夢のような夢の話 -夕鈴バイト編-
      ※ 「夢のような夢の話」は夕鈴・黎翔・几鍔が幼馴染という設定です。←整理部屋にミニカテゴリ有




「「後宮女官のバイト??」」
 男2人の声が見事にハモった。ついでに表情も同じだ。
 そんな幼馴染2人を前にして夕鈴はコクリと頷く。

「そうなの。風邪が流行ってて人手が足りないんですって。」
 確かに今、王都中で流行っているのは誰もが知っているし、王宮でも流行っているのは黎
 翔が知っている。
 風邪は侮ってはいけない病気だ。油断すればあっという間に広がるし、身体が弱い者は命
 さえ落としかねない。

 けれど、今の彼らにとっての問題はそこではなくて。

「何で"お前"が?」
 几鍔の疑問ももっともだ。
 下町娘が宮中で働くのに、下女ならともかく何故女官なのか。
 王宮の女官といえば貴族の娘達の憧れであり、決して一般庶民が就くような仕事ではない
 はず。
「そんなの私が聞きたいわよ。…よく分からないけど 父さんが頼まれたんですって。一度
 は断ったんだけど、どうしてもって言われたらしくて。」


「……あのタヌキ親父…」
 あの時の何やら企んでいた男の様子を思い出し、黎翔はぼそりと呟く。
 他に思い当たる節がなかった。絶対あの男が裏にいる。


「でも 一週間だけだという話だし良いかなって。」
 幸か不幸か黎翔の言葉が聞こえなかった夕鈴はあっさりと言う。
 この潔さが彼女らしさといえばそうなのだが。
「黎翔も近くにいるんでしょう? だったら何とかなるわよ。」
 幼馴染の少女の何とも男前な発言に、2人して溜息と共に言葉が出なくなった。









「―――で、お前が原因か。」
 前を歩く彼女には聞こえない声で言い、几鍔は隣の黎翔を睨む。
 夕鈴より黎翔に近かった几鍔にはさっきの呟きがはっきりと聞こえていた。

「あー… うん、ごめん。」
 今回ばかりは素直に謝るしかない。
 あのタヌキ親父に興味を抱かせてしまったのは自分だ。

「ちゃんと見とけよ。」
「言われなくても もちろんそのつもり。」


 それは一週間だけの短期バイトのはずだった。

 …けれど、一週間経っても彼女は帰ってこなかった。














*














「あのぅ…」
 戸惑いつつも勇気を出して声を出してみる。
「なあに?」
 呼ばれた相手は手を休めることなく、鏡越しに夕鈴に微笑んだ。

 ふわふわと優しい笑顔の女性。
 春の風のようなそれにきっと誰もが笑みを返すのだろう。

 けれど、それでは誤魔化されないほどの戸惑いが今の夕鈴にはあった。


「……どうして私はこんなことになっているんでしょうか。」
 困り果てた顔で呟きながら鏡に映る自分の姿を眺め見る。
 鏡の前に座ってされるがままの自分。
 ―――さっきからそこに映っている自分の格好に対する違和感が半端なかった。

 薄桃色と紅の衣を重ね、帯は梅花の刺繍をあしらった金。
 髪は上まで結い上げられて、動く度に簪がシャランと音を立てる。
 さらには化粧まで施され、鏡を見てもそれが自分だとは分からないほど別人だった。


「まだ動かないでね。」
「は、はい…」
 笑顔でも有無を言わさぬ雰囲気に夕鈴は否とは言えない。
 さすがはこの国の正妃を務めているだけはある。

 そう、今夕鈴を着飾って遊んでいる女性は、狼陛下最愛の―――後宮唯一の花であるお后
 様だ。
 彼女は最近夕鈴をお気に入りにして何かと呼び出していたのだが、今回は来た途端に有無
 を言わさずこんなことになった。

「あの…」
「うん、よく似合ってるわ。」
 最後の髪飾りを付け終えて、彼女は満足そうに微笑む。
 自分の倍近く年齢差があるはずなのに、無邪気な姿は本当に可愛らしい。

「あ、ありがとうございます、…じゃなくてですね! 私、仕事が」
 夕鈴は後宮女官だ。特殊な採用をされたとはいえ割り振られた仕事もちゃんとある。
 こんなに長い時間拘束されたのは初めてだからこの後きっと大変なはず。

「あら、貴女の仕事は私の相手をすることよ。」
「へ…?」
 さも当然のように言われて唖然とした。

 今、この方は何と言った?

