仮初の花



「―――綺麗な花。」

 薄桃色の花弁を開かせた一輪の花。
 誘われるように手を伸ばして、触れて気づく。

「あら、これは…」


 美しいその花は布で作られていた。

 どんなに美しくても本物のような艶やかさや瑞々しさはない。
 よく見れば違いはすぐに分かる、本物には決して敵わない偽物の花。

「―――私みたい。」
 呟いて小さく笑う。

 …本物には敵わない。
 私は貴族のお姫様じゃないから本物にはなれない。

 私は偽物の花嫁、仮初の花。
 いつか本物の花が陛下の元へ来る。
 あの人に相応しい花が来たら、私の仕事は終わり。



 手に持った花をくるくると回す。
 自分に似ていると思ったら愛着が湧いた。


「それ、気に入ったの?」
 ひょっこりと顔を出した陛下が尋ねる。
 彼とその花を見比べて、夕鈴は淡く微笑んだ。
「…はい。」

 これは私。
 本物にはなれない花。

 そんなこと、貴方には言えないけれど。


「綺麗な花だね。」
 見せてと請われて手渡すと、薄桃色の花は夕鈴の手を離れて彼の手に収まる。
「布でできてるんですよ。」
「へぇ。あ、本当だ。」
 彼は触ってみて気づいたらしかった。
 それから物珍しそうに花びらを引っ張ってみたり、透かしてみたりしている。
「…私みたいだなって思って。」

 理由は言わない。
 知られたくないと思った。

「そう? 確かに夕鈴のほっぺたみたいな色だけど。」
 今度は彼が夕鈴と花を見比べる。
 そうして、そっと、その花弁に口づけた。

「―――確かに、美味しそうだ。」
「!!?」
 狼陛下が艶然と微笑んで見せるのに真っ赤になる。

「生花も美しいが、これが君に似ているというならこちらの方が良い。」


 …無意識のその言葉が、どれだけ私を苦しくさせるか、貴方は知らない。




2011.9.30. UP



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あまりに短かったので(以下略)
うちの陛下って、なんか… いえ、何でもないです。



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