コイヌがコネコ?
      ※ 雪ちゃんは、「甘えた子猫」に出てきた猫にゃんです。「ごめんなさい」にも再登場してます。




「―――降りろ。」
 低い低い声でその名を呼び、陛下はムッと顔を顰める。
「お前は今日一日夕鈴と一緒にいただろう。」
 恨めしげに、苦々しいとでも言わんばかりに。
 彼はさっきからずっとその相手を見下ろして睨んでいた。

(猫が人の言葉を理解するはずがないのに…)
 事の成り行きを見守りながら、夕鈴は心中でツッコミを入れる。

 自分の膝の上には白い子猫。
 陛下が睨んでいるのはその猫だった。

「にゃあ」
 睨まれた方の猫―――雪は、嫌だとでもいう風にそこに身を伏せる。
 ひょっとして理解してるんじゃないだろうか…と思えるくらいのその態度に、少し驚きつ
 つ夕鈴は背中を撫でていた手を止めた。

 雪は下から掬い上げるように陛下を見つめている。
 それは絶対降りないぞという意思表示だろうか。

「…雪。」
「にゃあ。」
 陛下の口調が強くなると、雪の声も少しばかり低くなる。
 尻尾をゆらりゆらりと振っているのは決して機嫌が良いからではない。

 睨み合う両者は、まさに一触即発。


「…陛下、子猫と張り合わないでください。」
 子猫相手に何をしてるんだろうと思いつつ、見かねて夕鈴は仲裁に入った。
 放っておいたらいつまで経っても終わらなさそうだったから。
「……夕鈴は雪の味方?」
 そう言う陛下はとっても不満そうだ。
 こんなことで本気になってどうするのかしらと呆れる。
「別にどちらの味方でもないです。ただ、キリがないなと思っただけですよ。」
 別に、雪が膝に乗っていたからといって問題はないはずだ。椅子は広いのだから陛下が隣
 に座れば良いだけの話。

 一体陛下は何に拘っているのか。
 夕鈴には分からない。


「―――雪、」
 おもむろに陛下は雪の首の後ろを掴んで持ち上げると、自分達の足下に落とした。
 小さな子猫は軽く、陛下なら片手で十分だ。
「今から彼女は私のものだ。」

 ついに実力行使に出た勝ち誇った顔の陛下と、それを見上げる雪。
 雪は一瞬遅れて状況を理解したらしい。

「にゃあ!」

 一段と大きな声を張り上げて、思いっきり毛を逆立てる。
 そして何を思ったか、陛下をめがけて飛びかかった。


「きゃ…っ!?」
 その時突然目の前が白んで、夕鈴は思わず目を閉じる。

 すぐにその場は静まり返って、瞼の外も元の明るさに戻ったけれど。




「…あれ?」
 おそるおそる目を開けると、何事もなかったかのような光景がそこにはあって。
 …いや、違う。雪がいなかった。

「陛下? 雪はどうし」
「にゃあ。」

「………は?」


 一瞬だけ空気が止まった。











「こここここ 浩大!!」
「どうしたのー?」
 夕鈴の声を聞きつけた浩大が、窓を伝って降りてくる。
 そっちから呼び出すなんて珍しいねーと笑っていた彼は、夕鈴の方を見てきょとんとなっ
 た。

「……お妃ちゃん、見せつけたいの?」
 浩大が最初に目に入れたのは、夕鈴の首に抱きついてべったりくっついてる陛下。
 ゴロゴロと喉を鳴らしそうな勢いで、夕鈴に頬をすり寄せている。

「何の話よ!? ゆ、雪がッ 今度は陛下に憑いちゃったの!!」
 夕鈴は完全にパニック状態で、今は浩大の軽口に付き合ってやる余裕もない。
 とにかく必死で状況を説明すると、彼もさすがにからかう雰囲気を収めて中に入ってきた。


「陛下?」
「にゃう。」
「…ウワ、可愛くない。」
 夕鈴に張り付いたまま鳴く雪(見た目陛下)に浩大は思い切り微妙な顔をする。
 あまりの違和感に、彼にしては珍しく笑う気にもならないらしい。

「ど、どどどうしよう!?」
 ただ、夕鈴はそれどころではない。
 そんな様子で慌てふためく彼女に、浩大は落ち着いてと言いながらどうしようかと頭をか
 いた。
「あー… この前はどうやって戻ったんだっけ。」
「え、と…」

