ある休日の下町で
      ※ 350000Hitリクエスト。キリ番ゲッターkira様に捧げます。
      ※ ちなみに黎夕が結婚してる前提の未来話です。今回の兄妹は14&12。




「…あれ?」
 最初は見間違いかなと思った。

 すごく見覚えのある2人組が出店を覗いていたのだ。
 下町衣装に身を包んでいるものの、その雰囲気はあまり下町には馴染まないような―――


「あ、青慎おじさま!」
 どうやら見間違いではなかったらしい。
 目が合った少女から、笑顔で手を振られてしまった。

 今日は休暇で、だから青慎は必要品を買いに町に出ていた。
 つまり、ここは下町。王宮ではない。

「…どうして太子と公主がこんなところに……?」
 とりあえず、その呟きは周りに聞こえないほど小さめだ。
 瞬いている間に、2人はこちらへやって来た。




「ちょうど良かった。今からおじさまに会いに行こうと思っていたんです。」
 駆け寄ってきた少女がそう言ってにっこり笑う。
「僕に?」
「はい。すみませんが、少し時間をいただけませんか?」
 その後ろから追いついた兄の方が彼女の言葉を継いだ。

「僕の用事はすぐに済むから構わないけれど…」
 買うものも残りは1つか2つくらいだ。ものの数分あれば終わる。
 それを聞いた少女がぱあっと目を輝かせた。

「でしたら、お母様への贈り物を一緒に選んでください!」















「…本当に大丈夫なの?」
 心配になって、青慎は隣を並んで歩く太子にこっそり尋ねる。

 だってどう見てもここには2人しかいない。他に誰も大人が付いていなかった。
 確か太子はまだ14、この辺りは治安が良い方だとはいえ 子どもだけでは危険だと思う。

「問題ないです。その辺りに護衛がいますから。」
 しっかり者の彼は、そんな風にあっさりと言った。
 それで辺りを見渡したところで見えはしないだろうから、探すのは諦める。
「それなら良いんだけど…」
 ついでに危険だと諭す方も諦めた。

 護衛がいるならそうそう危険なこともないだろうとは思う。
 利発な太子は実年齢より大人びてしっかりしているし、青慎が心配することはないのだろ
 うということも。

(…普通王族ってこんな身軽じゃないはずなんだけど。)
 でもこれも血だろうから仕方ない。
 彼らの父親もしょっちゅう姉の帰省に付いてきていたから。


「ところで、どうして姉さんに贈り物を?」
 気持ちを切り替え、別の質問をしてみる。
 姉さんの誕生日の予定はまだ当分先だ。結婚記念日でもないだろうし。
 青慎には何も思い当たる節がない。
 そう思って首を傾げると、太子はゆったりと微笑む。
「華南―――乳母に、異国の風習で親に感謝する日があるという話を聞いたんです。それ
 で、私達も2人に何か贈ろうかと思って。」
「へー そうなんだ。」

 なんて親思いの良い子達なのだろう。
 やんちゃ盛りのうちの子達も少し見習ってほしい。

 そう感心していると、彼はさらに笑みを深めた。
「父には母さえ与えておけば良いのですが、母はそうはいかないので。」
「……ん?」

(…今さらっと子どもらしくない言葉が飛び出たような気が。)
 もう一度確認するが、太子は御年14歳である。
 だから、今のは気のせいだと思うことにした。



「おじさまー オススメのお店ありますー?」
 前を歩いていろんな露店を冷やかしていた公主がそう言って振り返る。
 遊んでいるように見えて、目的はちゃんと覚えていたらしい。
「どんなものが喜ばれると思いますか?」
 隣の太子からも訪ねられて、少し考えた。

 ―――姉が、喜ぶもの。好きだったもの。
 彼女がまだ家にいた頃を思い出して、姉の周りにあったものを一つ一つ記憶から呼び起こ
 す。


「そうだね… あまり高価だと逆に怒られるし、実用的な物の方が良いかも。」
「ああ、鍋セットとか?」
「鍋…? まあ、そうだね。」
 何故鍋なのかは不明だけど、確かに姉なら喜びそうだ。
 鍋、と考えて、ふと2件ほど先の店の看板が目に入った。
「…あそこなんてどうかな。」

