陛下と紅珠は天敵です。(6位:わいわいがやがや系)



「―――夕鈴は四阿ではなかったのか?」
 夕鈴は氾紅珠が遊びに来るといつもそこで談笑しているはずだが、今はその場所に誰もい
 ない。
 帰ったという話も聞いていないし、これはどういうことだろうか。

「お妃ちゃんなら美少女ちゃんと部屋に行ったよ。」
 すると上から声だけ降ってきた。
 声の方へ目を遣るが当然そこに姿はない。それにはさほど気も止めず、黎翔はさらに問う
 た。
「何しに?」
「さあ? 気になるなら見に行けば良いんじゃない?」
 浩大の答えは完全に面白がる声で、何をしているかを話す気はないらしい。
 まあ最初から期待はしていなかったが。

「…元よりそうするつもりだ。」
 四阿に背を向けると、背後でまた笑い声が聞こえた。









*









「こちらは如何でしょう?」
「まあ素敵な色! …ですけれど、こちらも捨て難いですわ。」
 侍女が広げた珊瑚色の衣に目を輝かせつつ、紅珠は自分の手元にある暁色の衣と見比べて
 溜め息を零す。
 部屋中に広げられた色とりどりの衣を前に紅珠も侍女も楽しそうだ。
 置いてけぼりなのは夕鈴だけ。

「…えぇと、まだ続けるの?」
「当然ですわ。このような機会はなかなかありませんもの。」
 瞳をきらきらと輝かせている彼女は、いつになく行動的で少しばかり夕鈴も驚く。
 両方の衣を順に夕鈴にあてがって何やら考え込んでいたかと思えば、次は違う色を持って
 くるように侍女に指示を出していた。
「でも、こんなに広げてしまっては…」
 後が大変なんじゃないだろうか。
 けれど、手伝う侍女達はクスクスと笑う。
「私共も楽しませていただいておりますから。」
 準備や片付けをする本人達が楽しそうなので夕鈴はそれ以上何も言えない。
「…そう。」
 次選ばれたのは萌葱色。こんな色もあったのかと思いながら、他の衣にも目線を遣った。
 もうどれを見てどれを見ていないのか夕鈴には分からない。

「やっぱりお妃様には赤い色の方が―――…」
 紅珠と侍女は夕鈴を置いてけぼりで会話を弾ませている。

(いつまで続くのかしら…)
 何気ない一言から始まってしまった遊びはまだまだ終わりそうになかった。




「―――何事だ?」
「陛下!」
 室内に新たに入り込んできた声に、夕鈴が驚いた声を上げる。
 さすが侍女達はさっと脇に下がって控え、夕鈴と紅珠も礼を取って彼を出迎えた。

「ご来訪に気がつかず、申し訳ありませんでした。」
「いや、それだけ楽しかったのだろう。」
 夕鈴の謝罪を陛下は甘い笑顔で流す。
 迷わず夕鈴の元へ来た彼の手が優しく頬に触れて心臓が跳ねた。
 演技だと分かっていてもなかなか慣れない。

「お久しぶりでございます、陛下。」
 彼女の声に、陛下は今気づいたとばかりに斜め後ろの彼女にも視線を寄越す。
「…氾紅珠か。妃の良い話し相手になっているようだな。」
 促され顔を上げた紅珠は、良家の子女に相応しい笑顔を向けた。
「ええ、お妃様にお会いしたい一心でこちらへは参っておりますから。」
「…ほぉ。」

(あ、あれ??)
 気のせいか、今一瞬だけ空気が氷のように冷たくなった気がした。
 けれど、目の前の2人は互いに穏やかに笑っているし。
(…気のせい、よね……)
 追求するのはなんだか怖かったので止めておいた。



「―――しかし、まるで色の洪水のようだ。」
 彼はしばらくして紅珠から視線を外し、何事もなかったかのように部屋を見渡す。

 紅、珊瑚、暁、萌葱、若草、空、藍、藤、桃、、、
 虹のように並べられたこれらは全て妃の衣装だ。
 衣だけではなく帯や紐も揃えて置いてあり、文字通り目が眩むほどの色の数だった。

「お妃様が袖を通していない衣がたくさんあると仰られたので。」
 紅珠が楽しげに笑う。
「それで、だったら全部見てみようという話になったんです。」
 夕鈴が紅珠の言葉の後を次いで言った。
「ですけれど、どれも素晴らしいものばかりで目移りしていたのですわ。」


