scene ex.:後日談



  01:真面目な側近殿の憂鬱 


 このところ、目に余ると感じている。

 何がというのは―――… 陛下の態度がだ。



「陛下、やりすぎです。」
 渋面を作って李順が言えば、陛下は少し考える仕草をする。

「これでも手加減しているつもりなんだが。あまり無理をさせるわけにもいかないし、た
 まに理性が吹っ飛びそうになるが…」

「何の話をしているんですか。」
「何の話だったか?」
 しらっと答えられて、李順はがくりと肩を落とした。

 …これはからわれているのだろうか。


「宴も政務室もですよ! 演技が過剰すぎます。」

 何というか… はっきりとは言えないが、距離が近いような気がするのだ。
 陛下のことだから間違いは犯さないと思うのだが…

「仕方ないだろう。夕鈴が可愛すぎるのが悪い。」
「……夕鈴殿は臨時だということをお忘れなきようにお願いしますよ。」
 呆れつつ、一応の釘を刺す。

「……、そうだな。」
「その間は何ですか。」
 幸せが逃げると分かっていても、深い溜め息を吐かずにはいられなかった。


 ―――これ以上頭痛の種を増やさないでもらいたい。

 それが最近の李順の悩みであり望みだ。



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  02:世話焼き後宮管理人の詮索 


「で、どうなっとるんじゃ!?」
「老師、しつこいです。」
 掃除娘は素っ気なく返して雑巾絞りを再開させる。
 しかし、後宮管理人としてここで引くわけにはいかないのだ。

「最近 朝までお主の部屋におられると聞くぞ。」

 最初にそれを聞いた時はとうとうやったかと喜んだものだ。
 しかし、いつまで経っても報告はこない。

 陛下も掃除娘も今までと全く変わらないのだ。
 何か変わったはずなのだ。なのに小僧も何も言ってこないし。

 ―――焦れに焦れて痺れを切らして。
 しかし夜に近づくことは叶わないから、こうして掃除娘を直接問いただすしかない。


「話が長引いてるだけです。それに、明け方にはちゃんと戻られてますよ。」
 いつも通りに精力的に掃除バイトをこなす娘に動揺の色は見られない。
 狼狽えでもしてくれれば確信を持てるのだが。

「ほぉ。何の話をしとるんじゃ?」
「何って… いろいろです。」
 具体的に言わないところが怪しい。

「たとえば?」
 そこに突っ込みさらに問い詰めてみる。
 もう一押しすればボロが出るかもしれない。
「…えーと、陛下の昔の話とか、私の家の話とかです。」
 しかし答えは予想外の方向から来た。
「何じゃそれは。随分と色気のない話じゃな。」
 肩すかしを食らわされて口をへの字に結ぶ。

 ぶーぶーと文句を垂れていると、1つ溜め息をついた掃除娘が雑巾を置いて振り向いた。
「…老師。何の期待をされてるのか分かりませんけど。ほんっとーに何にもないんです。
 期待されても困りますから。」


 ―――そんなはずはないのだが。

 後宮管理人の勘がそう告げている。
 しかし、証拠はいまだ見つからない。

 何と歯がゆいことだろうか。



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  03:有能な隠密くんの呟き 


「なぁんで誰も気づかないのカナ?」
 不思議だ、と浩大は首を傾げる。

 今のところ2人の変化を知っているのは浩大だけだ。

 陛下がお妃ちゃんを手に入れた。…つまり恋人同士になった。
 それは老師にも秘密にしていること。

 秘密なのは、お妃ちゃんがそれを望んだからだ。
 その気持ちは分からないでもないけどサ。


「―――元々夫婦だからな。」
「わっ」
 背後から突然声が掛かって、びっくりして飛び跳ねた。

「…聞こえてたッスか?」
「独り言のつもりだったのか?」
 盛大な嫌みには笑って誤魔化す。

「夫婦が契るのは当然だ。今更だろう。」
「ま、そうっすけどねー」


 ―――本当は、浩大はもう一つ彼女の秘密を知っている。
 それは陛下も知らないことだ。

 陛下にも言わないのは、お妃ちゃんの願いというより浩大の独断だ。 
 言ってはいけないことだと思ったから。
 陛下が知ればどうなるか、容易に想像が付いたからだ。

 …まあ、いずれは知ることになるだろうが。


(……本当にお妃ちゃんを手に入れたいのならね。)


 きっとそれが最後の壁。



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  04:絽望さんと方淵 


「…変わったなぁ。」
「何がだ?」
 絽望の独り言を聞き咎めた方淵が立ち止まり聞き返してくる。
「陛下とお妃様が。」
 それに端的に答えて、視線をまた窓の外に戻した。
 方淵も横に来ると庭を散策されているお二人の姿を眺め見る。

 並んで歩き、時には立ち止まり微笑みあう。
 それは、相変わらず仲の良い夫婦の御姿。

「特に変わったようには見えないが…」
 不機嫌そうに眉を顰める。この男も相変わらずだ。
「…まあ、そうだね。君には分からないか。」
 笑って言うと馬鹿にされたと思ったのか、方淵はあからさまにムッとする。
 睨まれて軽く謝ったらもっと睨まれたけど。

「…距離とか触れ方とか前と違う気がするんだ。」
 陛下に躊躇いがない。
 いつ頃からかは曖昧だが、ある日を境に確かに変わった。

「それに、お妃様も女になった。」
「はあ?」
 今度こそ何を言ってるのかという顔をされる。
 
「男を知ったってことだよ。」


 きっと誰も気づいていない。
 
 絽望も最初は驚いた。
 あれだけそばに置いておきながら、まだだったとは。

 ―――それだけ大切にされたかったのだろう。
 きっと、陛下は待っておられたのだと思う。

 お妃様は純粋な方だから。
 心が追いつくまで待っておられたのだ。きっと。


「男としては同情するけどね…」
 愛しい存在を目の前にして、手の届く位置にいて手を出せないというのはどんな心地だっ
 たのか。
 自分にはたぶん無理だろうと思う。


 だから、待てた陛下を絽望は心から尊敬した。




2012.3.1. UP



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これらのオマケは伏線のつもりで書いてたので謎な部分もありますが。
絽望さんのは『白い花』に盛り込んでますね。
浩大のは…最終話になるだろうネタです。まだ書かないです。




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