王と妃の我慢大会
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 白陽国王宮の後宮、

 侍女達も下がってしまった妃の部屋で、今夜も国王夫妻は仲睦まじく過ごしている―――





「陛下はいちいち触りすぎなんですよ!」
 自分の夫(仮)を睨みつけ、叫ぶ勢いで夕鈴は不満を漏らす。
 彼女の訴え内容は、今日の昼間の演技中のことだ。
 いや、訴え自体は前々からあったのだけど、それがついに爆発したのが今日だった。

 曰く、あんまりベタベタするなと。

「だって仲良し夫婦だし。」
 対して陛下の方はけろっとしている。
 夫婦の仲の良さを見せつけることが最大の仕事。それに何の問題があるのかと。

 もちろんそれは彼女も承知のことだ。
 そのために雇われた臨時花嫁なのだから。
 けれど、問題はそこではない。

「だからって限度があります! いつもいきなりだし、何度心臓が飛び出るかと…!!」

 演技上手の狼陛下の、その演技が過剰で応える方の身が持たない。
 それが夕鈴の主張だ。

 抱き上げる、抱きしめる、不意打ちで触れてくる、etc...

 特に経験がない夕鈴にはどれも刺激が強すぎた。
 だから今日こそ、もう少しこちらのことも考えて欲しいと訴えることにしたのだ。


「じゃあ、どこまでなら良いの?」
「へっ?」
 首を傾げて問う小犬な彼の、そんな突然の質問に夕鈴は戸惑う。
「そ、そんなこと、急に 言われても……」
 具体的にと聞かれるとうまく答えることができない。
 とりあえず、今のこの、心臓が止まりそうになる状況がどうにかできれば良い。
 それくらいにしか捉えていなかったから。

「―――これは?」
 隣に座る彼が そっと夕鈴の手を包むように握る。
 答えられない夕鈴のために実際に触れて確かめることにしたらしい。
 にっこりと微笑む彼を見て、夕鈴はそれから手の方へと視線を落とした。

 大きな手のひらは夕鈴の手をすっぽり覆ってしまう。
 ちょっとドキドキはするけれど、触れている箇所がふんわりとした温かさに包まれて安心
 できた。

「これくらいなら…良い、です。」
「だったら…」
 今度は指と指とを絡ませてくる。
 ぎゅっと強く握り込まれた後でゆるゆると力が抜けた。
 けれど、絡んだ指が離れることはなくて。
「ッッ」
 指の間を擦られて、何か意志を持つようなそれにぞわわっと背筋から総毛立つ。
 反射的に引き剥がして、その勢いで長椅子の逆端に逃げた。
「い… いいい今のはダメです!」

(な、何 今の…!?)
 悪寒のようで違うような、とにかく変な感じがした。
 同時に本能が逃げろと命令を下したのだ。

「えー まだ手しか触ってないよ?」
 唇を尖らせて陛下が不満そうに抗議する。

 手だけで十分だ。あれ以上なんて許容できそうもない。
 さっきの変な感触を思い出してまたも身震いする。
 あんな感覚はゴメンだ。絶対お断りだ。

 あんな、自分が自分でなくなるような感覚―――… 

「〜〜〜ッ 陛下から触れるの禁止です!!」
 続く言葉を振り払い、強い言葉を突き付ける。
「え――――!?」
 そんなの嫌だと言わんばかりの陛下を今度は涙目で睨みつけた。
「べたべた触らなくたって演技はできるでしょう!?」

「だったら夕鈴も逃げるの禁止。」
 自分ばっかり不公平だと陛下も条件を出してくる。
 その条件を飲めば彼も我慢すると言った。

 ―――これはつまりどちらが耐えられるかという…要するに勝負だ。
 売られた喧嘩は買ってやる。夕鈴はぐっと拳を握りしめた。

「やってやろうじゃありませんか!」


 そんなこんなで王と妃の勝負は始まったのだった。

















「今度は何の遊び?」
 夜の闇に紛れて黎翔の私室に現れた浩大は酒の瓶を片手にケラケラと笑う。
 2人がまた面白いことを始めたようだと、2人を観察するのが趣味の彼はすぐに気がつい
 た。
 そしてそれを酒の肴にするためにやって来たというわけだ。

