国王一家の平穏な休日 2




 ――― 子ども達の乳母を務める華南の家族は仲が良い。

 今日の休暇の事の起こりは、そんな彼女の先日の休日の話からだった。


 彼らが休日に家族みんなで出かけたという話を聞いて、鈴花が羨ましいと漏らしたのだ。
 それを聞いて叶えたいと思った凛翔が、まず母の夕鈴に相談し、それが陛下の耳にも届い
 た。
 今の時期なら1日くらいどうにかなるだろうと李順と話し合った結果、仕事の前倒しを条
 件に許可が下りたのだ。

 可愛い娘のためだと狼陛下は精力的に政務をこなし、そのおかげで過労に陥りかけた官吏
 達のフォローは后が行った。
 そこは李順の采配の上手さ、飴と鞭は使いようである。


『おとうさまとお出かけできるの!?』
 父の休暇を告げられた鈴花の張り切りようはかなりのものだった。
 彼女の父親はこの国の王、丸一日休みだなんてほとんどない。
 指折り数えてこの日を待ちわび、したいことを並べ立ててはもっと絞れと凛翔に呆れられ
 た。
 それを知った両親が、もう少し家族の時間を設けるべきだったと反省したのは別の話。







 そうして迎えたこの日。
 国王一家は下町のお忍び衣装に着替えて、都の端の大庭園へとやって来た。

 正式名称は"白華園"。
 王宮管理ではあるが普段は一般に公開されている行楽の名所だ。
 年に一度、春には春の宴―――"花恵宴"が催されている。

 今は紅葉が色付く季節。
 上を見れば染まった木々が目に映り、下に視線を移せば水面に映る色彩が鮮やかだ。
 訪れる人々はそれらをのんびり眺めながら、紅や黄色の絨毯を敷き詰めた道を思い思いに
 散策していた。




「きれー!!」
 わぁと口を開いたまま、鈴花が目を輝かせている。
 王宮の紅葉も美しいけれど、ここの素晴らしさはその広さ。
 季節毎に色を変えるこの美しい庭園は 常に都の人々の心を惹きつけている。

「あっ あっち行きたい!」
「こら鈴花! 待てったら!!」
 はしゃいで走り去っていきそうな鈴花を凛翔が慌てて追いかけて止める。
 その様子を両親は「相変わらず仲良しね」と笑って見ていた。
 見えない位置では浩大達隠密が警護しているだろうし、見える範囲にいるならば問題はな
 い。

「あまり遠くへ行ってはダメよ!」
「「はーい」」
 母親の注意に振り返った子ども達が元気な返事を返す。
 子ども達が手を振るのに父親が振り返すと、彼らはますます笑顔になった。

 それはどこにでもいる一般家庭のような、そんな雰囲気で。



「……不思議だね。」
 不意に陛下がぽつりと言った。
 はしゃぐ子ども達を眩しそうに眺めながら、その表情には柔らかな笑みが浮かんでいる。
「春の宴の時はそんなに綺麗だと思わないけど、今はとっても綺麗に見える。」
 それは見るものの種類が違うとか、そういう意味ではない。
「花はとっても綺麗なんですけど。宴のせいでそれどころではありませんしね。」

 いつか陛下が「狸のための宴」だと称したことがある。
 陛下の隣で参加するようになって夕鈴もそれを理解した。
 …まあ あれは、その前の準備も大変なのだけど。

「綺麗な花に目を向ける暇はないですからね。」
 一番最初の―――侍官の格好で紛れ込んだときが、一番花を見れたと思う。
 賛同した夕鈴も困った顔で笑った。

「―――私は、君という花が見られれば満足だが。」
 唐突に、けれどさりげない動作で肩を抱いて、彼はさらっとそんなことを言ってくる。
 いつもならここで甘い雰囲気になってしまうところなのだが。
「はいはい、今日は狼陛下はお休みです。」
 ぺしっと軽く払いのけて、半歩分の距離をとった。
 不満そうに訴えかける視線は無視だ。
「今日は子ども達の父親として、精一杯家族サービスしてください。」
 今日はそのための休みなのだ。
 行ってらっしゃいませと笑顔で促す。

「その代わり、夜には僕を構ってね!」
 何故だかここにも大きな子どもが一人。
 けれど、ここでごねられると大変なので、「良いですよ」と返事をしておいた。
「約束したからね。」
 たったそれだけの約束の、何がそんなに嬉しいのか分からない。
 彼はちゅっと頬にキスしてから、上機嫌で子ども達の方へ行ってしまった。