「この後は庭園に散歩に行きましょうね♪」
「えぇっ!?」

 どうやら夕鈴に拒否権はないらしい。


 ―――今、どうしてこうなっているのか本気で分からない。
 実際頭は動かせないので、内心で思いきり頭を抱えた。





















「何を考えておられるのか。」
 狼陛下の後ろに付き従いながら、黎翔は不機嫌全開で呟く。

 いつものように突然呼び出されて、また手合わせかと思ったら付いてこいと言われて。
 どこに行くのかと問えば陛下の部屋の庭だとさらっと言われた。

「別に妃の部屋に連れていくわけではないのだから構わんだろう。」
「陛下の部屋の庭先というだけでも十分変です。」
 自分はただの後宮門番だ。本来ならこんな風に陛下と言葉を交わすことすらあり得ない。
「私は側近殿とは違います。」
 分を弁えているようで不敬ともとれる言葉。
 立ち止まった王が振り返る。
 そうして全てを見通すかのような深い黒の瞳でじっと黎翔を見た。
「―――私がもっとも信頼する門番だ。本人が望むなら近衛に引き抜きたいが。」
「結構です。」
 清々しいほどの拒絶に、王は怒りを見せるどころか楽しげに笑う。
 このやりとりもいつものこと。言葉遊びのようなものだ。
「我が后が最近特に気に入っている花があるのだ。それを私も見せてもらおうかと思って
 な。」
「…私には全く関係ない気がしますが。」
 いつになく王は上機嫌で些か不審に思った。
 それに黎翔が付いていかなければならない理由も分からない。
「そう言うな。サボリ魔が真面目に仕事をするようになった褒美だ。」
「は?」
 本当に意味が分からない。
 サボリ魔は自分のことだろうが、褒美に花を見せられても何が嬉しいのか。

 怪訝な顔をする黎翔に、王は来れば分かると言ってまた歩きだした。












 四阿から聞こえてくる楽しげな笑い声は后のものだ。
 よく通るそれは歌のように弾んでいる。

 誰か一緒にいるらしく、四阿には彼女ともう1人、女性が座っているのに気づいた。
 どうやらどこかの貴族の姫君が遊びに来ているようだ。

 ―――ならば黎翔は入れない。
 王が中に足を踏み入れるのを見送り、黎翔は一歩外に留まった。


「楽しそうだな。」
「陛下!」
 弾んだ声のまま后が振り向いて顔を上げ、彼女が立ち上がると同時に王はその細腰を浚っ
 てこめかみに口付ける。
 夫婦の仲の良さは相変わらずで、見慣れている面々は何を見ても誰も動じない。
 黎翔も勝手にどうぞと右から左に聞き流していた。



「―――客人か?」
 ひとしきり甘い言葉を后に贈った後で、王がその場に控えている女性を見た。
「いえ、私のお気に入りです。」
 それに后がにこにこと答え、王はああと納得する。
「これが例の"花"か。―――顔を。」
「…はい。」
 どこか聞き覚えがある声がそれに応え、女性がゆっくりと顔を上げた。
 しかし黎翔からは王達が壁になってよく見えない。

「ほぉ。これは美しく咲いたな。」
「でしょう?」
 王の反応が満足いくものだったらしく、后が得意げに答える。

 さっきから気になっているが、まさか"花"というのは―――


「黎翔、お前も見ると良い。」
 首だけ振り返った、どこか面白がっているような王の言葉に、女性の方が反応して身を起
 こす。
 その動きに合わせてシャランと涼しげな音が鳴った。


