お花の髪飾り
      ※ 230000Hitリクエスト。キリ番ゲッター慎様に捧げます。下部に素敵イラスト付き☆
      ※ ちなみに50000企画「明けない夜、覚めない夢」(=内緒の恋人)設定です。




 陛下に贈り物をされるのは、気後れはするけれど嫌じゃないのよ。

 ―――だって、好きな人からもらって喜ばない人はいないでしょう?




「陛下… ちょっと待―――」
 制止の声はいつも最後まで紡げない。

 真っ赤な顔をしてても、逸らそうとしても。
 最後の言葉は塞がれてしまうから、口の中で溶けて消える。


 ―――キスは、嫌いじゃない。

 でも… 途中から何も分からなくなるのが、少しだけ怖い。
 自分が――― 遠いどこかに行ってしまいそうで。

 だから、どこにも行かないように彼の服を握りしめる。
 …その分キスは深くなって、もっとクラクラしてしまうのだけど。

「夕鈴…」
 陛下に呼ばれる名前はお菓子のように甘くて、耳に注ぎ込まれる度に身体中が熱くなる気
 がした。
「へい、か…んッ」
 僅かに離れることさえ厭われるように、2人の距離はすぐにゼロになる。

 気がつけば、彼の後ろには天井が見えていた。
 いつの間に押し倒されていたのかも分からない。
 ここは寝台じゃなくて長椅子なんだけど… 分かっているけれど、頭の奥まで痺れている
 感じがして力が入らない。


「夕鈴、」

 …キスじゃなくても、声でも溶けそうだわ。


 クセのない髪を骨ばった大きな手のひらが撫でて梳く。
 撫でられるのは好きだった。その優しい手つきにホッとするから。



「――――…」
 髪を撫でていた手が、何かに気づいたようにふと止まる。
「…?」
 そっと目を開けると、どこか不機嫌そうな―――というより、拗ねているような顔。
 彼の手の中にはいつの間にか外されていた髪飾りがあった。
「いつになったらつけてくれるの?」


 彼が言っているのは、10日ほど前に贈られた花の髪飾りのこと。
 "恋人"としてどうしても何かを贈りたかったと言われて、夕鈴は恐縮しながらそれを受け
 取った。

 華美な物を好まない夕鈴のために、彼は淡い桃色のシンプルな形の花を選んでくれたのだ
 けど…
 ただ、華美ではない分、細工の一つ一つは丁寧かつ素材は一目で分かるほどの高級品で、
 結局気後れしてしまうほどの代物だった。
 花の周りを飾るのは、希少な真白い真珠や珊瑚。それぞれは小さいが明らかに一級品と分
 かる。
 さらに曇りない純度の高い銀色の飾りは、髪に飾れば歩く度にしゃらしゃらと涼やかな音
 をたてるのだろう。

 溜息をつくほど綺麗で、夕鈴も一目で気に入ったそれ。

 ―――けれど、夕鈴が身につけているのは今日も違う髪飾り。
 今度今度と言い続けて、結局まだ1度も付けてない。


「だ、だって怖いんです…」
 彼に押し掛かられているせいで逃げられず、夕鈴は唸りながらぼそぼそと答える。
「壊したらどうしようとか、もし汚したらとか、失くしたらとか……」
「あれは君の物だから、壊しても借金にはならないよ。」

 確かに借金が増えるのは困る。いつもそう言ってるし。
 でも、今心配しているのは、、

「そういうんじゃないんですっ」
「?」
 陛下は夕鈴が言っていることの意味が分からないようだった。
 あまり機嫌のよろしくないまま見下ろされる。
「そうじゃなくて……」
 けれど、その続きの言葉が出てこない。
 どう説明したら良いだろうと悩んでしまった。

 ―――こういうときに価値観の違いを知る。
 その溝を埋めるのは結構難しい。



「気に入らなかったか。」
「へ?」
 沈黙をどうとられたのか。
 考えてもいなかったことだったから、理解が遅れて思わず聞き返してしまった。
「…そんなに嫌だったとは思わなかった。」
「ち、違…ッ」
 慌てて否定したけれど、もう遅くて。

「……分かった。」
 ふいと顔を背けた彼が夕鈴から離れる。

(怒らせた…? …違う、これは―――傷つけた…ッ)

「陛下っ」
 けれど、もう声にもふり返らない。
 腕を引いて引き留めるまもなく背中は遠ざかっていく。


(違うのに!)