 初めて雪に会った日――― 夕鈴に雪が憑いたあの日を思い出す。
 あまり思い出したくはない、恥ずかしくて仕方がない記憶だ。

「………雪が甘えて満足したら、だったわ。」

 ええ、陛下の膝の上で元に戻りましたとも。
 あの後、後宮に戻ってからも何故か膝に乗せられて、恥ずかしいことこの上なかった。

「だったら今回も満足するまではこのままだよね。」
「うう… そういうことになるわよねー…」
 他に方法はないのだと悟り、がっくりと項垂れる。
 特に今回は原因が明確だ。
 陛下に下ろされたことをすごく怒っていたし、雪は本当に甘えたがりだから。


「明日の朝までこのままだったら李順さんに相談かな。」
「いやーっ 怒られるー!!」
 角を生やして怒り狂う鬼上司の顔を思い出して青褪める。
 嫌だ、それだけは絶対嫌だった。

「だったらさっさと満足させるしかないね。」
「うう やっぱり…」
 首にべったり張り付いた陛下…もとい雪は、全く離れる気配を見せない。

(この前の私みたいに陛下も全部見えているのかな…?)
 …そう思うと恥ずかしくて仕方がないんだけど。



「…雪?」
 少しだけ身を離した"彼"にじっと見られて心臓が跳ねる。
 中は雪だと分かっていても、見つめているのは紅い瞳の彼の姿。
 その顔がゆっくりと近づいてきて、

「!!?」
 頬を舐められて、ぎゃあと叫んでしまった。

 雪にしてみればいつもの行為だ。
 でも、今は姿が姿だけに平静ではいられない。

「ゆ、雪ッ こら、止め…ッッ」

(その姿でそれは止めてーー!!)
 私の心臓が保たないから!



「…んー 見られんのは恥ずかしいだろうから、オレは上で待機してるねー」
 こういうところは察しが良い浩大は、からかうよりも今回は同情してくれたらしい。
 何かあったらまた呼んでと言い残して、彼はまた窓から戻っていった。

















 雪が満足するように…つまり、雪が望む通りにさせること。
 元に戻す方法はとりあえずそれしかない。

 ―――ということで、さっき陛下が邪魔をした膝の上を雪は最初に所望した。
 …疲れて座ったら頭を乗せてきた、というのが正しいかもしれないが。
 でも雪と違って陛下は大きいので膝枕状態だ。

 ゴロゴロと嬉しそうにしている姿は小犬陛下に見えないこともないけれど。
 慣れない感覚に夕鈴は逃げたい衝動を押さえ込むのに精一杯。

(これは雪、陛下じゃない… 陛下じゃないのよ…!)
 足に頬ずりされてもそれは雪だからだ。
 雪にはいつものこと。だから動揺してはいけない。
(大きいからこうなってるだけ…!!)


 深呼吸して心をどうにか落ち着け、雪の毛を撫でるときと同じように陛下の髪を梳く。
 さらに気持ちよさそうな顔になった雪を見て、少しホッとした。

 陛下の髪はさらさらしていて気持ち良い。
 指通りが良くて艶やかで、指の間をするりと流れていく。
 何度やっても不思議と飽きない。しばらくはこのままでも良いかなぁなんて考えて。

(って、だからそうじゃなくて!)
 おかしな方向に進みかけていた自分に気づいて慌てた。

 そうじゃない。そんなこと考えている場合じゃない。
 一瞬でもそんな風に考えてしまった自分が恥ずかしい。

(私は今、雪を甘やかしてるのよ!)
 だからこれは仕方がないこと。
 ブツブツと自分に言い聞かせながら、"甘やかす"べく撫でる手を再開させた。







「雪?」
 大人しくなったから眠ったのかなと思った頃、突然雪がむくりと起き上がった。
「なぅ」
 そうして夕鈴を見上げて、じっと見る。

 …あ、この顔は分かる。
 陛下の向こうに雪が見えた。


「―――いつもならお風呂の時間だものね。」
 猫は水が嫌いだと言われているけれど、雪は全くそんなことはない。
 お風呂だって毎日入るし、嫌がったことは一度もなかった。

「って今日はダメよ!?」
 ハッと気づいて首を振る。
 中身は雪でも今の姿は陛下だ。

 陛下とお風呂に入るなんて―――冗談ではない。


「なー…」
 言葉は理解できなくても何となく伝わったようで、雪は不満げな顔になる。
 拗ねたときの子犬陛下みたいだなと思った。

(いや だからっ 絆されてる場合じゃなくて!)

