記憶の欠片
      ※ 77777Hitリクエスト、キリ番ゲッタームーミンママ様へ捧げます。




「―――…さて、僕は何をしていたんだったかな。」
 状況と認識の違いに黎翔は困った顔で頭をかく。


 …ふと気がついたら、自分は道の往来に突っ立っていた。


 寝呆けているのか何なのか。

 自分が誰なのかの記憶はある。
 ただ、どうして自分がそこにいるのかが分からない。
 何が目的で、そしてどこに行く気だったのか。


「どうしたものかな…」
 往来は平和なもので、誰も黎翔を気に留めていない。
 特に変な視線もないし追っ手などの可能性もないようだ。
「見たことない場所ってわけでもないんだよね…」
 初めてではないと思ったからそこまで慌てずに済んでいる。
 最悪の事態というわけではなさそうだと。
「…じっとしてても仕方ないか。」
 とりあえず状況を把握するために街中を歩いてみることにした。
 何かがきっかけで思い出すかもしれないし。





 ―――そうしてしばらく進んでいるうちにふと気づく。そこには、活気に溢れた下町の風
 景があった。


 幅の広い道にずらりと商店が建ち並び、露天商もたくさんの品物を並べて客を呼び込む。
 賑やかな往来には商売の声と笑い声が混じり、子ども達は元気に駆け回る。
 人通りは多くて品揃えも良い。どこからか美味しい匂いも漂ってきた。

 静寂に満ち冷えきった王宮とは正反対の、心地良い賑やかさを持った下町の空気。

 どこかに―――、ああそうだ。夕鈴が住んでいる辺りに似ているなと思った。


「…あ、そうか。夕鈴の家に行けば何か分かるかも。」

 どうしてこんな大事なことを忘れていたのだろう。
 夕鈴と一緒じゃないのはおかしい。
 彼女が後宮に来てからは自分だけで下町に行ったことはなかったし、彼女を置いて1人で
 行こうとも思わなかった。
 傍に彼女がいなくては楽しいことは何もない。


「…確か、あっちだったかな?」
 そう思ったら先の行動は早かった。






















 ボスッ

「!?」
 角を曲がったところで足に何かぶつかる。
 ひっくり返りそうになったそれを慌てて受け止めた。

 細くて小さい。強く握ったら壊れてしまいそうな―――
 物じゃないとすぐに気が付く。


「ゴメン! 大丈夫!?」
 掴んだのは自分の背丈の半分もない小さな女の子の腕だった。

「は、はいっ」
「―――ッ」
 顔を上げて、ちょっと焦ったように答えた少女に黎翔は一瞬言葉を失う。


 ―――少女が、あまりに似過ぎていて。


「…夕鈴?」
 呆然としてその名を口にした。


 ただし年が全然違う。
 目の前にいるのはどう見ても幼女で、彼女であるはずがない。
 でも、咄嗟にそう思ってしまった。
 肩を越したくらいの栗色の髪も、きらきらと輝く榛色の瞳も。全てが夕鈴だったから。

「うん。なぁに? ……って、あれ?」
 彼女の方も驚いた顔で黎翔の方を見る。
 そして彼女が発したその返事は確かに肯定を意味していた。


(どういう、ことだ?)
 混乱しつつも何とか頭をフル回転させる。
 表情には出ていないので、少女は大きな瞳で不思議そうにこちらを見ていた。

 他人の空似ではない。彼女は夕鈴だ。
 彼女が夕鈴で、でも幼い少女で。

(時を超えた―――? そんな馬鹿な…)
 でもそれが1番確実だ。
 1番有り得ないというのも確かだが。


「ね、どうしてわたしのなまえをしってるの?」
 考えを巡らせる黎翔に、警戒するどころか彼女は興味を持って身を乗り出してくる。
 思いっきり期待されてちょっとたじろいだ。

「え… えっと、ひみつ?」
 未来の君と偽夫婦やってます、なんて。
 こんな小さい女の子に言っても意味が分からないだろうし。

「ぷっ へんなおにいちゃん。」
 苦し紛れにおどけて言うと、警戒心のない少女は屈託なく笑った。


(かわいいなー)
 つい頬が緩んでしまう。

 夕鈴は昔から夕鈴で、変わらず可愛いんだ。

 …君と、もっと早く出会いたかった。
 隣にこんな光があったなら、僕の運命ももっと違っていたかもしれない。


「ね、いっしょにあそぼ!」
 小さな手が伸ばされて、弾けるような笑顔で誘われる。
 そんな可愛いことを言われて断れるはずもなかったから、喜んでと笑って彼女の手を取っ
 た。













「おにいちゃん、どこからきたの? おなまえは?」
 手を繋いで町中を仲良く歩く。
 小さい手は黎翔の人差し指で足りるくらいで、ぎゅっと握って楽しそうにしている姿に顔
 は緩みっぱなしだ。
 李順が見たら青くなりそうだと思うが、ここには誰も"狼陛下"を知る者はいない。
 そう思うと気が楽で、自然と笑顔だけになった。

「んー ちょっと遠いところから来たんだ。名前は…李翔だよ。」
 後から思えば本当の名前で言えば良かったと思う。
 けれど、この身に染みついた習性が咄嗟に使い慣れた偽名を言わせた。
「夕鈴は今いくつ?」
「わたしは5つ。おとーとは1つになったの。とってもかわいいのよ!」
 うん、知ってる。君は弟くんが大好きなんだよね。
「そっか。夕鈴はお姉さんなんだね。」
「うん!」

 愛されていることを知っている。
 誰かを愛することを知っている。

 だから君は、そんな風に笑える。

(―――良いな、羨ましい。)




