お妃様の惚気話(6位:わいわいがやがや系)



「陛下の好きなところ、ですか?」
 いつもながらの政務室での世間話。その途中で突然絽望にそう尋ねられて、夕鈴はきょと
 んとしてしまう。
「はい。陛下のお気持ちはよく耳にするのですが、お妃様からはお聞きしたことがなかっ
 たと思ったので。」


 そこでふと、夕鈴はこの前李順さんから言われたことを思い出す。
 最近宮中で妙な噂が出回っているらしい。
 曰く『お妃様は陛下を怖がっている。恐ろしくて逆らえずにいるだけなのだ。』と。
 それを聞いたとき、どこかで聞いたことがあるなとは思ったけれど。


「陛下を恐ろしいとは思われないのですか?」
「え…」
 絽望の再度の問いかけに、夕鈴は一瞬言葉に窮した。
 "狼陛下"は確かに恐ろしい。
 でも、それは―――、、

「―――理由なく他者を虐げるようなひどい方ではありません、でしたね。」
 答える前に、横から声が割り入ってきた。…割り入るにしてはだいぶのんびりした声だっ
 たけれど。
 そしてそれが誰かはすぐに分かる。
「水月さん。」
 名を呼べば、彼からあの時と同じように微笑まれた。
「私から見た陛下とお妃様の目に映る陛下の違いに最初は驚いたものですが。あの答えを
 聞いてからは納得してしまうことばかりです。」

『お好きなのですね 貴女は』
 その時の彼の言葉を思い出してポンッと赤くなる。
 この恋心を自覚してしまう直前の、あれが決定的な一言だった。


「お妃様?」
 絽望と水月に訝しげな目を向けられて、夕鈴は慌ててその影を払う。
 違う、照れてる場合じゃない。
「いえ… どこを好きになったのかという話でしたね。」
 こほんと小さく咳払いをしつつ、どう答えようかと夕鈴は素早く考えを巡らせた。


 嘘を言えばきっとバレる。―――だったら正直に言えば良い。
 陛下にさえ聞かれなければ良いのだ。



「…正直に言えば、私はあの方の全てを知っているわけではありません。隠すのが上手な
 方だから、知らないことの方が多いのかもしれませんわ。」


 教えてくれない… 関わらせてもらえない。―――それは私が臨時だから。


「でも、いつでも私を守ろうとしてくださる優しい方です。それだけははっきりと言えま
 す。」


 いつだって助けてくれる。私が傷つかないように。…私は臨時の花嫁なのに。


「あの方のために私ができることはほとんどありませんけれど… 何があっても側にいたい
 と思います。私だけは貴方の味方だと、決して裏切らないと…それだけは信じて欲しいの
 です。」


 あの人は本当は誰も信じてない。知ってるわ。
 でも諦めたくない。
 呆れるほど側にいてそれを証明するのよ。





「…これはこれは」
 感嘆にも似た絽望の表情は、正直何を示しているのかよく分からなかった。
「?」
「予想以上の答えだね。方淵、お前もそう思うだろう?」
 後ろを振り返って彼が言えば、言われた方は渋い顔を返してくる。
「…仕事をしろ。」
「君の意見を聞いたら戻るさ。」
 絽望は睨まれても冷たい声にもめげない。
 それに方淵は諦めたように深く息を吐いた。
 方淵を諦めさせる人というのも珍しい。…呆れているだけかもしれないけれど。

「……妃が誠意を持って陛下に仕えているのは知っている。」

 そんなことを言われたことがあったのを思い出す。
 謝罪されたはずなのに、全く謝られた気がしなかった。

「いつまでもここをうろちょろされるのは目障りだがな。」
 続けて言われた後にやっぱりギッと睨まれた。

(クッ 本当に変わらないわねこの男!)
 彼と夕鈴とが和解する日はまだまだ来ないだろう。
 歩み寄る気がないのだから。



「君はわりと平気そうだね。目の前でここまではっきり惚気られたのに。」
「ッ!!?」
 それは水月から絽望に向けられた言葉だったけれど。
 自分が今何を言ったのか、それに気づいて夕鈴は真っ赤になった。
 言っているうちに止まらなくなって、変なことまで言った気がする。

「そりゃあ私は目の前で見せつけられてふられた身の上だからね。」
 肩を竦めて絽望が応え、水月はおやという顔をした。

 水月は気づいたようだった。
 何故彼がこの場でそんな質問をしたのか。…答えをとうに知っているはずの彼が。


「…君ほど献身的にお妃様に尽くす男もいないと思うよ。」
 妙な噂もこれできっと消えるだろう。
 いろいろな言葉を全てそこに含めて、水月はにこりと笑う。
 気づかれたことにバツの悪そうな表情をするかと思えば、彼は裏の見えないいつもの飄々
 とした態度のまま。
「私を褒めても何も出ないよ。」
「要らないから大丈夫。」
 軽く言ったら軽く返ってくる。
 そこで初めて絽望が「食えない奴だ」と苦い顔をして、「何のことかな」と水月は笑顔の
 ままで返した。


「さっさと仕事に戻れ。」
 方淵が後ろから2人に向かって苛立ちも露わに言う。
 優秀な官吏が2人も仕事をいつまでも放っているというのも問題だ。
 休憩時間はとっくに終わっていた。

「はいはい。」
「では、お妃様。また後程。」
 2人はそれぞれ挨拶をして夕鈴から離れていく。
 陛下ももうすぐ戻ってくるだろう。



(……陛下を、まともに見れる自信がないけど。)

 もうちょっと待って欲しいなと、夕鈴は火照る頬を押さえながらこっそり思った。









*










「…陛下? こんなところで何をされてるんですか?」
 壁に凭れて口元を押さえ天を仰いでいる姿に、李順が少し呆れ気味に尋ねる。
 政務室に入らずに何をやっているのかと。

「今はちょっと、狼陛下でいられる自信ないかも。」
「はぁ…?」
 口元を押さえているのはどうしても弛んでしまうからだ。
 ぼそぼそと答える黎翔に李順は眉を寄せる。
「まあ、確かにそんな弛んだ顔で中に入られても困りますが。」
 やっぱり他人が見ても弛んでいるらしい。
 引き締めようとしても、今はそれを維持するのは難しいようだ。

「…少し、頭を冷やしてくる。」
「お早めにお願いします。」






『何があっても側に…』
 彼女の言葉が頭の中でぐるぐる回る。

(本当に? いてくれる?)
 あの言葉が真実なら、僕は天にも昇れる気になるよ。



 僕のたった一つの願い
 他に要らないから、それだけが欲しかった


 それを、君は叶えてくれるの―――?




2012.1.20. UP



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他に聞きそうな人がいないので絽望さんに聞いてもらいました。
てゆーか、リクの中に普通にいたので(笑)
※絽望さんは「花の笑顔」以降度々登場しているオリキャラです。
 どこかで聞いたことがある噂というのもこの話からです。

あれ、水月さんがなんか良い性格してるよ?(笑)
人の感情には敏感な気がします。げいじゅつかだから。←何故ひらがな

陛下こっそり聞いてた!
喜ぶよね、うん。夕鈴がこれ知ったら爆発しそうです。
でも家出騒動よりは後。だからたぶん、半信半疑ではあると思うけど。



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