「その姿で、一緒に入れるわけないでしょう!?」
 夕鈴が力一杯否定すると、雪は悲しげに一度「にゃあ」と鳴いて。
「…!?」


 ―――再び目の前が真っ白に染まった。






「……あれ?」
 前にはきょとんとした陛下、夕鈴の足下では雪が足下に擦り寄っている。
「あ、離れたんですね。」
 良かったと胸を撫で下ろす。
「ほんと、お騒がせな子なんだから。」
 抱き上げて雪の頭を突くと、甘えた声が返ってきて脱力した。

 猫には反省心というものはないらしいから、仕方ないといえばそうなんだけど。



「……ねえ、夕鈴。」
「? 何ですか?」
 陛下の機嫌が悪い気がするのは気のせいだろうか。
 彼の視線は夕鈴の腕の中の雪に注がれている。

「お風呂、いつも雪と一緒なの?」
 一緒に寝てるのは陛下も知っているけれど、お風呂のことは初耳だったらしい。
 そういえば言ってなかったっけ。
「はい、雪ってお風呂好きみたいなんです。猫にしては珍しいですよね。」
「……雪は女の子だったっけ?」
「え、何言ってるんですか? 立派な男の子ですよ?」
 今更何を聞いているんだろうと首を傾げる。
 まだ小さいけど、"アレ"はちゃんと付いているのは陛下も知ってるはずなのに。
「………へぇ。」
 何故かいきなり空気が冷えてびくりとした。



「浩大!」
 再び雪の首根っこを掴んで夕鈴から引き剥がし、今度は浩大を大声で呼ぶ。


「おっかえりー 陛下。なにー?」
 くるりと身を翻して陛下の前に立った浩大に、彼は雪を突きつけた。
「これを捨ててこい。」
「へ?」
 彼が指す"これ"というのは白い猫…つまり雪。
 突然のことに浩大は目を丸くする。

「陛下!? いきなり何言っちゃってるんですか!?」
「にゃう!」
 夕鈴は慌てて彼の腕を掴み、雪は不機嫌そうに声を上げた。
 けれど彼はそれら全てを睨んで黙らせる。

「…我が花嫁の玉肌を、私より先に見るとは何事だ。」
「はぃっ!?」
「それが許されるのは、本来私だけのはずだろう。」

(いやいやいや陛下にも許しませんから! 一体何言ってるのこの人!?)
 本物の夫婦ならそうかもしれないけれど。その常識は夕鈴と彼には当てはまらない。
 この先も陛下に見せることは絶対ない。ええ、断じて。


 混乱する夕鈴の反対側では浩大がブッと吹き出す。
「猫に嫉妬してどーすんの!!」
 しまいにはケタケタ腹を抱えて笑いだした。




「浩大。さっさと捨ててこい。」
 不機嫌全開で彼が浩大を睨みつける。

「ダメですってば!」
 それを夕鈴が止めに入って。

「にゃあ!!」
 ぶらぶらと揺らされながら、雪が怒った声を出す。


「ツ、ツボに入…っ」
 浩大は笑いが止まらないし。




 結局この大騒ぎは、女官が声をかけるまで続いた。


 ―――そして雪は、夕鈴と一緒の入浴を禁止されたとかどうとか。




2012.5.23. UP



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いつもいろいろお世話になっている、聖様へ捧げる第1弾☆
雪が陛下に憑いちゃいました〜な話です。

ほぼ勢いとノリです。楽しかった〜vv

そんで、雪は男の子です。
陛下と膝枕争奪戦ネタを考えてた時から決めてましたv
一緒にお風呂に陛下マジ嫉妬ww 子猫相手に大人げないですよ!

陛下視点も考えようとしたんですが、出てこなかったので夕鈴視点。
慌ててる彼女が可愛くて。
陛下は夕鈴のふかふかの感触にドキドキしてればいいよww
 


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