夫の心 嫁知らず
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『夫の心 嫁知らず』


「って、お妃ちゃんは臨時のバイトじゃん。」
 だから知らないのは当然だと。
 黎翔が呟いた愚痴に即座にツッコミを入れた浩大は、酒を煽りながらケタケタと笑う。
 睨むと笑うのは止めたが、口はなおも減らない。
「ま、仕方ないんじゃない? 今まで経験なかっただろうし、理解れって方が無茶だよ。」
「……」
 それが正論だから言い返せずに睨むしかないのだが。

 恋愛事に疎い夕鈴は、男女のそういった機微にどこまでも鈍感だ。
 優しくしても甘くしても、それが何であるかまで理解できない。
 黎翔の言葉はあくまでも演技。そう信じ込んでいる。

 さらには優しくするつもりが、狼陛下で怖がらせてしまったという苦い経験も多々。
 正直に言えば、あれはかなり凹む。

「しっかし、お妃ちゃんって本当にすげぇよなー 予想が付かないってゆーか。」
 調子に乗っている浩大は、ベラベラ喋りながら酒を豪快に飲み干す。
「ほんっと 反応が有り得なさ過ぎ!!」
 そう言ってまた盛大に笑った。



 ―――夕鈴を今まで見てきた女性達の枠に当てはめることは不可能だ。
 彼女の反応は浩大の言う通り予想が付かない。


 妃会いたさに早く帰ってみれば、喜ぶどころか戸惑われる。
 それどころか仕事は大丈夫なのかと心配された。
 …まあ、これは前科があるので仕方がない。
 女性を喜ばせるなら贈り物だと考えて、新しい服や装飾品をと思ったが、贅沢は敵とばか
 りに本人に止められた。
 今あるもので十分です!ときっぱり言うお嫁さんは立派だが、どれだけ男に貢がせるかが
 ステータスだとは思わないらしい。

 女性はだいたいそういうものだと思っていた黎翔としてはそれは新鮮だった。
 今までずっと煩わしいと思っていたが、夕鈴に関しては…正直物足りない。
 何も欲しがらない彼女がもどかしい。


「これじゃほんとの甲斐性なしだ…」
 すでに美味しいとは感じなくなっていた酒を飲み干し、深くため息を付く。
 視界の端っこでニヤニヤ笑う浩大は無視した。


 ただ、贈り物の中でも珍しい食べ物はちゃんと食べてくれる。…理由はもったいないから
 だけど。
 花もわりと喜んでくれる。このまま枯らすのは可哀想だからって言ってたけど。

 …演技だと信じ込んでいる彼女には、そこに僕の気持ちは必要ないようだ。


 だからといって今更正直に話す勇気もない。
 本当のことを言えばきっと怖がられてしまうから。




「どうしたら良いのかな…」

 どうしたら、君が大切だって気持ちが伝わるんだろう。











*












「陛下!」
 後宮に戻って早々に彼女の姿を見つけると、彼女もこちらに気づいて笑顔で出迎えてくれ
 る。
 癒されるなぁと内心ではへにゃへにゃに笑み崩れながらも、表向きはしっかり狼陛下のま
 ま彼女に近づいた。


「散策の途中だったか?」
 音もなく後ろに控える侍女達に一瞬だけ目をやって再び彼女に視線を戻す。
 彼女は頷きながらも少しだけ逡巡した様子を見せ、俯きつつ頬を染めて 口元を袖で隠し
 た。
「あの… ここからなら、陛下がお戻りになられたときにすぐ分かると思いまして…」
 それが精一杯だと言いたげな恥じらい方がまた可愛い。
 それ以上可愛くなられると正直困る。…閉じこめてしまいたくなる。

「可愛らしいことを」
 甘い囁きに真っ赤になる夕鈴に向かって笑み、そのまま彼女の手を取る。
 それが黎翔の中のギリギリの譲歩案。これ以上手を伸ばしたらこの場で抱きしめてしまい
 そうになるから。
「君が見たいものを私にも見せてくれ。」
 要するに「一緒に散歩しよう」と誘うと、彼女は顔を真っ赤に染めたままで今度も小さく
 頷いた。




