※ 160000Hitリクエスト、キリ番ゲッターまみ様へ捧げます。




 それは休暇2日目、人がいない間に人の悪口で盛り上がっていた陛下と几鍔を怒鳴って、
 几鍔と喧嘩別れした後のこと―――



「ねー夕鈴。帰る前に何か軽いもの食べに行かない?」
 軽く夕鈴の腕を引いた陛下―――今は李翔という偽名だが―――が、突然そんなことを言
 い出した。

「へ? 今からですか?」
「実はさっきのところであんまり食べてないんだよね。お腹空いちゃった。」
 外套の上から自分のお腹を押さえる彼を見て、夕鈴も自分のお腹に目を遣る。
「…そういえば、私も食べ損ねてるわ。」

 明玉のところではお茶しか飲んでない。
 そう考えたら、夕鈴も何だかお腹が空いてきた。

 まあ、食べ損ねた元凶は目の前のこの人なんだけど。

「あ、でも持ち合わせが…」
「夕鈴の場合は僕のでせいでしょ、お詫びに全部僕が出すから。―――青慎君! ちょっと
 待って〜」
 陛下が少し先を行く青慎を呼び止める。
 はい?と返事をしながら、青慎は立ち止まった2人のところまで戻ってきた。



「お勧めのお店とかある?」
 青慎に事情を説明していた陛下が夕鈴の方を振り返る。
「えーと…」
 軽く辺りを見渡すと、夕暮れ前の落ち着いた街並みが目に入った。

 家に帰るまでのそんなに遠くない距離。
 いくつか店の名前が浮かぶ。

(明玉のところ以外で……)
 あと、安くて美味しい店が良い。
 さすがに全額奢ってもらうわけにはいかないし。

「じゃあ―――…」
 しばらく考えて、一つの店の名前を思い出した。












    噂、千里を走る?
「いらっしゃいませー 3名様ご案内〜」 元気な少女が声を張り上げ、3人を奥の席に促す。 夕暮れが近くなって明かりが灯された店内は明るく、人で溢れた場は話し声や笑い声で賑 わっていた。 「うわー 人が多いね。」 きょろきょろと見渡しながら、陛下が感心したように言う。 それにはい、と夕鈴は元気よく頷いた。 「空いてて良かった。ここは食事時には行列ができてしまうんですよ。」 今は夕飯にも早くてずれているからこれでも少ない方だ。 それでもあといくつかしか空いてないから、すぐに埋まってしまうだろう。 「ほんとに美味しいんです。」 「へー楽しみだなー」 そんな雑談をしながら陛下が1人で、夕鈴と青慎が向かいに並んで座る。 さりげなく彼が入り口を含めて店内全てを見渡せる位置を選んだことに 姉弟は気づかな かった。 「青慎は何食べる?」 「でも、帰ったらすぐ夕飯じゃ…」 ここでしっかり食べたら入らなくなると青慎は心配する。 この店は美味しくて安くて、そして量も多いのだ。 「軽くのつもりだし、夕飯の時間を少し遅らせれば良いよね。」 「そうですね。」 陛下の言葉に夕鈴も同意して、すると青慎も少し安心したようだった。 「じゃあ、夕食に影響出なくて美味しいのは?」 「ここは点心も充実してるんですよ。私は杏仁が好きなんですけど、――――」 「いらっしゃいませー」 さらに人が増えてきた店内では、女将までもが駆り出されて大忙し。 それでも少女の声は元気だ。新しい客に接客用の笑顔を向けて中へと促す。 その間に目を走らせて、空いている席を探した。 「もうあちらのお席しか空いてませんけど、よろしいですかぁ?」 「ああ、」 可愛らしい声音に、けれど先頭の男は全く興味を示した様子もなく適当に相槌を打つ。 人のあしらいに慣れた少女ははーいと応えて、彼らを唯一空いていた席に案内した。 「あの子、けっこう可愛かったッスね。」 「…面倒事起こしたら蹴飛ばすぞ。」 「しませんよー …アニキは興味ないんすか?」 