※ まだ夕鈴が臨時花嫁を始める前の話。




「はい、どうぞ。」
 にこやかに差し出されたそれを呆然として受け取る。

 手の中で遊ばせていた小銭が落ちて転がって彼女の足に当たったのだ。
 彼女はそれを拾ったばかりか丁寧に拭いてから手渡してくれた。

 なんて、優しい人だろう。


「夕鈴、行くわよー」
 呼ばれて少女は返事のために1度そちらをふり返る。
「待って! じゃあ、次から気を付けて下さいね。」
 きらきらと輝く笑顔を残して、彼女は友達のところへ走っていった。




「夕鈴、さんか……」
 輝く笑顔と優しい声が、いつまでも男の心に残っていた。













    下町の平穏を守る者
「兄貴、大変です!!」 「あ?」 焦った様子で部屋に駆け込んできた子分を几鍔は一瞥する。 こういう光景はよくあることだ。だから特に驚かない。 どこかで喧嘩でも始まったか。 それとも流れ者が店で暴れてるのか。 ―――だが、返ってきた答えはそのどれとも違っていた。 「不審な男が夕鈴を探してるみたいっス。」 …それはある意味、他の何より厄介な問題だ。 少しばかり真っ直ぐに育ち過ぎたあの幼馴染は、正しいと思えば後先考えずに行動する。 その後の面倒事など考えやしないのだ いつも。 「……今度は何やらかしたんだ アイツは。」 呆れつつも、下町のごたごたを収めるのは自分の役目だ。 仕方ねぇなと舌打って、几鍔は定位置の窓枠から立ち上がった。 「おい、てめーか? 夕鈴を探してるっつーのは。」 この辺りでは見かけない男に後ろから声をかける。 几鍔の声に振り返った男は、ぱっと表情を明るくして詰め寄る勢いで迫ってきた。 「彼女を知ってるんですか!?」 「…?」 いちゃもん付けに来たのとは少し違うような気がする。 必死というのは何となく伝わったのだが。 「…何が目的だ?」 僅かの警戒心を残して聞く。 すると男は何故か―――キラキラと目を輝かせた。 「もちろん告白ですよ!」 「あ…?」 なんか今、物凄く有り得ない単語を聞いたような気がするんだが。 気のせいか? 「優しくしてくれた彼女に一目惚れしたんです。」 「……優しい?」 お人好しは認めるが、あの暴れん坊が優しい? 人違いじゃねーのか? 自分の知るあの女と結びつかなくて、思考が停止する。 ―――まあ、別に放っておいても良い類か。 最終的にはそう結論付けた。 「無駄だぜ。あの人はダメだ。」 後は子分に任せて帰ろうとすると、その中の1人が突然そんなことを言い出した。 「何故ですか?」 素直に男はそれに反応して聞き返して。 問われた子分は得意気に胸を張った。 「夕鈴はオレ達の兄貴のもんだからだ。」 「!? 誰が…ッ」 何言ってんだこの馬鹿が!と叫ぼうとして、隣にいた大柄の子分に口を塞がれる。 ちょっと静かにしてくださいと、それは几鍔が驚くくらいの連係プレイだった。 …そんなもんを今ここで発揮すんなと言いたいが。 「夕鈴に手ぇ出すならそれなりの覚悟がいるぜ。」 さらには他の奴までそんなことを言い出す。 (だからてめーら 何を考えてやがんだ一体!?) 「そ、それはどこの誰なんだ?」 おそるおそるといった風に男が尋ねた。 子分はそれを見て、待ってましたとばかりにニヤリと笑う。 「―――几鍔の兄貴だ。」 「!!」 几鍔の名はその"働き"と共にわりと知れ渡っている。 その名を聞いた途端に男もさっと青褪めた。 「おい、話を勝手に進めん…」 「―――兄貴、あれ隣の区のボンボンですよ。金持ちのドラ息子。あんなんに夕鈴渡して 良いんですか?」 自分より若干大きい男が耳打ちしてくる。 金持ちのドラ息子、そんなんにあの女が靡くとも思わないが。 だが、相手は夕鈴だ。時に誰もが考えつかない行動を起こす危なっかしい幼馴染。 後々面倒なことになるかもしれないと考えると、今ここで手を打っておいた方が良いのか もしれない。 「……」 男の視線がこちらへ向く。 彼の知る"几鍔"の特徴と自分が一致したのだろう。 几鍔が手を挙げると、心得たと引っ付いていた子分が離れた。 (不本意だ… 不本意だがっ!) しかしこの流れで自分が言うべき言葉は決まっている。 ここまでお膳立てされたら他にない。 (…後で全員シメる。) それだけは内心で誓って、夕鈴に惚れたという男の前に立った。 「…ああそうだ。だから諦めな。」 正直顔は引き攣ってたのだが、相手は睨んでると受け取ったらしい。 ついでに言うと、今まで押さえ込まれていたのは横恋慕する男に掴みかかろうとしていた から…に見えたんだとか。 「几鍔さんには敵いません…」 几鍔が相手では分が悪いと、男は肩を落として引き下がった。 そしてこの日、1つの恋が、夕鈴に届けられることなく儚く散ったのだった。 2011.12.15. UP
--------------------------------------------------------------------- そんな兄貴に萌えます☆ 人の良さは夕鈴に負けてないと思うこの人。 てか、夕鈴最初しか出てないヨ(笑) 夕鈴に今までそういう話がなかったのは絶対兄貴のせいだと思うんだよなぁ。 だって下町纏めてる男が相手で誰が手を出せるというんだろう。 子分達は大半2人がくっつくと思ってたみたいだし(笑) てか子分達w この後もちろん全員シメられたと思います☆ こういう端キャラを書くのは楽しいですv


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