※ 390000Hitリクエスト。キリ番ゲッター幻想民族様に捧げます。





「―――ふむ。なかなかの出来じゃ。」
 陶器の入れ物から湯呑みに並々注いで一口含み、満足げに張元は笑む。
 この後味が残らない品の良い甘さといい、試行錯誤を重ねた甲斐があったというものだ。

「どれ、小僧にも味見させてやるとするかの。」
 あの食い意地の張った底無し小僧なら、この程度 あっという間に飲み干してしまうだろ
 う。
 自分の分を確保しておこうと湯呑みはそこに置いたままにして、彼は年に似合わず軽い足
 取りで部屋を出ていった。








「疲れたー」
 今日のノルマにしていた分の掃除を一通り終え、夕鈴は頭巾を外しながら部屋に入る。
 心地よい疲労感と喉の渇きを覚えながら老師の姿を探していると、代わりに卓の上の湯呑
 みを見つけた。

「お水…?」
 手に持って中身を嗅いでみても特に香りもない。色は無色透明だし、どう見てもただの水
 だ。
 たぶん老師が置いていったものなのだろうけれど。
「…少しくらい もらっても良いわよね。」
 全部飲むわけじゃない、ちょっとこの渇きを潤すだけだ。
 老師が戻ってきたときに改めて謝れば良いかと、内心で一度謝ってから一口飲んでみた。
「―――あ、甘い。」
 喉をするっと流れていくそれが水じゃないというのはすぐに気づいた。
 でもそれが意外に飲みやすくて、半分近くまで一気にいってしまう。

「…あれ?」
 一瞬だけ頭がくるっと回った感じがした。何だか身体が温かくなって、足下がふわふわす
 る。
 でも、不快な感じは全然なくて、むしろ気持ち良い。
 これが何かだなんて考えようとも思えないほど満足した気分だった。


「……あ、政務室に行かなきゃ。」
 不意に陛下に呼ばれていたことを思い出し、のんびりしている場合ではなかったと思い至
 る。
 老師はまだ戻ってこない。
「…仕方ないわね。」
 後で謝ろうと湯呑みを卓に戻してから、夕鈴は着替えのために奥に向かった。











