記念日 2




「ん…」
 重い瞼をどうにか開けようと試みる。
 けれど眉を顰めて精一杯開いてみても、半分程度がやっとだった。

「だめ… 起き、なきゃ……」
 外からの明るい光もいい加減起きろと告げている。
 身体は怠いし頭も重いけれど、さすがにこのままではいけないのも分かっていた。
 知るのも怖い時間だというのも…理解はしているのだ。

「そういえば…凛翔と鈴花は、何をしているのかしら…?」
 朝食も一緒に食べていないし、いるはずの両親が揃って起きてこないのは不思議に思われ
 そうだ。
 その辺りはたぶん華南が上手く説明してくれているだろうけれど。
 でも、だからといってそのままというのもどうかと思って。

「……様子、見に行かなきゃ。」
 ぐるぐる考えているうちに頭もようやく動き出す。
 そうして拘束して離さない腕の中から抜け出そうとしたら、起き上がる前に捕らえられて
 また中に引きずり込まれた。


「―――どこへ行く?」
 白い光を遮る闇色。組み敷いて見下ろしてくる紅い瞳も夜を思わせる彩。
 朝っぱらから心臓に悪い。
「え、いえ、もういい加減起きようかなって…」
「今日は共に篭ると言っただろう。」
 寝起きで掠れた声さえも閨事を思い起こさせて、夕鈴は咄嗟に返す言葉を忘れてしまった。


 宣言通りに昨夜遅く陛下が帰ってきてからずっと、微睡んでは睦み合ってのくり返し。
 少しの休憩をと、互いに服を着たのはついさっきだ。


「でも、凛翔と鈴花の様子も見に行かないと」
「華南や女官達に任せておけばいい。」
「そ、そういうわけには…んっ」
 降ってきた唇に反論を封じられ、さらに深いキスを施される。

 全ての感覚はついさっきまでの行為を覚えている。
 引きずり出された記憶に簡単に熱は上がった。

「ま、待ってく…」
 それでも最後の抵抗を試みるけれど。

「―――君は私のものだろう?」
 耳に滑り込む熱い声。入り込んだ手のひらが肩を撫でる。
 ついに観念して抵抗を止めれば、耳元で彼が笑った。

「夕鈴、」


「おとーさまとおかーさまはとってもなかよしなのね。」


「「!?」」
 思った以上に近い声に、弾かれるように2人同時にそちらを見る。
 ―――いつ入ってきたのか。鈴花が寝台にちょこんと顔を出して見つめていた。


(…というか、いつから見られていたんだろう。)
 顔色は青にするべきか赤にするべきか…結果固まってどっちにもならなかったのだけど。


「こら、鈴花。邪魔するなって言ったじゃないか。」
 凛翔も部屋に入ってきて、鈴花を抱き上げて立たせる。
 兄の方を見上げた彼女は些か不満そうな顔で頬を膨らませた。
「だってもうお昼なのに。タイクツしちゃったんだもの。」
「それも見越して李順に頼んでたんだから良いんだよ。」

 よく分からないけれど、李順さんも関係しているらしい。
 ひょっとして昨日遅くまでの仕事も、今日をお休みにしたのも何か考えがあってのことな
 のか。


「父上、母上、すみません。鈴花がこんな調子なので、できればそろそろ起きていただき
 たいのですが。」
 両親の状態はあまり気にしていない風で凛翔が告げる。

 …その年でその反応はどうなのかとちらりと思う。
 だからといってその話題に触れられても困るんだけども。

「来ていただきたい場所があるんです。」

 そう言う息子の表情は意外に真面目なもの。

「―――分かった。」
 告げたのは陛下で、少々不満そうな表情ではあったけれど 夕鈴を解放すると自らも寝台
 から離れた。






















「―――あら、この衣装…」
「はい。つい先日仕立て上がったものですわ。」
 夕鈴の疑問に侍女が笑顔で素早く答える。
 ただそれは確かに疑問の答えではあったのだけど、全ての疑問には答えていなかった。

 橙と珊瑚色に染められた生地はそれぞれに細かい刺繍が施され、色を合わせた帯には金糸
 が織り込まれている。
 結い上げた髪に挿された金の簪は涼やかな音を立てているし、首飾りの金細工の彫りも見
 事だ。

「…私は宴にでも出るのかしら?」
 今日は陛下と共に休むのだから、いつも通りの服装で良いはずなのだけど。
「太子様の指示ですわ。」
「凛翔の…?」
 ますます意味が分からない。
 あの子が来て欲しいと言った場所と何か関係があるのだとは思うのだけれども。