「…遊戯(ゲーム)といえば確かにそんなものか。」
 自分もまた杯に残っていた酒を煽り、黎翔は口端を上げる。
「私からは触れない、夕鈴は逃げない。どちらが耐えられるのか勝負している。」
「何ソレ面白すぎ! へーか、耐えられんの?」
 からかうようなその態度に、黎翔は余裕たっぷりに笑みを深めた。
「負けるつもりはないな。」

 売り言葉に買い言葉と言おうか、いつの間にか話が変な方向に進んでいってこんな事態に
 なった。
 本当に夕鈴はいつも予想外だ。

 けれど、今のところ特に疑問も問題も不満も感じていない。
 負けず嫌いの夕鈴が一生懸命な様は見ていて面白いし可愛い。
 簡単に終わらせるのは勿体ないくらいだ。


「ふーん」
 笑みは引っ込めないままで、浩大は意味ありげに呟く。
 しかし、彼が生温かい視線を向ける本当の理由に 黎翔は最後まで気づかなかった。






*







<<1回戦>>
 涼やかな風が微かに肌を撫でて過ぎ去る。それは花の香りを運ぶだけのゆるやかなもの。
 池に張り出した四阿で楽に興じていた王と妃は、今日もたくさんの視線の中で仲睦まじく
 寄り添っていた。


「美しい音ですわ。」
「ああ…」
 夕鈴がほぅとウットリしながら息を漏らすのに応えながら、陛下は彼女に甘やかな笑みと
 視線を送る。
 いつもならここで肩を引き寄せる等の陛下からの動きがあるけれど、今日はそれはない。
 例の勝負があるからだ。

 距離はいつも通りだ。ただ、密着度が少し足りない。
 それが普段から傍に控えている侍女達には違和感があるのか、笑顔の中に僅かな戸惑いが
 伺えた。

 夕鈴的にはちょうど良いのだけれど、彼女達にはあまり見慣れない。
 …見慣れてもらうのも困るのだけど。
 陛下を上目遣いで伺うと、陛下もそれには気づいていたらしく、彼女達をちらりと見た後
 で夕鈴を見下ろしてきた。


(え――――…?)
 不意に陛下の顔が近づいてくる。
 そうして触れるかと思われた直前に、僅かに脇に逸れた。
「…今は私から触れられない。ならば、ここは夕鈴から触れるところだろう?」
 ギリギリ触れない距離で、耳元で囁くのは低く甘い狼陛下の声。
「ッッ!?」
 瞬時に赤くなる顔を慌てて扇で隠…そうとして止めた。
 ここで逃げたら夕鈴の負けだ。

(〜〜〜誰が負けるもんですかッッ)

 負けん気と根性で羞恥心を抑え込み、お妃教育で鍛えた笑顔を乗せて 陛下の腕に絡みつ
 くように自身の方へ引き寄せた。
「どうした?」
「いえ、陛下のお声をもっと近くでお聞きしたいと思って…」
 囁くように言って彼を見上げる。

(ふふふ… これでどうだ!)
 勝負事は先手必勝、だからこちらから仕掛けてみた。
 伊達にプロ妃は目指していない。絶対逃げたりなんかしないんだから!

「―――そうか。」
 狼陛下の紅い瞳が怪しく光った気がしたが、すぐに見えなくなったから確かめられなかっ
 た。
 …陛下の唇は再び夕鈴の耳元に寄せられていた。
「これで聞こえるか?」
「〜〜〜ッ!!」
 吐息が耳にかかって心臓が飛び跳ねる。
 確かに陛下は触れていない。だけど、これは……

「夕鈴?」
 夕鈴にだけ聞こえる囁きの破壊力は恐ろしいものだった。
 一気に全身が沸騰するほど熱くなる。

 ここでようやく自分が無謀な勝負を仕掛けたことに気づいた。
 狼陛下の重低音をこんなに近くで聞くのは非常にマズイ。

「へ、陛下… そんなに近づかなくても聞こえますわ…ッ」
「もっと近くで聞きたいのではなかったか?」
 面白がるように陛下がくくっと笑う。
 その度に吐息が耳に触れて背筋を何かが這い上がってくる感触がした。

