甘いお菓子の作り方
      ※ 190000Hitリクエスト。キリ番ゲッタームーミンママ様に捧げます。




「うーん 甘い! んで美味い!!」
「あ!」
 また人が目を離している隙に浩大が卓上のお菓子を頬張っていた。
 さらに両手にも持っていて、遠慮する気など全くないことが伺える。

「浩大ッ もう…ちゃんと残しておいてよ?」
 最初の頃は夕鈴も目くじらを立てて怒鳴っていたが、最近は半分諦めてしまって言っても
 一応の注意のみ。
 彼には何度言っても無駄だと悟ったからだ。

「大丈夫〜 味見だから。」
「それはつまみ食いって言うの。」
 夕鈴も半ば諦めているとはいえ、浩大には罪悪感の欠片もなさそうだ。

 本当は、そのお菓子は陛下のために作ったもの。
 なのにいっつも浩大の方が陛下より先に食べてしまう。

「毒味も兼ねてるんだから見逃してよ。」
「私は毒なんて入れないわよッ」
 "毒"という言葉に夕鈴はむっとして即座に切り返した。

 絶対有り得ない。冗談じゃない。
 前に陛下にも「毒を飲ませたいなら直接言う」と言われたくらいだ。

(そもそもどうして私が陛下に毒なんか飲ませるのよ!?)

 夕鈴が本気で怒ったのを感じ取って、浩大は言い方が悪かったと首を振った。
「あー違うって。材料とかさ、どこに混じるか分かんないし。」



「―――それは仕事熱心なことだな。」
「!」
 低い声が風のように入り込む。
 浩大がぱっと後ろに下がり、夕鈴は振り返って出迎えの礼をとった。

「陛下。おかえりなさいませ。」
「ただいま。」
 夕鈴にはにこりと笑んで、その後方に視線を移した陛下がそこを軽く睨む。

「……頼んだ覚えはないが?」
 そう言った陛下の手が上がる前に、浩大はさらに下がって窓枠に飛び乗った。
 もちろん、背中は見せないようにして。


「ごちそうさまー」
 誰よりも要領が良い隠密殿は、今日もさっさとそこから逃げた。







「全く… 油断も隙もない。」
 姿が消えた窓を今だ睨みつけて、陛下が低く呟く。

 陛下も浩大におやつを食べられてしまうのは気に入らないらしい。
 いつもお菓子とか美味しそうに食べてるから、余程好きなんだろうなとは思ってたけど。

「人の物を盗るばかりか、私より先に食べるとは…」
 食べ物の恨みは怖いなと思う。
 陛下が狼陛下の演技のままって、かなり怒ってる時くらいだし。

「…まぁ、最近はその数も入れて多めに作ってますけど。」
 陛下の分のお茶の準備を始めながら、夕鈴もいくつか減った皿の上のお菓子を見る。
 それが分かっているから浩大も余計に遠慮がないのだろう。
 でも、数を少なくしたところで浩大が遠慮して食べないというのも考えられない。

「ふーん…」
 フォローだか何だかよく分からない夕鈴の言葉に陛下は小さく呟いて、そのまま黙り込ん
 でしまった。
 …その沈黙がちょっと怖いけれど。



「……ね、ゆーりん。」
 突然小犬に戻った陛下が、くるりと振り返って甘えた声を出す。
「…何ですか?」
 少しばかりの警戒を滲ませて、一応の形で問い返してみた。
 聞いてはいけないと分かっているのだけど、この状況で聞かないわけにはいかない。

(これは… 確実に、"来る"…!)

 そう、小犬のお強請りが。
 間違いなく来そうな気がして、夕鈴は一歩引いた。

 あれでお願いされると夕鈴は勝てない。
 だって、しょんぼりされると放っておけなくなるんだもの。


「僕も一緒に作りたい。」
「…へ?」
 彼の"お強請り"は予想とは少し外れていた。

「そうすれば浩大に食べられることもないし。ゆーりんとたくさん一緒に過ごせるし♪」
 名案だと言わんばかりに表情を明るくして、パタパタと元気に振る尻尾の幻までひっつけ
 て。
「お菓子、一緒に作ろう。」

 ―――そんな簡単に言わないで欲しいと思う。

「…いえ、陛下を厨房に立たせるわけには」
「え、ダメ?」

(………だからっ そのしゅんって顔は止めて下さいってば!)
 肩を落として尻尾も耳も項垂れて、頭もだんだん下がっていく。

 これを再び笑顔に戻すためには、方法は1つしかないと分かっている。
 分かっているけど躊躇われる。

 だって、陛下は陛下なのだ。
 本性はこれでも、この国を治める王様なのだ。


「今度からは食べられないようにしますから…」
「…やっぱり、ダメなの?」
 下からじっと見つめられる。
 しょんぼりにプラスして今度はさらに上目遣い攻撃ときた。

(あーもうっ だから私はそれに弱いんだってばー!)