「おとうさまっ かたぐるましてください!」
 追いついた彼に娘が手を伸ばして強請る。
 それを軽く了承してひょいと抱き上げた黎翔は、そのまま片手で鈴花を肩に乗せた。

「わー たかーい!」
 普段 王宮ではこんなことやってもらえない。
 いつになく高い視線に鈴花はきゃらきゃら笑う。
 器用な彼は鈴花がバランスを崩しても上手に元に戻していた。
 そんな安心感があるので、鈴花は余計に遠慮なくはしゃぐ。

「凛翔は?」
 ふと気づいて、黎翔が足下で鈴花を見上げていた凛翔を見る。
 すると、当の息子は慌ててぶんぶんと首を振った。
「わ、わたしは良いです!」
 予想通りの返答に苦笑いしつつ、黎翔はくしゃくしゃと凛翔の頭を撫でる。
「遠慮などするな。子どもらしいことは子どもの間にしておくべきだ。」
「兄さま、ここきもちいいよ!」
 父親の頭の上に手と顎を乗せた鈴花も凛翔を誘う。
 二人から見られて居たたまれなかったのか凛翔は俯いてしまうが、少し逡巡した後で頭に
 乗っていた父の袖をぎゅっと握った。
「……じゃ、あの、私も…して、もらいたいです………」
 それが彼のいっぱいいっぱいだったらしく、耳まで真っ赤になって震えている。
 黎翔はそれにクスリと笑って、了承の意味で再び凛翔の頭をかき混ぜた。
「それじゃあ 兄さまのばんね!」
 鈴花もそう言うと、父に頼んですとんと降りる。
 妹にどうぞと笑顔で譲られて、どうしようかと悩んでいる間に黎翔がひょいと抱き上げて
 しまった。

「…凛翔には甘え方を教えるべきだったな。」
 意外な子育ての取り零しに黎翔は父として困った顔になる。

 黎翔も夕鈴も気負わせるような接し方をしていたわけではないが、聡い彼はとうに感づい
 ていたのだろう。
 国王陛下の第一子、さらに世継ぎ御子という立場はどう足掻いても変わらない。
 さらに妹がいる兄として、甘えることを忘れたままに育ってしまった。

「公の場では仕方ないことかもしれない。だが、家族の前では素直でいて良い。私にも夕
 鈴にも、凛翔は世継ぎである前に大事な息子だ。」

 困ったことがあったら頼って良い、悩みがあったら打ち明けて良い。
 そうされた方が親は嬉しいのだと黎翔は真摯に伝える。

「子は親に甘えるものだ。あまり早く親離れされると、少し寂しい。」
 ぐっと凛翔が泣く前みたいな表情になって唇を噛みしめた。
 黎翔は片腕で息子を支え直して、その小さな頭をぽんぽんと叩く。
「―――言うのが遅くなった。」
 親としての不甲斐なさを謝るとぶんぶんと首を振られる。違うと言いたいのだろうか。

「…凛翔は優しい子だな。」
 その優しさは愛しい彼女によく似た部分だ。
 ぎゅうと首に手を回して抱きついてきた我が子に心からの愛しさを感じながら、黎翔は凛
 翔が顔を上げるまでその背を撫で続けた。






「―――あんな凛翔は久しぶりに見た気がするわ。」
 声を上げて笑い合う親子を夕鈴は笑顔で見守る。

 実年齢より大人びた印象のある息子は、大きな声で笑うこともあまりない。
 それが今は年相応に遊んでいる。その姿は見ていて微笑ましいと同時に安心した。

「凛翔の甘え下手は私に似たのかしらね。」
 残念なところが似ちゃったものねと苦笑いするしかない。
 逆に鈴花は甘え上手。時には李順さんですら使ってしまう。末恐ろしい子だ。


 休息所として設けてある四阿に荷物を置いて、そのそばに腰掛けた夕鈴は遊ぶ彼らを眺め
 見る。
 そろそろ準備を始めるべきだろうけれど、もう少しくらい眺めていても良いだろうと思っ
 て。

「あーあ、あんなに楽しそうにしちゃって。」
 おそらく今夜は2人ともぐっすりだろう。
 鈴花は昨日の夜から大騒ぎだったから、帰る前にダウンするかもしれないけれど。


 頬を撫でていく風は心地良い。
 こんな穏やかな日は本当に久しぶりだ。


「…というか、お腹空かないのかしら。」
 肩車はとうの昔に終わって、今は木登りになっている。
 まだまだ彼らは遊ぶ気らしい。

 これも王宮でやれば大変なことになるので滅多にできることではない。
 普段できないことを経験させるのは大事だと夕鈴も思う。
 ただ、凛翔よりも鈴花の方がやる気に満ちているのはどうかと思うけれど。


