【小説】Dear
    ※ ラストは原作より進んでますので注意です〜





1.

真夜中の政務室。
煌々と灯りが灯る執務室で、真面目な側近の激が飛ぶ。

「陛下、先ほどから筆が止まっておりますが・・・・」
李順が、キラリと眼鏡を光らせて指摘する。
『・・・・ああ、すまない、李順。少し寝ていたようだ。』
「陛下、お疲れなのです。今日の仕事は終わりに致しましょう。」
「連日、連夜根を詰められても、仕事に支障があります。」
「今夜は、休まれてはいかがですか?」

チラリと、側近の珍しく心配げな顔を見る。
部屋の片隅に置いてある今は、誰も居ない椅子が目に入った。

・・・・・いつから、君に逢っていないのだろう。

込み入った案件を片付けなくてはならなくて、君を政務室から遠ざけた
忙しい毎日の楽しみが、一時的とはいえ無くなった。

もう、四週間君に逢っていない。
ーーーーー君の顔が見たいよ、夕鈴。
ーーーーー君の声が聞きたい。
君は、毎日をどう過ごしているのだろうか?
僕は、君が居なくて、逢えなくて寂しいよ。

深いため息を吐いて、側近をもう一度見つめた。

『李順、もう少しで案件のめどがたつ』
『もう少し、付き合ってくれないか?』
私の視線の先に気付き、仕方が無いといった風に李順が頷いた。
「今しばらくは、お付き合いいたしましょう!!」
「但し、先ほどのように、筆が止まって寝てしまうようなら仕事はここまでにいたします
よ。」
『・・・ああ、分かった。』

再び、筆を取り始めた私を李順は、黙って見ていた。

「・・・・陛下、夕鈴殿のためですか。・・・・・」

ため息とともに小さく呟いた側近の声は、黎翔に届くことなく闇に消えた。



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2.

結局、深夜まで頑張った仕事は終わらず・・・・
灯りの落とされた自室に戻る

日付が、もうすぐ変わるであろう時間帯にもかかわらず
侍女達が、遅い私に夜食と湯殿を用意してくれていた。

一人で食べる、食事は侘びしい。
どになに温めた温かい夜食であろうとも
冷たく感じた。

共に過ごしたい人がここに居ない空虚。
君と出会うまで、そんなことなんて感じていなかったのに。

卓の向こうに、君が居ない寂しさを感じ、今日何度目かの息が零れた。
視線が、居るはずのない君を探す。
きっと、君は自分の自室の寝台で安らかな眠りについているというのに。

揺らめく燭台の灯りを見るともなしに見る。
ーーーーーー空虚の部屋。

侍女の淹れてくれたお茶を飲みながら、
君が心を込めて僕に淹れてくれるお茶が飲みたいと強く思った。

結局、部屋に戻り寝台に眠りにつくまでの間、僕はため息のパレードで・・・

眠れない夜を今夜も過ごすのだろう。

『明日こそは、君に逢えるだろうか?』

淡い期待を抱きながら、幾度目かのため息のあとで、浅い眠りについた。



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3.

寝台に横になりながら、浅い眠りを幾度か繰り返すうちに、薄明の光が部屋に満ちる。

君と逢えない一日がまた、始まる。
重い気分で寝台からようやく起きた。

陽の未だ昇らない薄蒼い狭間の世界。
蒼い闇が続き、このまま陽が昇らないのでは、無いのかと思った。

黎翔の身体の疲れは、癒えなかった。

鉛のような身体を引きずり、朝食もそこそこに、政務室に向かう。

今日こそは、片をつけて、夕鈴に逢いたかった。

夕鈴に逢いたい・・・・・それだけが、黎翔を支えている。

厄介な案件、隣国との婚礼の申し入れをどうやって断るべきなのか。

さしたる案も無く、時が過ぎゆく。

隣国を探る浩大からの報告は、未だ来ず・・・・

焦りばかりが、募る。

決め手がないまま・・・・・4週間が過ぎた。

もう我慢の限界だった。

夕鈴の耳に入らないうちに、処理をしたかった。

彼女の誤解と不安を招く噂話を耳にいれたくなかった。

黎翔の気持ちは、揺らがない。

欲しい女は、ただ一人だけ・・・・。

珀 黎翔の唯一の妃 寵妃 夕鈴だけだった。



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4.