「! 黎翔ッッ」
 自分の名を呼んだ女性が自分の方へと駆けてくる。

 美しく着飾った まるで天女のような女性。
 その美しさに誰もがきっと振り返るだろう。


 でも、彼女は黎翔がよく知る―――


「え…… 夕、鈴…?」
 黎翔が彼女を認識したときには、彼女は黎翔の胸にに飛びついていた。
 服を皺が寄るほどぎゅっと握りしめて「助けて」と呟き、弱々しく涙目で見上げてくる。

「―――…っ」

 見慣れたはずの少女の、見慣れない姿。
 それに見惚れて何も言葉を返すことができなかった。



「素材が良いからつい遊んでしまったの。」
「褒美だと言っただろう。」
 王と后は楽しげに笑っている。
 この夫婦はたまにこうして人で遊んでくれるのだが、いつもみたいに機嫌悪く睨むことが
 できない。
 こんなモノを前にして、どう反応したら良いのか分からなかった。


「―――私も褒美が欲しいのだが。」
「もちろんですわ。」
 無言で見つめあう2人の傍らで王が后に囁くと、彼女は微笑んで了承する。
 そうして彼はすぐに后を抱き上げた。


「しばし席を外す。お前達はしばらくそこで話していると良い。」

 気を利かせてくれたのか、イタズラの延長か。
 単にいちゃつきたかっただけかもしれないが、夫婦は2人を置いて部屋へと戻ってしまっ
 た。









 とりあえず落ち着こうと四阿に2人で向かい合わせに座る。
 侍女達も王と后に付いていったので、今ここには2人きりだ。


「…夕鈴のバイトって女官じゃなかったっけ?」
 何とか冷静を取り戻し、最初に口をついて出た疑問はそこだった。

 少なくとも4日前までは普通の女官の格好をしていた。
 門のところで彼女と話をしたのだから間違いない。

「女官よ! これは朝からお后様に遊ばれたの!」
 彼女の方は恥ずかしさから顔を真っ赤にして叫ぶ。
 口調も態度もいつも通りの彼女。けれど、直視しづらくて僅かに目を逸らしてしまった。

 見慣れない衣装を身にまとった目の前の幼馴染は、どこから見ても後宮の花にしか見えな
 い。
 すっかりここに馴染んで見えて少しも見劣りしなかった。

(後宮の花、か……)

 確かに見惚れるほどに美しいけれど、同時に胃が焼けるような感覚を覚える。
 ここは後宮だ。後宮で咲くのは王の花。
 …お后のお遊びであると分かっていても面白くはない。


「てゆーか、なんでお気に入り?」
 それでも、内心の感情は悟らせたくなくて彼女の言う"小犬"を装う。
 ただし目だけは合わせられなかった。…きっと睨んでしまうから。
「どうやったら夕鈴がお后様に気に入られるの?」
 后との接点が見つからない。夕鈴は部屋付きではなかったはずだ。
 それは后の護衛をしている隠密からも聞いている。

「えっと、お后様の部屋に行く用事があって、その時にたまたま蜘蛛を追い払ったの。」
 いかにも夕鈴らしいエピソードだ。
 后や女官達が怖がる中でつい出てしまった正義感がそうさせたのだろう。
「本当にそれだけなのよ? なのに、それから度々呼ばれるようになって…」

 今では毎日のように呼び出されているのだという。
 心底困ったといった様子で彼女の口からため息が漏れた。

「…一週間が延びたのはそのせいか。」
 約束の一週間が過ぎて今日で3日だ。
 最後に話した時、明日までだと喜んでいた彼女は帰らなかった。
 それから会えていなかったから理由が分からなかったのだが。

「青慎が心配だから帰りたいんだけど、一ヶ月だけでもと言われて…」
 后からの願いに断れるだけの理由もなく、夕鈴は承諾するしかなかったのだろう。
 一ヶ月という期間は短くない。次の手を打つには十分な時間だ。