 素材は全て上等の絹、染めも刺繍も一目で一級品と分かる。
 しかもこれらは季節が変われば全て入れ替えられるのだ。

 最初の契約時には一月だけの予定だったからそんなことを考えなくても良かったが、長期
 になるにあたって季節ごとに用意されるようになった。
 質素倹約の夕鈴からすれば無駄だと思うが、これは最低限だと李順に言われてしまえば引
 くしかない。
 たまに新しいのを仕立てようかと陛下に言われるのは拒否し続けていた。
 だって、こんなにあるのにもったいないじゃない。


「―――全て妃のためのものだ。彼女のためになら私は惜しまない。」
「まあ、相変わらずの深いご寵愛ですわね。」

 …そう、これは演技のために必要な小物だ。
 そう思わなければ庶民の夕鈴にはやってられない。


「陛下はどの色が良いと思われますか?」
「そうだな…私は、この色が良い。」
 夕鈴の傍から離れた彼が、薄い紫色の衣を手に取る。
 その衣もまだ1度も着たことがないものだった。

「見事な藤色ですわね。―――では、こちらをお召しになっていただきましょう。」
「へっ?」
 笑顔のままで紅珠が侍女に視線を送る。
 それを受けた彼女達も、心得たとでもいう風に頭を下げた後で準備に取りかかった。

「お妃様、こちらへ。」
 1人が夕鈴を促し、もう1人は陛下からすでに衣を受け取っている。
「ええ!?」
 夕鈴だけが追いつかない。
 戸惑っているうちに、周りに追い立てられるようにして隣室へと押し込まれてしまった。







「楽しそうですね…」
 にこにこと笑顔で準備を進める侍女達に夕鈴は疲れた顔で呟く。
 立ってるだけで疲れている夕鈴に対して、動き回る彼女達の方がよほど元気だ。
「ええ、またとない機会ですもの。」
「思いきりお妃様を着飾れるので嬉しいですわ。」
 それに彼女達は満足そうに笑って答えた。

(……いつも地味ですみません。)
 悪いのは私なのだろうか。
 いや、質素倹約が臨時妃にとっては正しいはず。

 そんな風に悶々と悩んでいる間にも、彼女達の手で夕鈴は手際良く着付けられていく。


 陛下が選んだ藤色の衣を纏い、細かい意匠が施された帯を締めて上に赤い紐を結ぶ。
 襟元は緩く襞を作り、首元が僅かに見えるように。
 そして最後に渡された薄く透ける桜色の披帛はいつもより軽くて羽のようだと思った。









 夕鈴が侍女を連れて戻ると、2人は何やら口論中。
 紅珠の手には藤の一房を模した大きな髪飾りが握られていた。

「藤の花ですわ。髪を横へ流してまとめれば絶対似合います!」
「いや、あの衣の色ならば白い花だ。確か睡蓮の髪飾りがあったはずだろう。」

「……何事?」
 今度は夕鈴が目を丸くする。
 何故陛下と紅珠が言い争っているのか。

(って、原因はあれか。)

 会話の内容からしても間違いなく、紅珠が手にしている髪飾り。
 藤の花は一つ一つ丁寧に作り込まれていて、風に揺れてしゃらしゃらと涼しげな音を立て
 ている。
 そして上の方に飾られているのは翡翠の玉。

 陛下も指示して睡蓮の髪飾りを持ってこさせた。
 それもまた大振りなもので、白絹に金と銀の糸で縁取られている豪奢なもの。
 周りに並んでいるのはまさか真珠だろうか。

 ……どちらにしても気後れしたくなるほど派手だ。

「…私は紗でできた牡丹の髪飾りが良いのですが。」
 後ろでは侍女がぼそりと呟く。
 …それもまた派手そうだなと容易に想像がついて溜め息が漏れた。


 衣装はすでに片付けられていて、今度はたくさんの装飾品が並べてある。
 髪飾りと簪だけではなく、首飾りも耳飾りも、腕輪や指輪まで。

(どこにこんなにあったんだろう…)
 普段使わないので知らなかったが、まさかこれほどの数あったなんて。


「絶対に藤ですわ!他は有り得ません!」
「睡蓮だ。これは譲れない。」

「……ええと、お待たせしました。」
 おずおずと声を出すと、2人が夕鈴に気づいて弾かれたようにこっちを向いた。

「まあ! よくお似合いですわ!」
 すかさず褒めたのは紅珠。
 出遅れた陛下は、舌打ちしつつもすかさず夕鈴に歩み寄って腰を引き寄せる。
「私が選んだものに間違いはなかったな。」
「え、は、あ… ありがとうございます……」
 やっぱり慣れない。
 戸惑いながらお礼を言うと、甘い顔を返されてまた心臓が跳ねた。


