そばにいて
      ※ 340000Hitリクエスト。キリ番ゲッター慎様に捧げます。下部に素敵イラスト付き☆
      ※ ちなみに50000企画「明けない夜、覚めない夢」(=内緒の恋人)設定です。




「媚びても無駄だ。あんな寵愛だけが頼りの妃に頭を下げてどうする。」

「どうせすぐに捨てられるさ。」




「―――――…」
 聞こえてしまった。
 角の向こうの会話に夕鈴は足を止める。

 たまたま思うことがあって戻ろうと思ってしまった。
 …思わなければ良かった。今更ながら後悔する。



 けれど事実だ。そう考える冷静な自分もいる。

 私は陛下の寵愛だけでここにいる。
 ―――あの人の傍にいたい、ただそれだけの想いで残った。


 何の後ろ盾もない私は陛下の役には立たない。
 私はあの人のために何もできない。あげるものがない。

 …そんなこと、誰よりも私が一番分かってる。





「あれも、負け犬の遠吠えというのかな。」
「!?」
 突然、肩越しにひょっこりと顔を出されてビックリする。
「りょ、絽望さんッ」
 あまりにビックリして声が裏返ってしまった。

「―――陛下の目に留まりたいのなら実力でいけ。」
 その後ろには相変わらず不機嫌そうな柳方淵もいた。
 2人とも今の会話が聞こえていたらしい。
「それができないから誰かに頼りたいし、誰かのせいにしたいのさ。愚かで哀れだね。」
 方淵に答える彼は、彼にしては珍しく冷たい。
 それは夕鈴のためにだろう。


 彼らの方が特殊だというのもちゃんと知っている。
 優しい人達にばかり囲まれているから気づきにくいだけ。



「…この程度で傷つくくらいなら出歩くな。」
 黙ったままの夕鈴の方に視線を移し、方淵の矛先が今度は夕鈴に向く。
「方淵、お前な…」
 絽望が呆れた顔をするが、夕鈴は彼の言葉に別の取り方をした。

「いえ。その通りです。」

 さっきの人達には事実を言われたに過ぎない。
 こんなことで傷ついていてはあの人の傍にいられない。

 私はただあの人の傍にいたいだけ。
 ただ、好きになった人が国王だったというだけだ。

 だから、彼らの言葉に傷つく理由はない。



「―――お2人ともありがとうございます。」
 心配してくれている優しい2人にお礼を言って、夕鈴は後宮の方へ足を向けた。















*














「夕鈴?」
「はいっ すみません!」
 いつの間にか俯いていた顔を慌てて上げる。
 すると 向かい側に座る陛下がとても心配そうにして夕鈴を見ていた。
「どうしたの? 今日は何だか上の空だね。」
「え、そうですかっ?」


(いけない! 陛下がいるのに他のこと考えてるなんて!)

 落ちかけていた思考を振り払うように首を振る。
 今考えるべきは目の前にいる愛しい人のことだけだ。

 今は 忙しいのに毎晩会いに来てくれるこの人のことだけ考えていればいい。
 余計なことを考える必要はない。




「―――おかわりもらえる?」
 何か言いたそうにしていたけれど、結局彼は別のことを言った。

 確かに陛下の手の中の器はいつの間にか空っぽになっていたけれど。
 …きっと陛下が言いたいことは違う。彼は察してくれただけ。

 それを分かっていて、でも何も聞かれたくなくて。
 夕鈴もそこには触れずに茶杯を受け取った。








 ―――耳に残るのは、昼間のあの言葉。

 無視すれば良いと分かっているのに頭から離れてくれない。
 事実を言われただけなのに、深く刺さった言葉は夕鈴の心に留まったまま。



「あっ!」
 考え事をしていたせいで手元が疎かになってしまった。
 けれど、声を出したときにはもう手遅れだった。

 手の中から滑り落ちた茶壷が卓の上にごとりと転がる。
 同時に中身が外へと零れ出た。

「!! ごごご ごめんなさいっ!」
 どんどん広がっていく熱いお茶に慌てる。
 急いで布巾を手に取り拭こうとしたら、椅子を倒す勢いで立ち上がった彼に手首を掴まれ
 た。

