scene1-2:四阿



 四阿で休憩をする時は2人きりが良いと言って、陛下は人払いをしてしまった。


 並んで座って池を眺める―――ふりをして指を組んでくる。
 2人きりの方が陛下は甘くなるから本当は恥ずかしいんだけど。
 つい許してしまうから糖度は増していくばかりだ。

「可愛い。」
 組んだ手を持ち上げて、自分の方に引き寄せた陛下が爪にキスをする。
 吐息がくすぐったくて少し引くと、追いかけてきてまた別の爪にも口づけられた。

「夕鈴は全部可愛い。」
 にこにこと言われてしまってどうすればいいか分からなくなる。

 言葉も仕草も甘い甘い砂糖菓子のよう。
 夢のような心地になってふわふわとする。

「あ、あまりじっと見ないでください…」
 居たたまれなくて俯く。今顔は絶対真っ赤だ。
「どうして?」
 尋ねる陛下の声が少し低くなる。
「それ、は…」
 組まれた手が視界に入って、途端に隠したい衝動に駆られた。
 もちろん強く握り込まれているから叶わないのだけど。
「私の手… 貴族のお姫様達みたいに綺麗じゃありませんから。」


 爪はだいぶ伸びたし、日々のお手入れのおかげであかぎれも薄くなってきた。
 でも、それでも私は貴族のお姫様じゃない。

 …本当の私は下町の庶民だ。
 日々バイトと家事に追われて、嫁き遅れだとか言われ続けていた。

 ひょんなことから後宮にやってきて、借金抱えて帰れなくなったバイト妃。

 そんな私がいつしか陛下を好きになってしまって、陛下も私を選んでくれた。
 今でも夢のように思うときがある。

 だって、今のこの幸運は偶然が重なっただけ。
 本来は姿すら見れないほど遠くにいる人。

 時折不意にそれを自覚する。
 その度に不安になる。
 ――――私は本当にここにいて良いのかと。



「綺麗だよ。」
 さらに絡めて引き寄せて、彼は指にも手の甲にも唇を押し当てる。
 大事なものに触れるように優しく、壊れものに触れるようにそっと。
「夕鈴の手は生きている者の手だ。何もできない彼女達よりも、余程私には好ましく思え
 る。」
「…でも、二胡も琴も弾けませんし、縫い物はできても刺繍は得意じゃないですよ。」

 いつまで経っても上手くならない。
 李順さんに怒られても、紅珠に教えてもらっても、ちっとも上達しない。
 得意な家事もここじゃ自慢にならないし。

「それは生きる何かに役立つもの?」
「お妃には必要な素質だと思うんですが…」

『良い妃とは、詩書に通じ 音楽に明るく 礼節をわきまえた――――』
 李順さんが言うお妃像に全く近づけていない自分。
 陛下は今のままで良いって言うけど、それじゃダメだと思う。
 みんなを認めさせなくちゃ、この人の隣に堂々と立つことなんてできない。


「…もしこの場に人間国宝と呼ばれる奏者がいたとしても、私にはそんなものより夕鈴の
 子守歌の方が何倍も癒される。」
「でも…ッ」 
「妃は私のためにいる。私が望むのは―――夕鈴、君がここにいてくれることだ。」

 それ以外は何も望まないと。

「……ッ」
 優しさに、与えられる愛に泣きたくなる。
 それを必死で堪えて笑顔を作った。

「はい、ずっとおそばにいます。貴方が望む限り。」


 ―――貴方が、許す限り。



2011.7.31. UP



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2人きりの方が甘いとかどういう(笑)
違いは、夕鈴が陛下の愛の言葉の数々を本気で受け取るかどうか?



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