※ 250000Hitリクエストです。キリ番ゲッターmaple様に捧げます。
      ※ ちなみに2人は結婚してる前提の未来話です。




 キィ―――ンッ

 歩くにつれ近くなる剣戟の音。


「その程度か!?」
「いえ!」

 それに混じる怒声、それに応える若い声。




「―――なかなかの活気だな。」

 黎翔はこの空気が好きだった。
 空気を音を、ただ感じるだけで意識が高揚し血が騒ぐ。

 かつて戦場を駆け回った、若い頃を思い出す。
 平和な治世はその時願っていたものだが、実現して久しい今はそれが懐かしいとさえ思え
 るようになった。


「調子はどうだ?」
 活気溢れる鍛錬場に黎翔は満足していたのだが。
 しかし、意外にも隣を歩く将軍は渋い顔をしていた。
「腕が劣ったとは言いませんが… 少し気が緩んでいる事実は認めねばなりませんな。」

 彼の目は厳しい。
 それは死線を知る者故。

「以前のように…軍が出るほどの事態もありませんから。」
 そう呟いて、老将軍は溜息を漏らした。


 今の年若い兵達は戦場を知らない。
 死と隣り合わせの世界など、遠いところの話なのだろう。

 それも仕方ないかと思いながら、黎翔は少し考えた。
 ここで一つ喝を入れてやるのも良いだろうか。


「―――私も最近平和呆けしていたからな。久々に身体を動かしたい。」
 そこで彼に1つの提案を申し出た。

 つまり、自分が彼らの相手をしてやると。
 かつて"戦場の鬼神"と恐れられた狼陛下自ら剣の相手をするということだ。

「おお、それは良いですな。」
 老いても逞しい体躯を衰えさせていない将軍はきらりと目を光らせる。黎翔の強さを知る
 故に。
「兵達の気も引きしまります。」
 彼は満面の笑みを浮かべると、全員を広場に集めるようにと部下に指示した。












