起きなきゃ… あの人が泣いてる。
早く、行ってあげなきゃ。
抱きしめてあげなくちゃいけないの……
「――――…」
突然光が飛び込んできて、明るさに1度目をぎゅっと閉じる。
そうしてゆるゆると目を開けると、最初に目についたのは寝台にかけられた薄布。
それから、驚愕した女官の顔。
「っ お妃様が!!」
途端に室内が大騒ぎになった。
「早く陛下にお知らせして!」
誰かが返事をする声、ぱたぱたと足音が複数。
「老師もお呼びします!」
「お願い!」
全ての声がまた遠くなっていく。
瞼が重い。
(ダメ…っ)
再び眠りに落ちそうになる自分を叱咤して、必死で目を見開いた。
眠ってはダメ。
あの人の顔を見て、大丈夫だと言わなくちゃ。
(あの人は、どこ…?)
私が抱きしめたいあの人は、、
「夕鈴!」
どれくらい眠気と戦っていたのか自分でもよく分からない。
でもその声を聞いたら、聞こえたら、一気に意識は覚醒した。
「夕鈴! 私が分かるか!?」
飛び込んできた宵闇色と紅い色。
私の好きな―――大切な人の、色。
まず最初に彼が無事であることにホッとした。
(でも、どこから走ってきたのかしら…?)
陛下の息はわずかに切れていた。
艶やかな髪からは汗がひとしずく。
珍しい、陛下がこんなに必死な顔をしてるなんて。
…それだけ、心配をかけてしまったということなのかしら。
「へい、か… 大丈夫、ですか?」
あれ、声が上手く出せない。
どうしてかしらと思いながら言うと、陛下から力が少し抜けた。
「それは私の言葉だと思うが…」
ああそうかも。
でも、今は自分のことより陛下の方が心配だわ。
「泣いて、ないですか?」
びくり と陛下の肩が揺れる。
その瞳は知ってる。不安に揺れる瞳。…狼でも小犬でもないあの人の。
「陛下が泣いてる気がして… だから、私 起きなきゃって思って…」
今すぐ抱きしめてあげたかった。
もう大丈夫って。
でも、最初にしてあげたかったそれは上手くいかなかった。
「……身体、上手く動きませんね。」
腕すら持ち上げられなくて苦笑いする。
夕鈴を見下ろす陛下の顔が泣きそうに歪んだ。
「夕鈴…」
代わりに陛下がぎゅっと夕鈴の身体を抱きしめる。
存在を確かめるように、壊れものに触れるように、とても優しかった。
ああ、今腕が動いたら抱きしめ返せるのに。
微かに震えている身体を抱きしめてあげたかった。
「大丈夫ですよ、私はここにいます。」
だからせめて言葉で、貴方を抱きしめてあげたくて。
不安にならないで。
私は貴方を独りにしませんから。
言ったでしょう?
寂しがらせたりしないって。
私は貴方の妃です。
貴方のために、ここにいる妃です。
だから、、、
2011.11.10. UP
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お題:夕鈴が何かの理由でこん睡状態になり(死にそうになり)陛下が手が付けられない
狼陛下になり目覚めた夕鈴のおかげで一見落着みたいなお話(原文)
陛下→李順→夕鈴と視点を変えてみました。
話自体はそんなに長くないんですが、ページを分けたのはその為です。
浩大がいるから5巻後くらいかなー? 夕鈴も自覚してるっぽいし。
できればいつ頃かというのは気にしないで頂けると…(汗)
ってか真っ黒陛下を久々に書きました〜
うん、ちょっと度が過ぎたかもしれません(汗)
でも題材が素敵過ぎて。止まらなくなってしまったのです。
しかも書けば書くほど陛下がおかしくなる…
最初は李順さんにもそこまで冷たくなかったのに。あれ??って。
今回、キリリク初のR指定(グロ系)になるかと思いました。
しかし、いやいやと思い直して途中まで。
まあ基本がほのぼの字書きなのでそこまでのは書けませんけども。
思考は天然危険物です。妄想はできますよ、書けないだけで。←
イブママ様、リクエストありがとうございました!
お題には副ってるような微妙にずれているような…って感じになりましたが…
すみませんでしたー!(土下座)
さっき確かめたら、リク貰ったのは9月でした…
ひー お待たせしました〜!!(汗)
・以下オマケ・
※後日談というか、その後の話。
陛下がどれだけ不安だったかというのを書きたかったんです。
別になくても良いかなと思ったんですが、一応オマケのつもりで。
陛下はしばらくして仕事があると言っていなくなった。
顔色を見て大丈夫だと思ったから、笑顔で「行ってらっしゃいませ」と見送ることにして。
「すぐに戻る」と彼は残して、名残惜しげに夕鈴の元を離れた。
(ところでここ、私の部屋じゃないわよね…)
1人になってひとしきり眠って、目が覚めてしまって。
何となく動かせるだけ視線を巡らせている時にそれに気がついた。
ここは記憶にある夕鈴の部屋とは違う。
何日眠っていたか知らないけれど、いくらなんでも間取りは変わらないだろうし。
「あの、ここはどこですか?」
疑問をそのまま傍にいた女官に聞いてみた。
「陛下のお部屋ですわ。」
すると、当然のことだとでもいうかのように彼女に笑顔で返される。
「…え?」
何の冗談かと思った。
けれど彼女は夕鈴の動揺に気づかずに、さらに追い打ちをかける。
「陛下がこちらにと仰られて。毎晩抱いてお休みになられてましたわ。」
「ッ!!?」
(ちょ、それどういうこと!?)
女官が何かに気づいたように顔を上げ、深く拝礼する。
彼女がそんなことをする相手は他にいるはずがないから、誰が来たのかはすぐに分かった。
「おかえりなさいませ…」
一応出迎えの言葉は言ってみるものの、視線はちょっとだけ下の方。
今はちょっと陛下の顔が見れない。
女官の言葉が頭の中をぐるぐる回る。
視界の端で、女官が下がっていくのが見えた。
「…陛下、あの……」
正直に聞くのは躊躇われる。
(だって、抱いてって何。)
離宮での時とは状況が違う。
陛下の意志で私はここにいたことになる。
(何がどうしたらそういうことになるのよ!?)
「女官が言っていたのは本当だ。」
「…ッ」
聞けない夕鈴の代わりに陛下が答える。
寝台の端に腰を下ろして、彼は夕鈴の頬にそっと触れた。
また、揺れている。
…だから、何も言えなくなった。
「―――君が、冷たくならないかと怖かったんだ。」
抱きしめて眠ることでその鼓動を確かめて。腕の中の温かさに安堵して。
それで少しでも不安を取り除きたかった。
「…ごめんね。」
そんな顔でそんな風に言われたら、もう怒ることもできない。
「君が、目を覚ましてくれて良かった。」
そんな、泣きそうな顔をして言わないで。
胸が苦しくなるわ。
私はまだ、貴方を抱きしめられないのに。