「熱傷は!?」
 叫ぶような大きな声は夕鈴以上に焦った様子でビックリする。
 けれど,同時にそのおかげで一気に頭が冷えた。
 
「だ…大丈夫です。零したのは卓の上だけですから。」
 転がった方向が良かったから自分の方にはかかっていない。
 高級茶葉が勿体ない と後れて思ったが、さすがに口には出来ない雰囲気で 続く言葉を飲
 み込む。
 厳しい表情だった彼は夕鈴の答えを聞いてホッとしたらしく、小さく「ゴメン」と言って
 手を離した。


「―――僕が拭くから夕鈴は茶器を片づけて。」
「いえっ そういうわけには…!」
 彼からの申し出にギョッとなる。仮にも一国の王にそんな仕事はさせられない。
 けれど布巾を奪われてしまって慌ててそれを追いかけた。
「陛下っ 私がしま」
「良いから。」
「っ」
 強い口調で言われて思わず黙る。
 それが優しさから出た言葉だと分かっているけれど。

「……すみません………」
 申し訳なくて謝りながら項垂れる。
 優しい陛下は怒ってくれないから自分で反省した。

 それに気にしないで良いと言いながら彼はさっさと作業を始めてしまう。
 仕方なく夕鈴ものろのろと茶壺へと手を伸ばした。


「……」
 一通り回し眺めてみたけれどどこにもヒビも欠けも見られない。
 とりあえずそこには安堵する。

(何、やってるんだろ…)

 茶壺は無事だ。でも心は晴れない。
 先程からの失敗の数々に久しぶりに本気で凹んでいた。

 来てもらえて嬉しいのに心配かけて。
 寛いでもらいたいのに逆に迷惑をかけている。




『どうせすぐに捨てられるさ。』

 耳に残るのはその言葉。それが何度も頭の奥で響く。
 今もまた、すぐ傍で聞こえた気がして ビクリと肩が震えた。


 陛下の寵愛だけでここにいる私。
 彼の愛が冷めてしまえば、ここにはいられない。…もう会えない。


 ―――それを考えると胸が軋む。

 この人に捨てられたら、私は生きていけない。






「夕鈴」
「!!? へっ あ、はい!?」
 いつの間にか目の前に陛下がいた。
「何度か呼んだんだけど… こっちは終わったよ。」
 呆けている間に卓の上はすっかり綺麗になっている。
 夕鈴が持つ茶器だけが中途半端なままだ。

「あっありがとうございます… 本当にすみませんでした……」
 がばりと頭を下げて再度謝って、…そのまま頭が上げられなくなった。


 今は陛下の顔を見るのが怖い。

 ああもう本当に今日はダメだ。
 きっと陛下は呆れていると思う。

 だから顔を上げられなかった。
 …今 そんな顔を見てしまったら、沈んだまま戻ってこれなくなるから。






「―――今日はもう帰った方が良いかな。」
「っ」
 静かな声にハッとして、反射的に顔を上げる。
 彼は、呆れた顔はしていなかった。

 自分の方を見るように頬に手を添えて、反対の腕で夕鈴を軽く引き寄せる。
 そうして見つめる彼は、困ったような寂しそうな …申し訳なさそうな表情をしていて。
 予想外のことに言葉を失った。


「疲れてるのに押しかけてごめんね。」
 そうして言われた言葉も予想外だった。
「…ッ」

 違う。そうじゃない。
 悪いのは私、貴方が悪いところなんか1つもない。

 なのに、声が出ない。


 額にふんわりと羽根のようなキスを落としてすぐに離れる。
 おやすみの言葉と一緒に彼から解放されて、彼はゆっくり背を向けた。


「…ぁ、」


(待って、)

 遠ざかる背中に恐怖を感じる。
 彼が、そのまま彼が戻ってこない気がして。

(置いていかないで…!!)