    強さの秘訣
「へ、陛下に!?」 将軍の説明を聞いた途端、その場に集まった若者達全員が身を引く。 直接見たことはなくても狼陛下の強さは誰もが知っていた。 ざわざわと場は騒がしくなり、彼らは周囲と小突き合ったり囁き合ったりしている。 その様子を観察しながら、黎翔は何も言わず待っていた。 「陛下に我が軍の強さを見せる良い機会だ。当たって砕けてこい。」 将軍も勝てとは言わなかった。 それでも、誰も名乗り出ようとはしない。 (…確かに、些か覇気が足りないな。) 大人しすぎるその様子にかつてとの違いを見る。 仕方ないとは思っていたが、問題は思ったより深刻なのかもしれない。 …この場で1人でも名乗り上げてくれれば何かが変わるのだろうが。 「あのっ 私に指南していただけないでしょうか!?」 全員が戸惑う中、1人の少年が手を挙げた。 「…ほぉ。」 恐れず目を合わせる彼に、面白いと黎翔は口角を上げる。 彼はおそらくこの中で1番若いのではないだろうか。 背も小さく痩せっぽちで、押せば簡単に飛んでいきそうだ。 身の程知らずと周りからは視線を送られている。 しかし、その真っ直ぐな視線が黎翔は気に入った。 「良いだろう。」 外套を脱ぎ捨て近くにいた男に渡すと、黎翔は広場の真ん中へと歩を進めた。 演習用の剣は実践用のそれより少し重い。 だが黎翔にとっては特に問題はない。 ―――戦場では、敵の武器を奪うこともあった。 どんなに扱いづらくても使いこなせねば死ぬ。 刃がこぼれ切れ味が鈍くなっても、相手の命を絶てればそれで良かった。 その頃に比べれば、この程度はどうということもない。 「私が相手と遠慮はするな。躊躇いは命取りだ。」 剣を構えることなく無造作に下ろしたままで、黎翔は相手と対峙する。 そしてアドバイスをしてやれば、少年はぐっと唇を引き結んだ。 「そんな余裕はありませんっ!」 ぎゅうと剣を両手で握りしめて答える少年に黎翔は笑う。 体格も経験も比べものにならないが、彼の瞳はやる気に満ち溢れていた。 どうやら緊張はしていないらしい。 見た目に反して肝が据わった少年だ。 「どこからでも良い。かかって来い。」 「はいっ!」 元気良く答えた少年は、もう一度剣を握り直して地を蹴った。 本来なら勝負は一瞬で決まる。 だがそれでは意味がないのでわざと剣を受けた。 (…へぇ。) その太刀筋はがむしゃらに見えて、わりと周りが見えている。 打ち込みは軽いが早い。 いくつか確かめて、最後に一度 真正面から剣を受けた。 「威勢は良いな。―――だが、まだまだだ。」 軽く打ち上げて相手の剣をはじき、耐えきれなかったそれは少年の手を離れて宙を舞う。 「…ッた」 そしてよろけて膝をつき 痺れた手を押さえる少年の首の横に、ぴたりと己の剣を当てた。 「ま、参りました……」 肩で息をしながら、少年は少し悔しげに降参を告げる。 ただし、こちらを見上げる瞳は爛々と輝いたまま。 「腕はまだ未熟だがその威勢は気に入った。筋もなかなかだ。あとは経験を積め。」 少年を見下ろす黎翔の方は全く息が切れていない。 剣を引いてふと笑みを見せると、途端に少年は表情を明るくして大きく頷いた。 「はい! ありがとうございます!!」 ぴょんと元気に起きあがり、勢いづけて頭を下げる。 とても元気な少年だと思った。 「すごいな お前!」 「やるじゃん!」 途端にわっと少年の周りに人が集まる。 もみくちゃにされながらも、彼はとても嬉しそうだ。 「次は私にお願いします!」 「わ、私にも!!」 彼に感化され、他も次々名乗りを上げる。 それは主に好奇心旺盛な若い者達で、年長者はその後ろでまだ少し躊躇っているようだっ た。 だが、その目を見れば分かる。いずれは名乗り上げてくるだろう。 「遠慮は要らん。言えば全員相手してやるぞ。」 やる気に溢れた兵達を前にして、黎翔は充実感と共に不敵な笑みを浮かべた。 * 「お昼の休憩もとらずに… 一体何に夢中なのかしらね。」 寝ている鈴花は華南に預け、夕鈴は凛翔の手を引いて散歩がてら軍の鍛錬場へ来ていた。 陛下は朝からここの視察に行っているらしい。 …で、お昼を過ぎても戻ってこない。 実は散歩という名目での、連れ戻してこいとの李順さんからの極秘命令だった。 案内されながら、だんだんと近づいてくる音に夕鈴は耳を澄ます。 「この音は…?」 何かと何かがぶつかり合う音。 全く聞いたことがないわけではないけれど。 「陛下が皆に剣の指南してくださっているのです。」 歩きながら振り返った案内の青年は、少し興奮気味に笑顔で告げる。 「へ?」 (視察じゃなかったの??) 目を瞬かせている間に鍛錬場に着いて、目の前の視界が開けた。 「まだ脇が甘い!」 「はいっ」 明るい午後の日差しの下、その場は熱気に満ちていた。 石畳の広い鍛錬場の中央に2人、その周りをたくさんの男達が囲む。 剣を交えているのは1人は夫、もう1人はまだ年若い少年。 彼の怒号に怯むことなく、相手はもう一度向かっていく。 「―――――…」 その光景に夕鈴は口を開けたまま止まってしまった。 次々と年若い兵達を打ち負かしていく彼の姿が目に焼き付く。 真剣で厳しい横顔。 鋭くも生気に満ちた紅色の瞳。 こんな表情を、夕鈴は滅多に見たことがない。 王宮の中では決して見せない貌だ。 高官達と戦り合う時のような冷たさはなく、心から楽しんでいるのだろうことは見て取れ た。 「ははうえ…?」 知らず手に力がこもっていたらしく、凛翔が不思議そうに見上げる。 ハッとして目を向け、思い立って膝を折った。 「―――凛翔。」 そのまま息子を抱き上げて、彼に父を見るように促す。 「よく見ておきなさい。…貴方のお父様の姿を。」 こんな姿はなかなか見せられるものではない。 ここに凛翔が立ち会えた奇跡を思い、息子と共に彼の方を見遣った。 かつて"戦場の鬼神"と恐れられた人。 その腕は、今も全く衰えてはいないらしい。 「貴方のお父様はとっても強いのよ。」 それが自分の夫であることが誇り高く思えて、夕鈴は微笑んだ。 「次!」 「お願いします!!」 もう何人相手にしただろうか。 しかし、不思議と疲労は感じない。 むしろ身体は軽く、清々しい気分だった。 「動きに無駄がありすぎる。」 「ありがとうございます!」 どの若者も真っ直ぐに伝えてくる。 