「くだらねーこと聞くな。」 (ん? 今の声……) 耳に入ってしまった会話に嫌な予感を覚える。 背を向けているから顔は分からないけれど、その声には嫌というほど覚えがあった。 陛下は入り口に一度目を向けたもののすぐに元に戻って気にした風でもなかったし、だか ら夕鈴も特に注意を向けてもいなかったんだけれど。 「あ。偶然だね。」 背後で小さな舌打ちが聞こえると、その男と目が合ったらしい陛下が笑顔で手を挙げる。 ―――嫌な予感が確信に変わった。 「几鍔さん!」 先に振り向いた青慎が驚き声を上げ、椅子から腰を浮かせる。 夕鈴もギギギと首を後ろへ向けて、予想に違わない姿を認めてもの凄く嫌な顔をした。 「…何でアンタがここにいるのよ。」 他にも店はあるのに、どうしてこの時間この場所ではち合わせるのか。 せっかく美味しい店に入って楽しい気分だったのに。最悪だ。 「どこにいようが俺の勝手だろーが。…誰かさんのおかげで飯食いっぱぐれたからな。」 言葉の後半は夕鈴へではない。几鍔が睨むのは夕鈴の少し後ろ。 「あはは、ごめんね。」 しかし睨まれた本人はさらっと笑顔で受け流す。 もう一度舌打ちしてから、几鍔は乱暴に夕鈴と背中合わせの席に座った。 明るい店内の中で、そこだけが気まずい雰囲気に包まれる。 夕鈴と几鍔は機嫌が悪くて無言、青慎や子分達は気を遣って声をかけられない。 1人笑顔の彼はといえば、のほほんと店内を眺めていた。 「おや、久しぶりだね。」 ―――と、近くの席の話が沈黙した2つの席に入り込んできた。 「いつ帰ってきたんだい?」 お茶を出しに来た女将さんが、顔馴染みの旅装の男に気安く話しかけている。 ついさっき王都に入ったばかりだと、彼も軽い調子で答えた。 「何か良い品は入ったかい?」 「おーばっちりだ。後で女将さんにも見せてやるよ。」 足元の四角い箱を叩いて男は快活に笑う。 「それは楽しみだね。その様子だと羽振りは良いみたいだから、今日はまけてやんなくて も良いかね。」 「うわ、そんな! ―――まあ良いや。ついでに注文もいつもより上等なやつにするよ。」 「へぇ。随分気前が良いね。」 珍しいと女将さんは軽く目を瞠った。 「国王が代替わりしてから商売もしやすくなったしな。懐も温かいんだ。」 男は余程良い品が手に入ったのか上機嫌だ。酒も良いやつを頼むとまで言いだした。 ちゃんと節約しなと呆れて忠告する女将に、彼は大丈夫だとまた笑う。 「狼陛下に感謝しなくちゃな。」 「じゃあ私も感謝して、おまけはライチで良いかい?」 「ありがてー」 説得は諦めたらしい女将が肩を竦めると、大好きなんだと彼は喜んだ。 「その代わり、良いやつたっぷり見させてもらうよ。隠さずにね。」 「さすが女将さん。抜かりないねぇ。」 『………』 それらを何となく聞いてしまった一同に、また奇妙な沈黙が落ちる。 「…狼陛下、か。」 1番初めに呟いたのは几鍔。 ようやく言葉を発してくれたことに子分達もホッとした。 「確かに代替わりしてから商売はしやすくなりましたよね。」 「町も活気が出てきたしな。」 「民間人も登用試験を受けやすくなりました。」 周りの子分達が話し出すと、青慎もその輪に入る。 沈黙が破られたことにホッとしたのは彼も同じ。 夕鈴もようやく顔を上げて、―――まだ無言ではあるが、ゆっくりお茶を飲み始めた。 「人が増えたごたごたもあるが、活気があるのは良いことだ。」 「その点は感謝すべきだよなー」 「―――冷酷非情の狼陛下なのに?」 今まで輪の外に目を向けていた陛下がきょとんとして視線を戻した。 聞かれて几鍔はフンと鼻を鳴らす。 「俺達にはそんなん関係ねーからな。安心して暮らせりゃ文句はねーよ。」 