誰よりも
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「夕鈴の様子は?」
 黎翔が控えている部屋付の女官に尋ねると、彼女は深く頭を垂れたままで答える。
「それが… 熱が、……」
「そうか。」
 彼女達を責める気はないからそれだけ言って、黎翔は彼女が眠る寝室へと足を進めた。


 なかなか良くならない妃に、侍女も他の女官達も心配そうな様子を隠さない。
 そして自分達が至らないからだと責めているのも知っている。
 しかし、責められるべきは誰よりも自分だと黎翔は思っていた。

 …どうやら彼女に風邪を移してしまったらしい。
 自分は1日休んだ程度で治せたのだが、彼女はそうはいかなかった。


 彼女が倒れてもう数日、咳は止まったが熱は今も下がらない。













「―――また増えたのか。」
 寝室に足を踏み入れて、中央の卓に積み上げられた物を見て黎翔は苦笑う。

 彼女の部屋には各方面からの見舞いの品が届けられていた。
 さすがに何日も姿を見せないと不思議に思われ、彼女の風邪は知れ渡ってしまったのだ。
 それだけ彼女が政務室にいるのが当たり前になっていたことに驚く。


 枕元に飾られた真新しい豪華な花は今回も氾家の兄妹からか。
 あの家らしい華やかながらも派手ではない美しさは一際存在感を放っている。
 枯れる前に届けられる辺りが流石だと思う。

 政務室の官吏達からは連名で水仙の花。
 何だかんだで慕われているらしい。…約1名を除いてだが。
 しかしちゃんと見舞いの果物が柳家から届いていた辺りは律儀だと思って笑った。




「う… ん……」
「夕鈴?」
 目が覚めたのかと思って寝台に寄る。

「――――」
 彼女は目を覚ましたわけではなかったようだ。
 けれど、こちらが胸を痛めたくなるくらいに苦しそうな顔をしていた。

 彼女が何かを振り切るように頭を振ると布が額から落ちる。
 拾ったそれはすっかり温くなっていて、それが不快だったのだろうと気が付いた。
 水を張った盆にそれを浸している脇で彼女はくるんと掛布を引き寄せて丸まる。
 寒いのか、その身体は小刻みに震えていた。


「代われるなら代わってやりたいが…」
 そもそも彼女が風邪を引いてしまったのは自分のせいなのだが。
 布団に包まる彼女は頬をいつになく紅潮させ、眉を寄せて苦しげに息を吐く。
 額に手を当てると、その熱さにびくりとした。


「…う、……っ」
 布を握りしめていた白い手がゆるゆると伸びてくる。
 黙って見つめていると黎翔の手に縋ってきた。
「ゆう…」

「寒いの… 助けて、お母さん……」
 震える声の小さな音。
 熱い手が体温の低い黎翔の手を引き寄せる。
 頬に押し当てたそれに擦り寄って、彼女は少しだけ表情を緩めた。

 安心、したのだろうか?


「おかーさん、か…」
 でもそれは自分がそうさせたのではない。
 それに気づいていたから苦笑いしてしまった。


 彼女が求めたのは、傍にいる自分ではなく遠い母。
 敵わない。

 早くに母親を亡くした彼女は甘えることを知らない。
 ―――いや、忘れてしまっただけなのだろう。
 幼い頃はきっと母親に甘えていたはず。
 それを失って、甘え方を忘れたまま彼女は成長してしまった。

 だから、無意識に求めるのは仕方がないと思う。


 ―――けれど、

「ここにいるのは僕だよ、夕鈴。」
 寝台に腰を下ろしてから顔を近づけるけれど、手を握ったままの彼女が目を開けることは
 ない。
 その熱い小さな手を握り返してその甲に口づけた。


 いつか、1番に呼んでもらえたら。


 君が頼る1番が僕で在れたなら。






「陛、下…?」
 薄く目を開けた彼女が僕の存在に気づいたようだった。
 けれどまだ意識は朦朧としているのかその視点は定まらない。

「何か欲しいものはある?」
 熱が移って熱くなってしまった手とは逆の手で彼女の前髪をかき上げる。
 頬に滑らせると「冷たい」と言って彼女は小さく笑った。

「…水、を」
 カラカラに乾いた声で小さな呟きを漏らす。
 それに応えて立ち上がると、水差しから水を器に注いですぐにまた寝台に腰かけた。

「起き上がれる?」
 片手に器を持ったまま、彼女の背中を支える。
 そうしてちゃんと座ったのを確かめてから器を手に握らせた。


「…苦い、ですね。」
 ほんの一口飲んだだけで彼女は手を下ろしてしまった。
「もっと飲まないとダメだよ。」
「水が 苦いなんて…」
 眉を寄せて溜め息をついた彼女は器を見下ろすだけ。