王宮の政務殿の長い渡り廊下。
後宮とは、中庭を挟み区分けされた場所。

見るともなしに見た後宮の渡り廊下に、侍女たちにかしづかれた夕鈴を見つけた。

私に気付いた様子もなく、このまま行き過ぎるかと思われた。

あれほど、逢いたいと願った彼女の姿。
中庭を挟んだあちらとこちら。
黎翔は、遠くから、瞳で、彼女を抱き締める。
歩みを止めない夕鈴が、ふと私の方を振り向いてくれた。
熱い視線を送る私に気付いたのか、頬が薔薇色に染まる様が、遠くから分かる。

触れ合うことのできぬこの距離がもどかしい。

風に乗せて、黎翔の心は、夕鈴へと向かう。

…見つめあう二人。

遠くからとはいえ、ほんの少しでも逢えたことが、黎翔は嬉しかった。

黎翔を見て、頬を染め上げてくれた、夕鈴が愛しかった。

絡みあう視線は、長くは続かない。

宰相に、名を呼ばれいつの間にか次官達に黎翔は、囲まれた。

心残りで、再び夕鈴へと振り向いた時には、侍女達に囲まれ去りゆく姿だった。


その姿を、いつまでも黎翔は、見送っていた。



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5.

夕闇の空は、藍色に染まり もうすぐ夜の帳が降りる

刻一刻と変わり行く空を見つめ、夕鈴は、重いため息を吐き出した

・・・・いったい、いつになれば、陛下と逢えるのだろうか?

日を追うにつれ、寂しさと切なさがこみ上げる

特に、こんな美しい夕刻は

逢いたさが募る。

・・・・・・夕鈴は、うすうすと気付いていた。

陛下が、彼女を政務室から遠ざけた理由。

王宮内での夫婦演技を必要としないこと。

たぶん、国と国の昔からの外交手段。

縁談の話だろうと思っていた。

もともと、演技の夫婦。

実態は、色恋などは、まったくない単純な雇用関係。

それでも長い夫婦演技の中で、

陛下と夕鈴には、確かに何かが育まれていた。

いつの間にか彼女の中に、陛下への恋心が生まれた。

ーーーーーーいつかは、ここを去る日がくるのだろう。

そのことは、覚悟を決めていたはずなのに・・・・。

藍色の空に、美しく輝く一番星を見つめる夕鈴。

ーーーーいつまでも、陛下の隣に居たい

叶わぬ望みを願う自分に、どうしようもなく切なくて・・・・



ーーーーここを去るいつかが、今なのかもしれない。

覚悟をしておかなくては・・・理性ではそう思うのに。








いつの間にか、夕鈴は静かな涙を零していた。

こみ上げる気持ちは、瞳から涙となって流れ落ちる。

頬を伝う行く筋もの涙。

冷たい涙は、彼女の頬を濡らし、見つめる美しい星は滲んで見えない。

灯火も、灯さず星を見つづけ涙する妃に、侍女達は、遠慮して場をはずす。

夜の帳が降り、星の数が増えるまで、夕鈴は黎翔の居ない毎日をそうやって過ごしていた。



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6.

陛下の先触れも無いのに、いつの間にかお茶の用意をしていた。

卓に置いた二つの茶碗に苦笑する。

普段なら、陛下のお訪う時間帯。

身体で、時間を覚えるほどに、ここで時を過ごした。

湯気を立てる翡翠色した青茶の香り。

陛下がここに居るつもりで、お茶を飲む。

《・・・・・・ゆうりん。》

呼ばれた気がして、振り向いた。

だけど、そこには誰も居なくて・・・・・

立ちのぼる湯気の向こうに、陛下の姿が見えた気がした。

逢えなくなって、4週間が過ぎた。

陛下の許しがもらえるまで、ここで待つしかない。

逢いたいと思う。

もしも、許されるならば今すぐにでも逢いに行くのに

せめて、夜風に乗ってこの心は、貴方の傍へ・・・

夕鈴の片恋の胸の疼きが、じくじくと痛んだ。

夕鈴にも、限界がきていた。



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7.

