雷鳴の珍事 3




 まるで己の気分を表しているかのような空。
 今にも降り出しそうな雲の色は、あの日と同じ暗い灰色だ。



「…日増しに機嫌が悪くなりますね。」
 数日経っても何も変わらない現状の中、さすがに見慣れたらしい李順がこちらを見て困っ
 たように言う。
 しかし、だからと仕事の手が休まるわけではないが。
「うちの馬鹿が何か失礼なことでもしましたか?」
 それに方淵も卓に広げていた資料から顔を上げて、心配げに伺ってきた。
「いや。あの小物は取るに足らん。」
 相変わらずぎゃんぎゃんと煩いが無視している。
 柳家の居心地は相変わらず悪くなく、そちらでの問題は今もなかった。

(むしろ、敵は―――…)

 そうですか、と答えて紙面に戻る方淵の… 自分の横顔を眺める。
 あれ以来外を出歩くのは止めたが、あの光景は今も忘れられずにいた。

 後宮でもあんな風に過ごしているのか。…私の知らないところで?
 考えるとまた胃が焼ける。


「…方淵。」
「はい。」
 再び紙面から顔を上げる彼を思わず睨んでしまった。余裕がないと自分でも思う。
 まあ、それに怯むような男ではないが。

「あれには手を出すな。」
「は…?」
 分からないといった様子で怪訝な顔をする彼にさらに続ける。
「あれは私の兎だ。」
「―――…お妃様のことですか。」
 しばらく経ってようやく思い至ったような返事が返ってくる。
 …それでも方淵の表情は特に変わらなかった。

「ご安心ください。私とお妃の唯一は1つですから。」
 相変わらず淡々と返した方淵は、何事もなかったように仕事に戻る。
「…?」

 意味が分からない。

(2人の唯一? それで何が安心なんだ?)

 分からないことにまた苛立ったが、李順が容赦なく仕事を振ってくるので続きを聞けなく
 なった。


































 政務室の前で夕鈴と李順がばったり出会う。

「この光景、どこかで見たような…」
「…そうですね。」
 数日経っても変わらない現実に同時に溜め息が漏れた。


 空は鈍色、時折光る空と響く音。
 これであの日を思い出さないほど記憶力がないわけはない。


「ところでどうされました?」
 来る予定はなかっただろうと視線で問われる。
 確かに元に戻るまで夕鈴はここに来れない予定だった。
「いえ、ほ…陛下が政務室に来るようにと。」
 お昼の休憩中に突然訪れた彼に言われたのだ。

 何か、陛下のためとかなんとか。

 そう言われたら行かないわけにはいかない。
 だから午後になってすぐこちらに向かったのだ。


「…雨足が強くなってきましたね。」
 会話にも支障が出そうな音に李順の視線が外へ向く。
「雷も近くなってきたような…」
 夕鈴もそれを追いかけて呟いて、嫌な予感に視線を戻したのは今度も同時だった。

「……まさ」

 ドカン!!


 眩さに目を瞑った瞬間に、体を揺るがす大音響が響く。
 直後耳が痛むのはこの前と同じ方向だ。

「「やっぱり!」」
 嫌な予感が的中したと、また2人で政務室に飛び込んだ。





「陛下!」
「方淵殿!」
 案の定床に倒れこんでいた2人のところへ駆け寄る。
 これ以上ややこしい事態になったらどうしようもない。
 李順が先に陛下(姿は方淵)の方に膝をついたので、夕鈴は方淵(姿は陛下)の方を助け起こ
 した。

「大丈夫ですか!?」
 陛下(in方淵)の頬を少し強めにぺちぺち叩く。
 この際後で方淵に何と怒られても優しくだなんて言ってられない。


「…う……」
 一度顔を顰めた後、彼の目がゆっくりと開かれる。
 そうして夕鈴の姿を映した彼がホッとしたように息を吐いた。

「……夕、鈴。」
「ッ陛下!?」
 よく知った声がよく知った顔で自分を呼んだのに驚く。
 手を伸ばして夕鈴の頬に触れた彼が、袖口を見て自分の服の違いに気づいた。

「戻った、のか…?」
 まだ信じられないとばかりに彼は自分の手をじっと見ている。
 それを見つめながら、夕鈴の中で知らず張りつめていた何かが解けていく感じがした。