    政務室の嵐
政務室は今日も今日とて忙しい。 陛下の公務が滞りなく行われるように、我々官吏が全力を尽くすのは当然のこと。 皆が右に左に動き回る中、花の香りがふわりと室内に入り込む。 そちらを振り返ると、後宮の花…お妃様が周りに微笑みかけながら入ってこられるところ だった。 ―――お妃様は陛下の唯一のご寵姫。 他に妃は要らぬと仰られるほどの寵愛を受けておられる方だ。 普通、その寵愛を傘に高慢な態度もとりそうなものなのに、お妃様にそんな素振りは微塵 もない。 話しかければ気さくに返して下さるし、書庫を訪れては人知れず整理をなさる。 さらに春の宴以降は柳方淵殿と氾水月殿の仲裁までなさっているのだ。 政務室はもう、お妃様無しでは平穏を成し得ない。 そんなこともあって、我々政務室の面々はお妃様に感謝し多大なる尊敬を寄せていた。 「…あら、陛下はどちらに?」 奥に陛下がおられないのを見て、お妃様は近くの官吏に尋ねられる。 話しかけられた方もいつもの調子で書類を持ち直しながら笑顔を向けた。 「宰相殿との話し合いが長引いておられるようです。」 「……そう。」 途端に気落ちされたご様子で小さな溜息を零される。 「!? いえ、あの」 いつもと違う反応に彼が慌てる間もなく、お妃様はそろそろとそこを離れて自分の所定の 椅子にお座りになった。 「……っ?」 声をかけ損なった彼は そこから動けないまま呆けた顔で見送っている。その顔が赤いの も見間違いではないだろう。 そして、今の態度は間違っていないと私は思った。 ―――かくいう私も同じように固まってしまったのだから。 …何というか、お妃様の様子がいつもと違うのだ。 色気があるというか、その溜息にすら熱がこもっているように見えて心臓が早鐘を打つ。 まずいと思ったのだが、そう感じたのは私だけではなかったようだ。 軽く周囲を見渡せば、周りも似たり寄ったりな反応だった。 「な、何かいつもと違わないか?」 近くの同僚にこそこそと話しかける。 そこで我に返ったらしい相手もちらりとお妃様の方を見て頷いた。 「目は合わせない方が良いかもしれない…」 「ああ。俺も長生きしたい。」 我々は普段からお妃様を愛でる会を開いているが、決してお近づきになろうなどという邪 な感情は抱いていない。 あくまで愛でるのみ。遠くから見ているだけで良いのだ。 狼陛下を敵に回して寿命を縮めるような、そんな愚かな行為をするつもりもない。 その愛らしさを日々見ているだけで十分なのだ。 「――――…」 お妃様は夢でも見ているかのようにぽぅっとして辺りを眺めている。 いつものようににこにこと見守るようではなく、どこかを見ているようで どこも見てい ないかのような。 何というか…ソワソワとして落ち着かない。 政務室全体がそんな空気に包まれていた。 「何を浮ついている。」 そこへ大量の資料を手にした柳方淵殿がやって来て、そのピンと張った声に場が瞬時に緊 張する。 「方淵殿! いえ…」 何でもありませんと、1番近かった自分がそれに応えながら、正直救われた気分になって いた。 どこか甘ったるく感じられていた空気が彼の登場で一気に引き締まったのだ。 これでいつものように仕事ができると安堵した。 「―――貴女はまた来ているのか。」 方淵殿はお妃様と目が合うと、眉を寄せて心底嫌そうな顔をする。 これもいつもの光景ではあるのだが。 「大人しく後宮にこもっていれば良いものを、」 そう、いつもならここで柳方淵殿とお妃様の睨み合いが始まる。 ―――が、突然 お妃様の方がポロポロと泣き出してしまわれた。 「なっ」 それは予想外だったらしく、方淵殿の目が大きく見開かれる。 同時に、周りからは非難めいた視線が彼へと向けられた。 「わっ 私のせいか!?」 如何にもと言わんばかりに一同は頷く。 もちろん私も頷いた。 「ッ いつもはこれくらい言い返すだろう!?」 「おや、何があったのですか?」 今度は水月殿がいくつかの書簡を持って入ってくる。 さすがと言おうか、彼はすぐにこの場の空気がおかしなことに気づいた。 「方淵殿がお妃様を泣かせたのです。」 「人聞きの悪いことを言うな!」 答えた同僚に方淵殿が怒鳴る。 でも、泣かせたのは事実だ。 今も真珠のような涙を零すお妃様の傍へと近づいて、涙を拭きつつ水月殿はゆったりと顔 を上げた。 「―――君に女心を理解しろとは言わないけれど、泣かせるのは…」 「違う! 私はいつも通りに」 「水月さん…」 小さく呟いて、俯いたお妃様がぎゅっとその腕に縋る。 「お妃様?」 「う、動かないで下さい…」 彼が覗き込もうとしたのを遮って、お妃様はどこか切羽詰まった様子で言われた。 「え…」 何やら様子がおかしい。 その手が微かに震えているのにも気づいて、水月殿も僅かに腰を屈めたその姿勢から動け なくなった。 「お妃様、どう―――」 「……何、これ浮気現場?」 いつの間に来ていたのか、景絽望殿が入り口に手をかけて立っていた。 いつも笑顔を絶やさない彼が機嫌が悪いのは、明らかにこの状況のせいだろう。 「違います…」 水月殿は溜め息を付きつつ事実無根だと返す。 しかし、その言葉をそのまま信じるにはちょっと状況がマズ過ぎた。 「とりあえず、お妃様を泣かせた経緯から聞こうか? 氾水月殿。」 …目が本気だ。 最初は冗談半分だと思っていたのだが、最近の彼を見ているとお妃様への想いはどうやら 本物であるらしい。 「泣かせたのは私ではなく柳方淵ですよ。」 「ほぅ。」 その言葉に皆が頷くのを見て、彼の標的が反対側の方淵殿に移った。 