「夕鈴。準備はできたか?」
 やはり男性の方が支度は早い。
 先に終えた陛下に呼びに来られてしまった。

「陛下、お待たせし――――…」
 振り返り詫びる途中で言葉が途切れる。
 そのままその場で、夕鈴は固まってしまった。

 ……不覚にも見惚れてしまったのだ。
 いつもと違う衣装に身を包んだ彼の人に。


 濃紺の衣には龍の意匠、袖もゆったりと作られ下衣の裾は足下まで流れている。
 一見重苦しく見えるがそれは王の威厳を伝えるもの。

 身軽な服を好む彼の盛装は滅多に見られない。
 それ故に、常と違う彼に年頃の乙女のようにときめいてしまった。


「今日の装いは随分と華やかだな。」
 言葉を失くした夕鈴の代わりに彼の方が笑んで告げる。
 気がつけば腕の中に囲われて、至近距離で見つめられていた。
「まるで春を告げに来た天女のようだ。」
「〜〜〜っ!?」

 だから、さらっとそういうことを言わないで欲しい。
 突然言われても咄嗟に対処できないのだから。

 真っ赤な顔で返す言葉に窮していると、彼にくすくすと笑われた。
「そろそろ行くとしよう。また鈴花に怒られそうだ。」
 そう言いながら、彼は自然な流れで夕鈴の腰を引いて行く先をリードしてくれる。
「……そうですね。」
 非常に悔しいのだけど、今は他に言葉が見つからなかった。

 いつか絶対見返してやると今回も誓う。
 ―――何度目かのその決意はいつ実を結ぶのかは分からないけれど。













「一体何なんでしょうね?」
 2人並んで、凛翔の指定する場所―――後宮庭園の四阿へと向かう。

 今日は流れる雲すらない程の晴れ。
 外に出たくなる気持ちは分かるのだけど、それだとあの表情が説明つかない。

「だいたいの予想はつくが… 理由が分からないな。」
「…今日は何か特別な日でしたっけ?」
「さあ?」
 考えてみても2人とも特に思い至らずに首を傾げた。



 約束の場所は、もうすぐ傍。




















「おとーさま、おかーさまっ」

「おめでとうございます。」


 凛翔はそれを器用に高く飛ばして散らす。
 李順に抱っこされた鈴花も両手をいっぱい広げてそれを降らせた。


 ―――ふわりと舞う、色とりどりの花びら達。


 我が子達の笑顔と言葉と一緒に、それは2人の上に降り注ぐ。

 さらに上から降ってくるのは屋根に登った浩大か。


「おめでとうございます。」
「何ともめでたい日じゃな。」

「…え?」
 華南も老師も、みんなの笑顔に出迎えられて夕鈴は戸惑う。
 隣の陛下も言葉を発しないところを見ると同じなのだろうと思った。

(祝いの言葉を貰うような… 今日は一体何の日だったのかしら?)


「―――老師に、今日が2人の結婚記念日だと聞いたんです。」
 真正面に立つ凛翔が、父親と同じ顔で、彼より柔らかに微笑む。
「それで内緒で祝おうかとみんなに相談したんですが…当人達は忘れていたようですね。」
「……」
 事実なのでバツの悪さに視線を彷徨わせた。
 その時にちょうど陛下と目が合って、互いに苦笑う。


 そういえばそうだった。

 今日は2人の結婚記念日。
 ただ、特に行事にはなっていないから意識は薄い。
 毎年2人で、どちらか思い出した方が簡単に祝う程度だった。
 しかも今年は陛下が昨日まで仕事で遅かったのもあって、夕鈴の方もすっかり忘れていた
 のだ。



「ね、見て!」
 鈴花が指さす方に導かれ、陛下と2人で四阿の中に入る。
 周りは2人の反応を笑顔で見守っているようで。

「…わぁ。」
「すごいな、これは。」
 それは決して見られていたからでも期待に応えようと思ったからでもない。
 2人の感嘆は、同時に自然と出てしまったものだった。

 中は紗の布と季節の花で装飾され、狭くはない台の上には溢れそうなくらいの皿が乗って
 いる。
 そこに盛られているのはたくさんのお菓子、彩りにも色とりどりの花が添えられていた。

「これね、ぜんぶ華南におしえてもらったの。」
 いつもより高い位置から鈴花は得意そうに微笑む。
「朝から、いっぱいがんばったのよ。」
 本人はやり遂げたという満足感でいっぱいのようだ。
 「ね?」とすぐ隣の華南に同意を求めると、相手は優美な笑顔で頷いた。
「ええ。お2人に喜んでいただきたいと、一生懸命作られていましたわ。」

