夢のような夢の話 -小ネタ集・オマケ-





黎翔&夕鈴

「……夕鈴、何してるの?」
 不思議そうな顔をして、彼―――黎翔は自分より上にいる夕鈴を見上げてくる。
「というか、何で木登り??」

 夕鈴が今いるのは、家の近所にある大きな木の上だ。
 普通この年頃の女性がやるものではない。それは自分でも重々承知している。

 でも、今日たまたまこの前を通ったときに昔のことを思い出して、登ってみようという気
 になったのだ。

「1人で登れるか試したかったのよ。―――登れるようになったんだなぁって。」
 夕鈴が言っている意味が黎翔には分かったらしく、懐かしいねと言って小さく笑った。






 昔、黎翔と几鍔がこの木に登っているのを見て、夕鈴は「私も登りたい」と言ったのだ。
 すると2人は顔を見合わせ、すぐに夕鈴の隣に降りてきた。

『だめ?』
 2人が今までいた場所を見て、次いで彼らを見て聞いてみる。
『危ないよ。』
『お前にはまだ早い。』
 反応は即座に返ってきた。
 けれどそれは夕鈴が望むものではなくて。
『どうしてだめなの!?』
 2人から止められて夕鈴の頬がぷっくりふくれる。
 納得いかない。2人は良くてどうして自分はだめなのか。
『もうちょっと大きくなってからね。』
『ほら、帰るぞ。』
 黎翔にやんわりと宥められ、几鍔は促し背を向ける。

(2人だけずるい!)
 その時夕鈴の心を占めたのはそんな言葉だった。

『なによー わたしだってできるもの!』
 2人の手を振り払い、夕鈴は勢いで木にしがみつく。
 ちょうど良い感じに枝が伸びていて、軽い夕鈴の身体はするすると木を登っていった。

『ちょ…っ 夕鈴!?』
『降りろ 馬鹿!』
 下で2人が慌てている。
 けれど完全に意地になっていた夕鈴は2人の言葉には耳を貸さなかった。

『いやよ!』
 2人に向かって大声で叫ぶ。
 そこで下に気を取られてしまって、手が離れたのに気づくのが遅れた。
『きゃっ!?』
 急いで枝を掴もうとしたけれど間に合わない。
 視界の端で2人が動いたのが見えた。







「―――あの時は2人が見てるのと同じものが見たかったのよね。」
 1人だけ取り残されるのが嫌だった。
 2人は自分より大きくてずっと前にいて。それが悔しくて、追いつきたかった。
「今思うと無謀以外の何者でもないけど…」

 結局あの時は2人が受け止めてくれて怪我はしなかった。
 見事に彼らを下に敷いてしまって、後で思いきり怒られもしたけれど。



「じゃあ、はい。」
 おもむろにそう言って、下にいる黎翔が両手を広げて微笑んだ。
「……何?」
 突然何をしだしたのか。何がしたいのか。
 彼の意図するところが分からなくて夕鈴は怪訝な顔をする。
「受け止めるから。」
 つまりそこに降りてこいと。

「…別に1人で降りられるわ。」
「僕も今なら1人で受け止められるよ。」
 子どもじゃないとむっとして言えば、斜めにズレた返答が返ってきた。
「降りるから退いてて。」
「うん、どうぞ。」
 笑顔の彼は腕を広げたままそこから動かない。

(だめだ、会話が成り立たない…)

「夕鈴」
 こういう時の黎翔は笑顔なのに有無を言わさない雰囲気がある。
 何だかんだで自分を通すところは昔から変わらない。
 夕鈴も大概頑固だが、黎翔はまた違う意味で引くことをしない人だった。
「……」
 ずっとここにいるわけにもいかないし、誰かに見られるのも困る。
 今日は夕鈴の方が観念して、枝に手を置き背中を浮かせた。


「っ」
 衝撃はほとんどなくふわりと抱きとめられる。

 あの時は2人だった。でも今回は黎翔だけ。
 そしてあの頃と違って彼は危なげもなく夕鈴を受け止める。

 ―――2人に追いつこうと必死だった時期もある。
 けれど、気づけばますます差が付いていた。
 これが男女の差だと今は分かってもいるけれど。
 …それでも、ちょっとだけ悔しいのは黙っておく。