「……………分かりました。」
「ほんと!?」
 やっぱり今回も夕鈴の根負け。
 散々躊躇った後に了承すると 彼はぱああっと思った通りの笑顔になる。
「…李順さんへの許可は陛下が取って下さいね。」
「うんっ 任せて!」


 "簡単で、陛下に万が一にも怪我をさせないお菓子"

 元気に頷く陛下の前で、夕鈴は必死にお菓子の名前を思い出していた。

















*



















 思いつきの提案だったけど、我ながらなかなか良い案だったと思う。

 これなら浩大に盗られる心配もなく、何より夕鈴と一緒にといられるというのが1番大事
 なことだ。


 まあ、許可を得るときに李順にいろいろ言われたけれど。
 文句はつまみ食いをする浩大に言えと言っておいたから別に良いよね。






「……じゃあ、今回は寿桃を作ります。」
「うんっ」
 夕鈴はどこか疲れたような感じだけど、僕は楽しみで仕方がない。
 元気よく返事すると、彼女は何故か溜め息をついていた。


 台の上には数種類の粉と空の深い器、脇には沸かされているお湯。
 他にも興味深い物がたくさんあって面白い。

 この辺りは夕鈴が全部準備してくれた。


「まずは、粉を混ぜます。」
 2種類の白い粉を深めの器に入れ、夕鈴はそれを熱湯で溶き手早く混ぜる。
「ふんふん」
 横から手元をのぞき込んでいるとふと夕鈴の手が止まった。
 不思議に思って顔を上げると、何故か赤くなって夕鈴はぱっと目を逸らす。

「…あの、陛下、近いです。」
「ん?」
 わりと熱いはずの器を抱えて夕鈴はすすすと離れてしまった。
 ちょっと考えて、その原因に思い至る。
「ごめん。興味深くてつい。」

 失敗失敗。どうやら近づきすぎたらしい。
 集中しているなら大丈夫かなと思っていたけど気づかれてしまったらしい。

「まだ何もしてませんけど… 陛下のお仕事はすぐですから。」
 黎翔が近づかないのを確かめてから作業を再開させる。
 混ぜ終わると蓋をして、しばらく待つのだと説明してくれた。


 待つ間に夕鈴は別の何かを準備しだし、することがない自分は器をじっと眺めていた。
 これがああなるのかと、出来上がりを想像して不思議に思う。
 いつもできた物しか見たことなかったし、今回はお菓子だけど普段から料理ができていく
 様は純粋に興味深い。


