※ ちなみに2人は結婚してる前提の未来話です。お子様'sはお年頃です☆




「……この国に姫はいたか?」
「確か、いらっしゃったと思いますが…」
 遠くなっていく彼女の背中を目で追いつつ夢見心地で問えば、従者から希望の返事が返っ
 てくる。

 ならば、行動は早い方が良い。
 後れを取ったら誰かに奪われてしまうかもしれない。
 それは絶対嫌だった。


「―――彼女が欲しい。縁談は持ち込めるだろうか。」
 後ろの従者からは了承の声。
 それにさらに気持ちは高揚する。

 彼の心の中は、今 1人の美しい少女のことでいっぱいになっていた。









    縁談
「同盟国から公主に縁談の申し込み?」 「ええ、そうです。」 夕鈴の問い返しに、李順が書簡を片手に頷く。 彼の手にあるそれはやたらに長く、何やらびっしり書き込まれているのが見てとれた。 「…ってそれ、いつものことじゃないですか。」 突然呼び出され、皆神妙な顔をしているから何事かと思ったのに。 深刻な雰囲気に覚悟していた分、肩透かしをくらって脱力してしまった。 鈴花が年頃になってから、貴族や他国の王族からも話はひっきりなしに来ている。 だから今更驚きもしないけれど、不思議なのは何故この場に夕鈴も呼ばれたかということ だ。 ここには陛下と夕鈴と子ども達、そして李順。 この面子でこの話題とは珍しい。 いつもは父子で勝手に処理してしまうので、夕鈴や鈴花に知らされることはあまりない。 あったとしてもいつも事後報告だった。 「…何か問題でも?」 この場に呼び出された理由を夕鈴は何となく察した。 ―――今まで通りの対応では上手くいかない何かがあったのだと。 「それが… 縁談の申し込みはの飴色の髪の公主に、ということです。」 メガネを押し上げて答える李順は何やら渋い顔。 そして鈴花を形容するにはそぐわないそれに夕鈴は首を傾げた。 「"飴色"? …でも鈴花の髪は黒よね。」 そう言いながら隣に立つ娘の頭に視線をやる。 彼女の髪は父親と同じ美しい漆黒。どう見間違えても茶色には見えない。 「飴色…」 不機嫌そうに1人そっぽを向く陛下以外、全員の視線がある箇所に集まる。 …そして、その中心にいたのは、 「って、私!?」 叫ぶ夕鈴に全員が納得したように頷いて、それが揺るぎない事実だと知った。 「いやいや、私が"公主"だなんておかしいでしょう!?」 有り得ないと夕鈴は思う。 何がどう間違ったら自分が公主に間違われるのか。 確かに王后らしくはないかもしれないが、これでも一応2児の母だ。 決して少女に間違われるような年齢ではないはずだ。 「即刻焼き捨てろ。」 不機嫌全開の陛下がドスのきいた声で命じる。 よりによって夕鈴に縁談が届いてしまったのだから当然ともいえるのだが。 しかもその内容からして、"飴色の髪の公主"…つまり夕鈴という存在に懸想しているのが はっきり分かるのだから。 そんな彼を横目に、李順は頭が痛いと深くため息をついた。 「もちろんそのようにしてきましたが、3日と開けずに書簡が届き、何があろうと諦めな いと申されて…」 李順が持つ書簡はそんなことをつらつらと書いてあるものらしい。 その熱心さにはこちらも驚くばかりだが。 「ですから、ここは誤解を解いてきちんとお断りした方が良いと思いまして。」 つまり、夕鈴がこの場に呼ばれた理由はこれか。 確かに誤解を解くなら1番手っとり早い。 「…些細ないざこざで同盟に亀裂が入っても困りますね。―――分かりました、私からお 話します。」 「お願いします。」 隣の陛下を包む空気がまた一段と硬く冷たくなった気がしたが、夕鈴も李順もそこは無視 しておいた。 「…会わせたくない。」 「まだ言ってるんですか それ。」 もう前日の夜なのにまだグチグチ言っている陛下に思いきり呆れる。 