 今すぐにこの腕を解いて逃げ出したい。じわりと涙まで浮かぶ。
 けれどここで逃げたら夕鈴の負けだ。それは絶対に嫌だった。

「どうした? 顔が赤い。」
「なっ 何でもありません!」
 余裕っぽい陛下が憎らしいが、どうにか笑顔を貼り付けて耐える。
「ならば…」
 陛下は楽しそうだ。
「どこまで耐えられるか試してみようか…?」
「っ!!」


 ギリギリの距離で夕鈴に甘い声で囁いてくる。
 夕鈴はそれに必死に耐えた。もう根性だけで乗り切った。


 この時 夕鈴を助けたのは、李順が陛下を呼んでいるという報せ。



 結局この場では勝負はつかず、次の機会に持ち越されることになった。










<<2回戦…?>>
 夕鈴はやっぱり何をしても可愛いし、今は向こうから来てくれるし。
 不満なんて何もない。こんな勝負ならどれだけ延びても良いかなと思う。

 ―――思っていた。それに気づくまでは。



 臨時妃に加えて掃除のバイトもしている夕鈴は、政務室に来ない日は後宮の立ち入り禁止
 区域で掃除をしている。
 黎翔は時間が空くとそこにふらりと現れて、話しかけたり彼女の様子を見たりしていた。
 たいていは予告無しで、それで驚いたり焦ったりする夕鈴を見るのもちょっと楽しみだっ
 たりする。

 今日もいつもの調子でそこを訪れて、ちょうど部屋から出てきた夕鈴を見つけた。
 話しかけるにはまだ遠くて、彼女を見失わないように視界から離さないままに急ぐ。

 早く鈴の鳴るような可愛い声を聞きたくて、あの大きな瞳いっぱいに自分を映してもらい
 たくて。


「あ、お妃ちゃん。」
 夕鈴がこちらに気づくより早く、屋根から降りてきた浩大が夕鈴の肩をポンと叩く。
「ん? 何??」
「後ろの髪が解れてるよ。」
 笑って言いながら彼は、ほら と垂れている一房を持ち上げた。
「え!? ごめん、ありがと。」
 頭巾をとり、それを浩大に持たせて結び直す。
 そうして素早く纏めると また元のように頭巾を被り直した。
「てゆーか、これ どこ入り込んでたの? 埃だらけじゃん。」
 背中が白くなっているのを叩いて落としてやり、頬の汚れも指し示して指摘する。
「あー ちょっと手が届かなくて。」


 意識していない2人のやりとりは気安く軽い。
 双方共に相手を全く意識していない。それはよく分かっている。
 …分かっているのだが。

「――――――」
 ふと 自分の手を見下ろす。
 そういえば、もうずっとこの手で触れていない。
 …触れてはいけないという勝負なのだから当然なのだが。

 あれ と一つの事実に気づいたら、他のことも次々に思い出されてきた。

 抱き上げるようなこともなく、頬や髪に触れることもない。
 しかも勝負は何故か演技が要らない人払い後も有効になってるし。

 自分は彼女に触れることはできない。
 でも、自分以外は彼女に触れることができる。

 何だかすごく不公平な気がした。


「私は触れられないのに……」
 ―――躊躇いなく触れる浩大が憎らしい。
 後で八つ当たりしておこうと思いながら、その手をぎゅっと握りしめた。












<<最終戦>>
「――――…」
 じぃ と夕鈴を見つめる。
 その視線に気づいた彼女がお茶を注ぐ手を止めて振り向いた。
「どうかされましたか?」
「んー 何でもない。」
 答えると彼女は疑問符を浮かべながらも 深く問うことなく再び黎翔に背を向ける。
 その様子を長椅子からまた観察するように見つめ続けた。

 指通りが良くて柔らかな髪、華奢な肩に折れそうに細い腰、茶器に添えられた細い指とこ
 の手で包み込んでしまえる小さな手も。
 もうどれだけ触れていないだろう。…自覚すればするほど君に飢えて渇く。
 伸ばせば届く距離にいながら触れられないもどかしさ。
 どうして今まで平気だったのだろう。いや、どうして今まで平気だったのに今はこんなに
 求めたいのだろう。