それが心地良い。 回りくどく面倒な狸共に見せてやりたいくらいだ。 若者達と剣を交えるのは楽しく、時間を忘れて没頭していた。 久々の高揚感に頭は冴え、神経は研ぎ澄まされていく。 「―――次は誰だ?」 数は覚えていないがもう粗方相手にした後のようだ。 死屍累々と大の字で寝転がっている者もいる中、1人の青年が黎翔の前に立った。 「よろしくお願いします。」 年は二十歳前後。背は高く、見た目は細いが鍛えていることが分かる。 「…ほぉ。なかなか骨がありそうな男だな。」 その立ち姿で、相手の力量に気づいた。 今まで相手にしてきた中で、おそらく1番腕が立つ。 これはまた楽しめそうだと、全く息を切らしていなかった黎翔はそれを隠さず不敵に笑ん だ。 「どうした? 立っているだけでは首は取れん。」 相手が間合いを計っているのを承知で挑発する。 彼はそれには乗らず、自分のタイミングで剣を横に構えた。 「―――行きます。」 キィ―――ンッッ その一瞬後、甲高い音が広場に響いた。 (…意外だな。) 物静かそうな外見に反して、青年のスタイルは相手に隙を与えない攻撃型。 次々と剣を繰り出し、黎翔を後ろへ追いやっていく。 ある程度まで来て身を返せばまたその繰り返し。 合間にこちらからも仕掛けてみるが、全て跳ね返された。 「…なかなかやるな。」 「恐れ入ります。」 答えつつもその攻撃の手は一切揺るがない。 黎翔が乗せられたフリをしているのは相手も分かっているのだろう。その表情に余裕は見 られない。 会話をする余力はあるらしいが、僅かに息が切れだしていた。 (…そろそろか。) 次の大きな一撃が、相手の最後の一手になるだろう。 ふと彼の後ろに夕鈴が見えた。 凛翔を抱いて、こちらを見つめている。 「ゆ―――」 青年から一瞬視線が外れ、相手はそれを見逃さなかった。 「――――――!」 キンッ 出遅れた分、相手の剣に圧される。 後ろに飛びながら黎翔はそれを弾き、着地と同時に腰を落として石畳に片手を付いた。 それをバネに飛ぼうとするが、黎翔が動くより青年の方が早い。 「もらった―――ッ!」 「!」 ―――そこでぴたりと空気が止まった。 『………』 音が消え、誰1人言葉を発することなく動かない2人を見る。 「―――参りました。」 …そして、絞り出すような声でそれを発したのは青年の方だった。 彼が剣を降り下ろす前に、黎翔の剣の先が下から青年の喉元に突きつけられていたのだ。 まさに紙一重の決着だった。 「ありがとうございました。」 立ち上がった黎翔に、青年は再び深く頭を下げる。 多少汗はかいたものの、今回も少しも息を切らさずにいた黎翔はそれに笑った。 「いや、こちらも楽しませてもらった。」 彼には特に注意すべき点も言うこともない。 相手が黎翔でなければ彼は勝っていただろう。 「私の敗因は何でしょうか?」 向上心がある彼は、それでも何かと聞いてくる。 しばし考えて、黎翔はある一点に目を向けた。 「そうだな… 守るべき者を作れ。」 黎翔の視線の先には愛しい妻の姿。 「唯一のその存在があれば、男は強くなれるものだ。」 何があっても手放せなくて、溺れるほどに弱くなるかもしれないと思ったこともあった。 けれど、彼女は黎翔の弱点には成り得なかった。 守るものを得て、自分は強くなれたのだ。 「今後の活躍を楽しみにしている。」 「はい! ―――ありがとうございました。」 そう言う青年の表情は晴れやかだった。 軽く汗を拭き、彼女の元へ向かう。 なかなか戻らない自分を呼びに来たのだろうというのは分かっていた。 「夕鈴?」 しかし、目の前に来て名を呼んでみたが、彼女はどこかぼんやりしていて心あらずな様子 だ。 下ろしてもらっていた凛翔もその手を引くが、それにも彼女は答えない。 「どうした?」 少し心配になって彼女の顔を覗き込む。 ようやく目が合った夕鈴はまだどこか夢見心地のようで、ぼうっとしたまま黎翔を見た。 「陛下に、見惚れていました…」 ぽつりと、それは意図なく零れた言葉。 本人も何を言ったのか理解していないようだった。 「……」 そして黎翔も、それは意図したものではなかった。 「――――――」 衝動に突き動かされるがままに、彼女の唇にキスを落とす。 そちらの方面にも好奇心旺盛な少年達がおおっと歓声を上げ、その声で夕鈴の目がぱちり と開いた。 「〜〜〜 なっ!!?」 遅れて彼女の顔が真っ赤になる。 公衆の面前で何をするのかとギッと睨み付けられるが、堪えないと黎翔は口端を上げて笑 んだ。 「君が可愛いことを言うからだ。」 そしてもう一度奪う。―――抗議の言葉も飲み込んで。 2012.3.19. UP
--------------------------------------------------------------------- お題:「未来夫婦設定で、陛下が下士官?たちに剣術の手ほどきをしているところに夕鈴が    来てキュンってなる」お話 未来夫婦連続投下。なんだこのバカップル。 足下の息子は無視ですか 陛下。 えーと、凛翔は3歳くらいです。 最初に手を挙げた少年と最後の青年は、後に国を支える要の1人になる予定。 ちなみに最初の少年は将軍の孫という設定です。って、その辺はどうでも良いですね。 凛翔の治世はきっと人材が揃っていることでしょう。 陛下が剣を操ってるところをご所望でしたので、その辺りも頑張ってみました☆ 今回のこれを書いてて、陛下って体動かすのが好きなんだなぁと思いました。 いやなんかすっごいイキイキしてるなって思って。 でも、闘うシーンってやっぱり難しいですね。 頭の中では動いてるんですけど、それを的確に表現する言葉が見つからない。 ああっ 私にもっと表現力があれば、陛下ももっとカッコ良くなるだろうに!o(>_<、)o maple様、素敵萌えリクエストをありがとうございましたー☆ すみません。夕鈴はキュンってゆーよりぽややんになってしまいました(苦笑) 今回は陛下がよく動き回ってくれました。が、上手く表現できなかったのが… 戦闘シーンを想像するのはすっごい楽しかったです! 苦情・返品・感想その他、随時受付しております☆


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