 後宮の庭園は王や妃達の目をを楽しませるために様々な趣向を凝らしている。
 池から四阿から石橋から―――そして季節毎に咲き乱れる花もまた然り。
 それらは一番見栄えのする位置で、しかし語らいを邪魔せぬよう、絶妙のバランスで配置
 されていた。

「綺麗…」
 大輪の花の前で立ち止まり、夕鈴がうっとりと呟く。
 幾重にも花弁が重なった赤い花を前にして、他にはもう目が行かないとばかりに彼女はそ
 れだけを見つめ続けていた。
 この花は今が一番の盛りで、確かに美しい。夕鈴が目を奪われるのも仕方がない。
「気に入ったか?」
「…はい。」
 魅入られて動かなくなってしまった彼女の後ろで黎翔は小さく笑う。
 花にはさほど興味はないが、花に魅入る夕鈴を見ているのは不思議と飽きない。
 くるくる変わるどの表情も可愛くて、もっとたくさん見てみたいと思うのだ。

 ふと思って、彼女の視線を釘付けにしていたその一輪を手折る。
「陛下?」
 そしてそれを目で追う夕鈴の髪にそっと寄せた。
「―――やはり君の髪色に似合う。」
「っ! 〜〜〜ッッ あ、ありがとう…ございマス……」
 相変わらず慣れない彼女は動揺するも、すぐに演技を思い出して急いで笑顔で繕う。
 ちょっと引きつっているが侍女達は離れているし分からないだろう。

「受け取ってくれるか?」
 目の前に差し出すと、少し躊躇った後に受け取ってもらえた。
 その後 消え入るくらいの小さな声で再び感謝の言葉が返ってきて黎翔は笑む。
 笑みを向けられた方の彼女は花で口元を隠し、もごもごと呟きながら居心地悪そうに視線
 を逸らした。

(花と顔とどっちが赤いか分からないくらいだ…)
 見つめているうちに触れてみたくなって手を伸ばす。
 花ごと腕の中に囲ってみたくなった。

「あ! 陛下、見て下さい!」
 ―――と、するっと黎翔の横をすり抜けて夕鈴が上を指さす。
 頬に触れる直前だった手は中途半端に伸ばされたまま。
「……」
「あんなところにも花が…!」
 固まってしまった黎翔の袖を引き、彼女は興奮したように何度も呼ぶ。
「太陽の光を受けて とっても綺麗…!」
「あー… うん、そうだね…」
 嬉しそうに瞳をキラキラさせている夕鈴の方が僕には眩しい。
 花の方は見もせずに力なく返答する。花を見つめたままだった夕鈴は気づいていないよう
 だった。







 こんなこと、よくあることだ。気を取り直して夕鈴との楽しい散策を再開させる。
 …そう思わなければやってられない。

「ここの庭園は何度歩いても飽きませんね。」
 夕鈴は上機嫌。黎翔が贈った花は彼女の手の中でくるくると回る。
「ああ。」
 演技中のせいであまり大きな声は出せないが、侍女達は話が聞こえない程度には下がらせ
 ているため 話はわりと自由にできた。


「陛下、分かれ道はどちらに―――ッ きゃっ」
「夕鈴!?」
 話している途中で突然視界から消えかけた夕鈴に慌てる。
 どうやら石の段差に躓いたらしい彼女をとっさに片腕で脇下を掬って支えた。
「大丈夫か?」
「す、すみません!」
 慌てて離れようと顔を上げた夕鈴は、中途半端に足が浮いていたせいで逆に体勢を崩して
 しまう。
「〜〜〜ッ」
「!」
 後ろ頭が肩口にぶつかった拍子に 彼女の髪から花が香る。
 自ら腕の中に転がり込んできた兎は思いの外温かかった。
「夕鈴…?」
 まるで縋るように腕をぎゅっと掴んでいる手は小さく、腕の中にすっぽり収まるこの存在
 は 改めてか弱いのだと知る。

 大切にして守りたいのなら、このまま閉じこめてしまった方が良いのかもしれない。
 この腕の中でなら、嵐ですら知らないままに過ごさせることができるのだから。
 怖いことも危険なこともなく、ただそばで笑っていてくれれば良い。

「夕鈴……」
 抱きしめようと、彼女を抱き込んだ腕に力を込め、

「重かったですよね!? すみません!!」

 ―――る前に、またもするりと抜け出されてしまった。

「……」
 しっかり地に足を着けてしまった夕鈴は、呆然とする黎翔の前でしどろもどろになりなが
 ら謝罪の言葉を繰り返している。
 今までの雰囲気は遙か彼方。欠片さえ見えない。

