寂しがり屋の子兎 2




「デレデレだねー 陛下。」
 からかう声が後ろから追いかけてくる。
 影に隠れた隠密を目線だけで睨みつけると影は1歩飛び退いた。
「すぐ戻る。浩大、お前は夕鈴の護衛を。―――ただし、姿は見せるな。」
「お妃ちゃんが怯えるから? 過保護だね。」
 浩大は面白がる態度を崩さない。
 朝からずっと見ているのだ。ようやくからかえる機会が来たのを逃すわけがなかった。

「浩大」
「分かってますって。ちゃんと影から護衛しますよ。」
 短刀を投げつける雰囲気を感じ取ったのか、返事と共に逃げるように気配が消えた。



「全く、口の減らない奴だ…」
 苛立ち紛れに舌打つ。
 仕事に関して文句はないが、あの性格は何とかならないのか。

 しかし、浩大の言っていることは少し的を外れていると思った。
「過保護か…違うな。」
 彼女に触れていた手を握りしめて自嘲する。
 己の行動は彼女のためではない。自分のためだ。

「―――私はただ、夕鈴に私以外を見て欲しくないだけだ。」








 部屋にはすでに宰相が待機していた。
 いつも通りに不健康そうな顔で机の前に佇んでいる。

「こちらだけで結構です…」
 黎翔が座ると早速とでもいう風に書簡を差し出してきた。
 "だけ"と言うが、その書類の束は両手に乗り切らないほどだ。
「…お前は私にたまの休みすら与えないつもりか。」
 この男は黎翔の冷ややかな視線にも動じない。
「本日のお休みは昨日までの予定にはありませんでしたので。」
「………」
 確かにそうだ、と納得してしまったところでこちらの負けだ。
 それを言いたくはなかったから、無言で書簡を開いて仕事を始めた。


 それから、黎翔は倍速で仕事を捌き、


 これ以降は呼び出すなと言い置いて部屋に戻った。

















「れいしょうさま!」
 部屋に戻ると夕鈴が笑顔で出迎えてくれる。
 その無邪気な笑顔はとても眩しい。
「おかえりなさいっ」
 たたっと駆け寄ってきた夕鈴の腕が首へと回り、驚く間もなく前からぎゅうっと抱きつか
 れた。

 ふんわりと温かい 柔らかい身体。
 腕の中の存在からはとっても良い香りがする。

 吸い寄せられるように手を出しかけて、―――そこで我に返った。


「…ただいま、夕鈴。」
 できるだけ自然に腕を外し、その代わりに抱き上げる。
 自分より目線が高くなった彼女は目が合うと嬉しそうにはにかんだ。

(危なかった……)

 夕鈴から触れるのは危険だ。何がって、こっちの理性が。
 元々無意識に煽ってくれる彼女だけど、今回は子どもの無邪気さまで加わって手に負えな
 い。

 そして、気づいてしまった。
 中身は5才の少女でも、身体は成熟した女性なのだと。

 それを知ってしまえばもう無視はできない。


(理性との闘い、か……)

 正直苦しいと思う。
 けれど、大事にしたいから。守りたいから。


 自分の中の渇望した欲に きつくきつく蓋をした。






















 うとうとしている夕鈴にくすりと笑う。

 時はすでに夜。
 いつもの夕鈴ならまだ大丈夫な時間だけれど、子どもにはちょっと遅い時間だ。

「眠い?」
「……う、………」
 頷く代わりに頭がかくんと落ちる。
 頑張っているけれど、どうやら限界らしい。
「寝台に行こうか。」
 無理して起きている必要もないしと、黎翔は笑いながら抱き上げた。


 揺らさないように、ゆっくりゆっくり歩を進める。
 腕の中の可愛い子兎は大人しい。



 寝台に下ろして、あとはお休みを言うだけ。
 彼女が眠ってしまったら、黎翔も部屋に戻るつもりだ。

「布団はちゃんと肩まで掛けよう。」
 するりと彼女から腕を外したところで、彼女の目がぱちりと開いた。
「れいしょうさま…!」
 何故か切羽詰まった表情で、離れる袖を捕まえる。
 ぎゅっと握られたそれは思いの外強くて驚いてしまった。
「どうしたの?」
 どうしてそんなに不安そうなんだろう。
 不安に思うことなんて何もないのに。
「あの、えっと…」
 彼女は一生懸命言葉を探しているようだった。
「あのね、あの…いっしょに、ねて?」
「……!?」
 予想外すぎたお願いに、黎翔は目を見開いたまま固まってしまう。
 夕鈴の口からそんな言葉が出てくるなんて思いもしなかった。
「だめ?」