「これは…呼んだ方が良いかしらね。」
 誰かが止めない限りは際限なく遊び続けそうだ。
 帰る時間というものもあるし、このくらいが頃合いだろう。


「そろそろお昼にしましょう!」
 夕鈴が声を張り上げると、一斉に視線がこちらへと向く。
 はーいと揃った声が返ってきて、さすが親子と夕鈴は笑った。





「わぁ…」
 それは誰が漏らした言葉だったのか。
 卓の上に並べられた料理を目にして3人とも目を丸くしている。
「こんなに大変だったんじゃない?」
 代表として聞くのは我が夫。
 「夕鈴の手料理は大好きだけど…」と言いながら、無理してないかと心配そうな表情だっ
 た。

 今日のお昼は全て夕鈴の手作りだ。
 事前に許可を得て、厨房を借りて作らせてもらったのだ。

「下拵えは昨日済ませておいたので早かったですよ。」
 だから大丈夫だと夕鈴は軽く返す。
 実際今日は朝食の後に軽く仕上げをして詰め込んだだけだ。
 たくさんの料理を無駄なくコンパクトに収めるのは主婦としての腕の見せどころ。
 しかも久しぶりのことだったから、ものすごく楽しめたのも事実だ。

「張り切ってたくさん作っちゃったから、たくさん食べてくださいね。」
 凛翔と鈴花には「好き嫌いしないように」とも付け加えた。
 それに「ハイ」と返事をする息子と「う…」とちょっぴり嫌な顔をする娘。
 こんなところにも性格の違いが見えておかしくなる。

「夕鈴の料理は全部美味しいよ。」
「ありがとうございます。」
 こんな時にも妻に甘い夫は健在。
 にっこりと告げられた言葉はさらっと流しておいた。

 今日はしっかり「お父さん」してもらわなくてはいけないのだから。




「次は池の向こうにも行ってみたいな。」
「じゃあ食べたらあっちに行こうか。」
 順調に減っていくお重の中身、和やかな食事に会話も弾む。


 ―――こんな風にしていると本当に普通の家族みたい。

 そう思ったのは誰だったか。




























 遊び疲れて眠った鈴花を陛下が抱っこして、凛翔は夕鈴と手を繋いでいる。
 日もだいぶ傾いて 、随分長くあそこで遊んでいたのだなと思った。


「たまには、休暇も良いかもね。」
 全く疲れた様子など見せないで、彼はにこにこと告げる。
 彼にとっても今日はとても充実した1日だったらしい。

「じゃあ、またお仕事頑張ってくださいね。お父さん。」
 休暇のために時間を作らなくてはいけないのは彼だ。
 夕鈴がクスクス笑って告げると、彼はうっと言葉に詰まった。
 ここ数日の忙殺に近い仕事量を思い出したらしい。

「―――家族のためだからね。頑張るしかないかな。」
 それでも彼はそう言ってくれた。




「本当ですか!?」
 凛翔がそれにぱっと表情を明るくして、それを見た夕鈴が微笑む。
 夢の中の鈴花は幸せそうな顔をしていた。



(ああ、これのためなら頑張れるかな。)

 とても満たされた気分で、黎翔はそんなことを考えた。




2012.11.5. UP



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お題:『国王一家の休暇』・・・文字通り未来夫婦でお願い致します。

―――というわけで、未来夫婦でほのぼのネタです。
もちろん夫婦のいちゃ甘などどこにも書いてありませんよ!
…私の趣味です、スミマセン。

今回の隠しは
「二人のお子ちゃまがまだ小さいときで、久々の休暇が貰える事になり、一家でお出掛けに・・・・
 そして陛下がマイホーム的パパな感じ」
というわけでこんな感じですvv

お出かけは王宮内でも良いかなーとも思ったんですけど。
せっかくの休日ですし、外に出かけてみようかと思いまして。
家族で白華園に行ってもらいました☆(名称などは6巻参照)
日曜日に動物園に連れて行くお父さんのイメージですかね(笑)

ちゃんと陛下はマイホームパパになっているでしょうか?
父親らしさを見せたいなって頑張ってみたつもりです。
夕鈴が甘いの全部ぶった切ってるのは予定にはありませんでしたが(笑)

ちなみに護衛の皆さんのお昼には、夕鈴からおにぎりの差し入れです。
彼らは画面の外で今日もお仕事頑張ってます。


よゆまま様、楽しいリクをありがとうございました!
ネタがどこまでも広がって、どこで切るかものすごく迷ったくらいです!
意見・苦情・ツッコミ・返品、その他諸々年中無休で受付中でございますー(>_<)
 


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