「そろそろ良いかしら?」
 器の中の固まりを取り出し、夕鈴がドンと台の上に置く。
 さらに砂糖と何かを加えてから器用に捏ね出した。

「―――では陛下の出番です。これをしっかり捏ねてください。」
 取り粉の方法や捏ね方のコツを2、3回やってみせて教えてから、夕鈴は場所を黎翔に譲
 る。

「この加減で出来上がりが全然違うんですから。重要なお仕事ですよ。」
「うん、分かった。」
 面白そうな作業にわくわくしながら手を出した。

「えっと、こう?」
「そうです。その調子でお願いしますね。」

 もういくつかアドバイスして、夕鈴は別の場所に行ってしまう。
 せっかく近かったのに残念。


「私は餡の準備をしなくちゃ。」
 違う器に白餡を入れて夕鈴が準備をし出すのを、黎翔は無意識に目で追う。
 黙って眺めていると、夕鈴と不意に目が合った。

「陛下、手が休んでますよ。」
「あ、うん。ごめん。」
 注意されて慌てて再開させる。
 でも、やっぱりちょっと遠い気がして。

「…ね、夕鈴。こっちにおいで。」
 一緒に作るんだから近くが良いなと。
「―――そうですね。」
 夕鈴も納得したのか、すぐに隣に並んでくれた。


 その理由は…期待してないから尋ねたりもしない。
 ただ彼女が近くにいてくれたらそれで良いと思った。






「んー… もう少し甘みが欲しいかな。」
 独り言を呟きながら、夕鈴は白餡を混ぜてたまに味を見つつ加えていく。
 その横で黎翔はひたすら生地を捏ね続ける。

 やってることはバラバラだけど、これはこれで楽しい時間だと思った。
 だって夕鈴がすぐ隣にいてくれているし。

「夕鈴。どれくらいになれば良いの?」
「耳たぶくらいの固さです。」
 これくらいで良いかなーと、食紅を加えて餡を桃色に染めながら 夕鈴はこちらも見ずに
 答える。
「耳たぶ…」
 すべすべになった固まりをじっと見て、次いですぐ傍の夕鈴を見た。
 彼女は視線に気づかない。

 むにむに

「んー こんなものかなぁ?」
 耳たぶに触れて軽く揉んでみた。
 触った感じはちょうど同じくらいだ。
 一度生地を確かめてから、もう一度耳たぶに触れる。

 むにむに

 触り心地が良いなぁとぼんやり思いながら触っていると、急にそれが手から離れた。

「ちょ、さっきから何してるんですかっ!?」
 あ、やっとこっちを見てくれたと思ったら、彼女は真っ赤になって自分の耳を押さえてい
 る。
 …そこは今まで黎翔が触れていた場所だ。
 また一歩分 彼女との距離が離れてしまった。

「え、だって耳たぶでしょ?」
「自分ので確かめてくださいよ!」
 きょとんとして答える黎翔に対して、彼女は赤い顔を隠しもできずにそう叫ぶ。

「えー」
 夕鈴のが柔らかくて良いのに。
 そう不満を漏らすと涙目でギッと睨まれた。
 これ以上はさすがに本気で泣かれてしまいそうだ。

「もうしないから戻ってきて。てか、できちゃったし。」
「〜〜〜…ッ …分かりました。」
 しばらく夕鈴は何かに耐えるように唸っていたけれど、生地に手を伸ばしてきたから場所
 を変わった。




 生地を手早く均等に分けて麺棒で円形に伸ばす。
 さすが夕鈴は手際が良い。黎翔が感心している間に次々と出来上がっていく。

 別に丸めて分けられている小さいのは、緑色を混ぜて葉っぱにするらしい。


「次は伸ばした生地に餡を詰めます。」
 餡を包んで桃の形に整える。
 夕鈴の小さな手の中で、可愛い桃があっという間に出来上がった。

「陛下もやってみてください。」
 3つくらい作ってから、また場所を譲られた。
 どうやら夕鈴は葉っぱ作りをするらしい。

 見様見真似で餡を包んでひっくり返し、形を整え―――る途中でふと思いつく。
 夕鈴のお手本とは少しばかり違う形を作った。

「見て見てゆーりんっ 兎!」
 夕鈴が作った葉っぱを付けて完成。
 自信満々に見せると、彼女はがくりと肩を落とす。
「……作るのは桃です 陛下。それじゃ雪ウサギじゃないですか。」

 手のひらに収まっているのは丸っこくて小さい兎。
 生地が身体で葉っぱが耳になっている。

 なかなかの上出来だと自分では思うんだけど。

「可愛いでしょう?」
「…まあ確かにそうですね。」
 そこには夕鈴も反論はないようだった。
 黎翔の手に乗る兎をじっと見つめる。
「…だったら、それはそのまま蒸しちゃいましょうか。」
「うんっ」