「君は羽根より軽い。」
 何より、その謝罪の中心が自分が重いからというのはどうにも納得がいかないのだが。
 そう思って正直に告げれば ぽんっと湯気を出した後で彼女は「何を言ってるんですか!」
 と怒りだす。
「そっ そんなわけ…!」
「ほら。」
 予測していた反論の言葉を封じるために 黎翔は彼女の体をひょいと片腕で抱えあげた。

「君のことなど すぐに浚ってしまえる。」
 これのどこが重いって?
 むしろ軽過ぎて このままどこかへ飛んでいってしまいそうだ。
 さっきから何度もそうされているように、簡単にここから抜け出して逃げられそうな気さ
 えする。

「…このままどこかへ連れ去ってしまおうか?」
 私と君しかいない場所へ。
 漏れ出た本音はどこか熱を含んでいるようにも感じた。


「陛下っ! お戯れはそれくらいになさって下さいませ…ッ」
 真っ赤な顔のままで 夕鈴は手に持っていた花をぽすっと黎翔の口に当ててくる。
 黎翔の口を封じるそれは 彼女と似ているようで違う香り。
「ここは後宮で、私は陛下の妃です。連れ去っても意味はありませんからっ」
「…?」
 演技のようで演技ではないような言葉が少し予想外で、どういう意味かと黎翔は目をぱち
 くりさせてしまう。
「そもそも一体どこへ行くというんですか。李順さんに怒られて終わりです。」
「………」

 彼女が言わんとすることを理解して、黎翔は思わず吹き出す。
 ―――今の言葉の意味を理解されていなかったのか。


「…君には敵わないな。」
「え??」
 侍女達の手前、見えないように笑っている彼を目の前にして、夕鈴は戸惑った顔をしてい
 る。
 何故ここで笑われるのか、彼女は分かっていないようだった。



 全然思った通りにならない。
 君の心は見えなくて、こちらの思いは伝わらない。

 でもそれら全部含めて君だから。
 そんな君に僕は惹かれてやまない。


 ―――ああもう、君には完全敗北だ。












*











 そして今夜も国王陛下の悩める呟きは続く。


「夕鈴が殺人的な可愛さで誘ってくるのに、全部スルーとか有り得ないよね…」

(…それ陛下が勝手に煽られてるだけじゃん。)
 なんて、思ってても言わない。命は惜しい。

「夕鈴が可愛すぎるのがいけないんだ。」

(あー ハイハイ。ごちそうさま。)
 ただの惚気に内心で呆れつつ、優秀な隠密は声に出すことを我慢した。


 冷酷非情の狼陛下がたった一人の少女に振り回されているのを見てるのは面白い。
 けど、度を超すとあまりの甘さに胸焼けしそうになる。

(酒も無くなっちゃったしなぁ…)
 このまま聞いてても、今夜はきっと堂々巡りだ。
 酒もないのに聞き続けるのは正直しんどい。


「どうしたら良いのかな…」
「…さあねぇ……」

 呟きのような返答を返して、浩大はこっそり姿を消した。




2012.10.27. UP



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お題:どう頑張っても嫁にスル―される残念な陛下

フラグクラッシャーの本領発揮☆
陛下、残念を通り越して可哀想… でも止めない(鬼)
こんな感じでしょっちゅうフラグ折りまくってる気がするんですよね。
甘い雰囲気を作れというのは夕鈴には難しい話のようです。
まあ、恋心の昇華の方向性がオカシイですからね。プロ妃アンケートとか(笑)
陛下も夕鈴の気持ちが分からないから手を出しかねてるみたいな。
告白したら腰抜かされて、鼻噛んだら家出されましたからね…
うん、これ以上手を出したらどうなるか分からないですよね(苦笑)
時々理性が吹っ飛びそうになって手を出しかけてますけどね!(頬チューとか)

ムーミンママ様、また遅れました スミマセン… 怒ってください……
ちょっと陛下がヘタレ気味になってますが気にしないでください。
あと、使いやすいので浩大出てますが 趣味です。
では、いつものあれはご自由に☆ 叱責覚悟ですので!

 


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