「夕鈴から離れろ! この人さらい!」
「へ?」
 声がしたのと同時に、繋いでいた手をべりっと引き離される。
 隣から夕鈴が消えて顔を上げると、後ろに夕鈴を隠した人物がこっちを睨んでいた。

 ツンツン頭の夕鈴より若干大きな少年。
 この顔も知っている。
 眼帯こそしていないが―――

「几鍔っ おにいちゃんはいいひとよ!」
 彼の後ろから夕鈴が叫んだ。
 すっかり信用しきっている彼女につい顔はフニャフニャになってしまう。
 すると彼はさらに警戒心を露わにして、その怒りを夕鈴にも向けた。

「知らないヤツについていくなっていつも言ってるだろ!?」
「だいじょうぶだもん。おにいちゃんはわたしのなまえ、しってたよ。」
 自信たっぷりに夕鈴が答えれば、
「そーゆー問題じゃない!」
 彼が 違うだろバカ!と怒鳴り返す。

 …確かに言い分は彼の方が正しいのだが。


 彼はずっと、こんな風に夕鈴を守ってきたんだね。
 大切に、大切に。

 夕鈴が光しか知らないのも純粋なままなのも人を信じられるのも。
 きっと彼がこうして守ってきたからなんだ。

 僕の知らない2人の絆。
 長い年月が培った、決して自分が敵わないもの。
 羨ましくもあり、悔しくもあるような。

 ―――できれば僕がその立場でありたかったなとさえ思う。



「――――…」
 その時 身体に違和感を感じた。
 自然にそれが"目覚めの時"だと知る。

「ありがとう、夕鈴。」
 手は届かないから代わりに笑う。
「君の元気な姿を見れて良かった。」

 思い出したんだ、自分がここに入り込んだ理由を。
 …君に会いたかった。
 どんな形でも良かったから。


「―――またいつか、会おうね。」


 それは確実ともいえる未来への約束。


















*





















 薄暗い天井に溜め息をつく。
 ただ寝転んだだけのつもりが、ついうっかり寝てしまっていたようだ。

 ―――ここは夕鈴の寝室、彼女の寝台の上。
 手のひらには彼女の髪飾りが乗っている。

「…夢か。」
 それを握りしめると、小さな手の感触を思い出すような気がした。


 夕鈴が家出――― 氾紅珠の私邸に行ってしまって数日。
 とうとうそこまで夢見てしまった。



「君がいないとダメなんだ…」

 心が冷える。
 光が思い出せなくなる。

「夢だけじゃ足りない……」
 幼い君の笑顔に少しは持ち直したけれど、それでも君が傍にいないとダメだ。

 優しさを忘れてしまう。
 闇が心を絡めとっていく。


 ―――君に会いたい。

 この心が、闇に沈んでしまう前に。




2011.11.3. UP



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お題:陛下が過去へタイムスリップ(もしくは夢だった?)してきたら…

家出編の辺りにしてみました。
あの頃の陛下は荒んでましたよねー
そんな陛下が少しでも彼女の欠片を見つけたくて夕鈴の部屋に1人でいたら萌えだなーとか。

そんでうたた寝してるうちに、夕鈴会いたさについ意識を過去にまで飛ばしたか?みたいな。
うちの陛下はよく夢に囚われてますが、今回は本当に夢?という感じで。
どっちなのかはオマケ(夕鈴編&几鍔編)から想像してください☆

今回の隠しリクは、
「幼い夕鈴と出会って、当然!萌え萌えな陛下。
 でも、いつも夕鈴と一緒にいて彼女を守る几鍔がうらやましくて、悔しくて…」
ということで、几鍔兄さんも出てきました☆
ちび夕鈴とちび几鍔。かわいーvv(脳内妄想)
几鍔はちっさい頃からちっさい夕鈴を守ってたら萌え〜
夕鈴の性格形成に彼は多大な影響を及ぼしていると思います。勝手に。
偶然とはいえ、2つ連続で几鍔兄さんが出ましたよ(笑)


ムーミンママ様へ捧げます。チビッ子ちゃん萌えをありがとうございます(笑)
陛下中心に書いちゃったのでちょっと几鍔が足りない気がするんですが…
書けば書くほど陛下が(一人ぼっちになって)可哀想なことになりそうなので抑えました。
感想は無理されなくても良いですよーv 読んでくださってるのが分かるだけで十分です☆
返品その他はいつでもお受けいたしますのでご遠慮なく〜




・オマケという名の後日談・
<夕鈴編>
「紅珠の家にいた時、小さい頃の夢を見たんですよ。」
すっかり元に戻った後宮で、夕鈴が不意にそんなことを言い出した。

「どうしてか"今"の陛下がいて、楽しくお話してました。」
「…それ、李翔って名乗ってなかった?」
「はい。…あれ? どうしてご存知なんですか?」
夕鈴が不思議そうに首を傾げる。
あ、その仕草可愛いなーとか思いながら、にこりと笑う。
「えっと、ひみつ?」
「ふふ、陛下ったら変な人ですね。」
おどけて言ったら同じ笑顔で彼女が微笑った。


<几鍔編>
「几鍔さんはどうして、その…李翔さんが姉さんの相手だと認めないんですか?」
夕鈴の手紙が届く頃に汀家に行くのはこの頃の習慣だ。
その時に青慎が聞いてきたので、理由を考えてみた。

借金だとか遊びだとか、いろいろ浮かぶが根本はそこじゃない。

「…いけ好かねー奴だからだ。」

あの男の存在自体が認められない。
夕鈴の上司というところからして嘘くさいんだ。

だいたい文官が帯刀してるわけがねえ。
一体どんだけ面倒な男に引っかかったんだか あの馬鹿。

「だいたい昔からああいう男は大嫌いなんだ。」


 ―――思い出せそうで思い出せない、それは遠い過去の記憶の断片(カケラ)




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