無意識の涙



「―――行ってくる。」
 名残惜しげに妃に別れを告げる陛下に対して、夕鈴は微笑みを浮かべて見送る。
「行ってらっしゃいませ。」

 これから数日の間、陛下は王都の外へ視察に出ることになっていた。
 側近の李順以下、多くの供を連れていく。
 妃は留守番。だからここでお別れ。

「しばらく君に会えないかと思うと心が千切れそうだ。」
 夕鈴に触れた手が愛おしげに頬を撫でる。
 言葉通りの苦しそうな表情で、彼は静かに別れを惜しむ。
「私もですわ、陛下。ですから早く帰ってきてくださいませ。」
「…用が済んだらすぐに戻る。」
「はい、お気をつけて。」

 これは演技。陛下も本気の言葉じゃないわ。
 …今なら私もそういうことにできる。


 ほんの数日会えないだけ。
 別に危険な場所に行くわけでもない。
 忙しくしていたらあっという間、寂しい思いなんてする暇もないはず。

 …寂しいなんて言ってはダメ。それを言ったら演技ではなくなる。


 ゆっくりと陛下の手が離れる。
 表情もその手の動き一つまで、たった1人の妃だけを愛する王のそれ。

 …なんて演技上手な人だろう。気持ちが引きずられそうになる。

 そんな思いを振り切って、背を向ける彼に深く頭を下げる。
 侍女達もそれに倣ったのを感じて、演技をやっと思い出した。


 ―――あと少し、そうしたら演技が終わる。


 もう一度顔を上げると、不意に振り向いた彼と目が合った。
「――――…ッ」
 僅かに目を見張った彼が、突然駆け戻ってくる。
「陛下?」
 あれ、と思う間に彼の腕に囲われ、強く抱きしめられた。
 一体何が起こったのか分からない。

「…その顔は卑怯だ。」
「え?」
 瞬くと水が目の前で弾けて散る。
「私は君のそれを止める術を知らない。」
 少しだけ身を離して夕鈴を見た陛下が、指で頬を流れるそれを拭った。
 ようやく自分が何をしたのか気づく。

「え、違いますッこれは…!」

 違う、これは妃の演技じゃない。
 笑顔で見送るのが本当。これは違う。

「何でもないです。だから陛下、早くお出かけに…」

 早く、じゃないと周りに迷惑をかけてしまう。
 予定とかもあるのに。


 止まって、早く。お願い。
 だけど必死な願いと裏腹に、気持ちに正直な涙は止まらない。

 私は貴方の力になりたい。足手まといにはなりたくないの。

 なのに、どうして止まってくれないの―――?





2011.9.30. UP



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涙も大好きなお題です。てゆーか調子に乗り過ぎました。
実はもう少し長いんですが、雰囲気が変わるのもあったので没にしました。



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