(僕には散々苦い薬湯を飲めとか言ってたのに…)

 水で躊躇う彼女に、それでも可愛いとか思ってしまう自分は溺れ過ぎか。


「この前の砂糖菓子食べる?」
 薬湯のご褒美に食べさせてくれた小さな砂糖菓子。
 確か今は彼女の部屋にあったはずだ。
「持ってくるから待ってて。」

 寝台から少し離れたところでツンと裾を後ろに引かれた。
 不思議に思って視線を辿ると、彼女の手がそこにはあって。

「っ あ、すみません!」
 無意識だったらしく、彼女はパッと手を離して慌てる。
 …そして垣間見えたのは不安そうな顔。

 嬉しさに、心に小さな明かりが灯った気がした。


「大丈夫。」
 寝台に戻って長い髪に触れる。
 柔らかな栗髪を指で梳きながら、旋毛に口づけを落とした。
「すぐに戻るから。」
 すぐに離して見つめた彼女の顔が赤かったのは熱のせいか。












「ありがとうございます…」
 今度はちゃんと器の水を飲み干して彼女はそれを手元に戻す。
 食べさせてあげると言ったのに、それは固辞されてしまった。残念だ。

「他に何か食べたいものとかない? すぐに用意させるよ。」
 彼女の言うことは何でも叶えてあげたい。
 自分の時に思いっきり甘えたから。今度は僕が甘やかす番だ。

「…大丈夫です。熱冷まし飲んだら寝ますから。」
 ……やっぱり夕鈴は夕鈴か。
 そう簡単には甘えてくれないらしい。
 自分でさっさと空の器と薬湯の器を取り替えて飲んでしまった。
 もう一つ手にしていた砂糖菓子も自分で食べてしまう。

「…つまらない……」
 添い寝とか何でもしてあげるのに。
「ッ添い寝は要りません!」
 途端に彼女が叫んで否定した。
 どうやら正直な心の声は漏れていたらしい。

「じゃあ手を繋ぐ?」
「ッッ」
 笑いながら手を差し出すと、彼女の視線は躊躇って彷徨う。
 でも、即座に否定しないところを見ると、やっぱり1人なのは嫌なんだと思った。

 ―――さっき裾を掴んだあれが、彼女の本当の気持ちなら。


「君が望むなら、一晩中でも。」
「だ、ダメですよ! 陛下には明日も仕事が!!」
 真面目な夕鈴らしい答えだ。
 でもちゃんと反論できるだけの材料はある。

「移しちゃったのは僕だし。李順にも(無理矢理)許可貰ったよ。」
「え!?」
 李順に文句を言わせないだけの仕事量はこなしてきた。
 午前半休くらいならとれる。

 去り際の「いつもこれくらいやってください」という小言は無視した。
 誰が夕鈴以外のためにそこまでやるか。


「病気の時は心細くなるんだよね?」
「……」
 さらにもう少し迷ってから、彼女はそっと手を重ねる。
 それを離れないようにぎゅっと握り返した。










 甘えて、甘やかしたい。

 何でも言って、何でも叶えるから。


 君を大切にしたいんだ。
 優しさだけで包みたいんだ。


 我が儘1つ言わない君に、

 僕はいつだって物足りない。



 正直に言って、素直に言って良いんだよ。
 寂しいって声に出して。



 ―――そして、ねえ、いつか

 誰よりも先に、1番最初に僕を呼んで。





2011.11.7. UP



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お題:風邪を引いて心細くなっている夕鈴に付きっきりで看病する陛下

「甘えんぼ」とリンク。
今度は夕鈴が風邪引いちゃいましたとさ。
てか移されてますが…(苦笑)

また無意識キスにしようと思ったんですが、さすがに何度もやるのはなぁとそこは削り。
甘々に優しい陛下にしてみました。
でもこっちの方がお題には副ってる気がします。
唇以外にはキスしまくってますけどね!(今気がついた)(無意識って怖い!)
付きっきりで看病というよりは、でろっでろに甘やかすって感じですか。
いやでも陛下ならこれくらいするよな…と。

最後にモノローグ入れるのは自分の癖なんだろうか…?と、最近思います。
でもこうしないと落ちない。まだまだ力量不足ですね。

ニコニコ様に捧げます。
5個目のリクありがとうございました☆ いつも萌えネタありがとうございますvv
スミマセン、今回勝手に他の話とリンクさせてしまいました。
逆題材があったのでつい… 苦情はお受けしますので…!



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