夏祭りの夜 2




 日が落ちて夜の帳が降りる頃、祭りは開始の合図を告げる。
 そして星が瞬き出す頃には、昼間以上の賑わいになっていた。

 昼間とすっかり様相を変えた街並みに、誰もが今夜の特別さを知る。
 提灯に灯るたくさんの明かりはメインのはずの星明かりさえ霞むほどの明るさだ。

 ちなみに星を見る場所は橋を越えた別の丘の上にあり、ここからは少し離れている。
 一方こちら側はお祭りメインのため、通りには人が溢れ あらゆるところから美味しい香
 りが漂っていた。




「わぁ…!」
 初めて目にした光景に鈴花は興味津々で瞳を輝かせる。
 今まで話に聞いていただけだったそれを目の当たりにして、すっかり魅せられているよう
 だった。


「鈴花! そんなに急ぐとはぐれてしまうわ。」
 興味を惹かれるままにどこまでも突き進んでしまいそうな彼女を夕鈴が慌てて止める。
 この人混みではあまり離れてしまうと確実に見失ってしまう。そしてそうなれば探すのは
 困難だ。

「私が見ています。」
 すっと凛翔が前に出て、彼女の背中を追いかける。
 慣れている彼は妹を難なく捕まえると、離れないようにと手を繋いだ。

「…あれなら大丈夫ね。」
 その様子を見てほっと胸を撫で下ろす。
 凛翔も一緒なら、鈴花もそれほど無茶はしないだろう。

「ほんと助かるわ。」
「…そうだな。」
 静かな呟きに顔を上げると複雑そうな表情の彼と目が合った。
 それにくすりと笑う。
「そんなに心配しなくても大丈夫です。アレは普通の兄心ですから。」
「夕鈴…」
 それでも曇ったままの彼に、夕鈴はもう一度大丈夫だと繰り返す。

「―――私達の子です。だから、幸せをちゃんと手に入れられますよ。」



「お母様ー」
 鈴花に呼ばれたから話はそこで切り上げて2人に追いつく。
 手を繋いだままの2人はある店の前で止まっていた。
「あれは何?」

 彼女が指差したのは琥珀色の何かが形作られていく様子。
 柔らかなそれは伸びて曲がって、いつの間にか見覚えのある形になっていた。

「ああ、あれは飴細工よ。」
「飴? 食べられるの?」
 意外なものを見たという風に鈴花は目を丸くしている。
「ええ。頼めば望む形を作ってくれるわ。」
 それを聞いて 大きな瞳がキラキラと輝いた。

「兄様、行きましょう!」
「あ、ああ。」
 戸惑う兄もお構いなしに引っ張っていってしまう。

 早速何かをお願いしたらしく、屋台の主人は笑顔で了承の意を告げていた。




「……ほら、似合わない。」
 兄妹を眺めながら楽しげに夕鈴は微笑む。
「あの子達に不幸は似合わないでしょう?」

 笑顔で手招く娘に手を振り返して。
 行きましょうと夕鈴も夫の手を繋いで引く。


「ほら、楽しみましょう?」
 せっかく抜け出してまでやって来た年に一度のお祭り。楽しまなくては損だ。

「―――うん。」
 ようやく彼も笑顔になって、2人で子ども達のところに向かった。






 鈴花が作ってもらったのは蝶の形の細工で、勿体ないとしばらく眺めていた。
 けれど凛翔から溶けると言われて仕方なく食べ始める。

 すると今度は美味しいと止まらなくなって、蝶はあっという間に消えてしまってみんなで
 笑った。









「俺の勝ちかー?」
 どこからともなく野太い声が聞こえて、みんなでそちらに目をやる。


「あ、力比べ。懐かしいね。」
 初めての祭りの夜を思い出したのか、黎翔がしみじみと言った。
「私は止めるのが大変でしたけど。」
 隣の夕鈴は少し呆れた様子。
 あの頃のやりとりは今思いだすととてもむず痒い。2人とも若かったのだと思う。

