「まだかの?」 いつものごとく、夕鈴が後宮立ち入り禁止区域の掃除をしていると、老師が顔を出してき た。 何か期待されているようだが、よく分からずに夕鈴は雑巾を絞る手を止めて首を傾げる。 「何がですか? お菓子は持ってきてませんけど。」 手には煎餅、反対側にはまだそれがたくさん入った袋。 それでまだ強請るなんて、どれだけ食い意地が張ってるのかしら。 ところが夕鈴のその返事に、老師は違うと叫んだ。 「誰がお菓子の話をしとるかっ 世継ぎじゃ世継ぎ!」 またか、と深い溜息をつく。 「それこそ何の話ですか。私には関係ない話です。」 「何を言うとるか!」 会う度に、老師は夕鈴に世継ぎ世継ぎと吹き込んでくる。 私にできるはずがないのに。 「はいはい。掃除の邪魔です。そこ退いてください。」 ―――期待させないでほしいと思う。 私は私をよく知っている。 今のこの姿こそが本当の姿。陛下の傍にいる私は幻の私。 掃除婦のバイトは、自分の目を覚まさせてくれるから便利だ。 「お主はわかっとらんのだ!」 台に乗って説教口調で怒鳴られるが、夕鈴が気になるのは床に落ちるお菓子の屑。 そこ、せっかく掃除したのに! 「もうっ邪魔しないでくださいっ」 お菓子の袋ごと取り上げて、台の上に放り出した。 「どうせなら、まだ汚れてる場所で食べてください。」 「何するんじゃっ …って、こら小娘、話を逸らすな!」 老師の叫びは聞かないフリで桶を持つ。 後ろでまだ何かしら騒がれていたが、それも聞かずに水を汲みに部屋を出た。 期待させないで。お願い。 私は雇われバイトの臨時花嫁。 手の届かない人に手を伸ばしちゃいけないんだから… --------------------------------------------------------------------- 老師は何かしら食べているイメージがあります。何故か。