囚われの姫君 2




 ――――ガキンッ

 固い金属音と共に、剣が折れて宙を舞う。
 体勢を崩した男の鳩尾に黎翔が肘を叩き込んで地に伏せさせた。
「このッ」
 別の方から向かってきた男は剣を振り下ろされる前に回し蹴りで吹っ飛ばす。

 倒れていく男達は放置して、見据えるのは前のみだ。


「行かせるか!!」
 黎翔より頭1つ分大きな男が棍棒を振り回して向かってくる。
 しかし、黎翔は右にも左にも避けることなく、さらに駆けるスピードを上げた。
「もらったぁ!」
 ごぅと唸りを上げて棍棒が振り下ろされる。
 本来の重さにスピードが加わり、当たればただでは済まない。

「ッ」
 渾身の力で振り下ろされたそれは、残像を切っただけだった。
「な…っ」
「遅いな。」
 すでに飛んでいた黎翔は棍棒を踏み落とし、その勢いでさらに上に飛んで男の頭上を飛び
 越える。
「!?」
 相手が姿を見失っている間に着地して腰を落とし、片足を軸に足を払う。
 体勢を立て直しきれていなかった男は後ろ頭を地面に激突させ、そのまま意識を失った。



「…煩わしいな。」
 舌打ちして呟くと、凛翔は後ろへ飛んで己の剣を鞘に収める。
「そっちが使いやすそうだ。」
 ニヤリと笑うと狙いを定めてそちらへ向かって地を蹴った。

「なにっ!?」
 突き出された槍を紙一重で避けて柄を掴む。
 ぐっと力を込めて回転させると男の身体はバランスを崩してたたらを踏んだ。
「―――借りるぞ。」
 槍は男の手を離れ、凛翔の手に収まる。
 力の差は歴然に見えたのにあっさり奪われたことに男は愕然とした。

「てめぇ! 返せ!!」
 向かってきた男を刃とは反対部分の石突きで突き飛ばす。
 胃の中のものを吐き出して男は地面に蹲った。


「…なかなかの使い心地だ。」
 くるくると軽く振り回し、腰を落として構えを取る。
 そして道を阻む者達に覚悟しろと嗤ってみせた。

「―――来ないならこちらから行く。」
 わざと一番人垣が厚い場所を選んで突っ込む。
 怯む男達を蹴散らして、逃げ損ねた者を次々と沈めていった。



「だいぶ減ったな。」
 それでも二人を囲んで大きな輪ができる。
 じりじりと距離を取って、男達は二人の動向を窺っていた。

 凛翔の肩と黎翔の背中が軽く触れ、背中合わせに立った彼らはそれでも余裕の表情を崩さ
 ない。
 息は軽く弾む程度、まだまだ暴れ足りないとでも言いたげだ。

「…しかし、時間だな。」
 残念だと黎翔が呟く。
「そろそろ闇朱が戻ってくる頃ですね。」
 そう言って凛翔は槍の先をひたと前に向ける。

「終わりにしましょうか。」
 輪を崩して抜ける道を一本決めた。


「さて――――」



「何をしている!!」
 外から飛んできた怒号に ぴたりと空気が止まる。
 彼らが向かおうとした位置とは逆の人垣が割れ、一人の身なりの良い男が前に進み出てき
 た。
「あれは…」
 凛翔の口から小さな呟きが漏れる。
 突然現れた背の高いその中年の男には黎翔も凛翔も見覚えがあった。


「旦那様だ…」
 誰かが呟き、戸惑いざわめく輪が広がっていく。
 その間に彼は年に似合わず俊敏に走ってくると 黎翔達と男達の間に割って入った。

「全員下がれ! この方々を誰だと思っておるのだ!!」
 屋敷中に響き渡りそうな怒鳴り声は耳を塞ぎたくなるほど。
 黎翔達の前に立ち、彼は屋敷の男達を怒鳴りつけた。
「この愚か者共が! すぐに武器を捨てて控えろ!!」
 怪訝な顔をしながらも男達がそれに従うと、彼は次に黎翔達の方に向き直る。