 蒸し上がったら、きっと可愛くてふかふかの兎になる。
 他はちゃんと桃の形にしながらも、その兎の出来上がりが楽しみだなぁと思った。



 最後はあらかじめ準備しておいた蒸し器に桃と兎を入れて蒸すだけ。

 時間はそんなにかからないらしいけれど、待ち遠しかったせいか長く感じた。
 蒸し器の前でじっとしていたら、座って休憩したらどうですかと夕鈴に勧められて。

 2人でお茶をしながら出来上がりを待った。

















 ほかほかの出来上がりを器に盛って2人で部屋に戻る。
 たくさんの桃の中には、同じ色した桃色の兎も混じって並んでいた。



「いただきます。」
「はい、どうぞ。」

 出来たての熱さに気をつけながら、小さなそれを一口囓る。
 一口で食べるのは勿体ないなと思った。

「わ…」
 ほかほかして甘くて、とっても美味しい。
 自然と笑顔になるのを見て、夕鈴もホッとしたようだった。

「美味しいですか?」
「うんっ」
 素直に頷いて早速2つ目を口にする。
 夕鈴も1つ目を食べて、美味しいとにこりと笑った。
「今まで食べた中で1番かも。」
 本当に美味しい。
 これは出来たてだからだろうか。
「陛下もたくさん頑張りましたからね。」
 だから何より美味しく感じるのだと、夕鈴は教えてくれた。


「…もっと作れば良かったな。」
 一つ一つが小さいからすぐ食べてしまう。
 熱いのもあって一気には食べられないけれど、それでもあっという間に減っていく。
「あんまり食べると夜に苦しいですよ。」
 だからこれくらいでちょうど良いのだと夕鈴は言うけれど。
 楽しい時間が終わる気がして、そう思うと余計に全然足りないと思う。



「…あれ、兎を残してるんですか?」
 夕鈴が気がついてそれを指し示して尋ねる。
 最初に作った雪ウサギの形の寿桃がまだ皿の中に残っていた。

「―――どこから食べようかと思って。」
 1番最後まで残っていたそれを手にとって、観察するようにいろんな角度から眺め見る。
「一口でいくのは勿体ないし、できればじっくり味わいたい。可愛い耳からか愛らしい頭
 からか、それともこの丸っこく囓り甲斐のありそうな背中からか… どこからでも美味し
 そうだが―――夕鈴ならどこが良い?」
 にっこりと微笑んで、夕鈴に聞いてみた。

「へ、陛下…?」
 どう答えるかと思ったら、何かを感じ取ったらしい夕鈴は身体を心持ち後ろに引く。


(ひょっとして、気づかれたかな?)

 桃色の小さな兎に喩えた言葉の裏に。
 …兎が何に喩えられたか彼女は気づいたのだろうか。

(――――夕鈴のことだから、それはないか。)

 期待してはいけないのは重々承知。
 すぐに思い直して、内心で苦笑いしておいた。



「あの、冷めたら美味しくないですよ…?」
 そして結局、兎はそのどれにも答えなかった。

 本能的に逃げたのかもしれない。本当に賢い兎だ。

「…そうだね。」
 黎翔もそれ以上追求することは止めておく。

「―――勿体ないけど、食べるなら1番美味しい時だよね。」
 兎の口に当たる部分にそっとキスをしてから、一口で口の中に放り込んだ。





 口の中に広がる甘い味。

 僕の兎も、こんな風に甘くて美味しいのかな―――?




2012.3.6. UP



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お題:陛下と夕鈴の超絶甘〜いお菓子作り

前半夕鈴、後半陛下視点でいってみました☆
今回は本編ノリです。自覚無自覚はどちらでも良いかなって感じで。
前回のシリアスから一変してこちらは軽い感じでいきました〜v

そして今回の隠しは…
「夕鈴手作りおやつをいつも奪っていく浩大とそれを許す余裕がなくなってきた陛下。
 一緒にお菓子を作って食べてしまえば…お菓子は無事だし、夕鈴とイチャイチャできるかも!?」

―――というわけで、出来る限りいちゃいちゃさせてみました(笑)
楽しそうな陛下、というか楽しかったのは私ですが。
どこからセクハラになるのか。そんな感じで(笑)

…だからね、夕鈴。陛下が怒ってたのはお菓子が好きだからじゃなくて、夕鈴が作ったから(以下略)
ちなみにこの寿桃(桃饅頭)はネット上のレシピを参考にさせていただきました。
出来上がりが可愛くてすっごいおいしそうだったんです。
雪ウサギ型は単なる思いつきです。食べ物で遊ぶなよ(笑)とか思いながら書いてました。
何故か最後まで引っ張っちゃいましたけどね。
本物にはキスできないからお饅頭にキスで我慢ww

ムーミンママ様、いつもありがとうございます♪
こんなセクハラ一歩手前な陛下で良かったでしょうか?(笑)
私の方は今回もノリノリで書かせていただきました〜v
返品その他はいつも通り随時受け付けておりますので、遠慮なくどうぞ〜vv
 


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