 声は届かず、結局陛下は戻ってこなかった。















*
















 朝日が室内を明るくしていくのをぼんやりと眺め、夕鈴は寝転がったまま深く息を吐く。

 ―――結局、一晩中眠れなかった。

「……」
 のろのろと寝台から起き上がり、何かに導かれるようにして鏡台の前に座る。
 そこで寝不足で見れたものではない顔は見ずに、脇に置いた小箱から例の髪飾りを取り出
 した。


 いつ見てもとっても綺麗で、光を浴びると輝いてなおいっそう美しい。
 


 毎日こうして眺めている。
 本当にすごく嬉しくて、すごく気に入っていた。

 …でも、これを付ける勇気が夕鈴にはなかったのだ。

 それは、自分に相応しくないからとか―――そういうのでもなくて。
 そんなことを言ったら、似合うと思って選んでくれた陛下に失礼だし。

 これは夕鈴個人の問題で、陛下には全く関係のないこと。
 今回の件は私が完全に悪い。


 ―――振り返らず去っていく背中を思い出すとまた胸が痛んだ。


「謝らなきゃ…」
 声に出したことで、その思いは一気に膨れあがる。
 今すぐにでもここを飛び出していきたかった。

「―――…お妃様?」
「っはい!」
 寝室の外から控えめに侍女の声がする。
 起きたことを察して声をかけてくれたのだろう。

 逸る気持ちをどうにか抑えて、夕鈴は朝の準備をしてもらうために侍女を呼んだ。




















 朝の準備の間に陛下のことを聞いてきてもらったら、今朝はもう出られた後だったとのこ
 と。
 タイミングを逃したと落ち込んだが、そうも言ってられないとすぐに浮上する。


 とにかく今すぐ謝りたかったから、準備が済むとすぐに夕鈴は1人で部屋を出た。






















 回廊に響くのは夕鈴の足音のみ。
 きょろきょろと辺りを見回しながら陛下の姿を探す。


「陛下…どこ……?」

 待ってなんかいられなかった。
 今すぐ会って、ちゃんと気持ちを伝えたくて。


「!!」
 ちょうど振り返った時、庭を隔てた先の回廊に陛下を見つけた。
 追いつかなくちゃと思って途端に足を速める。

 侍女を引き連れたままではこんなことはできない。1人だからできることだ。
 だから無理を言って1人で出てきた。
 李順さんに見つかって怒られても、そんなことよりこっちが大事だと思ったから。


(早く、早く言わなくちゃ…!)




 カシャン


「えっ?」
 何かが落ちた音に夕鈴は足を止める。嫌な予感がして咄嗟に頭に触れると髪飾りがない。
 弾かれるように音がした後方を見て、"それ"を見つけた夕鈴はさっと青くなった。

「うそっ」

 急いで駆け寄って、髪飾りの前に両膝をついて座り込む。
 見た目は何も変わらないけれど、一瞬触れるのを躊躇ってしまって。
「……」
 一度は引っ込めた手をぎゅっと握りしめてから再び伸ばす。
 おそるおそる触れて、両手でそっと持ち上げてみた。

「壊れて、ない…?」
 慎重に慎重に細工の一つ一つを確かめていく。
 欠けたところはないようだとホッとしたのも束の間、裏側を見るために傾けた拍子に、真
 珠が一粒こぼれ落ちて転がった。
「…っ」
 手を伸ばそうとしたけど届かなくて、それは端の壁に当たって止まる。
 手元の髪飾りには、不自然に抜けた箇所が一つ。
 同じように、夕鈴の心にもぽっかり穴が開いたような気がした。


「やっと、勇気を出したのに…」
 後悔が次々と押し寄せてきて、滴がぽたりと下に落ちる。
 止まらなくなった涙を拭う気にもなれなくて、夕鈴は髪飾りを胸に抱いたままポロポロと
 流し続けた。





「夕鈴? どうしたんだ?」
 前方から声がかかってゆっくり顔を上げると、陛下は一瞬目を見張って足早に夕鈴のとこ
 ろまでやってくる。
 彼は何の躊躇いもなく夕鈴の前に膝をつき、頬を流れるものを手のひらで優しく拭ってく
 れた。
「どうして泣いている?」
「…ッ」
 その言葉にまた涙が溢れて、夕鈴は手元に目を落とす。

「―――壊しちゃったんです… 謝りたくて、やっと勇気を出して付けたのに… 走ってた
 から取れて落ちて……」
 それから端に転がっている真珠に目をやる。
 陛下もそれに続いてしばらく眺めた後、また視線を戻すと夕鈴の手元に手を伸ばした。

「陛下…?」
 夕鈴の手から髪飾りを受け取り、後ろにいた侍官に命じて真珠を拾わせそれも受け取る。
 陛下はそれらを見比べてから、安心させるように表情を緩めた。
「大丈夫だ。これくらいならすぐに直せる。」
「ッ本当ですか!?」
「ああ。―――これをすぐに修理に出せ。」
 振り向き様に渡したそれを、侍官は両手の平で受け取る。
「妃が泣くから早くしろと伝えるのも忘れずにな。」
 そう言いながらニヤリと笑うと、その侍官は髪飾りを恭しく捧げ持ったままでさらに深く
 頭を下げた。
「御意。」

 そして彼は髪飾りを手にすぐにそこを去り、夕鈴と陛下の2人だけがそこに残された。






「ほら、立って。」
 2人きりになると陛下はますます優しくなって、片腕で腰を支えながら夕鈴を立たせてく
 れる。
 それはもちろん全く危なげなどないのだけど、いつもと違うと不思議に思った。
 夕鈴がいるのは彼の腕の中、その反対側に隠されたものは何だろうと。