放っておいても良いのだけど、膝に抱っこされている状態で後ろから抱きしめられている ので今は叶わなかった。 「どこで会ったんだ?」 むむと眉を寄せ、しかめっ面で聞いた彼が首筋に頭をもたげる。 それをくすぐったいと押し退けながら夕鈴は思い当たる節を探していた。 「会ったというか…… 考えられるのは、同盟国との協議のために各国からお招きしたとき だと思います。数日滞在された方が何名かいらしたでしょう? それで、その中のお一人 と偶然お会いしてご挨拶した覚えがあります。」 最終日の酒宴の時は后として出ていて常に陛下の隣にいたし、公主と間違われることはま ずない。 思い当たるのはそこしかなかった。 「その時に名乗らなかったのか?」 「けっこう離れていましたし… 挨拶といっても本当に会釈程度ですよ。あの距離で一目惚 れなんて、普通有り得ないと思うんですけど。」 夕鈴にはそこが分からない。 だいたい顔もあまり覚えていない相手なのだ。 いずれかの国の皇子だというのは、何となく聞いた気がするのだけど。 「会わせたくない…」 「だから、今更何言ってんですかっ てゆーか、締め付けないでください!」 陛下がぎゅうぎゅうと腕に力を込めるので息が苦しい。 こういう時は暴れれば暴れるほど拘束が強くなる。けれど、じっとしてると抱き潰されそ うだ。 「あーもー 離してくださいってば!」 ―――それからもぎゃんぎゃん騒いでみたけれど。 結局寝台に運ばれるまで離してくれなかった。 * 「初めまして。」 きょとんとしていると、美しい黒髪の美少女がにこりと微笑む。 「白陽国第一公主、鈴花と申します。」 「え? え??」 戸惑う彼の正面の席に腰を下ろし、彼女は公主然とした態度でそう名乗った。 「縁談の申し込みをされたのは我が国の公主と聞き及びましたが。我が国で公主というの は私だけですわ。」 察したのか彼女はゆっくり説明をしてくれる。 でも目の前の少女は思い描いていた"彼女"じゃない。 「…では、飴色のあの方は?」 彼女はこの国の公主ではなかった? しかしあの装いは王族のもので、女官でも侍女でもない。 協議には女性は招かれていなかったから、他国の姫でもないだろうし。 まさかあれは幻だったとか? 「―――それは、私のことでしょうか?」 落胆し、肩を落としたときに別の声が聞こえた。 弾かれたように顔を上げると、飴色の髪が光に弾けて見えて。 「は…はい…!」 思わずぴしりと背筋が伸びる。 (…ああ、この人だ。) 心の底から安堵した。 彼女は幻ではなかったのだと。 心音は早くなり、顔はくらくらするほど熱を帯びる。 「……良かった。ずっと貴女にお会いしたかったのです。」 浮かされた熱のままに言葉を紡ぐ。 すると少女はあの時と同じくにっこりと微笑んだ。 「ありがとうございます。あの時は名乗らず申し訳ありませんでした。私は――― 白陽国 王妃、夕鈴と申します。」 そうして彼女は深々と頭を下げる。 その優美な所作は、指先まで王族として精錬されたものに映った。 しかし、 「王妃…?」 「はい。」 聞き間違いかと耳を疑い問い返すが、再び肯定の返事。 "王妃"、つまり彼女は、この国の… 唯一の…… 「私の唯一の后だが?」 冷えた声と共に、黒く大きな影が恋い焦がれた彼の人を捕らえた。 真っ直ぐに視線を合わせることができないくらい鋭い瞳をした―――狼陛下。 冴え冴えとした紅の瞳に睨まれた気がして、その場に固まって動けなくなってしまった。 「陛下。あちらでお待ちくださいと…」 困った顔で彼女は自身の夫を見上げる。 「君を他の男に近づけるなど、本当は許したくない。」 腕の中に囲い込んだ最愛の妻のこめかみに、頬に、次々とキスを落としていく。 「君は私のものだろう。私以外の誰もその瞳に映してほしくない。」 