「あのタヌキ…」
 彼女に聞こえないように呟いて舌打つ。

 あの男の思惑通りに事が進んでいるのが気に入らない。
 一体何を企んでいるのやら。



「黎翔…?」
「ん? なに?」
 窺うように名前を呼ぶ彼女から戸惑う様子を感じて、顔を上げた黎翔はすぐに彼女のため
 だけの笑みを見せる。
 彼女は黎翔のもう一つの部分に気づいていないし、黎翔もあえて教える気はなかった。

「あ、その… 何でもない…」
 途端に、今度は夕鈴の方が目を逸らす。
 何故か俯かれてしまって表情が見えなくなった。
「?? 言ってくれないと気になるよ。」

「……黎翔が、ちゃんと仕事してるの初めて見て、」
 しばらく待ってから、彼女がようやく口を開く。
 気のせいかもしれないけれど、彼女の顔はほんのり赤い。
「陛下の前ではさすがにぽややんとしてないだろうとは思ってたけど、ちょっと見慣れな
 いから…」
 そこで声は途切れて再び沈黙が落ちた。

 門番をしているときはいつも通りの自分だったが、王の前ではそうはいかない。
 あの王の前ではいつも多少不機嫌だし、笑顔しか見せてない彼女には見慣れなかったかも
 しれない。

 彼女らしくない歯切れの悪さは戸惑っているからだろうか。


 ―――見慣れないのはお互い様。
 それに気づいたら少しばかり余裕が出てきた。


「惚れ直した?」
 からかうつもりでにんまりと笑うと、彼女の顔からボッと火が出る。

「だっ 誰もそこまで言ってないわよ! てゆーかそもそも惚れてないし!!」



 ―――どんなに着飾っても夕鈴は夕鈴。
 いつも通りの元気な声が、四阿を飛び越えて庭中に響きわたった。




2012.8.6. UP



---------------------------------------------------------------------


すみません、これ書かないと次のキリリクが書けなかったんです。

さて、どっかの王の画策により、夕鈴が後宮女官のバイトを始めました。
夕鈴はお后様に、黎翔は陛下に振り回されてまねす(^_^;)
お后様はユウノ(@ヨナ)のイメージ。陛下は小犬の部分がない黎翔かな?
説明不足ですみません。狼陛下もお后も別人ですー
そろそろキャラ表とか作るべきかな…(汗)

お妃衣装な夕鈴に戸惑う黎翔☆(夢では見たことあるけどね!)
あと、いつもと違う黎翔にちょっぴりときめく夕鈴とか書いてみたり。
これがギャップ萌えってヤツですね??(そうか?)

この後 陛下が夕鈴を側室にするとか言い出してブチ切れる黎翔とか書いてみたい。



↓おまけで シリアス編予告風☆

 ―――それは王の一言から始まった。

「陛下が貴女をお召しです。今夜、陛下の元にお渡りなさい。」

 ある日突然龍床に召されることになった夕鈴。

「……これは一体どういうことですか。」
「王の寝所に呼ばれたというのに全く嬉しくなさそうだな。」
 笑みを深める狼陛下を夕鈴は睨みつける。


 狼陛下が側妃を娶った。
 その噂は瞬く間に広がり、黎翔は王に呼び出される。


「…その瞳だ、それが見たかった。―――なぁ、若き狼よ。」
「夕鈴を返せ。」
「そう簡単には返さん。」


 斬りかかる黎翔に王は条件を出す。



「貴女のことは私が守るから安心してね。」
 后が夕鈴の手を取ってにこりと微笑む。

「目ェ覚めたか。落ち着け、馬鹿。」
 几鍔の冷静な声に黎翔は我に返った。



「…夕鈴、待っててね。必ず君を、あの男から奪うから。」


 ―――きっと取り戻すよ、僕だけの花。


お遊びなので気になさらず。オチが逃走中なので続きは書けません…←
 


BACK