「申し訳ございません!」
 そうして彼は黎翔と凛翔の前で跪いて地に付ける勢いで頭を下げた。


「愚息がとんでもないことをしでかしたと聞き、急ぎ参ったのでございます。」
 この屋敷は本邸ではなく、彼の息子の私邸とのこと。
 何も知らずいつものように仕事をしていた時に、今回のことを聞いたらしい。
「お前はどうしてここへ?」
「お后様がお知らせしてくださいました。」
 だからすぐにここに来たのだと彼は話す。

「この度の件、お前は知らなかったのか?」
「はい…」
 申し訳ありませんと再び謝罪をし、彼は頭を下げた姿勢のまま話し始めた。
「あれの公主様への執心ぶりは知っておりました。しかし、見込みがないことも分かって
 おりましたので、諦めるように何度も言ったのです。」

 しかし、息子はそれを聞き入れなかった。
 きっと想いは通じるはずだと彼をせっついては縁談を申し込むように言い続けた。
 結局その度に突き返されていたのだが。

「先日、陛下のご意向を伝え、私からももう何もしないと伝えました。今回のことはおそ
 らくそれが原因なのでしょう…」

 自分を過信する馬鹿な息子はそれに納得がいかなかった。
 そしてろくに何も考えることなく行動を起こしてしまったのだ。

「私の管理不行き届きでございます。如何様にも御処分を。」
 元々潔い性格の男だった。息子の罪は自分の罪も同じだと言う。
「愚息への処遇もお任せいたします。」

「―――…」
 剣を鞘に収め、黎翔は辺りを見渡す。

 元は美しい庭園だった。
 しかし、今は倒された男達が多数転がっている殺伐とした光景が広がっている。
 残りの男共は言葉を失くして青ざめてこちらを見ていた。

 何やら考える素振りでそれらを見渡した黎翔は、最後にまた彼へと視線を戻す。
「―――今日ここでは何も起きなかった。そう処理しろ。」
 このことが公になれば、困るのはこの男だけではない。
 王宮の方の処理は後で考えるが、今はその方が適切だと判断したのだ。

「御意。」


「公主がいる部屋を見つけました。」
 その解き、ちょうど良いタイミングで声が降ってきた。

 風が揺れる音だけをさせて闇朱が降りて片膝を付く。
 二人の視線がそちらへと向いた。























「……私に、何の御用でしょうか。」
 座り心地の良い柔らかな椅子に座らされた鈴花は、目の前でにこにこと笑っている男を軽
 く睨む。

 李順のところに行く途中で、突然浚われてここに連れて来られた。
 浚われたといっても、通された部屋は無駄に広く豪華であるし、縛られているわけでもな
 い。
 公主と知っての対応をされているため、手荒に扱われているわけではないけれど。
 だからといって 人の意志を無視されたこれに腹が立たないわけがない。

 前の男は名前は知らないが顔は知っている。その程度。
 ただ、今はこの笑顔がムカつく。

「突然のこと、申し訳ございません。」
「…ええ、驚きました。まさか、我が国の者にこのような野蛮な真似をなさる方がいると
 は思いもしませんでしたから。」
 今のところは相手の動向が分からないので猫を被ったままだ。
 それでもしっかり相手を非難してやると、彼は困った風な顔をした。
「数々のご無礼、お許しください。…しかし、こうでもしなければ貴女と直接お話するこ
 とができませんでしたので。」
 誰が許すかと思ったが、彼は気になることを口にしたので飛び出しかけた言葉を納める。
 この男の目的が知りたかった。

「私からの手紙は読んでいただけたでしょうか?」
「手紙…?」
 身に覚えがないと柳眉を寄せる。
 同性の友人からのものならいくつかあったけれど、男性からのものはなかった。
「いえ、私のところへは届いておりませんわ。」
「やはりそうなのですね。」
 鈴花の答えに対して、彼は納得した顔でため息を付く。
「貴女を可愛がっておられる陛下や太子が、止めておられるのですね。」
「……」
 鈴花はそれに否定はしなかった。
 父や兄が何をしているかくらい知っている。知っていて、放置しているのは自分だ。
 一人を想い続ける自分に縁談など無用だから、その方が都合が良かった。
「貴女に何度も恋文を送ったのです。けれど、貴女の態度はいつまでも変わらないのでお
 かしいと思っていたのです。」
 たとえ受け取ったところで変わるとは思わないけれど。
 けれど反論はせずに彼の言葉を待つ。