「陛下…」 彼女の方はほんのり頬を染めながらそれを受け入れ、それに気を良くしたのかキスの雨は さらに増えた。 「――――えーと…」 目の前で甘い空気を突然作り出した2人に、胸が痛むより呆気にとられてしまう。 狼陛下は唯一の正妃を深く愛し、他には目もくれない程溺愛しているという。 その噂は他国にまで広く知れ渡ってはいたが実際に目にするのは初めてだった。 …そして、あの噂は真実だったのだと知った。 「あの方は狼陛下の最愛にして唯一の女性ですわ。お相手なさいます?」 いつの間にか隣に来ていた公主が試すような瞳で問う。 「…それは分が悪すぎますね。」 諦めると言外に言って苦笑いで返した。 彼女が欲しいと思った。 誰にも渡したくないと、確かに思ったのだ。 しかし、あの狼陛下相手に喧嘩を売ることはできない。 淡い恋より国の方が大事だ。 「――――…」 ふと隣の公主の横顔を見ると、やはり親子だからかどことなく似ていることに気づく。 興味がわいて少し下にある少女の顔をじっと見ていたら、視線に気づいた彼女と目が合っ て。 「あ、私も売約済みなので。」 ダメですよ、と何か言う前に断られてしまった。 「一方的にな。」 また誰かがやって来る。 背後から聞こえた静かな声に公主がふり返り、そのまま彼の方へと近寄っていった。 「兄様までいらしたの?」 …公主の兄ということは、彼は自分よりいくつか下のこの国の太子。 けれど、その落ち着いた雰囲気は自分より上にすら見えた。 「この度は混乱させてしまい、申し訳ありませんでした。」 申し訳なさそうに謝られてこちらの方が慌てる。 「いえ… 私が勘違いしただけですから。」 悪いのは勘違いした自分だ。そのせいでこの国に迷惑をかけてしまった。 だから謝るのは自分の方だと頭を下げた。 「宴の時とは別人ですね…」 まだいちゃついている国王夫妻を眺め見る。 最後の酒宴の時に后としてのあの方に会っていたが、同一人物とは思わなかった。 「普段があれなので、ああいうときは周りが張り切っちゃうんです。」 公主が苦笑いで答える。隣で太子は頷いていた。 確かに王妃にしては簡素な身なりだと思った。 華美な装飾は一切ないし、化粧も薄くほとんど自然なままだ。 「こちらの母に惚れるというのも珍しいんですが。」 太子が言いたいことも分かる。 宴の時に狼陛下の隣に立っていた女性は天女のごとき美しさだった。 招かれた客の全てが息を飲み言葉を失くしたのを覚えている。 …でも、見惚れただけで心に響きはしなかった。 自分が心ごと奪われたのは、庭園で一目見た"少女"の方。 「笑顔が…可愛らしい方だなと思ったんです。…まさかこんな大きな御子がいらっしゃる 方だなんて思いもしませんでしたが。」 ほんの短い逢瀬で恋に落ちるほど。あの笑顔は魅力的で可愛らしかった。 同じ年頃の少女だと思っていたのに、まさか親子ほどに離れている相手だったとは。 「見た目若いんですよね。あれでも一応30後半なんですけれど。」 「…そこはあまり知りたくなかったかもしれません……」 「あら、ごめんなさい。」 一目で落ちた淡い恋は見事に破れ、甘くて苦い思い出だけが胸に残った。 2012.3.16. UP
--------------------------------------------------------------------- 未来夫婦強化月間か(笑) キリリクではないのですが、感想からいただいたネタです☆ 公主と間違えて夕鈴に縁談が来るという。 でも一悶着というか勝手にいちゃつきだしましたヨ(笑) 拍手の小ネタのつもりでちまちま書いていたのですが、意外に長くなったので通常更新に。 拍手の方には別の小ネタを入れておきました。(未来夫婦ではないです)


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