お酒は言い訳
      ※ 300000Hitリクエストです。キリ番ゲッターJUMP様に捧げます。




「―――献上品?」
 長椅子の前にある卓に置かれたそれに陛下がふと目を向ける。

 いつもなら茶器が置いてあるそこには、酒瓶と杯が一つずつ。

「いえ、浩大が薦めてくれたんです。とても良いお酒だそうですよ。―――陛下、飲まれ
 ませんか?」
 瓶を手に取った彼の隣に並んで、夕鈴は何気なく言ったつもりだった。
 …途端に、彼は表情を曇らせる。

「……、夕鈴 また家出する気なの?」
「へ?」
 そこで悲しい顔をされる意味が分からなくて、夕鈴は本気できょとんとなった。
 今の会話と『家出』が夕鈴の中で上手く繋がらない。

「…酔って僕が何したか、忘れてる?」
 見上げると、彼は少し困った様子で見つめてくる。
 それでもまだ分からなくて。
「? ……あ!」
 首を傾げてしばらく考えて、ようやく思い出した。
 それから全部が繋がって、羞恥で顔が真っ赤になる。


 ―――酔った陛下に噛まれて、家出したのは春の前。

 あれは夕鈴の中に大きな変化をもたらした出来事だった。
 けれど今はもう受け入れているし、あのことは終わったことだったから。
 …忘れていた、というわけではないけれど。



「で、でも、あれは、加減を間違えただけですよね?」
 最初に陛下はそう言っていた。
 それに普段…宴の時なんかは普通だし。おかしかったのは本当にあの時だけで。
「少しだけでも飲まれませんか?」
 だから、薦めない理由にはならない。
「どうしたの? 夕鈴がそこまで薦めるのって珍しいね。」
 ちょっと強引だったかもしれない。
 不思議そうにされてしまって、夕鈴は正直に白状することにした。
「…あの、その、私も飲みたいなって思って……」




『とっても美味しい酒なんだけど、甘いからお妃ちゃんでも飲めるよ。』

 それはこのお酒をくれた浩大の言葉。

『陛下と一緒に飲んだら良いよ。』

 笑顔でそんな風に言っていた。
 それで、それも良いなって思って。




「ダメなら、諦めますけど… ダメですか?」
 一緒に飲みたいなって思ったけれど。でも、陛下が嫌だと言うなら… とっても残念だけ
 ど。
 じっと見下ろしている陛下はしばらく何も言わなかった。








(こういうの、一体どこで覚えてくるんだろ…)

 計算だったらタチが悪いけれど、彼女の場合は天然だからなお悪い。
 瞳を少し潤ませて、覗き込むように見上げられて。

(…そんなに可愛く言われたら、どんな願いでも叶えたくなるよ。)

 ただでさえ、お願いなんて滅多になくて寂しく思っているのに。


 …本当は、彼女の前でお酒は控えたいところ。
 先の失敗は自分の心に後悔という傷を残し、今だ癒えきっていないから。

 でも、彼女にそんな風に言われてしまったら…



「……ちょっとだけなら。」
 しばしの沈黙の後、譲歩して了承する。
 飲み過ぎないように気を付ければ良いのだと自分に言い聞かせて。
「はいっ ありがとうございます!」
 黎翔の答えに表情がきらきらと輝きだすのを間近で見てしまって、今度こそ軽く目眩を覚
 えた。


 ―――夕鈴が可愛くて仕方がない。
 甘えてくれたら、どろどろに甘やかしてあげるのにと思ってしまう。

(ほんと 重症だなぁ…)
 ウキウキと準備を始める彼女を隣で見つめながら、自分に向かってこっそり溜め息をつい
 た。











 夕鈴の手には酒の瓶、黎翔の手には杯。長椅子に並んで座れば準備は完了。
 杯に夕鈴が酒を注いで、まずは黎翔が飲んでみる。

「…あ、軽いね。」
 浩大が彼女に薦めただけはあるなと思った。
「そうなんですか?」
 一口だけ飲んで夕鈴にそれを差し出す。
「うん。これなら夕鈴も大丈夫だよ。」


「―――じゃあ、いただきます。」
 夕鈴も一気には飲まずにちょっとだけ飲んでみた。

「あ… 本当に浩大が言った通りだわ。すごく甘いですね。」
 液体は喉をするりと落ちていく。
 口に残るのは果実のような甘い味だけ。
「それ、全部飲んで良いよ。」
 余程嬉しそうな顔をしていたらしくて、彼はくすりと笑ってどうぞと言う。
「ありがとうございます。」
 いつもなら遠慮するところだけど、今日は素直に受け入れた。
 一口ずつゆっくりとそれを飲み干す。

 お酒という意識はあまりなく、どちらかというと絞った果実を飲みやすくしたような感じ
 だ。
 ただ、ほんのり薫る特有の香りが、唯一お酒だと教えてくれていた。

「では、次は陛下がどうぞ。」
 空になった杯を戻しておかわりを注ぐ。
 ありがとうと彼は答えて、三口程度で飲み干した。







「今日は何をしていたの?」
 1つの杯を2人で回して交互に飲み合う。
 互いにゆっくり飲むから瓶の中身はあまり減らない。
「いつものように掃除です。老師と浩大が邪魔をするのでなかなか進まなくて…」


