「王宮一の色男、咲かせた花は数知れず…?」 お妃様の口から漏れた言葉に、絽望はピシリと笑みを固まらせる。 「……どこでそれを?」 「女官の方々から。この間、ちょうど話題になったのですわ。」 にっこりと扇の向こうで微笑まれる姿はやはり可愛らしいものではあるが。 (過去の愚かな過ちがお妃様の耳に入ってしまうとは… 何たる失態だ。) 少しは後悔したものの、しかしそこで慌てるほど経験は浅くない。 「今は貴女一筋ですよ。」 「まあ、勿体ないことですね。」 意外に手強いお妃様は、絽望の口説きも笑顔であっさりと流してしまう。 というか、信じてもらえていないと言った方が正しいのか。 「――――景絽望。お前は本気で切られたいのか?」 室内を一瞬にして絶対零度まで下げてしまう声。 顔を上げれば、執務机の向こうから陛下が射殺しそうな目で睨んでいた。 そういえば、今は2人きりではないのだった。 「いえいえまさか。1人で寂しそうにしておられるなら話しかけるべきかと思いまして。」 氷の瞳を受け流して、絽望はいつもの軽い口調で返す。 しかし陛下の視線は鋭くなるばかり。 「…他の者ならな。だがお前は別だ。」 あの日の行動は完全なる失策だった。 あの日以来、陛下からは警戒されている。 「あれは噂に踊らされて焦っただけのことです。2度と致しませんよ。」 「どうだか。花の色香に惑わされぬとは限らん。」 「信用ありませんね。」 それも仕方ないとは思うが。 失ってしまった信頼を取り戻すにはまだまだ時間がかかりそうだ。 「あのっ」 挟まれて困っていた夕鈴が思い切ったように声を上げた。 「なんだ?」 「なんですか?」 視線が彼女に集まると、おそるおそるといった風にある箇所を示す。 「…李順さんが困って(睨んで)ます。」 今は執務の真っ直中だ。 他の官吏もたくさんいる。 李順殿は眼鏡を光らせこちらを見ていた。 「…政務のお邪魔をしてはいけませんね。」 うーんと少し考えて、お妃様の手を握る。 「私の分は終わりましたし、一緒に散歩にでも行きませんか?」 「景絽望!!」 「はいはい。冗談ですよ。」 方淵に睨まれて仕方ないと彼女から離れる。 これでまた方淵がお妃様を目の敵にしても困るし。 「西の件についてまとめてきます。―――それではお妃様、また後ほど。」 怒りも動揺も戸惑いも。 全ての視線をひらりとかわして、絽望は笑顔で執務室を後にした。 --------------------------------------------------------------------- 「花の笑顔」後日談です。 さらにオマケ(コミックス派の方はネタバレ注意?) 最近の本誌展開を彼に聞いてみました。 絽望「氾派か柳派か? 興味ありませんね。ああでも、お妃様のあのお姿が見られるのなら、私はそちらに付きますが。」 方淵「お前にはそれしかないのか(呆)」 絽望「当たり前じゃないか。春の花々の下で美しく咲くあの方を見てみたくはないか?」 方淵「別にどうでも良い…」