失えない 3




 起きなきゃ… あの人が泣いてる。


 早く、行ってあげなきゃ。

 抱きしめてあげなくちゃいけないの……







「――――…」
 突然光が飛び込んできて、明るさに1度目をぎゅっと閉じる。
 そうしてゆるゆると目を開けると、最初に目についたのは寝台にかけられた薄布。
 それから、驚愕した女官の顔。

「っ お妃様が!!」
 途端に室内が大騒ぎになった。


「早く陛下にお知らせして!」
 誰かが返事をする声、ぱたぱたと足音が複数。

「老師もお呼びします!」
「お願い!」


 全ての声がまた遠くなっていく。
 瞼が重い。

(ダメ…っ)

 再び眠りに落ちそうになる自分を叱咤して、必死で目を見開いた。

 眠ってはダメ。
 あの人の顔を見て、大丈夫だと言わなくちゃ。


(あの人は、どこ…?)

 私が抱きしめたいあの人は、、









「夕鈴!」

 どれくらい眠気と戦っていたのか自分でもよく分からない。
 でもその声を聞いたら、聞こえたら、一気に意識は覚醒した。


「夕鈴! 私が分かるか!?」

 飛び込んできた宵闇色と紅い色。
 私の好きな―――大切な人の、色。
 まず最初に彼が無事であることにホッとした。

(でも、どこから走ってきたのかしら…?)

 陛下の息はわずかに切れていた。
 艶やかな髪からは汗がひとしずく。

 珍しい、陛下がこんなに必死な顔をしてるなんて。
 …それだけ、心配をかけてしまったということなのかしら。


「へい、か… 大丈夫、ですか?」
 あれ、声が上手く出せない。
 どうしてかしらと思いながら言うと、陛下から力が少し抜けた。
「それは私の言葉だと思うが…」

 ああそうかも。
 でも、今は自分のことより陛下の方が心配だわ。

「泣いて、ないですか?」
 びくり と陛下の肩が揺れる。
 その瞳は知ってる。不安に揺れる瞳。…狼でも小犬でもないあの人の。

「陛下が泣いてる気がして… だから、私 起きなきゃって思って…」

 今すぐ抱きしめてあげたかった。
 もう大丈夫って。

 でも、最初にしてあげたかったそれは上手くいかなかった。


「……身体、上手く動きませんね。」
 腕すら持ち上げられなくて苦笑いする。
 夕鈴を見下ろす陛下の顔が泣きそうに歪んだ。

「夕鈴…」
 代わりに陛下がぎゅっと夕鈴の身体を抱きしめる。
 存在を確かめるように、壊れものに触れるように、とても優しかった。

 ああ、今腕が動いたら抱きしめ返せるのに。
 微かに震えている身体を抱きしめてあげたかった。


「大丈夫ですよ、私はここにいます。」

 だからせめて言葉で、貴方を抱きしめてあげたくて。



 不安にならないで。
 私は貴方を独りにしませんから。

 言ったでしょう?

 寂しがらせたりしないって。


 私は貴方の妃です。

 貴方のために、ここにいる妃です。


 だから、、、



2011.11.10. UP



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お題:夕鈴が何かの理由でこん睡状態になり(死にそうになり)陛下が手が付けられない
      狼陛下になり目覚めた夕鈴のおかげで一見落着みたいなお話(原文)

陛下→李順→夕鈴と視点を変えてみました。
話自体はそんなに長くないんですが、ページを分けたのはその為です。

浩大がいるから5巻後くらいかなー? 夕鈴も自覚してるっぽいし。
できればいつ頃かというのは気にしないで頂けると…(汗)

ってか真っ黒陛下を久々に書きました〜
うん、ちょっと度が過ぎたかもしれません(汗)
でも題材が素敵過ぎて。止まらなくなってしまったのです。
しかも書けば書くほど陛下がおかしくなる…
最初は李順さんにもそこまで冷たくなかったのに。あれ??って。

今回、キリリク初のR指定(グロ系)になるかと思いました。
しかし、いやいやと思い直して途中まで。
まあ基本がほのぼの字書きなのでそこまでのは書けませんけども。
思考は天然危険物です。妄想はできますよ、書けないだけで。←

イブママ様、リクエストありがとうございました!
お題には副ってるような微妙にずれているような…って感じになりましたが…
すみませんでしたー!(土下座)
さっき確かめたら、リク貰ったのは9月でした…
ひー お待たせしました〜!!(汗)



・以下オマケ・
※後日談というか、その後の話。
 陛下がどれだけ不安だったかというのを書きたかったんです。
 別になくても良いかなと思ったんですが、一応オマケのつもりで。



 陛下はしばらくして仕事があると言っていなくなった。

 顔色を見て大丈夫だと思ったから、笑顔で「行ってらっしゃいませ」と見送ることにして。
 「すぐに戻る」と彼は残して、名残惜しげに夕鈴の元を離れた。




(ところでここ、私の部屋じゃないわよね…)

 1人になってひとしきり眠って、目が覚めてしまって。
 何となく動かせるだけ視線を巡らせている時にそれに気がついた。
 ここは記憶にある夕鈴の部屋とは違う。
 何日眠っていたか知らないけれど、いくらなんでも間取りは変わらないだろうし。

「あの、ここはどこですか?」
 疑問をそのまま傍にいた女官に聞いてみた。
「陛下のお部屋ですわ。」
 すると、当然のことだとでもいうかのように彼女に笑顔で返される。

「…え?」
 何の冗談かと思った。
 けれど彼女は夕鈴の動揺に気づかずに、さらに追い打ちをかける。
「陛下がこちらにと仰られて。毎晩抱いてお休みになられてましたわ。」
「ッ!!?」

(ちょ、それどういうこと!?)



 女官が何かに気づいたように顔を上げ、深く拝礼する。
 彼女がそんなことをする相手は他にいるはずがないから、誰が来たのかはすぐに分かった。


「おかえりなさいませ…」
 一応出迎えの言葉は言ってみるものの、視線はちょっとだけ下の方。

 今はちょっと陛下の顔が見れない。
 女官の言葉が頭の中をぐるぐる回る。

 視界の端で、女官が下がっていくのが見えた。


「…陛下、あの……」
 正直に聞くのは躊躇われる。

(だって、抱いてって何。)

 離宮での時とは状況が違う。
 陛下の意志で私はここにいたことになる。

(何がどうしたらそういうことになるのよ!?)


「女官が言っていたのは本当だ。」
「…ッ」
 聞けない夕鈴の代わりに陛下が答える。
 寝台の端に腰を下ろして、彼は夕鈴の頬にそっと触れた。

 また、揺れている。

 …だから、何も言えなくなった。


「―――君が、冷たくならないかと怖かったんだ。」

 抱きしめて眠ることでその鼓動を確かめて。腕の中の温かさに安堵して。
 それで少しでも不安を取り除きたかった。

「…ごめんね。」
 そんな顔でそんな風に言われたら、もう怒ることもできない。


「君が、目を覚ましてくれて良かった。」



 そんな、泣きそうな顔をして言わないで。

 胸が苦しくなるわ。


 私はまだ、貴方を抱きしめられないのに。

 


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