 潤んだ瞳は寂しそうで、彼女が5才であることを思い出す。

 …独りの夜は寂しくて怖いよね。
 それに、こんな可愛いお願いを断れるわけがない。

「………うん、良いよ。」
 すると 泣きそうだった彼女の顔が笑顔になった。






 二人で手を繋いで一緒の布団にくるまる。
 黎翔は上を向いたまま、夕鈴はこちらに身体を向けていた。

「ここにいるから大丈夫だよ。」
 逃げたりしないのに、ぎゅうぎゅうと握ってくる夕鈴に黎翔は苦笑う。

「ずっと、いてね。」
「うん。いるよ。」

 すぐ隣に温かい体温。でもギリギリ触れない距離。
 それが黎翔が自分に許した場所。

 これ以上は近づけない。


「おやすみなさい。」
「お休み 夕鈴。」
 ゆっくりと夕鈴の目が閉じられていく。
 それを首だけ彼女に向けて見守っていた。




「……寝ちゃったね。」
 スヤスヤと安心しきった寝顔と、規則正しい呼吸。
 彼女はあっという間に夢の中に落ちていった。

「―――これ以上は、無理かな。」
 そうして、黎翔の口から漏れたのは溜め息。


 これ以上君に近づくのは危険。
 今でさえ、君に向かう感情を抑えるのに必死だ。

 一度ぎゅっと握り返してから 彼女の手を解く。
 それからそっと寝台を抜け出した。


 ずっといるのは嘘じゃないよ。

 いつかきっと、君を手に入れるから。
 そうしたら、ずっとずっと一緒にいられる。

 …今の君に、それを伝えることはできないけれど。


「また明日ね。」
 額に落ちた髪を払ってこめかみにキスを落とす。
 それに彼女が微笑んだように見えて、少しばかり心が落ち着いた。

 ―――今夜は君の温かさを手に夢に落ちよう。


「今度こそ、お休み。」
 そうして静かに部屋を出ていった。













*














「わ、私… 昨日一日の記憶がすっぽり抜けてるんですけど……」
 翌日の朝、突然黎翔の部屋を訪れた夕鈴が青い顔をして言った。
 そうして頭を下げて、彼女は何度も「すみません」と謝り続ける。

「夕鈴? どうした?」
 突然のことに驚いてしまったのは黎翔の方だ。
 落ち着くようにと顔を上げさせ、周りへは人払いを命じながら長椅子へと彼女を促す。
 隣に座らせて宥めつつ、彼女の話をゆっくり聞くことにした。

 朝、いつものように声をかけたら、「戻られたのですね」「良かったですわ」と、口々に
 言われてびっくりしたのだという。
 そして昨日は一日中黎翔が付きっきりだったということを聞き、急いでお詫びに来たらし
 い。

 ―――お詫びだなんて。そんなの必要ないのに。
 僕はとっても嬉しくて楽しかったんだから。

「わ、私っ 迷惑をかけていませんでしたか!?」
 迷惑だなんてとんでもない。
 青い顔した夕鈴にくすくす笑う。
「ううん。とっても可愛かったよ。」
「ええええっ!?」

 本当に可愛かった。
 今思い出しても頬が緩む。



「ね、昨日のことは本当に何も覚えてない?」
「え… はい…… あ、でも……」
 ふと、何かを思い出したらしい夕鈴が顔を上げる。

「とても幸せな頃の夢を見た気がします。」
 何も知らず純粋に、ただ甘えていられた頃。
 まだ母も元気だった、幼い頃の夢を見た気がすると。
「でも、どうしてか、そこに陛下もいらっしゃったような気がして…」
「本当? それは嬉しいな。」



 心からそう思う。


 君の幸せの中に僕がいたら嬉しい。

 きっと、そこにいる僕は、幸せでいられるだろうから。



『ずっと、いてね?』

 幼い君の可愛いお願い事。


『うん。いるよ。』

 僕もずっと、君といたいよ―――




2012.11.16. UP



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お題:夕鈴の中身が子供になってしまう

9/20の日記で突然ちっさい陛下について語ってたら…
こんなリクをいただきました。マジ偶然です。
こちらは夕鈴がちっさくなってて、ちっさいのも中身だけですけれども。

隠しは「かわいい夕鈴とでれでれの陛下が見たいです(笑)」とのことで。
それにしてもヤニ下がりすぎです、陛下。
でもこんな妹がいたら溺愛するだろうな的な。

心も身体も子どもだと、陛下が新しい世界へ行ってしまいそうな気がしたのでこっちで良かったと思います(笑)
ま、身体は立派な17才なので、陛下的にちょっと困ったことにもなってますけどねー(苦笑)
私的には親子的なスキンシップで書いてたんですが、身体は大人のままなので陛下大変。
その辺りの話で、あまりに長くなったので1つエピソードを削っちゃいました。
後ろから抱きつくとですね、当たるわけですよ。そこで理性と欲の狭間で闘う陛下をと…
まあ、そんな感じでした。

てか、あれ? ひょっとして宰相初登場??
何の気もなく出してて、今気づきました。
まあ、李順や浩大と同じくちょろっと出演ですけどー
うーん、この人 こくー兄さんよりは出しやすいかな。


JUMP様、今回もまたリクエストありがとうございました☆
で、また次もお待ちしております(笑)
私も抱擁大好き組ですので、ご要望通り今回も抱擁入れてますv
ま、それ以外も入ってますけど!(1つ入らなかったのが悔しい…)
いつものあれは通常運行ですので、いつでも怒鳴り込んできてくださいv




・オマケ・
「ゆ め… ずっといてねって、言ったのに…」
 朝の光が差し込む見慣れた自分の寝台の上、そこにいたのは自分だけだった。

 泣きそうな心地で、まだ残っているような気がする温かさを見つめる。

 大人になった私のそばにいた、とっても優しい男の人。
 あの人のそばにずっといられたらいいなと思った。

「また、会えるかな…?」
 とおいとおい未来でも良いから。

「会えると いいな……」



 ……という話、でした???

 


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