庶民にとっては王宮など雲の上。 冷酷非情の狼陛下と言われようとも、直接関わり合いになるような相手ではない。 ―――前王の時代より住みやすくなった。 彼らにとって重要なのはそれだけだ。 (…まあ、その本人が目の前にいるとは誰も思わないわよね。) にこにこ笑顔の小犬だし。 これで誰が狼陛下だと気づくだろうか。 夕鈴は完全に他人事で、我関せずとお茶をすすっていた。 注文したお団子はもうすぐ来るだろうし。食べたらさっさとここを出よう。 「狼陛下といえば――― そういや最近、妃を召されたって噂ですよね。」 「っ!?」 子分の1人が突然そんなことを言いだしたので、夕鈴は茶を吹き出しそうになった。 (ど、どうして下町にまで噂が広がってんのよ!?) 「どんな方なんでしょうね。」 (青慎、そんな話題に乗らなくても良いから!) そう叫びたかったが、拍子にお茶が気道に入って思いっきりむせる。 「あの狼陛下の妃なんだから、相当な美人なんだろうよ。」 「他は目に入らないほどの寵愛っぷりらしいですしね。」 「あまりの愛の深さに縁談話も消えたとか。」 「へぇー」 「ッッッ」 一体どこまで知ってんのよと、言いかけた声はやっぱり咳に変わる。 「……何してんだ?」 ゲホゲホと1人咳き込む夕鈴に、すぐ後ろの几鍔は怪訝な顔。 「な、何でもないわよ―――ゴホッ」 涙目になりつつ何とか言い返すが、おかげでまた咳がぶり返してしまった。 喉が痛い。 「大丈夫?」 席を立った陛下が夕鈴の背をさすってくれる。 よっぽど辛そうな顔をしていたんだろう。覗き込む目は心配そうだった。 「だ、だいじょう…」 「―――狼陛下の妃はとっても可愛いんだよね。」 ふと耳元に顔が寄せられて、夕鈴にだけ聞こえるように囁いた彼がくすりと笑う。 「〜〜〜ッッ」 (今それを言いますか!?) 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。 ぼふっと頭から湯気を出しそうに顔が赤くなる。 それにまた彼は嬉しそうに微笑んだ。 「おい夕鈴。」 「何よ!?」 このタイミングで声をかけられて、動揺を隠すためについ喧嘩腰で返してしまう。 ただ、いつも似たようなものなので几鍔の方は特に気にした様子もなかったが。 「お前はそのご寵妃様とやらを見たことあるか?」 「あ、あるわけないじゃない! 端っこで掃除してるだけなんだから!」 (本人だなんて言えるかー!) 元々秘密だけれど、たとえ許されても絶対言いたくない。 「そりゃそうか。じゃあそっちは?」 あっさり納得した几鍔の的が、今度は隣に立つ彼に変わる。 「僕? 僕もないけど… 陛下の寵愛ぶりの噂は聞くよ。」 「たとえば?」 他も興味を示して身を乗り出してきた。 いくつもの視線を一気に受けて、彼はしばし考える仕草をする。 「えーとね、人前でも憚らずお妃様を抱き上げたりとか、片時も離れたくなくて妃を政務 室に呼んだりとか、他に妃は要らないと名門貴族の令嬢との縁談も突っぱねたりとか。」 まあ確かに事実だ。 全部今話してる本人がやったことなのだから。 …本当の理由が一般的に言われているものと違うだけで。 「……?」 ちらりと見下ろした彼と何故か目が合って、すると彼は 夕鈴に向けて意味ありげに笑ん だ。 何事もなかったかのように視線を元に戻して、彼はさらに言葉を続ける。 「―――言葉もね、甘いんだよ。『私は君がいればそれでいい』とか『望むのなら片時も 離れぬがいい』とか? 後は……」 (うぎゃー それ以上は止めて〜〜ッ) 確かに言った。言われた。…だから余計に居た堪れない。 数々の恥ずかしい記憶までよみがえって悶絶する。 「…免疫ねーのかよ。」 