「…陛下。」
「ん?」
 そっと呼ぶと確かに返事が返ってくる。

「―――みたいですね。」
 良かった と夕鈴が笑うと、彼も優しく笑い返してくれた。














































 今夜は久しぶりの"陛下"との夜。
 人払いを済ませた後で、2人でのんびりとお茶を飲む。


「うん、美味しい。」
 湯呑みを手にホッと気を抜いた陛下の顔に夕鈴も頬を緩める。

 にこにこふわふわの小犬陛下は本当に久しぶりだ。
 それにここ数日の方淵と過ごしている間は気の休まる暇がなかったのだ。

 戻った陛下を目の前に、ようやく戻ってきた日常の喜びを噛みしめる。
 今夜のお茶は格別美味しい味がした。



「ほんと、戻って良かった。」
 しみじみとして言った陛下が急に真顔になる。
「これ以上長引いたら方淵を切るところだった。」
「へ?」
 …何か今物騒な言葉を聞いた気がするのだけれど。
 怪訝に思って彼を見ると、狼か小犬か判別しかねる不思議な表情だった。

「…浮気とかしなかった?」
「は!? 何言ってんですか!?」
 冗談ではないと即座に叫んで返す。

(私と柳方淵が? 有り得ない!)

 会えば睨み合い、口を開けば舌戦。
 そんな2人に何の間違いが起こるというのか。

 本当に何の心配をしてるんだこの人はと思いきり呆れた。


「―――私も彼も、唯一は1つですよ。」
 どうしてそれが分からないのかしらと思う。
 絶対に相容れない私達の唯一の共通点。…大切に思うもの。

「…それ、同じことを方淵も言ってたね。」
 面白くないという顔をする陛下に夕鈴はくすりと笑う。


「そうですよ。私達の唯一は―――陛下、貴方ですから。」

「――――…」
 虚を突かれた顔をする彼に、夕鈴は今度はにっこりと微笑んだ。


「お帰りなさいませ、陛下。」






 夜空には星。

 ―――雷鳴はもう聞こえない。




2011.11.19. UP



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お題:何かの衝撃で陛下と方淵の心が(体が?)入れ替わったら…
      入れ替わった事を聞いた夕鈴、仕方なく毎日後宮へ行く(方淵)陛下、夕鈴不足で不機嫌な(陛下)方淵
   3人は入れ替わった数日間をどう過ごすのか。

実はタイトルに1番悩んだという話(笑)
ざ・ちぇんじ? それじゃパクリだよ!とか。
結果的にタイトルからじゃ内容把握できないヨ的なものに… スミマセン…

内容的には軽いです。ノリで楽しんで書きました。
途中黒陛下に引きずられそうになりましたけど…(苦笑)
つまり、夕鈴も方淵も陛下が1番ですよという話です。
あ、李順さんもか。夕鈴さん、2回とも李順さんに遅れとってるし(笑)
結果的に両方とも夕鈴の方が陛下でしたけど(再笑)

あと、柳家にいる煩い何かは気にしないでください。何かがいる程度で。
確実にいる…よなぁと思いつつ、でもコミックス派の方々は意味が分からないでしょうし。
時期的にも夕鈴もまだその存在を知らない辺りを想定してるので〜

ちなみに。
うちの夕鈴さんは雷が怖いという設定があったのですが。
陛下のおかげであの日以来あまり怖くなくなったという裏設定。

ムーミンママ様、いつも楽しいリクエストありがとうございます〜v
次もですので、なるべく早く頑張りたいと思います!!
意見・返品等は年中無休でお待ちしております〜



・オマケ・
「ところで、方淵とは後宮で何してたの?」
 自分のフリをするために通っていたのは聞いている。
 李順に言われて方淵はそれを律儀に守っていたと。
 …非常に面白くない話だけれど。
「毎晩会ってたんでしょう?」
「そうなんですよ! 陛下、聞いて下さい!」
 途端に爆発する夕鈴に吃驚する。
「う、うん…」
「あの人お茶の淹れ方一つにまで文句言うんですよ!? 夜までお妃教育されてるみたいでしたよ!」
「そ、そうなんだ… ご苦労様……」
 夕鈴の剣幕にさすがに妬く間もない。
「味は美味いも不味いも言われませんでしたけどッ あの人の奥さんになる人は苦労しますねッッ」
「う ん……」

 多分毎晩喧嘩腰の会話だったと思われる(笑)
 


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