「ね、夕鈴。僕 カッコいい?」
「……また懐かしいことを。はいはい、カッコいいですよ。」
 パタパタと手を振りながら夕鈴はあっさり答える。
 けれどその返答に面白くないと黎翔はムッとふくれた。
「心がこもってなーい。」
「じゃあどうしろっていうんですか。」
 言わないと言わせようとするし、言えば文句を言われる。
 そんな小犬な顔でふくれられてもこっちが困る。

(…ここは素直に可愛いとでも言えば良いのかしら?)
 それを言ったら余計に機嫌を損ねそうだから言わないけれど。


「あ、じゃあ 参加して勝ったら惚れなおす?」
 良いことを思いついたとでもいう風に、無邪気に小犬が告げる。
「その前に置いていきます。」
 それに夕鈴は今度もさらっと返した。
 もちろん笑みもなく本気の瞳でだ。
「えー 夕鈴冷たい!」



「…子どもみたい。」
 後ろの両親の妙なやりとりに鈴花は呆れる。
 祭りに来てまでいつもの調子でいちゃつかれるとお祭り気分も冷めてしまいそうだ。

「久しぶりだから羽根を伸ばしたいんだろう。」
 兄は見慣れすぎて淡々としている。
 止める気もツッコミを入れる気もないらしい。
 だったら良いかと鈴花も放っておくことにした。
「…確かに、あんな小犬なお父様は本当に久しぶりだわ。」

 そういえば最近忙しかったのだと思い出す。
 王宮を抜け出そうとした自分達を咎めるでもなく、それどころか話に乗ってきたのはその
 せいもあるかもしれない。



「凛翔、鈴花! お父様を止めて!」
 母が呆れ半分怒り半分で叫ぶ。
 どうやらあれに参加すると言い出したらしい。

「「はいはーい。」」
 苦笑いで2人で返事して、両親のところに足を向けた。














*













 楽しい時間はあっという間に過ぎる。

 どこからともなく銅鑼の音が聞こえると、少しだけ空気が変わった。


「…あら、もうこんな時間なのね。」
 顔を上げて夕鈴は音の方に視線をやる。
 人の流れが変わっていた。

「何の音ですか?」
 凛翔と鈴花は分からず首を傾げる。
 そんな2人の頭を黎翔がポンと撫でた。

「子どもは帰る時間だ。」
「「えー」」
 まだ遊び足りないと、口を揃えて兄妹は不満を漏らす。
「そういう決まりなの。」
 残念だけどと夕鈴が言って、黎翔は2人の身体を王宮へと向けさせた。


「―――父上と母上は?」
 背中を押されてあれと凛翔が気づく。
 これはどう考えても先に帰れという意味だ。

「私達は大人だからな。」
「ずるーい。」
 鈴花が文句を言うが黎翔はそれに笑っただけだった。

「浩大。2人を王宮へ。」
「ほいほーい。」
 突然どこからか浩大が降ってくる。
 今更そこには誰も驚かないが。


「じゃ、お二人さんもあんまし遅くならないようにね。」
 ぶーたれる鈴花を宥めながらも、浩大はしっかり釘を刺して2人を連れて行った。














「―――ようやく2人きりだ。」
 3人の背中が見えなくなってから、甘く笑んだ彼が指を絡めて手を繋ぐ。
「今夜くらいは立場を忘れてただの恋人同士に戻ろうか。」
「ッッ」
 そうして紡ぐ言葉も声も、やっぱり溶けそうなくらいに甘かった。


 どんなに時が経っても、彼は少女みたいに夕鈴を赤面させる。
 子どももだいぶ大きくなったし、夫婦の期間もそれなりに長くなったのに。
 こんな風に不意打ちされると対応できない。

「夕鈴はいつまで経っても可愛いね。」
 そんな彼女に黎翔はふふと楽しげに笑う。
「悪かったですねッ」
 それは子どもっぽいと言いたいのか。
 ムッとして返すと、違うと彼は微笑んで。
「そういうところが愛しくてやまないんだ。」
「!!?」
 そうしてさらに、繋いだ手を引き寄せて手の甲に口付ける。
 流れるようなその動作に夕鈴はされるがまま。

(ああもう この人はホントに!)
 何度私の心臓を止めようとすれば気が済むのか。


「〜〜〜ッ 星! 見に行きますよ!!」
 恥ずかしさを誤魔化して、手を引き剥がすと彼に背を向ける。
 先に行こうとしたらすぐに追いつかれて、再び指を絡められた。

「ゴメン、夕鈴。だから置いていかないで。」
 その手を引いて彼は夕鈴を自分の方へと引き寄せる。
 背中からすっぽり彼の中に落ちて、再び赤面させられる羽目になった。

(だからっ 耳元で囁くとかそれ反則ですから!!)