真っ赤な顔で頭を抱えて卓に突っ伏す彼女を見て几鍔が呆れた顔をした。 「ま、そんなんお前には無縁だよな。」 「当ったり前じゃない!」 がばっと顔を上げて食ってかかる。 臨時花嫁でもしてなければ絶対に言われたりしない。 演技過剰な狼陛下じゃなきゃ言わない。 …あんなの、何度聞いたって慣れるわけがない。 「じゃあ、僕が言ってあげようか?」 すいと夕鈴の手を取って、小犬の笑顔で陛下がにこりと笑った。 「遠慮します!」 「えー」 それに即答で切り返すと不満顔で返される。 (ってゆーか、本人でしょうがッ) 言っているのは狼陛下で、言われているのは臨時花嫁だ。 王宮でいっつも演技してるくせに、今ここで言う意味が分からない。 「いちゃつくなよ そこ。」 「誰がいちゃついてんのよ!?」 几鍔の横やりで今の状況に気がついて、ぱっと陛下の手を振り払うとそっちに怒鳴る。 (いちゃつくとか、冗談じゃないわよ!) 「そーゆーのは余所でやれ。」 「だから違うっての!」 勢いで立ち上がると、大きな音を立てて椅子が揺れた。 ぎゃいぎゃい喧嘩を始めた2人を余所に、看板娘は注文のお団子を笑顔で置いていく。 子分達もついでに注文を頼んだり、名前を聞いてさらっとかわされたり。 こういう光景は見慣れているのでみんな無視だ。 「仲良しだなぁ…」 その様子を眺め見ながら黎翔はぼそりと呟く。 見事に置いていかれて、ちょっと悔しいなと思った。 夕鈴は怒った顔も可愛いけれど、それが向けられているのは自分じゃない。 ……ちょっと、いや、けっこう面白くない。 「えーと、李翔さん、」 奥の青慎が控えめに声をかけてきた。 「ん?」 「あの2人は幼馴染ですから。だから、その」 言葉を探して少しだけ彼の視線が彷徨う。 フォローしようとしてくれているのが分かったから、優しい弟くんににこりと微笑みかけ た。 「―――うん、ありがとう。」 とりあえず、―――今度はどうやって割り込もうか。 2011.12.8. UP
--------------------------------------------------------------------- お題: 下町で夕鈴とできれば李翔さんも交えてみんなで狼陛下とその妃の噂話をして、     その噂の内容で夕鈴が恥ずかしさに悶えてほしい(原文) 下町編3日間のうちで、入れるとしたらここかなーと。 3巻ラスト、子分達の呟きの間ってところです。 うん、そりゃ気まずいよねっていう(笑) 隠しリクとして、可愛い夕鈴をとのことでしたので。 えっと、李翔さんに攻めてもらいました(笑) 噂というより陛下の言動に悶絶してるような気もしますが。 ―――何気に小犬の方がタチ悪いと思うのは私だけでしょうか。 陛下的に、自分より几鍔の方が夕鈴の席に近いのが気に入らなかったらしい。 ↑陛下は卓を挟んだ向かい、几鍔は背中合わせ 几鍔が意図したのかは別として、陛下は面白くないですよねー で、咳き込む夕鈴にかこつけて間に入ってみたけどまた会話に置いていかれてしまったとか。 陛下視点だとそんな感じです。 夕鈴って几鍔に対して特に沸点低いですよね。反抗期?(笑) ……頑張れお父さん(違) そんなポジションな兄貴が大好きです。 これで、下町推進委員会メンバーとしてもちゃんとお役目果たせましたv ここにあるアイコンがめちゃ可愛いんです☆→→下町推進委員会 まみ様に捧げますv って、ちょうどリクを頂いて1ヶ月… すみませんでしたー(土下座) 返品・苦情・意見などは年中無休でお受けしておりますので、ご遠慮なさらずにどうぞ―


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