「って、何するのよ!?」
 すぐに下ろされると思っていたのに、ぎゅうと腕の中に抱き込まれる。
 苦しいほどではないけれど身動きがとれない。
「うん。夕鈴だなあって。」
「答えになってない!」
 何故か上機嫌の彼はどんなに暴れても離そうとしなかった。
 はっきりいって意味が分からない。
「離してよ!」
「えー」
 こんなところでも力の差を見せつけなくても良いじゃない。
 そう思いながらさらにもがいてみる。
「ちょっと 黎翔! いい加減に」

「―――人目を気にしろ、この馬鹿が。」

 声と同時にゴンッと後頭部を殴る音がした。
 容赦ないそれに真横から鈍い呻き声が漏れる。
「ったぁ…」
「几鍔。」
 黎翔にこういうことができる者は少ない。目が合った几鍔はいつもの呆れ顔。
 そして次いで今自分が殴った男を睨む。
「さっさと離せ。」
「うー…」
 軽く恨めしそうに見遣った後で、黎翔は渋々と夕鈴を解放した。




 その後、夕鈴が木登りをしていたことがバレて、几鍔から怒鳴られたのは別の話。



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ばかっぷるに見えなくもない。
兄貴は邪魔云々よりも、世間の常識を優先しました(笑)




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狼陛下と狼陛下

「珀黎翔!!」
 呼ばれてぱちりと目を開ける。
 ゆっくりと顔を上げれば、見知った顔が不機嫌そうに立っていた。
「…何だ?」
 聞き間違いでなければ、今 自分の名前を呼んだのはこの男だ。
 凭れた壁から背中を外すこともなく、視線だけを彼に向ける。

「仕事中に寝ている貴様に睨まれる筋合いはない!」
「……」
 再び吼えられて、そこでふと自分の格好を見下ろす。
 門番用の軽めの鎧。そしてこの"方淵"の態度。

(…なるほど。)
 自分の置かれた状況を理解する。

 ―――ああ、またあの"夢"かと。


「陛下が鍛錬場でお待ちだ。さっさと行け。」
 用件はそれだけらしく、言いたいことを言い終わると方淵は黎翔に背を向けた。










 ―――鍛錬場の石畳の中央に、剣を突き立て待つ男。
 知らない顔だった。だが鋭い闇色の瞳は"そう"呼ばれるに値する強さだ。

(これが―――…)

 男と目が合う。
 と、同時に 目の前を風が吹き抜けた。


「…何者だ?」
 剣先を眼前に突きつけられても黎翔は微動だにしない。
 相手もまたそのままで黎翔を睨む。

「何者、とは?」
 相手の疑問には答えず、黎翔は逆に問い返した。
 剣先はぴくりとも動かない。
「あれは私の前では大抵不機嫌だが、忠義を忘れてはいない。」
 だから違うのだと男は言う。
 そして再び問うた。「お前は誰だ」と。

「…お前が"狼陛下"か。」
 そう言って、黎翔は笑んだ。






*






「―――ほぉ。そちらではお前が王か。」
 自分も珀黎翔だと名乗った男は、簡単に自分のことを話し聞かせた。
 彼の世界では彼が狼陛下であること、けれどその他は大して変わらないこと。

 そして、奴が大事に思う幼馴染は妃をしているらしい。
 …どの世界でも奴の心奪う者は同じか。

「どうやったら戻るのかはよく分かっていない。」
 だからといってこの状況に焦りを感じている様子はなく、男は淡々と事実を話す。
 いつもすぐに戻るから、今回もそうなのだろうと。


