらも
 抵抗を見せなかったのを見て何か言うのを止めた。

「今の言葉、絶対忘れんな。」
 代わりに最後の確認とばかりに厳しい目を向ける。

「ああ。」
「なら、良い。」
 陛下の躊躇いない返答に、几鍔は満足したようだった。
























 父さんが帰ってくる前に几鍔は家に帰ると言って夕鈴達に背を向けた。
 夕鈴は慌ててそれを追いかける。

「几鍔ッ あの、ゴメンね!」
 裾を掴んで引き留めると、ふり返った几鍔から怪訝な顔を返された。
「何で謝んだよ?」
「え… いや、よく分かんないけど、言わなくちゃって思って……」

 どうしてだかは分からない。ただとっさにそう思った。
 何に謝ったのか、自分でもさっぱりなのだけど。

「なんだそりゃ。」
 分からないという顔をすると、そう言って笑われた。


「―――嫌になったらいつでも帰ってこい。」
 額を指で弾かれる。
 けれど強くなかったからそんなに痛くは感じなかった。
「…ありがとう。」


 帰る場所はここにあると言ってくれる。
 嫌な奴だけどイイ奴。

 その言葉があれば―――下町という支えがあるから頑張れる、そんな気がした。












 選んだのは私、覚悟を決めたのも私。


 この人の隣を選んだの。
 貴方を独りにしたくなかったから。

 喜びも悲しみも苦しみも、貴方となら乗り越えてゆけるわ。



『私は傍にいます。』

 変わらぬ誓い。

 守るために、私はこの道を選んだの――――…




2011.10.26. UP



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お題:青慎と几鍔に陛下が国王であることを伝える(2人の想いが通じあっている状態で)話(原文)

これも未来夫婦設定に入るのかな?と思って勝手に入れちゃいました。
陛下が几鍔父さんに許しを得にきましたよ(笑)
国王と伝える=結婚の承諾かなぁと思ったんです。
今回書きたい兄貴を詰め込みまくりです。王道パターンラブです。
兄貴は陛下がいなければ夕鈴と結婚してたんだろうなぁとは思いますが、陛下と違って相手が夕鈴じゃなくても幸せにはなれそうです。

ちょこっとずつネタを小出しにしてますが、こちらの2人が結ばれた過程は内緒の恋人とはまた違います。
今回の狼陛下はそんなに怖くない感じだったので、いつかは真っ黒な狼陛下と兄貴を対峙させてみたいです☆
…でもあの話、絶対書き上がらなさそうなんだよなぁ(汗)←ネタはサイト開始当初からある
まあどの陛下相手でも、兄貴は恐れるとか絶対ない気がするけれど。


ニコニコ様へ捧げます。兄貴を書きまくれる萌えなリクをありがとうございました!
青慎の出番が少なくてすみません(汗)
そして長らくお待たせいたしました(土下座) 次のリクエストも気長にお待ちくださいー…
返品その他いつでもお受けいたします。



・最後の2人のやり取りを見ていた陛下視点のオマケ・

「悔しいな。」
「え?」
 黎翔の呟きに隣の青慎が顔を上げる。
 きょとんとした彼と目が合って黎翔は苦笑いした。
「…あの2人の絆には敵わないなと思って。」

 過ごした時間が違うというのは分かっている。
 幼い頃から夕鈴を知り、彼女の成長にもそれなりの影響を与えているということも。
 どうしたって敵わない部分はある。

「…妬けるな。」

 彼よりも、…誰よりも早く君と出会いたかった。
 今更どうにもならないことと分かっていても、彼女を誰より理解している者でありたかった。



「でも、姉さんが選んだのは貴方です。」
 そう言って笑う顔は夕鈴とそっくりだ。
 夕鈴もそうしてよく背中を押してくれた。

「ありがとう。君は夕鈴に似て良い子だね。」
 そう言いながら、自分よりだいぶ小さい彼の頭を優しく撫でた。



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