「―――星、見に行こうか。」
 真っ赤な顔で口をぱくぱくさせている夕鈴に彼は笑っている。
 けれど、負けたと悔しがっても、この人には敵わないのも本当は分かっていて。

「……はい。」
 対抗するのは無駄だと悟った夕鈴は、力なく頷くしかなかった。













「わ、綺麗…!」
 明かりが届かない丘の上は星がよく見える。
 何にも邪魔されずに一面に広がる星空に、さっきまでの悔しさも何もかもが吹き飛ばされ
 るような気がした。

「デートには最適だね。」
 そうして彼はまた夕鈴を引き寄せる。
 もう良いやと開き直っていた夕鈴は素直に身を委ね、背中を預けて空を見上げた。
 あ、ちょっと楽かもなんて思っていると、彼の腕に包み込まれてしまう。
 …それもあったかいから良いかと軽く流してしまうことにして。

「ほんと、綺麗―――」

 星は後宮からも見えるけれど、今夜の星は格別に見える。
 ここに来る度にそう思う。

 降ってきそうにキラキラと輝くそれにしばらく魅入っていた。




(あ、そうだ――――…)
 やることを思い出して、一際明るい1つの星を定めて見つめ 焼き付けて目を閉じる。
 その瞼にキスが降ってきて、ゆっくり開けると彼の瞳がすぐ傍にあった。

「何してたの?」
「……願い事を、考えていたんです。」

 1つを自分の星と決めて、願いをかける。
 願いを叶えるのは自分自身だと思っているけれど、今星に願うのは道標として。

「…君は星に何を願う?」
「皆に笑顔と幸せを。」
 自分のことは願わない。だって今の私は十分幸せだから。

 夕鈴の答えに彼は「君らしい」と言って、再び瞼にキスを落とした。





 満天の星の下、今しばらくは恋人のまま――――…




2012.5.28. UP ※夜 一部修正。



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お題:『碧家兄妹から下町で夏祭りがあると聞いた凛鈴兄妹。何とか王宮を抜け出して、夏祭りに行ってみたい!』

以前キリリクで書いた「星空の約束」前提の話ということでした☆
あれもなかなか遊んでましたが、今回も遊んでますネ。
本当は兄妹の年齢をもう少し下げようかなと思ったんですけど…
あんまり下げると香月ちゃんが使えなくなるのでこの辺で。
香月は鈴花より2つ年下です。ついでに星風は凛翔より2つ上。

隠しリクは、
『凛鈴の王宮脱出作戦を浩大も聞いていて、もちろん陛下に報告。その話を聞いた陛下も、自分も行きたいなと思い、
どうせなら家族全員で抜け出して夏祭りを楽しんじゃえ!』
とのことだったので、前半はそのまま流してます☆
祭り自体は前回のネタも混ぜ込みつつ好き勝手に書いてますが…
最後はラブラブ夫婦でしめました(笑) オマケのつもりですが、実はこれ予想外です。
前回途中で帰っちゃいましたからね、と思って。
星に願う辺りは適当に捏造です。うん、祭り自体が捏造ですけどね!(夫婦設定がすでに捏造という根本問題は)

なので、凛翔と星風の絡みは削除しました。繋ぎの小ネタだったのでまぁいいやと。
何故か凛翔の初恋絡みネタが入ってますが… さらっと流してください。
今ちょうどその話を書いてたので引きずられてしまったようです(^_^;)
いけないいけない。今回はほのぼの親子なのに。


ともりゅう様、仲良し家族なネタをありがとうございました〜v
ちょっと変なネタも混じってますが… すみません、妄想のままに突っ走りましたー
いつものあれはいつも通りに受け付けております故、お気軽にどうぞ☆
 


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