貴方の全てに見惚れるの。



 たとえば、真剣に机に向かう横顔。

 たとえば、背筋の伸びた大きな背中。

 つい目で追ってしまう自分がいる。
 狼陛下は怖いけれど、気がつくと彼を見ている。

 ―――その理由には、最近気がついた。




 政務室では官吏達が忙しなく働き、陛下は案件を片っ端から片づける。
 陛下の仕事はとても多くて、だからそれを補佐する周りもものすごく忙しい。

 ―――そんな中で夕鈴は1人だけただ座っていて、その流れを黙って眺めていた。
 申し訳なくなるくらい自分は何もしていないなと思いながら。

(…あ、あれ? また……)
 全体を見ているつもりでも、気がつけば視線の先にいるのはいつも陛下。
 今は李順さんと言葉を交わしている姿、さっきは書類に目を通しているところだった。

「…っ」
 陛下と目が合いそうになって、夕鈴は慌てて扇で顔を隠す。
 "妃"としては良いのだけど、陛下に知られるのは何だか気恥ずかしかった。




「…ん?」
 ふと頭上に陰が落ちる。
 不思議に思って顔を上げると同時に扇が手元から離れた。

「隠れてしまっては可愛い君の顔が見れない。」
 扇を退けた張本人である陛下が顔を近づけて覗き込んでくる。
 突然の至近距離に心臓が飛び出るかと思った。
「へ、陛下ッ?」
 いつの間に!?と思ったけれど、足音も気配もなく近づくくらいこの人にとっては何でも
 ないことだ。
 本当にこの人といると心臓がいくつあっても足りやしない。


「見惚れていたのか?」
「ち、…!」
 からかうような口調に違うと言いそうになって、今の状況を思い出す。
 ここは政務室、今は演技中だ。

「―――あまりに凛々しいお姿でしたので。」
 にこりと笑って言ってみせると、陛下の顔が一瞬面食らったように止まった。
 珍しいとちょっぴり驚いてしまう。
「……、そうか。」
 けれどすぐにいつもの薄い笑みに戻って、流れるような動作で夕鈴の顎を掬った。

「そうやって我が妃は私を捉えて離さないのだな。」
「っっ」
 触れる手、微笑み、全てが甘い。
 そしてこの紅い瞳に見つめられると目が離せなくなる。
 ついぽーっと見惚れてる自覚だって、ちゃんとある。

 ―――だって好きになっちゃったんだもの。仕方ないじゃない。
 好きな人に見つめられたら誰だって見惚れちゃうわ。

 でも、だけど。
 この気持ち、知られるわけにはいかないの。
 貴方の傍にいたいから。

 …だから、

(これ以上惚れさせないでよ、陛下の馬鹿ーっ!)





2011.10.5. UP



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お待たせしましたすみません!(日記見てない方には特に…)
こちらは明るくいきたいと思います。




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