「―――そうだ、夕鈴はどちらが良い?」
 そう尋ねる陛下の手には睡蓮、藤を持った紅珠も傍まで来る。
 どうやら夕鈴に決定権を委ねるらしい。

 けれど、どちらも夕鈴には豪奢すぎると思った。
 ああいう華やかなものは自分には似合わない。


「…これが良いです。」
 軽く見渡して、夕鈴が手にしたのは桔梗の花の髪飾り。
 それは夕鈴の手に握り込めるくらい小さなもので、同じ大きさのものがいくつか並べて置
 いてあった。

「それで良いのか?」
 陛下は不満そうというよりは、そんなもので良いのかといった風だ。
 2人が提示したものに比べれば色も大きさも控えめ。
 全てを並べてみても睡蓮ほど華美ではないし藤ほど大きくもならない。
 でも夕鈴にはそれが自分には相応しいと思った。

「ふふ、お妃様は可愛らしいものの方がお好みでしたわね。それならば衣に映えると思い
 ますわ。」
 紅珠は自分の意見が受け入れられなかったことに不満はないようだった。
 桔梗を手に取り、可愛らしいと花が綻ぶように笑む。

「首飾りと耳飾りは合わせのものにいたしましょう。」
 侍女がさっと動いて揃えてくれる。
 大人しめで可愛らしいもの、夕鈴の望みに叶ったものが次々と選ばれていった。

 そうして今度は室内の椅子に座らせられて、鏡を始め 櫛や化粧品などもその場に並べら
 れる。
 どうやらここで最後の仕上げになるらしい。

 ついに夕鈴も抵抗は諦めて、大人しくされるがままに流されることにした。








「…さっきまで藤以外は有り得ないように言ってなかったか。」
 その脇で笑顔を夕鈴に向けたまま、黎翔はこちらもまた笑顔の紅珠に低い声で突っ込む。
 もちろん夕鈴には聞こえないようにだ。
「あら、お妃様のご意見が1番ですわ。」
 それを彼女はさらりと答えて躱す。
「自分の好みを押しつけるのは、無粋な男性の愚行ですわ。」
「…私はしないが。」
「ならばよろしいですわ。」
 何故か上から目線なのが苛立つが、夕鈴の手前怒鳴るわけにもいかない。
 怯えた演技でもされれば、夕鈴は必ずあちらを庇うだろう。それは嫌だった。


「お妃様、終わりましたら"私"と庭園に参りましょうね。」
「……待て。」
 けれど我慢の糸はあっさり切れる。今のは聞き捨てならない台詞だった。
「何を勝手なことを言っている。こういう場合は夫である私の方が優先だろう。」
 お前はもう十分遊んだだろうと睨みつけるが、相手は全く引かない。
「まあ、本当に心の狭い方。私達の友情を邪魔なさるのですか?」
「邪魔なのはお前だ。この私を差し置いて妃を独り占めなど許さぬ。」

「…仲良さそうですね。」
 そこで、ぽつりと横から夕鈴の声が漏れ聞こえる。
 途端に2人はそれに反論した。

「あら、私の心はお妃様のものですわ。陛下に向ける御心など一欠片もございません。」
「心にもないことを申すな。私は君さえいれば他は要らない。」

「……えーと。」
 胡乱な目から一転、彼女の表情は戸惑いと困惑を含んだものになる。
 …一部は呆れもあったかもしれないが。


「お妃様は本当に愛される方ですわね。」
 そう言って侍女が微笑む。
 それに「当然だ」と応える2人に対し、夕鈴はただ微妙な顔をしていた。




2012.1.20. UP



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こっちは女性ばかり…なのに、愛されてるのは陛下ではなく夕鈴という(笑)

実は最初のネタを総ボツにして全部書き換えちゃいました。
こっちの方がどこまでも陛下と紅珠が対立してて楽しかったので。
今のところ互角というところでしょうか。

そして、わいわいがやがやなので侍女さんがところどころ主張してます(笑)



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