「――――!!」
 竦む足を叱咤して、どうにか駆け出す。
 彼が部屋を出ていく直前に ぶつかる勢いで後ろから抱きついた。


「ゆう…」
「おいて、いかないで…」
 縋り付くようにぎゅうと腕に力を込める。


 怖い。
 貴方を失うことが、何よりも。


「そばにいて……」


 貴方のそばにいたいの。
 少しでも長く、一日でも一分でも一秒でも。



「夕鈴」
「―――――」
 声に促されるままに顔を上げる。
 振り返って夕鈴を見る瞳はとても優しかった。



慎様よりいただきました☆



「君からそう言われたのは初めてだ。」
 どことなく嬉しそうに彼は言って夕鈴の手に自分の手を重ねる。
 抱きつく腕をやんわりと解かれて、そのまま引かれた身体は陛下の正面に引き出された。


「良いよ。―――君がそれを望むなら。」

 真綿でくるむようにというのはこういうことを言うのだろうか。
 言葉で仕草で、暖かく包み込まれる。


 抱き上げられたと同時にキスが始まって、それはそのまま同意の合図になった。





















「はなさないで……」
「大丈夫。絶対離さない。」
 熱に浮かされる中で懇願すると、その度に彼は優しく答えてくれる。
 絡んだ指を握り込まれて 彼の方へと深く抱き込まれた。


「君のそばにいるから。」
 耳元に注ぎ込まれる夢のような言葉。
 彼の声は全てを忘れさせてくれる。

「へいか…っ」

 貴方だけでいい。
 今は貴方だけを感じていたいの。



「―――だから、君も離れるなんて考えるな。」



 その言葉は、夢じゃないと思いたかった。




























 瞼の裏に感じる明るさに次第に意識が浮上する。
 何だかいつもよりぐっすり眠れた気がして、幸せな気分のままゆっくりと目を開けた。


「おはよう。」
 するとすぐ傍で声がした。というか目の前で。
「…ぉはよう、ござ、……ッ!!?」
 それに反射的に返しかけて、そこで半分以上寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。

 目を開けて1番最初に目に入ったのは、にこにこと微笑む―――想い人の姿だった。


「な、何してるんですか!?」
 どうして陛下が朝から私の寝台にいるのか。だって有り得ない。
 何事だと身を引きかけたけれど、どうやら腰を抱かれたままだったらしく それは叶わな
 かった。

「君の寝顔を見てたんだ。」
「見っ…!?」
 笑顔でさらりと言われてしまい、その内容の恥ずかしさに首まで真っ赤になる。
「こんな明るいときに君の寝顔を眺めることなんてなかったから。」
 小犬な陛下はこれ以上になく上機嫌だ。
 でも何だか責められている気になって夕鈴は息を飲んだ。



 陛下と朝まで過ごしたのは今日が初めてだ。
 いつも別れは夜明け前。明るくなる前に彼はここを出て行く。

 理由は 夕鈴が頼んだからだ。

 だけど昨夜は、夕鈴からそばにいてと願った。
 そして陛下はそれを叶えてくれた。


(わ、私ったらなんてことを…!)
 今更ながらに恥ずかしくなる。
 思い出せない―――思い出すのも怖いけれど―――、他にもいろいろ言ってしまった気が
 する。




「―――この白い肌も、ね。」
 言いながら腰を引き寄せて たわわな膨らみに音を立てて痕をつける。
 いつもは暗くてよく分からないその行為を たった今目の前で見てしまった。
「っっ」

 恥ずかしい。居たたまれない。
 くっきりと浮かぶ紅色はそこだけが熱を持ったようで。

 しかもこともあろうに、彼は1つで終わらせる気がないらしく…
 肌の上を滑る吐息にびくりと震える。これは絶対まずい。

「陛下…!」
 朝から何をするのかと押しのけようとして、…はたと自分の格好に気がついた。

 何故か何も着ていなかった。
 陛下はちゃんと夜着を着ているのに。


「陛下 ずるいです! 自分ばっかり着て!!」
「だって夕鈴 抱き心地良いんだもん。」
 抱きしめつつ とんでもない場所に顔を埋めて彼はクスクスと笑う。
 今からでも続きを始めそうな雰囲気で、朝っぱらから熱を上げられたらたまったものじゃ
 ないと焦った。

「意味が分かりません! とにかく離してください!」
「えー ヤダ。」
 どこの駄々っ子ですか!
 しかし ここで流されるわけにはいかないと腕を突っぱねる。
「もうすぐ侍女の方が起こしに来られるんですっ」

