そばにいて -オマケ-




「お妃様?」
「! はい!!」
 部屋の外からかけられた声に夕鈴は慌てて返事を返す。
 どうやら起きる時間になってしまったらしい。

 ―――うっかり流されそうになってしまった。危ない。

「ちょっと待ってください!」
 侍女にそう頼みながら目では陛下に夜着を拾えと睨む。
 渋々ながら陛下は離れてくれて、下に落ちていた夜着を拾い上げ夕鈴に手渡した。


「手伝ってあげようか?」
「結構です!! それより早く戻らないと李順さんに怒られますよ!」
 素早く身に纏いながら、からかう陛下を部屋から追い出す。
 今の陛下じゃ手伝うフリして何やらかすか分かったものじゃない。

「李順なんてどうでも良いよ。」
 そんな風に言って笑いながらも彼は寝台を降りる。
 そうしてそのまま出ていくのかと思えば、夕鈴の前で立ち止まった。
「?」
「―――じゃあ、行ってきます。」
 軽い音を立てて唇に触れたそれがにっこりと笑みの形を作る。


「っっ」
 朝っぱらから甘すぎる。

 まだ慣れていない甘い朝に 真っ赤な顔で絶句して立ち尽くす夕鈴を置いて、陛下は上機
 嫌で部屋から出ていった。








「!!?」
 外に待機していた侍女達は、妃ではなく陛下が出てきたことに目を丸くする。
 しかしすぐに対応を変え、彼女達は一斉に陛下への礼の形を取った。

「―――後は頼んだ。」
 見るからに機嫌が良さそうな王は、一度立ち止まってそう告げる。
 顔を見ることは叶わないから表情は分からないが、声だけでそれは十分に分かる。

「御意。」
 彼女達がもう一度深く頭を下げると、足音は部屋の外へと消えていった。



























「おはようございます。」

 黎翔が部屋に戻ったら、李順が仁王立ちで待っていた。
 朝早くからご苦労なことだ、と他人事のように思いながら短く「ああ」とだけ返す。

「…今までどこに行ってらっしゃったんですか。」
 気にせず前を通り過ぎようとしたちょうど目の前で聞かれた。
 立ち止まり目を合わせれば、李順は光るメガネを片手で押し上げる。
 苦々しい表情をしてじっとこちらを見るからには、事情を知らないとは思えないのだが。

(知ってるくせにわざわざ聞くのか。)
 それが嫌みだと分かっていつつ黎翔はニヤリと笑う。

「妃のところに決まっているだろう。」
 きっぱり言い切ってやると、李順は案の定 ぴくりとこめかみをひきつらせた。

「ええ、ご寵姫ですからね。たとえ陛下が妃の部屋で朝まで過ごそうとも誰も違和感は持
 ちません。―――ですがそれは本物の場合です。」
 夕鈴相手にそれは不要だと。李順が言いたいのはそういうこと。
 …だが、事実はその逆。夕鈴だからこそ必要なんだ。


「泣いている妃を慰めるのは私の仕事だろう。」
「は? 夕鈴殿が?」
 そんな馬鹿なと 李順が目を丸くする。
 失礼な奴だなとも思うが、それは彼女を知る故の言葉でもある。

 彼女は強い。いつもその心の強さに魅せられる。
 だが同時に彼女は普通の市井の娘だということも忘れてはならない。


「私のそばにいることで傷つくこともある。…彼女はそれをギリギリまで言ってくれない
 が。」

 その彼女があんな風になるなんて、余程のことがあったのだろうと思う。
 彼女が教えてくれないから、その理由を知る術はないが。




 普通なら―――たとえば彼女の幼馴染となら、彼女はこんな苦労はしなかった。
 当たり前のように周りに祝福されて幸せになったことだろう。

 …だが、私に愛された故に、それに応えてしまったが故に。要らぬことで傷ついている。
 きっと黎翔が知らない場所でもっと傷ついているはず。

 私が彼女を捕まえなければ、彼女は自由に飛び回り、笑顔でいられたはずなのに。

 そんなことは誰より自分が分かっている。




 ―――それでも君を手離せないんだ。


 彼女がどんなに傷ついてもそれだけは許してあげられない。
 昨夜「そばにいて」と願った彼女が、いつかその言葉を覆しても。



 ―――君を失えば、私は生きてはいられないから。




2012.7.6. UP



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入りきらなかった補足的な。前半甘くて後半がほの暗い感じ。
消化不良だったので最後まで書いちゃいました。

恋人陛下の内面は基本的に真っ黒ドロドロです。
 


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