夢のような夢の話 -黎翔お仕事編-
      ※ 「夢のような夢の話」は夕鈴・黎翔・几鍔が幼馴染という設定です。←整理部屋にミニカテゴリ有




「おい、そこの門番。」
 知っている声だったから呼ばれたのは自分なんだろうなと思って黎翔はふり返る。
 するとやはり、予想通りのしかめっ面がそこで仁王立ちしていた。

 ここは後宮前の門。彼がここに来るのは本当に珍しいことだ。

「あ、柳方淵。ひさしぶりー」
「ッ 門番がのほほんとするな!」
 いつぶりかなーと緊張感の欠片もなく手を振るとやっぱり怒られた。
 相変わらず真面目だなぁと思う。いつもそんなで疲れないのだろうか。


 基本的に他人に興味を示さない方淵が後宮の門番ごときを認識しているのは、黎翔が特殊
 な経歴を持っているからだ。

 元々黎翔の親の希望は彼が文官になることだった。
 黎翔は彼と同じ年に登用試験を受け、主席はどちらかだと言われていた。
 しかし黎翔は最後の試験をすっぽかし、文官ではなく武官の道を選んだのだ。

 その理由は「デスクワークが性に合わないから」で、それを言ったときも方淵には散々怒
 られたものだ。

 武官としての才も早々に発揮した黎翔は、当時最年少将軍が生まれるのではとまで言われ
 ていた。
 …にもかかわらず、今だ気楽に門番なんかをしている。


「―――だってこの国は平和だよ。」
 "狼陛下"のおかげで治世は安定している。
 この国は豊かで平穏だ。門番の仕事などないに等しい。
 だから黎翔はここを選んだのだが。

「…それで、どうしたの? いくら君でもここは通せないけど。」
 本来ここは彼が来るはずがない場所だ。黎翔の疑問も当然だった。

 狼陛下の信頼厚い若き補佐官殿とはいえこの先は後宮だ。
 そこには陛下の寵愛を一身に受けるお后様がいる。
 そんなところに男を通すわけにはいかない。

 もちろん冗談で言ったのだが、彼からはたった一言「馬鹿か」と切り捨てられただけだっ
 た。


「陛下が貴様をお呼びだ。」
 それを聞いた途端に黎翔は げ、と隠しもせずに嫌そうな顔をする。
「えー 嫌だって伝えてよ。」
「文句を言うなッ さっさと行け!」
 陛下最優先の方淵がそれを聞くわけもなく、青筋立てて怒鳴られた。

「絶対また無理難題をふっかけられるんだろうな…」
 口から漏れ出るのは思い溜め息だけだ。
 ああ行きたくないとまたごちる。

「…覚え目出度い我が身を誇りには思わないのか。」
 黎翔の態度に彼は呆れているようだった。
 むしろ理解できないといった感じか。

(そりゃ、陛下第一主義の君ならそうかもしれないけれど。)

「…面倒なだけだよ。」
 黎翔には嬉しくも何ともない。このまま放っておいてもらいたいくらいだ。

 しかし行かないわけにもいかず、渋々凭れていた壁から身を起こした。





「――――珀黎翔。」
 今度は名前で呼び止められて、首だけで振り向く。
 「何?」と視線で問うと、いつも以上に真剣な表情で返された。

「…貴様、いつまでそこにいる気だ?」
「んー… 定時までかな?」
 考えるふりをしてほややんと返す。
 瞬間に、ブチッと何かが切れる音が聞こえた。

「誰がそういうことを聞いているッ もう良い! 早く行け!!」
 わざとはぐらかされたと気づいているのかいないのか。
 一通り怒鳴った後で、最後に場所を告げて方淵自身もどこかへ行ってしまった。



「……できることなら、引退するまでここが良いかなぁ。」
 彼がいなくなった後、彼の問いに対する答えを黎翔は1人呟いた。










*











「お呼びですか。」
 王に指定されたのは鍛錬場だった。
「…ああ、来たか。」
 黎翔が膝をつき頭を垂れて礼を取ると、石畳の広場の中央に立っていた男性がふり返る。
 顔を上げろと言われてその通りにすれば、鋭い瞳と目が合った。