 欲しいと言って生き生きとした目で語ってくれたことがある。
 お金がないから買えないけどね…と、最後は苦笑いしていたけれど。

 そして、今はそれが必要かは分からないけれど。


 ―――青慎が指さしたのは、金物屋だった。


















「…本当にこれで良かったのかな。」
 3人一緒に店を出て、太子の手にある物を見て青慎は今更ながら不安になる。
 店には他にもいろいろあったけれど、結局2人は 青慎が思い出話と一緒に語ったそれを
 買った。

 昔 姉が欲しいと言っていた…何でも切れる"包丁"を。
 仮にも王后に贈るものではないと思うのだが、これが良いと2人は言って。

「母は今も父に手料理を作ることがあるんです。だからきっと喜びますよ。」
 そういえば"李翔さん"だった頃も姉の手料理が好きだと言っていた。
 今もそれは続いているらしい。
 ちょっと普通じゃないと思うけれど、元から普通じゃない2人だからそんなものなのだろ
 う。




「これからの予定は?」
「そうですね…」


「きゃ」
 前を歩いていた少女が小さな声を漏らす。
 すれ違い様に人にぶつかったらしくて軽くよろけた姿が目に入った。

 転びはしなかったようでホッとしたけれど、ぶつかった相手を見て息を呑む。


「おい、嬢ちゃん。」
 ガラの悪い大柄な男が鈴花の細い腕を掴む。
 まだ子どもの彼女からすれば2倍はありそうな体格の男だった。

「何よ?」
 そんな相手でも彼女は全く怯まない。
 さすがはあの両親の娘だと思うのだが、そういう場合でもないとすぐに思い直す。

「ぶつかってきたのにお詫びもなしか?」
 そんな小さい子に絡むなと思うけれど、こういう輩は弱いものしか相手にしないから。
 正体を知ったら腰抜かすだけじゃ済まないのに。
「は? ぶつかってきたのはそっちでしょう? 詫びなんて言う理由はないわ。」

「!? ちょっ」
 彼女の答えに青慎は青くなる。それは1番マズい答えだ。
 案の定、男の顔が怒りで赤くなり、大きな拳を振りかざす。
「こんの…!」

「ダメ―――…」
 止めるべく青慎が足を踏み出そうとした、その前に。
 自分より先に自分の肩ほどの高さの少年が駆けていくのが見えた。



「…その娘に触れるな。」
 公主の腕を掴んでいた男の手首を太子がさらに掴む。
 その眼光の鋭さは父譲り。静かな怒りを燃やした紅色が男を射抜いた。
「ああ? やんのか?」
 しかし、力量を見極めきれない愚かな男は馬鹿にした目で彼を見下ろす。
 こんな子どもがと、明らかに侮っている。

「……触れるなと言っている。」
 しかし、彼がぐっとその手に力を込めると男の顔色が変わった。

「…ぐ ぁ」
 苦痛に歪む男の顔、その手は血の気を失くして白い。
 震えながら男の手がゆっくりと開いていく。
 完全に離れてしまうと、公主はするりと抜け出して太子の後ろに回った。


「おま…ッ」
 太子の手が離れてもまだ痺れているらしい。
 青ざめた顔で手首を押さえ、男は自分より小さな少年を睨みつけた。
「何モンだ!?」
「誰が名乗るか。」
 冷ややかな声で言い捨てて、彼は男に背を向ける。

「行こう。」
 我が妹には優しく微笑みかけて、彼は青慎の方に彼女を促した。
 もう男は眼中にないとでも言わんばかりだ。



「んの… 馬鹿にしやがって…!!」
 そこで終わればそれだけで済んだのに、愚かな男は終わらせなかった。
 プライドをズタズタにされた男が怒りのままに飛びかかる。
 こんな子どもに負けたままでいられるかと。

「―――煩い。」
 とんっと妹の背中を軽く押して離すと、彼はくるりと振り返る。


 ばきりと、小気味のいい音が辺りに響いた。





「…やった……」
 あーあと 青慎は額を押さえて空を仰ぎ見る。

 さすがは姉の子ども達。
 何事も平穏無事には済まない運命らしい。


 目の前で大人が子どもにやられている。
 もう止める気にもならなくて、青慎は深い溜息をついた。

 何も知らずに手を出してしまった愚か者には呆れるしかない。
 文武両道に優れるこの太子に普通の人間が勝てるはずがないのだ。



「お、俺が悪かったから…ッ」
 男がか細く白旗を振った辺りで ようやく踏みつけていた足をどける。
 終始 彼の表情は変わらなかった。

「―――闇朱。」
 そうして冷ややかに男を見下しながら彼が名を呟くと、どこからか黒い装束の男が降って
 くる。
「はいはい。警吏のところに置いてくれば良いですか?」
「ああ。」
 飄々とした態度のこの彼が、太子が言っていた護衛なのだろう。
 細い割に力はあるらしく、体格の良いはずの男の首根っこをひっ捕まえて持ち上げる。
 そこから動かないでくださいねーと言いおいて、彼は男を軽々と引っ張っていった。