 ―――そう思っていたら、目の前に薄桃色の何かが差し出された。


「はい、これ。」
 陛下の手には可愛らしい生花。
 きょとんとしている間に、彼はそれを夕鈴の髪に挿す。

「これなら飾ってくれるかなって。」
 瑞々しい香りは、それが摘んだばかりだということを示している。
 夕鈴のために、彼はその花を摘んできてくれたのだ。
「夕鈴の気持ちを考えてなくて… 昨日はごめんね。」

(……私が悪いのに。)
 先に謝られてしまってさらに落ち込む。
 陛下は何も悪くない。悪いのは、私の方。


「ごめんなさい…」
「え、ダメだった??」
 謝罪のタイミングが悪かったのか、勘違いした彼が慌てる。
 それに違うと首を振って、顔を上げると彼を見た。
「そうじゃなくて…」
 頬に触れる大きな手にそっと自分の手を重ねる。

 ちゃんと伝えないと。
 私は、気に入らなかったから付けなかったんじゃない。

「あのですね… 嬉しかったんです。あの髪飾り、すごく綺麗で… でもそれだけじゃなく
 て、陛下からっていうのが1番で……」

 綺麗な綺麗な髪飾り。色も形も一目で気に入った。
 でも気に入ったのはその美しさだけじゃなくて、1番は、"陛下が"私に贈ってくれたもの
 だったから。

「それが嬉しくて、嬉しすぎて… 大切すぎるから使えなかったんです。」

 壊したら、陛下からの気持ちも壊れそうで嫌だった。
 失くしてしまったら、それくらいの気持ちなんだと思われそうで嫌だった。

 だから見ているだけにしていた。
 陛下からの気持ちごと、大切にしまい込んでおきたくて。

「でも、そんな私の我が儘で陛下に嫌な思いをさせてしまって… ごめんなさい。」

 一気に終えた告白の後、俯いてしまうとそこに沈黙が落ちる。
 陛下は何も言わない。頬に添えられたままの手も微動だにしなくて。

(…伝わったかしら?)

「!!」
 不安に思ってちらりと見上げると、予想外の微笑みにぶつかる。
 それにびっくりしてしまい、再び俯いて逸らした。

 夕鈴を見つめる瞳はどこまでも優しく、そして甘い。
 どうやら伝わったらしい、というのは分かったけれど…



「―――その可愛い顔をもっとよく見せて。」
「っっ」

(嫌ですッ)
 絶対、すっごく真っ赤になってる。それを見られるのはかなり恥ずかしかった。
 心の中で精一杯叫んで、ささやかな抵抗とばかりに彼に縋り付く腕に少し力を込める。

「…逆効果だよ それ。」
 けれどクスリと笑われたかと思うと、頤に滑り降りた手があっさりと振り向かせてしまっ
 た。
「―――!」
 どうにか逸らそうとしたけど、力で彼には敵わない。

「可愛い。」
 さらに近づいた彼が頬にキスを落とす。
 ちゅ、と音を立てて触れた後、すぐ近くの顔がにっこりと夕鈴に微笑みかけた。


「似合うよ。夕鈴は、何でも似合うね。」
「ッッ!?」
 演技でも何でもない素直な賛辞に、ぼんっと夕鈴の頭から湯気が出る。
 心の準備なんてあったもんじゃない。不意打ち過ぎて心臓が思いっきり飛び跳ねた。



(このっ 天然タラシ陛下―――――ッ!)


 心臓が、壊れそう。







慎様よりいただきました☆
「―――その可愛い顔をもっとよく見せて。」
「っっ(嫌ですッ)」
↑……という場面を想像しました。



2012.2.21. UP



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お題:一枚絵を送らせていただくので、それから思い付くお話(原文)

慎様から三択でリクいただいて、イラスト!と答えまして。
そうしたらこんな素敵な甘イラストが!!
※↑のは50%縮小サムネイルです。原寸大はクリックで。
萌えに萌えて脳内大暴走しまして。まとめるのに苦労しました(笑)
もうですね、プリントアウトしたのを毎日持ち歩いて眺めてはネタ出してましたよ☆
てか、今も持ち歩いてますが(笑)

目指したのは、いちゃ甘痴話喧嘩ですv
たまには2人だけの話でもと思って、予定していた浩大の出番はカットしました。
侍官さんが出てますけど。まあこの人はモブなので。
全然関係ない仕事を任されても淡々とこなすのも侍官の大切なお仕事…なのか?(笑)

部屋ではいろいろやってるのに、外では頬キス止まりな夫婦演技の矛盾。
でもそれも内緒の醍醐味か(笑)
内緒の恋人設定は未来夫婦と違って安定してないので、そこもまた書いてて楽しいところ。


慎様、ほんとーにありがとうございました〜vv
宝物です! 狼陛下サイトやってて良かったです!!(>▽<)o))
しかし、慎様の意をちゃんと汲んでるのかが謎です…
違ってたらすみません〜ッ 苦情は受け付けております故〜!
 


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