 こんな姿を見られたら絶対泣く。
 恥ずかしくてもう彼女達の顔が見れなくなる。
 それは大いに困るのだ。


「だから、離して下さい!」
 どんなに暴れても相変わらず離してくれなくて困り果てる。
 時間がないのにどうしたら良いのか。


「―――すっかり元気だね。良かった。」
 けれど、そんなにこにこ笑顔で安心した声で、そんな風に言われてしまったら。
「〜〜〜っ」

(…ずるい。もう何も言い返せないじゃない。)

 溜め息と共に身体の力を抜くと、たくさんのキスが降ってきた。




2012.7.5. UP(2012.7.6. 一部修正)



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お題:イラストから連想する話(内緒の恋人)

前回から一転シリアスです。一応甘味成分も入れてますけど。
実はこの後侍女が起こしに来るので結局何もできなかったというオチ付きです。
これ以上長くなるのはまずかったので省いてしまいました(^_^;)

涙目夕鈴(激カワ)が走って陛下の背中に抱きつくシチュエーションが浮かんでですね。
夕鈴が泣くってどんな状態かなと考えて。
いや、けっこう涙もろいんですけど、抱きつくほどって余程かなぁと。
で、幽霊だと嬉々として虫とかも普通に叩いてそうな夕鈴が一番怖いのって何だろうなぁと。
雷は一度書いてしまったし(しかもあれから怖くなくなった設定にしちゃった)
夕鈴が一番怖いのは陛下に置いていかれることなのかなと。それは陛下も同じですけどね。
互いにいろいろ言葉が足りてない恋人達です。だから不安定なんだよと外からツッコミ入れてみたり。

つかこのイラスト、陛下がいぢわるして追っかけた夕鈴が涙目でぎゅって感じに見えるんですけど。
そのシーンどこ行った。と自問自答。

ついでに前半部だけですが 久しぶりに絽望さんが普通に混じってますね。
(※景絽望は「花の笑顔」から準レギュラーと化したオリキャラです)
↓のオマケが書きたかっただけなのです。気にしないでください。


慎様、お待たせ致しましたー(>_<)
そしてイラストありがとうございます―!
イラストと何だか違う風になっちゃってすみませんでした(土下座)
お怒り・意見・返品その他諸々、有効期限無しでお待ちしております。






・オマケの絽望さん・

「違います! 私は何も…!!」
両脇を抱えられ引っ立てられながら、男は必死に抵抗する。

「罪状は明らかだ。言い逃れはできない。」
しかし相手はその訴えを非情に切り捨てた。
なおも抵抗を示せば正式な書状もあると見せられて、確かにそこにある自分の名前に愕然とする。
「そんなっ!」

確かに不正はした。けれど、それは誰もがやっているような小さなものだ。
自分が捕らえられるなら、もっと多くの官吏が同じ目に遭うはずだ。

「連れていけ。」
「待ってくださいっ」

同僚達は遠巻きに見ているが誰も目を合わせない。
当然だ。下手に庇い立てすれば自分の身も危ないのだから。

「…ッ」
誰でも良いから助けてくれと、他に誰かいないか辺りを見渡す。

その中で、柳方淵殿は興味なさそうに背を向ける。
そしてその隣にいた景絽望殿と唯一目が合った。

「け、景絽望殿ッ」
藁にも縋る思いで助けを求める。
…すると彼は酷薄に嗤った。

「―――罪はきちんと償わないとね。」
「ッッ」

自分がどうしてこうなったのか、そのとき男は悟った。




「…容赦ないな。」
絽望が何をしたのか、言わずとも方淵は分かっているようだった。
そして何故彼だったのかも。…もう1人もすでにここにいない。
「あの方の笑顔を曇らせるものを私が許すはずがないだろう?」
そしてこの程度の小物なら、陛下の手を煩わせるまでもない。

それに嘘は言っていない。
この程度の不正は誰もがやっていることで、普段はそれを言わないだけだ。

「…呆れるかい?」
「今更だ。」
「――――ありがとう。」
そう答えたら 褒めてないと怒られた。



最近絽望さんが黒いです。何故だろう。
そして方淵は絽望さんに優しいのかなんなのか… 何故か止めないんですよね。
まあ悪いことやってる男が罪に問われてるんだから、止める必要もないと思ってるのかもしれませんが。
 


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