「目立っちゃったね…」
 すっかり人の視線を集めてしまっている。
 …まあ、あれだけの大立ち回りをすれば当然だとは思うけれど。
「残念ですが、お忍びもここまでですね。」
 目的の物は手に入ったから構わないけどと言いつつ彼は肩を竦めた。

「鈴花、闇朱が戻ったら帰るぞ。」
「…はぁい。」
 公主は残念そうにしていたけれど、騒ぎの原因が自分だからか嫌とは言わなかった。


「―――では、伯父上。今日はありがとうございました。」
 しばらくして、何かの気配に気づいた太子が一度振り返ってから別れを告げる。
 どうやら彼が戻ってきたらしい。
「おじさま、またね。」
 鈴花もひらひらと手を振って、名残惜しそうに告げた。

「うん、今度はお茶でも飲みにおいで。」
「「はい。」」
 青慎の言葉に嬉しそうに頷いて、2人は王宮に帰っていった。















*

















 休暇はあっという間に済んで、翌日からはいつも通りの日々が続く。
 青慎も他の官吏達と同様、今日も慌ただしく忙しく王宮を歩き回っていた。

「!?」
 回廊を足早に歩いていた途中で、不意に腕を引かれて物陰に連れ込まれる。
 何事かと思ったら、見知った顔があって瞬いた。
「太子…?」
 彼にしては珍しい行動に青慎は些か驚く。
 何故なら―――彼らとは王宮内での接触は極力避けていたから。


 王后の実弟というのはわりと複雑な立場で、青慎から取り入ろうと言う輩も少なくなかっ
 た。
 だから、自分にそんな力はないと示すためにもと、姉との手紙のやりとりすら最近は交わ
 していないほどだ。

 ちなみに、実力を疑われるのは我慢ならないというのは姉の主張だ。
 そんなこんなで接する機会はほとんどなかったのだけど。



「先日はありがとうございました。」
 どうやら彼はそれを言うためだけに青慎をここへ引っ張り込んだらしい。
 これは姉の教育の結果なのだろうなとくすりと笑った。
「気に入ってもらえた?」
「はい。」
「良かったね。」
 姉の喜んだ顔が浮かぶ。
 今は滅多に会えないけれど、彼女はどこにいても変わらないからきっと記憶のままなのだ
 ろう。


「―――それで、これは伯父上に。」
 そう言って一通の手紙を手渡された。
「母からのお礼の手紙です。」

 経緯を彼らが話したのか、姉もあの日のことを覚えていたのか。
 どちらにしても、久しぶりにもらったそれに胸がほんわり温かくなった。

 周りは姉をブラコンだとか言っていたけど、自分も大概シスコンなのだと思う。
 自分をここまで育ててくれたのは姉。感謝してもしきれないほどのことをしてくれた。

 そんな彼女に願ったのは、ただ幸せでいてくれること。



「ありがとう。」
 嬉しかったから素直に礼を言うと、満足そうに太子が笑う。



 ―――その中に姉の姿が垣間見えて。姉は幸せなんだろうなと思って。

 それが、とっても嬉しかった。




2012.5.23. UP



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お題: お子様たちと青慎おじさんとの絡みのお話

明らかに青慎が苦労する話になるだろうなと思った(笑)
なので最後に報われるようにと王宮オマケを追加。
青慎も夕鈴のことは好きだと思う。育ての親だし(笑)
大人青慎はけっこう長身のイメージです。ひょろっと縦に長そうな。

陛下も夕鈴も出てない話って実は初めてかも?
画面の端に置いておく気だった護衛さんが出てきちゃったのには自分で笑いましたけどw


kira様、一月過ぎてしまい、ホントすみませんでした!(>_<)
お子様達が思ったより大暴れしてしまいました(笑)
でも楽しかったです〜v
返品その他は随時受付中です。ご遠慮なくどうぞ!!
 


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