「一目垣間見た時から貴女のことが忘れられませんでした。」
 鈴花を見つめるのは真剣な瞳。
 こんな暴挙に出るほどには、真剣に想ってくれているのだろう。
「必ず幸せにするとお約束します。ですから、どうか、この想いを受け取ってくださいま
 せんか。」

 熱を帯びる視線、懇願するような求婚の言葉。
 こんな風に強く想われることは、きっと幸せなことなのだろう。

「―――お断り申し上げます。」

 けれど、それは自分の想いも同じである場合だけだ。

「残念ながら、手紙が届いていたとしても結果は同じですわ。」
 艶やかな紅色の唇で最上級の微笑みを作り、鈴花は相手の求婚をはねつけた。
「……え?」
 間抜けに口をぽかんと開ける男に、内心で呆れ返る。
 まさか断られるはずがないとでも思っていたのだろうか。本気でそう思っていたら真性の
 馬鹿だ。

「どうして…でしょうか?」
 ようやく衝撃から返ってきたらしい彼の声はひどく掠れていた。
 鈴花を見つめる瞳は縋るものに変わり、まだ納得できないと言っている。
 ここははっきり言ってやるべきだろう。

「私はたった一人の方をお慕いしているのです。その方以外に嫁ぐつもりはありません。」

 まだ片思いだけど。というかむしろ玉砕しまくってるけど。
 でもずっと決めていることだ。

「どうしてっ 何故私ではいけないのですか!?」
 身を乗り出してくる男から少し身を引く。
 はっきり言ってもダメなのか。

「家柄も役職も十分貴女を受け入れられます。貴女の隣に並んでも何の遜色もないと思い
 ます。それなりの努力もしました。」
 ベラベラと自分自慢を始める男は果てしなくウザい。
「私のどこがいけないんですか!?」

(……もう良いわよね。)
 あまりの馬鹿さに取り繕うのが面倒になった。


「…強いて言うなら、メガネじゃない。」
 行儀良く座っていた椅子に肘をつき顎を乗せる。
 足は足首が見えても気にせず高く組んで、丁寧な口調も投げ捨てた。

「私黒髪よりも茶髪派なのよね。ちょっとくせっ毛があるとなお良いわ。年はお父様より
 上が良いし、財布の紐は固い人が好みね。」
 再び間抜け面になる相手に次々と畳みかける。

 具体的すぎる好みの羅列はただ一人の人物を指すもの。
 彼以上に心惹かれる人なんて、この世にいるはずがない。

「―――何より、貴方はあの人じゃない。だから、貴方じゃダメなの。」



「「鈴花!!」」
 その時、扉が無惨な音を立てて蹴り破られ、二人の男が飛び込んできた。

「お父様、兄様。」
「え、」
 そのままの姿勢で目だけをそちらへ向けた鈴花に倣い、男もぎぎっとそちらを向く。
 その姿と、そして彼女が呼んだ名と。
 中腰の変な姿勢のまま、男は青い顔で固まった。

「鈴花、無事か。」
「はい。もちろん。」
 向かい合う鈴花達の元へつかつかと大股でやって来て、黎翔は娘をその腕に抱き込む。
 その大きく安心感のある父の胸に身を預け、頬をすり寄せ甘えてから、鈴花は顔を上げて
 にっこり笑った。
「良かった。」
 元気な様子に安堵して、少し表情を緩めた黎翔が鈴花を抱き上げる。
 鈴花は大人しく首に抱きつき男を視界から外した。

「―――さて、お前は」
 凛翔が男をじろりと睨む。その手には鞘に収めたままの剣。
「沈め。」
 がつんと頭を思い切り殴られた男は、声を上げる間もなく昏倒させられ床に倒れ伏した。

「闇朱、この男を連れて行け。」
「はいはい。」
 どこからともなく現れて、彼は命じられた通りに男を担ぐとまた消える。
 その気配を見送ってから、凛翔は鈴花達の方へ向き直った。


「…普通、囚われのお姫様を助けにくるのはヒーローじゃない?」
 父親に抱き上げられたままで、鈴花は不満そうに口を尖らせる。
 父も兄もカッコ良かったけれど、恋する乙女としては好きな人にも来て欲しかったなぁと
 思うわけで。

