逃げたいわけじゃないんだけど…



 ―――夢って、時々とんでもないものを見せてくれるのよね…


 避けて、避け続けて、ついに彼に壁まで追いつめられてしまった。
 彼の腕に行く手を阻まれれば止まらざるを得なくなる。
 肩を掴まれ振り向かされて、どこを見ればいいか分からなくて目を泳がせた。

 怒ってるんだろうなぁと頭では分かっているけれど、夕鈴だってどうしようもないのだ、
 こればっかりは。

「何故逃げる?」
「…、逃げてなんかいませんよ?」
 なるべく平静を装って言ってみる。
 見下ろしてくる彼の怒りだとか威圧感は顔を見なくても伝わってきた。
「―――では、何故目を逸らす?」
「……」

 あーバレてる。完全にバレている。
 でも、理由なんか絶対言えるはずがない。

「ッ 何でもないですー!」
 不意をついて、空いている逆側から抜け出すと、夕鈴は猛ダッシュで逃げだした。








「夕鈴!」
 けれど相手は狼陛下。やっぱりあっという間に追いつかれて、再び彼の囲いの中。
 今度は逃げられないように手首を掴まれ壁に押しつけられた。

「へ、陛下… 離してくださ…」
 距離が近すぎて惑う。
 このままじゃ気づかれてしまう。


「―――私は君にまた何かしたのか?」
 ぐっと手首を掴む手の力が強くなる。痛くて思わず顔を顰めてしまうほどに。
「君はまた、私から離れるつもりか?」
 感情を押し殺した声にハッとして顔を上げる。けれど、彼の顔が目に入ってまた慌てて顔
 を背けた。
「陛下ではありません… 私が、勝手に… 逃げているだけで……」

 違う。彼を苦しめる気はない。
 ただ、自分が恥ずかしいだけなのだ。
 あんな夢を見てしまった自分が。

「何でもないんです。あと少ししたら戻りますから、今だけはちょっと離れていただきた
 いな、と…」


 全ては今朝の夢のせい。
 彼の顔が見られない。

 どうしてあんな夢を見てしまったのか。
 ―――陛下とキスをするなんて、なんて恥ずかしい夢。

 だから今は顔が見られない。
 見れば思い出してしまうから。



 お願い、もうちょっと待って。
 恥ずかしいだけなの。

 そんなに不安にならないで。
 貴方の傍を離れる気はないから。


 だから、ほんのちょっとだけ。
 心を落ち着ける時間が欲しいのよ。





2011.10.5. UP



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間違えて天邪鬼(真っ白)を上書きしてしまっていたようです(汗)
あんまり書き直していない話で良かったー

逃げると追いかけるの関係が大好きです☆



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