触れられない(7位:切ない系)



 ―――遠い人、触れられない人

 なのに、貴方は今 私の目の前にいる…



 その日夕鈴は、書庫の奥で彼の姿を見つけた。
 長椅子に横たわって、目を閉じていて。

(え、眠ってる…?)

 そういえば、最近は夜も会えないくらい忙しかった。
 前にも似たような状況があったなと思いつつ、夕鈴は彼を起こさないように慎重に近づく。

 それでもたぶん途中で気づかれてしまうと思った。
 人の気配に敏感な彼は寝ている時も警戒を解かない。


(…あれ?)
 ―――けれど、意外にも彼はすぐ傍まで行っても目を覚まさなかった。

 珍しいなと思いながら 床にぺたんと座り込む。
 すぐ近くに陛下の顔がある。それが少しだけ疲れて見えて胸が痛んだ。


「―――――…」
 息を詰め ただ黙って、じっと陛下の寝顔を見つめる。
 せっかく眠れているのを起こすのは可哀想だったし、こんな機会は滅多にないと思ったし。
 …見ていて、飽きなかったし。

(あ、きれい…)
 思ったより長い睫、額に落ちる前髪の影。端整な顔立ちは今は幾分幼く見える。


(…え、……)
 無意識に手を伸ばしかけていたことに気づいて、慌てて止めた。

(…今、何をしようとしてた?)

 今、私は何を思った?


「違う… 私は……」
 望んではいけない。そんなこと、許されていない。

 ―――私は、偽物の花嫁。


 肌で感じる陛下の線引き。
 私はそれを踏み越えることを許されていない。


(これ以上、ここにいちゃダメ…)
 望んではいけないものを望んでしまいそうになる。
 彼が近すぎて、届く場所にいるから。

(逃げ、なきゃ…)
 そうして引きかけた手を、―――不意に掴まれた。


「夕鈴?」
 自分を呼ぶ甘い声にびくりとする。
 紅い瞳が私を見て、動けなくなった。

「どうした?」
「な、何でもないです!」

 違う。
 ダメ、気づかないで。

「だったら、どうして泣きそうな顔をしているんだ?」
「ッ」
 優しい演技に泣きそうになった。



(違う… 私は、違うの。)
 目を逸らせないままで、何度も心に言い聞かせる。


 自分の立場はよく分かってる。

 李順さんに釘を刺されたじゃない。
 臨時花嫁を頑張るって、陛下にも言ったじゃない。

 私の想いは、届いちゃダメなのよ。




 届いちゃいけない人

 だから、お願い

 許されないなら優しくしないで
 届かないなら遠いままでいて

 私に不相応な望みを抱かせないで


 ―――触れたいなんて、どうかしてる……




2012.1.13. UP



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こちらは夕鈴→黎翔です。

夕鈴にとって身分差ってやっぱり大きいのかな。
普通好きになると振り向いて欲しいと思うものなんだろうけど、夕鈴はそういうの一切ないんですよね。
想いを叶えようとは全然思ってない。自分が好きなだけで止まってる。そこに陛下の想いは要らないのかな?



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