6:人目を気にしてください。(兄)



「あれ? 母上は?」
 母の部屋に顔を出したとき、そこにいたのは鈴花だけだった。

「お父様が散歩に行こうと言って連れ去ったの。」
「…やっぱりこちらだったか。」
 昼休憩が終わっても戻られないと官吏達から泣きつかれて、父を探しに来たのだ。
 あんな話をした後だから母のところだろうというのはすぐに分かった。

「呼びに行く?」
「…雰囲気次第だな。」
 鈴花に聞かれて是とは答えない。
 好き好んで馬に蹴られる趣味はなかった。
「じゃあ見に行きましょう♪」
 そう言って鈴花は勢いよく立ち上がる。
 ものすごく楽しそうだ。
「鈴花は見たいだけだろう。」
「だって語録が増えるかもしれないもの。」
 声とともに、どこからともなく突然筆と料紙が出てくる。
 いつもどこからか取り出すそれに、父から母への愛の言葉を書き留めているらしい。
「…いつも思うが、どこから出てくるんだそれ。」
「紅珠様直伝よ☆」

 母の友人も個性的というか。…鈴花が影響を受けている意味は分からないが。
 …彼女が書いた物語にハマっていたな、そういえば。

 度が過ぎないように見ていないとな…と兄は思った。










 *










 庭園の四阿で両親の姿を見つけた。
 その空気は完全に2人の世界で、他人は入れそうもない。

「…無理そうだな。」
 あれに近づいたらどうなるか。
 戻って、もう少し待ってくれと言うべきかと早々に諦める。


「あ、お母様が怒った。」
 鈴花の呟きに踵を返そうとした足を留めて顔を上げると、立ち上がって真っ赤な顔で何や
 ら怒鳴っている母の姿があった。
「……何を言ったんだか。」
 それ自体は珍しいことでもない。
 何か恥ずかしいことを言って父が母を怒らせるのはよくあること。

「あら、こちらにいらっしゃるわ。」
 2人に気づいたらしい母親が、長い裾をからげて駆けてくるのが見えた。



「凛翔!鈴花! 貴方達の父親どーにかして!!」
 母は叫ぶなり鈴花にしがみつく。
 その顔は耳まで真っ赤だ。よっぽど恥ずかしかったらしい。
「お、お母様 落ち着いて…」
「場所考えずに何考えてるのよあの人ーッ!」
 鈴花が背中をさすって宥めてみるが、その程度で母の怒りは収まらない。
 涙目で鈴花をぎゅうぎゅう抱きしめる。

「…言ったんじゃなくてしたのか。」
 そんな母と妹を横目に凛翔は呆れて溜め息をついた。

 母が恥ずかしがり屋なのは父も十分知っているはずだが。
 本当にあの人も懲りないというか何というか。


「夕鈴。」
「近づかないでください!」
 追いかけてきた父を母はギッと睨むと威嚇する。
 父は母を兎と言うけど、凛翔はこういう時猫のようだと思う。
「私が悪かった。」
「いっつも口先だけじゃないですか! 朝だって―――… 〜〜〜〜っっ」
 どうやら思い出したようで、母の顔が耳まで真っ赤になった。

(…本当に何をしたんだ、この人。)
 父に対して胡乱げな視線を向ける。
 その父は母しか見ていないので、凛翔の視線に気づくことはなかったが。

「それでも私は君をまだ愛し足りない。朝も昼も夜も、片時も離したくない。」
「っっっ」

(だから、子どもの前で言うことなんですか それは。)
 本当に遠慮がない父に内心で溜め息をついてから、仕方ないと凛翔が動いた。


「―――残念ながら、今日の昼はお諦め下さい。そろそろ時間です。」
 助け船を出してやらないと終わらないなと思って、凛翔が2人の間に割り入る。
「…書類には全て目を通したが?」
「大臣達との面談があります、お呼びになったのは父上でしょう。」
 だから官吏達も必死だったのだ。
 …凛翔は多少待たせても良いかと思っているが。

「面倒だな。今私はどうしたら夕鈴に許してもらえるかを考えているのだが。」
「それは夜に存分になさって下さい。」
 凛翔の真面目な言葉にしばし考え、父は分かったとその場を引いた。


「仕方ない。―――では、夜にまた会いに来る。」
 そこはちゃっかり忘れずに、かすめ取るように母の頬にキスを落とす。
 そうして満足げに笑んでから、政務室の方へと足を向けた。


「〜〜〜〜ッッ」
 母が爆発するまであと何秒か。




2011.12.28. UP



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夕鈴は今だ振り回されているようです。
陛下、子ども達はまだローティーンなんですが…




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