「体力がないあいつにそれは酷だろう。」
「ここに辿り着く前に息切れ起こして倒れてるな。」
 二人とも何気に酷い言い種だ。
 否定はできないんだけど。

 それでも むぅと唸る鈴花を父がくすりと笑って見上げる。
「―――奴の出番はこの後だ。」
 そう言った彼の紅い瞳は、鋭い光を放っていた。
















*

















「……この男が公主を浚った犯人ですか。」
 すでに全て調べ上げて知っているくせに、そんなことを言いながら李順は目の前に平伏す
 る男を見下ろす。
「貴方の評判については、いろいろと聞き及んでいます。」
 メガネを光らせ ニヤリと笑うその顔が怖い。
 ガタガタと震える若造に、李順は一歩近づいた。

「貴方の父上からも、処遇はこちらに一任すると言われていますし…」
 助けは来ない。
 後ろの玉座に座す陛下も怖いが、目の前の宰相もそれに劣らぬほどの黒いオーラを纏って
 いる。
 鬼がいる… 彼は恐怖で涙目になりながら、逃げることもできずに相手の顔を見上げた。

「―――遠慮は要りませんね。」
「ひいぃぃ!」



 その彼の行く末を鈴花が知ることはない。
 ただ、その男が鈴花の前に現れることは二度となかった。




2012.11.9. UP



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お題:狼陛下+凛翔くんのお話

鈴花 つえぇ!!Σ( ̄△ ̄;)
と、いうわけで、シリアスになりきれなかった話(笑)
元からする気はなかったんですけど!←

今回の隠しとしては、
「ネタは賊に狙われた妹君・鈴花の救出とか?難しいようでしたら内容はお任せいたします。
 怖いけどカッコイイ狼陛下と凛々しい凛翔くんが見たいです。」
ということでした。

賊に狙われたというか、勘違い馬鹿に浚われてしまいました。
大事な娘(妹)を浚われて、狼2匹が牙を剥く。
陛下は前回のリクで小犬だったので、今回は狼オンリーでした。

馬鹿坊ちゃんはお気の毒。←何故か鈴花に撃沈させられてましたけど
鈴花は陛下譲りの容姿に加えて外面が良いのでモテます。
彼の他にも信望者は結構いるでしょう。
しかし本人は一人しか見てないので応える気はさらさらないです。

あと、闇朱は鈴花が嫌いです。凛翔のことは大好きですが。
主が大好き故に嫌いというか。
あー あっちを先に書くべきだったかな。でもまだ書き上がってないので…
日記でネタバレ小ネタ(6/11参照)読んだ人には嫌ってる理由も知られてますけどね。
今回、星風や香月達 碧家の出番は削りました。闇朱が出張りすぎたから(苦笑)

夕鈴は名前だけの出演です。隣国の使者辺りの人と話してました。
出さなかった理由ですか? 収拾が付かなくなるからです(笑)


氷焔鶯華様、リクエストありがとうございましたー!!
大暴れ父子は少しはカッコ良く見えるでしょうか??
これが限界でした、スミマセン。
苦情・返品・その他、随時受け付けておりますので、いつでも怒ってください!




・その後のオマケ・
「で、その男はどうなったわけ?」
 今回蚊帳の外だった星風が闇朱に聞く。
 あまりに話が早く進んだものだから、こっちに話が回る前に全部終わってしまったのだ。
 それで何も分からなかった彼は、全てを知っているであろう闇朱に興味をぶつけた。
「表向きは何も起こらなかったとなっているからな。別の件であの男はド田舎に飛ばされて、平官吏からやり直しだ。」
 とはいえ、今後出世の見込みはなく、実質ここに戻ってくることはないだろう。
 彼からしてみれば、死ぬより辛い罰かもしれない。
「家の方は?」
「后の口添えもあって何のお咎めも無しになった、父親が自主謹慎したのみだな。」
 家督の方は次男が継ぐことになるという話だ。

 それで全てが終わり。
 何とも馬鹿らしく、くだらない事件だった。

 余談として、人様の屋敷で大暴れした父子が、后に正座させられて説教をくらったという話は、外に漏れることはなかった。

 


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