「陛下。」
 黎翔の視線とその意味に気づかないまま、彼女はどうぞと湯気立つ茶杯を差し出す。
「ありがとう。」
 それを受け取るつもりで手を伸ばしたはずが、掴んだのはその先にあった彼女の手首。
 茶杯は逆の手で受け取ったが、それは黎翔の口に運ばれることなく卓の上に乗せられた。
「え…?」

 ―――覚えているのはことんと軽い音がしたところまで。


「…陛下。」
「え?」
 沈黙は一瞬だったのか、長い間が空いてたのか。
 思ったより近くで彼女の声がした。
「あの、離してくださいませんか…?」
「…あれ?」
 何故か夕鈴が腕の中にいて、戸惑った様子で自分を見上げていた。
 そして背中に回った自分の腕は確実に彼女を拘束している。
 どう見ても自分が彼女を引っ張り込んだとしか思えない体勢だ。
「あ、ごめん。」
 いつの間にと思いながらぱっと彼女を解放する。

 自分でも何が起こったのか分からなかった。
 けれど、手のひらに彼女の温かさを感じて 安堵と共に衝動が収まったことにも気づく。
 強く彼女を求めた心が無自覚に身体を突き動かしたらしい。

 最初は状況がよく分かってなかったようできょとんとしていた彼女だが、途端にふふふと
 怪しい笑みを浮かべたかと思ったら びしりと鼻先に指を突き付けた。
「今触れましたよね!? 陛下の負けですよ!」
「あ。」
 今更気づいてももう遅い。
 彼女は心から嬉しさを滲ませてにんまりと笑った。


(ああ、その顔も可愛いな。)
 負けたという事実をゆっくり自覚しながらも、彼女の可愛さの前にはそれもどうでも良く
 なってきた。
(…そうだよ。夕鈴が可愛すぎるのがいけないんだ。)
 

 勝った勝ったと手放しで喜んでいる夕鈴の腰を遠慮なく引き寄せる。
「!!? 陛下ッ!?」
「勝負は終わったし、もう触れても良いんだよね?」
「へ!?」

 うん、負けたからと今後一切触れるななんて言われてないし。
 そもそも勝ったからどうなるとか そういうのも決めていなかった。

「夕鈴からっていうのも新鮮で嬉しかったんだけど、やっぱりこっちの方が性に合ってる
 かな。」
 腕の中でじたばた暴れ出した兎を難なく抑え込んで、思う存分その温かさを確かめる。
 抱き心地も触り心地もしっくり馴染んでちょうど良くて気持ち良い。

「ちょっ 何も変わってないじゃないですか!」
 彼女の叫びは聞き流しておいた。



 ―――狼陛下とお妃様の勝負はまだまだ続く?




2012.9.25. UP



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お題:「我慢大会」

タイトルにそのまま採用してしまいました(笑)
根比べとか攻防戦とかも候補で出たんですけど〜 これがキーワードだったので☆

「陛下に何か我慢させて…できればヤキモチやかせてくれると嬉しいです。」
というのが今回の隠しリクでしたが、以前の拍手でのネタも混ぜ込んだらちょっと違う方向へ…
陛下は「夕鈴に触れてはいけない」、夕鈴は「陛下の極甘台詞に耐えなくてはいけない」
とリク主様が仰ってたのです☆
あれだけだとすぐ終わってしまうので、他にもいろいろ加えて。
……加えすぎてカオスな内容になってしまいましたが。

とりあえず、とばっちり浩大はご愁傷様(苦笑)
きっとあの後 意味も分からないままに八つ当たりされました(^_^;)

ちなみに我慢大会の結果は陛下の負けと最初から決まってました。
ええ、リクをもらった時点で(笑) 敗因は夕鈴が可愛すぎるからですvv

てか、陛下がえろくさいのは何故だろう。触るとかいろいろ言ってるからかしら??
仕草がいちいちえろいんですよ!(お前のせいだろーが)


なぅなぅ様、お待たせ致しました〜!!(土下座)
話がおかしな方向に進んでしまって、陛下もおかしな人になりました。
セクハラ陛下ですみません。
書いてる時は楽しかったのですが、書き上がったらこれで良いのかと不安に…
苦情や返品その他諸々、いつでもお受け致します!
 


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