 ―――彼こそがこの白陽国の現王、通称狼陛下と呼ばれる人物だ。
 10代の頃にその地位に就いた彼は、この20年足らずで国を最上治と呼ばれるまでに発
 展させた。

 己の実力のみでここまでにした手腕の持ち主。
 個人的な感情を抜きにすれば黎翔にとっても尊敬に値する主だ。


 彼の手には長剣が握られていて、傍らに突き刺した剣をそれで指し示した。
「取れ。私の相手をしろ。」
「……」
 嫌そうな顔をしながらも王命ならば仕方なく、黎翔は渋々それを手に取る。
 手にズシリと落ちる重い感覚は馴染み深いものだ。


 来いと顎で合図され、目を伏せ軽く息を吐く。
 次に瞳を開いたときには王に負けないほどの鋭い瞳を見せ、無造作に構えた剣を振り地を
 蹴った。





 キンッ

 剣同士がぶつかり合う硬い音が空に響く。

 王と剣を交えるようになったのは、黎翔が後宮門番になって間もない頃。
 以前に一度だけ、後宮に賊が侵入しようとしたときに、それをたった1人で退けたのが黎
 翔だった。
 それを偶然王に見られてから、こうして時折相手をしろと請われるようになったのだ。


 この国に王に敵う者はいない。
 そう言われていたときに彼は黎翔を見つけた。
 それ以来のお気に入りだ。



「―――また昇進の話を断ったそうだな。」
 戯れ程度の手合わせだ。切り結びながら会話をするのは造作ない。
 むしろ王の目的はそちらなのだろう。
 やっぱりその話かと黎翔はうんざりした気分になる。
「将軍が嘆いていた。」
「今の仕事場が好きなんです。」
 王相手に恐れもせずに言い放つ。
 方淵が見たら黎翔を怒鳴りそうだが、王の方はあまり気にしていない。

「誰しも野心に満ち溢れているのに、お前は欲がないな。」
 そう言って、面白そうに笑うだけだった。
「下っ端貴族の次男坊が身の丈以上を求めても仕方ないでしょう。」

 黎翔は自分の身の程を知っている。
 この身で上を目指すのは愚かだとしか思えない。

「お前は求めればその身1つで全てを手に入れられるだろう。」

 文官としても武官としても、その才があれば彼に望めないものはない。
 そして、王がそれを認めているのならば尚更。

 けれど黎翔はその全てを否定する。

「要りません。私はあの娘の傍にいられて、あの娘1人が守れればそれで満足です。」

 それ以上は望まない。
 上を目指しても、そこに彼女がいないのなら意味がない。

 そもそも、忙しければ彼女の傍にいられないのが彼の1番の懸念だ。
 それで常に下町にいるもう1人の幼馴染に差を付けられるのは御免だった。

「その為に、全ての才を無駄にして、後宮門番で居続けるのか?」
「はい。」
 黎翔の答えに迷いはない。
 彼の中の1番は、王でもなく親でもなく彼女――― 夕鈴ただ1人。


「―――それほどまでにお前を惹きつける娘に興味があるな。」
 タヌキ親父がまた何か言い出したと黎翔はじろりと睨む。
「絶対見せません。あの娘は私だけの花です。」
「安心しろ。私は愛妻家だ。」
「でしたら他の娘に興味など持たないでいただきたいです。」
 打てば響く答えが王はいたく気に入ったらしく、上機嫌に笑った。
「ふむ。それもそうか。」

 そうか、ともう一度呟いて。


 ―――考え込むその姿に、黎翔は心の底から嫌な予感がした。




まさか 続く…のか?


2012.6.3. UP



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幼馴染な陛下は基本小犬です。"陛下"の前ではさすがに狼モードですけど。
ちなみにここの"狼陛下"は30代の美丈夫さんです☆

このネタは幼馴染な3人が書きたかっただけなので3人以外は何も考えてなかったのですが。
感想で言われたこともあって、今回ちょっと考えてみました。

いっつも夕鈴の傍に引っ付いてる彼の仕事って何なんだろうなぁと思って。
本当はすごく強いのに、夕鈴の傍にいたいがためだけに門番やってます。
でもやっぱり見抜く人は見抜くわけで、"狼陛下"は彼の存在を高く買ってます。

世が世なら黎翔は王様だったけど、という世界。
黎翔の父親も聡い人で、だから今の地位(下級貴族)を保ってるイメージ。
続くかどうかは分かりません。ネタはあるけどまだオチが行方不明なので。←
 


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