「…何か言い残すことはないか?」 絽望殿の声が一段と低くなる。 しかし、方淵殿も負けてはいない。 「話をややこしくするなっ 私はいつも通りに言っただけだ!」 「…けれど、泣かせたことには変わりないわけだ。」 だったら同じことだと彼は言う。 「―――お妃様の笑顔を曇らせるものは、たとえ君でも容赦しないよ?」 「落ち着け!!」 「う…」 「お妃様、どうされました?」 水月殿の声がして、弾かれたように皆の視線がそちらに向く。 見るとお妃様の肩が小さく震えていた。 「…気持ち、わるい……」 さっきよりさらに頭を下げてしまったお妃様を膝を付いて腕で支え、水月殿が視線を巡ら せる。 「誰か、水を」 「今すぐ!」 入り口近くにいた同僚が走って出ていって、しばらくして水差しと器を手に戻って来た。 「落ち着かれましたか?」 1杯目は水月殿に手を支えてもらっておられたが、2杯目以降は大丈夫だと言って自分で 飲まれた。 「はい… すみません…」 ご本人もようやく落ち着かれたらしく、恥ずかしげに頬を染めて謝られている。 それでようやく我々も落ち着いて仕事を始めることができて。 しばらくは何事もなく各々の仕事に没頭していた。 次の異変は、方淵殿と水月殿が日課となった口論を始めた頃。 お妃様が突然、がたんと椅子が倒れるかという勢いで立ち上がられた。 「ほんっと 毎日毎日懲りもせず…」 いつものように まあまあと宥めるわけではなく。 肩をプルプルと震わせて、さらにはぐっと握った拳までも震えだす。 「人の苦労も知らないで同じこと繰り返して… ―――少しは学習しなさいッ!!」 プツッと何かが切れた音と共に、大音量が室内に木霊した。 さすがに驚いて、2人の口論もピタリと止んでしまう。 「私 頑張ってますよね!?」 たまたま隣にいた同僚に、お妃様が振り向き様に尋ねられる。 「は、はいっ」 その気迫に圧され 他にどう答えようもなく、反射に近い形で彼は首を縦に振った。 「なのにもう… どうしていつもいつも…」 どうして変わらないのかとお妃様は嘆かれる。 そうして両手で顔を覆い、また泣き出してしまわれた。 「もう…どうして……」 消え入りそうな声で、お妃様は震える声で何度も言葉を繰り返す 周りもどうしたら良いのかわからずオロオロするしかない。 「何やら情緒不安定だね… あの日かな?」 「景絽望ッ」 「―――何事だ。」 今度こそ、空気がピキッと固まった。 最もこの場に居合わせてはならない方が戻ってこられてしまったのだ。 お妃様が泣いている――― これを陛下がどう受け止められるのか。 全員が青褪めて深く拝礼する中、陛下の足音は真っ直ぐにお妃様の方へ向かわれていた。 「…どうした?」 お妃様に尋ねる声は甘く優しい。 「陛下…」 おそらく頬に手を添え、自分の方に向けられたのだろう。 先程までくぐもっていた声が明瞭になった。 「私、頑張ってるのに… 何も上手くいかない…」 「君は今のままで十分だ。」 「イヤです。私は… 貴方の力になりたいのに……」 ―――そっと顔を上げてお二人の様子を窺ったとき、目に映ったのはお妃様を抱き上げる 陛下の姿だった。 「本当に我が妃は愛しいことを言う。」 まるで宝物を扱うかのように優しく腕の中に収め、陛下は甘ったるい笑みを向けられる。 「ここまで私を想ってくれるのは君だけだ。」 そこだけが砂糖菓子のような別空間になっているが、そこを指摘する者はいない。 「陛、下……」 その首に縋りつくように力を込めて、お妃様も陛下の方に寄り添われていた。 まるで一枚絵。魅入ってしまったのは私だけではないはずだ。 「…体調が悪いのに無理に呼んですまなかった。このまま後宮に連れて行こう。」 一同が呆けている間に、陛下はお妃様を抱き上げたまま政務室を出て行かれてしまった。 そして、皆が我を取り戻したのは、2人の姿が出入り口の向こうに消えた後。 結局何がおかしくて、何が原因だったのか。 何も分からないままに 嵐は過ぎ去っていった。 2012.9.14. UP
--------------------------------------------------------------------- お題:『脇キャラ視点』からのお話で今度は絽望さん・方淵・水月も加わった形でなんか面白いのを書いて下さい♪♪ ―――で。できあがったのが、みんなで酔っぱらいに振り回されている話(笑) 隠しリクで夕鈴がお酒を飲んでしまうというのがあって。 でも政務室だとどうしても飲む状況が出てこなかったので老師に出演してもらいました。 老師が作ったのは果実酒で、香りが少ない特殊なお酒という設定。 でも度数は高いので、夕鈴は完全酔っぱらいで感情の振れ幅が大きくなっちゃったのでしたー 4巻の酔っぱらい夕鈴可愛いので好きです☆ 部屋に戻ったら、今度は陛下が振り回されると良いよww 私はオロオロしてたり「え―――!?」とか言って焦ってる陛下が好きですv(誰も聞いてない) あ、ちなみに陛下は浩大から「お妃ちゃんが間違って酒飲んじゃったっぽい。」と報告を受けて急いで政務室に向かいました。 もう一騒動起きた後でしたが(苦笑)あ、二騒動?← 幻想民族様、たいっへん長らくお待たせしました!!(滝汗) 3ヶ月以上とかマジすみません… 見捨てないで下さいませ〜(汗) えー返品その他苦情など、いつでもお待ちしておりますm(_ _)m


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