「ありがとう。」
 嬉しいと、にっこり笑って正直に感謝を告げれば、鈴花はますます満足そうに笑う。
「凛翔も。これだけの準備は大変だったでしょう?」
「いえ…」
 凛翔の方は少し照れたみたいで俯いてしまった。
 それがあまりに可愛くて、ぎゅっと抱きしめてしまいたいと思うけれど。
 それをやってしまうとますます恥ずかしがってしまうかしら。


「ほれ、早く座らんか。」
 老師が2人を花の席に促す。

「李順、おろしてー」
「はいはい。」
 ワガママ放題の鈴花に怒りもせずに李順さんは付き合ってくれている。

「お茶の準備を。」
 凛翔の指示に女官達は笑顔で拝礼し動き出す。


 夕鈴も一歩踏み出そうとして――― 動かなかった彼の人に引き留められた。

「陛下?」
 背中から腕の中に捕らわれる。
 それは決して強い拘束ではなかったけれど、肩に落ちた頭に抗う気も失せてしまった。
「どうかなさったんですか?」
「…幸せをね、噛みしめていたんだ。」

 殊の外、陛下は嬉しかったらしい。
 夕鈴はそれにくすりと笑って手を伸ばし、彼の頭をそっと撫でた。


「本当にいい子達ですね。」
「そうだね。」

「最高の記念日です。」
「うん。」

「皆 待ってますよ。」
「……そうだね。」

 ようやく頭を上げた陛下は少し照れくさそう。
 いつまでも慣れない彼に再び笑って、夕鈴から手を繋いだ。


「―――ありがとう、夕鈴。今日という日をまた一緒に迎えられて嬉しい。」

「私もです。これからもよろしくお願いしますね。」




 たくさんの笑顔に囲まれた、今日は特別な記念日―――




2012.3.12. UP



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お題:『老師からもうすぐ国王夫妻の結婚記念日だと聞いた凛鈴兄妹。サプライズでお祝いしちゃおう!』

未来夫婦指定でリクをいただきました☆
隠しは「陛下にはちょっと感動しちゃってウルッとしていただけたらサイコー!!」
とのことだったんですが… ウルッとまではいきませんでした。
頑固なお人だ(笑)

てゆーか、いちゃ甘夫婦はリクのどこにも書いてないですけどね!
メインが違うところに行っちゃいそうで焦りましたー

陛下も夕鈴も王宮のしがらみをあまり知らないっぽいなぁと。
夕鈴は下町育ちだし、陛下も生まれはともかく育ちは辺境だし。
王宮に来た頃は馴染めなかったって言ってたし。
なので、子ども達もわりと奔放に育ってるイメージです。
乳母も華南だけで、2人とも彼女が見てるようです。

そんな彼女には鈴花より一つ下の念願の娘ができてます。
年が離れた末の一人娘。兄達に溺愛されて育ってます。鈴花とも仲良しですよ☆
そんなどうでも良い設定。
ま、凛翔とくっつけても良いけども。
凛翔の相手に関してはもう一つ設定があるのでどちらにしようか悩んでます。

ともりゅう様、ほのぼのリクをありがとうございましたーvv
ちょっと違う方向に突っ走ってしまったので、お詫びに下に凛翔視点も書いておきました。
返品等はいつもの通り受け付けておりますのでお気軽に☆







・オマケの凛翔視点・
 ※ちょっと間違って夕鈴視点になっちゃったので、オマケは凛翔くん視点です。


 両親の仲の良さは知っている。
 その日のことを教えてくれたのは老師だった。

 ―――老師の話によると、いつもは2人でささやかに言葉を贈り合っている程度らしい。

 だったら内緒でお祝いの準備をしてビックリさせてしまおう。
 ほとんど思いつきで提案すれば、面白いと言って老師はすぐに相談に乗ってくれた。




「10日後か…」
 時間があるようであまりないなと思う。
 そんな大きなものにするつもりはないが、それでもやるべきことはたくあんある。
 しかもそれを両親に知らせずに準備しなくてはならないのだ。


 ああ、そうだ。
 この計画には華南の協力は不可欠だ。

 李順には父上の仕事の調節を頼もう。

 浩大は絶対面白がって手伝ってくれそうだし。

 それから―――鈴花にも伝えたら、きっと喜ぶだろうな。
 早く教えてあげよう。


「さて、楽しみなことになった。」
 この先のことに思いを馳せて、凛翔は小さく笑った。



…随分と出来た10歳だなぁ(苦笑)
 


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