 夕鈴が今日一日の出来事を話し、黎翔はそれを笑顔で聞く。
 夜の、いつも通りの光景。

 ただ、いつもより少しだけ、時間がゆっくり過ぎていくように感じた。



「……いい気分です。」
 会話の途中で呟いた夕鈴が、こてんと黎翔の肩にもたれかかる。
 そうして気持ち良さそうにふふと笑った。
「…酔ったの?」
 飲みかけの杯を卓に戻して彼女を覗き込む。
 ほんのり頬を赤らめて、軽く目を伏せた夕鈴は何だかとても幸せそうに見えた。
「そこまではないですけど、ふわふわしてます。」
「……」

(…それは酔ってるって言うんじゃないかな?)
 だって非常に悲しいことに、そうじゃなかったら彼女はこんな風に近づいてきてはくれな
 い。
 "プロ妃"の特訓だといって、すごく緊張した顔でならやってくれたこともあるけれど。


「…へーか、」
 夕鈴の腕が黎翔の腕に絡み付いてきて、さらにぎゅうと抱きついてくる。
 艶っぽさとかそういうのは全然なく、ただ縋りつくように。
「掴まってないと、飛んで行っちゃいそうです。」
 甘い吐息が呟きと共に漏れた。

(…僕の理性も飛んでいきそうだけど。)

 可愛いし、あったかいし。良い香りはするし。
 ついその細腰を引き寄せたくなってしまう。赤みを帯びた美味しそうな頬に囓りつきたく
 なってしまう。


 ―――でも と、すぐに思い直す。

(夕鈴は酔ってる…だから期待しちゃいけない……)
 夕鈴は夕鈴だと、痛いくらいに知っているから。






(今なら酔った勢いにできる…!)

 酔っぱらいの行動と思われているのだろう。
 何事もなく受け入れられたことに、夕鈴は内心でガッツポーズを取る。
 今ならきっと何でもできる気がした。

 ―――全てはお酒のおかげ。
 ちょっとだけ気持ちが大きくなっていた。


(少しだけ、力を貸してね…)

 お酒のおかげで顔が赤いのも誤魔化せるし、肩の力も程良く抜けている。
 いつもは恥ずかしくてできない一線を越えて、今夜は少しだけ積極的にいこうと決めた。





(……あ、でも酔ってるなら、ちょっとぐらい近付いても良いかな?)

 いつもはガタピシと固まってるのに今日はそれがない。
 なら、ちょっとくらいは許されるだろうか。

「きゃっ」
 思うが早いか、彼女を膝の上に抱き上げる。
「―――ならば、君がどこへも行かないように私が捕まえていよう。」
 同じ視線の高さになった榛色を見つめて、愛しい妃に甘い言葉を囁いた。
「っっ」
 それはさすがに予想外だったらしくて、瞬間的に彼女が緊張したのが伝わってくる。
 それでも逃げられることはなく、少しの間を開けて視線を外した夕鈴が動いた。





(近いっ で、でも、離れるのはもったいない…!)

 真っ直ぐに至近距離で見つめられ、心臓がどくんと大きく波打つ。
 だけど、いつもならここで叫んで逃げ出すところだけれど… 今夜は、積極的にいこうと
 決めたから。
 ちょっとだけ迷って、こてんと頭を肩口に落とす。

「…じゃあ、安心ですね。」
「……」
 それに答えは返ってこなくて、代わりにぎゅうと抱きしめられた。


 ―――ちらりと見えた陛下の耳が赤かったのは、お酒のせいかしら?






 結局、どちらも離れないまま。

 静かに夜は更けていく。

















「―――お酒は言い訳、ってネ。」
 屋根の上で月見酒を楽しみながら、浩大は1人笑った。





2012.3.31. UP



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お題:「陛下も夕鈴もくつろいでてほのぼのしていて二人が長椅子でラブラブなお話」

焦れったい2人へ、お兄ちゃんからお節介的な。
半分くらいは陛下をからかうためだけど。
てゆーか浩大、屋根の上が似合いすぎです(笑)

本編指定をいただきましたので、今回は焦れ焦れな感じで。
互いに寛いでるのかどうかは謎ですが、ラブラブはクリアしてると思いたいです。←
ついでに今回、1つの杯を2人で使う辺りが何故だかお気に入りでした。
ほんとに何でかは分からないけど(笑)

目指すのは28話扉絵!
というわけで、見た目ラブラブ心中ドキドキ☆を狙ってみました。
6巻末のあれは双方の音だと信じてる!

視点を交互に入れ替えてるのは、互いの焦れ焦れ感が伝わって良いかなぁと思って。
言わないからすれ違ったままという…
うーん、本当はこういうのは漫画の方が表現しやすそうですけど。


JUMP様、毎度萌えリクエストをありがとうございますvv
次も萌え萌えでネタ出しさせていただいております!
いつものあれは随時受付中ですので☆
 


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