「ならば…」
 まだ少し時間はあるか。
 そう思い、近くにあった元々黎翔用だった剣を指した。
「奴の代わりに相手をしてくれ。」

 この国は平和だ。それは今までの苦労が報われた証でもある。

 だが、平和すぎて身体が鈍ってしまうのは困りものだった。
 だからこうして時折黎翔を呼び出して相手をさせている。
 あれ以上に楽しめるのはいない。

「…私も、そちらの実力を知りたかったところだ。」
 それを受け取り、男は不敵に笑う。
 さらに鎧は邪魔だと脱ぎ捨てた。





 キンッ

 甲高い音が青空の下で響き渡る。
 地を蹴れば宙で、腰を落として次は下から。
 凡人には見えないだろう速さで何度も切り結ぶ。

 実力を知りたいという相手の言葉の通り、いつもの戯れのような打ち合いではない。
 互いに殺気こそないが、気を抜けば怪我では済まないほどだ。

(奴より早いな…)
 これは育ってきた環境の違いか。
 しかし、つまりはこちらの黎翔もまだ伸びるということだ。
 本気にさせればもっと強くなる。
(―――欲しい)
 やはり、あれを門番などでは終わらせたくない。



「っ!?」
 構え直して地を蹴ろうとした黎翔が突如体勢を崩す。
 瞬時に気づいて、わざと勢いを殺ぎ我が剣に空を切らせた。

「どうした?」
 途端に動かなくなった相手を怪訝に思う。
 そしてすぐに様子がおかしいと気がついた。奴はこちらを見ていない。
「ッッ!!」
 近づく気配を敏感に感じ取ったのか、反射だろう動きで剣を横凪ぎに振るう。
 こちらもそれを長年の経験による勘と反射で受け止めた。

 ガキンッ

 重い音がして手がジンと痺れる。
 だが、今はそれに構っていられない。

「落ち着け。」
 低い声でゆっくりと呼びかける。
「珀黎翔。」
 名を呼ぶと、ぴくりと身体が揺れた。
 そうして紅い瞳が正気の光を取り戻す。
「―――ッ ……陛下?」
「戻ってきたか。」
「…え?」
 こちらの顔を見た黎翔の肩から力が抜けた。



「何をしていたんだ?」
 先程の黎翔の様子は尋常じゃなかった。
 あちらで一体何を見てきたのか。

「……妃を…夕鈴を、狙う奴らがいて、だから 僕は―――」
 守りたい一心で剣を振るったのだという。

 たった1人の愛しい者のために。
 …この男の力は、本当に彼女のためだけに使われる。


「夢の中ではお前が狼陛下らしいな。」
「ッ!?」
 がばりと顔を上げる黎翔の表情にはいつにない焦りが見えた。
 そんな黎翔の頭をぽんと撫でる。

「夢の話だ。お前も忘れると良い。」











*










「………」
 足下に転がる刺客達はもう息をしていない。
 握りしめた刀身はすでに血で赤く染まっていた。

「陛下、相変わらず容赦ないねー」
 愛用の鞭を振り回しながら浩大がやってくる。
 ケラケラと軽く笑いながらも、その表情は闇を知っている者のそれだ。
 おそらく別の動きをしていた刺客達の相手をしてきたのだろう。
「奴らも馬鹿だね。陛下がお妃ちゃんを狙う者を許すはずがないのにサ。」

 これをやったのは自分ではない。おそらくはあちらの黎翔だ。
 …だが、たとえここに自分がいても同じようになったのだろうが。

 ―――私から夕鈴を奪おうとする者に容赦はしない。


「…夕鈴は?」
 無事か否かを問えば、浩大は二カッと笑った。
「部屋にいるよ。まだ気づいてない。」
「そうか。」
 それを聞くと固くなっていた表情が緩む。

 彼女は知らなくて良い。
 知らないままでいて欲しい。

 そうすれば、彼女はここにいてくれるから。




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狼陛下vs狼陛下が書きたくて。
前半が本物陛下視点、後半が三十路陛下視点でした。
で、最後にまたちょっと戻ってきた後をオマケのオマケのつもりで。
うーん、ちょっぴりダーク?





2012.9.3. UP



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というわけで、書き損ねていたオマケを2つ。
オマケの方が長く感じるのは気のせいです。きっと。

どうして入れ替わるのか、ほんとに謎ですよね。
同時期に同じことをすると入れ替わるみたいな? それか時間制限か。
最初の時は時間的なズレがあったけど、それ以降は同時間軸っぽい。
 


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