ため息の夜を、今夜も過ごす…。
夜着に着替えて、侍女を下げさせ一人になった

何もすることが無い。
いつもなら、考えるまでもなく
陛下と二人で楽しい時を過ごすのに…

思い浮かべて、寂しく笑う。
…ここに陛下は居ないのに。

まだ眠りたくなくて・・・眠れなくて
陛下の居ない明日が訪れるのが怖くて…。

鏡台に座り、陛下が、好きだと言ってくれた
自分の金茶の髪を梳(くしけず)る。

何かをして、気を紛らわせたかった。
静かな夜の帳が降りる

思うことは、陛下のことばかり…
楽しかった二人の時間。
甘やかな思い出が浮かんで闇に消えていく。

いつしか、梳(くしけず)る夕鈴の髪は、サラサラと…
背に豊かな滝となって流れ落つ… 

いつの間に、こんなにも髪が伸びたのだろうか?
はじめの頃を思い出す 邂逅の時
陛下と初めて出逢ったあの頃

あの頃は、町娘らしい長さだった髪は
今は、楽に妃らしい複雑な髪型に結い上げられるほどに、
髪が伸びていた。

あれから幾年月が過ぎたことだろう・・・・
梳(くしけず)った一房を掬い取り、改めて眺めた。

金茶の髪は、侍女達の日頃の手入れで
灯火に、とろりとした蜂蜜色の光沢で輝いていた。

どれくらいそうしていたことだろうか?

・・・・一陣の空気の流れ

部屋の灯火が微かにゆらりと揺らめいたのを夕鈴は気付かなかった。



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8.

『・・・・夕鈴。』

夕鈴が心待ちにしていた・・・・一番聞きたかったあの声。

呼ばれて、気付き顔を上げると鏡越しに陛下の姿が・・・。

先触れも無く、突然現われた黎翔に驚き

夕鈴は、はしばみ色の大きな瞳を更に大きくした。

ゆっくりと、鏡の陛下は、夕鈴に近づいて来る。

とうとう・・まぼろしを私は、見ているのかしら・・・・

信じられなくて、瞬きを忘れて鏡の中の陛下を見つめた。

見失ったら、このまぼろしは、消えてしまう気がして・・・・

『・・・・夕鈴。』

鏡の中の陛下が、夕鈴を呼んだ。

だけど声は、夕鈴の背後から聞こえた。

(・・・・まさか。)

立ち上がり、背後を振り向き、見つめた先に、
この四週間、ずっと夕鈴が逢いたくても逢えなかった陛下の姿。

「・・・・陛下。」

未だ、信じられなくて、ぽかんと陛下を見つめた。
鏡の中のまぼろしを見ているのかと思った。

逢いたくて・・・・待ち焦がれて・・・・
恋焦がれていた愛しい陛下が、夕鈴を抱きしめた。

そのたくましい腕の中に囚われ、
胸の中に抱きしめられているというのに

夕鈴は、夢を見ているようで 現実感が湧かなかった。

『・・・・夕鈴。逢いたかった。』

啄ばまれるような口付けの雨が降る。

『・・・・ゆうりん。・・・・夕鈴。・・・ずっと、君に逢いたかったんだ。夕鈴。』

甘く優しい切なげな陛下の囁く声。
何度も名を呼ばれ、啄ばまれる。

「・・・・へい・・か。どうして・・ここに・・・」

いまだに、状況を飲み込めない夕鈴はされるがままに
陛下に甘く囚われた。





黎翔の赤の瞳がはしばみ色の瞳を見つめたかと思うと、
突然、黎翔は己の唇を夕鈴の唇に重ねた。

・・・・チュッ

小鳥のような口付けは、幾重にも・・・・

頬に・・・額に・・・・唇に・・・・・・

目を丸くして、ビックリしている夕鈴に、黎翔の甘い口付けは止まない。

苦しいほどの抱擁と絶え間ない口付け、確かなぬくもりに

夢がようやく現実と重なる夕鈴。

黎翔の口付けに翻弄されて、うまく考えがまとまらない。

私は、夢でも見ているのだろうか?

陛下が、私を抱きしめ口付けるなんて・・・



逢えなかった時間が、募る想いに拍車をかけた。

黎翔は、もう自分を抑えられなかった。

全てが愛しくて・・・・

ようやく触れ合えた喜びを夕鈴に伝えたかった。

状況が飲み込めず、動揺している様さえも愛らしくて・・・

いつの間にか黎翔は、何度も口付けながら夕鈴に囁く。

『・・・・愛している・・・』と

何度も口付け、繰り返し『愛している』と伝えるうちに、夕鈴のはしばみ色の瞳は閉じら
れる。

黎翔の口付けに応えはじめて・・・・

徐々に深い口付けに変わる。

揺らぐ灯火に照らし出された夕鈴の腕が、しっかりと黎翔の背に廻された。

逢えなかった時がお互いの価値に気付き、素直に求め合う。

焦がれ続けた愛しい人にようやく出逢えた二人。

切ない吐息を零しあう二人は、やがてぴったりと寄り添う一つの影となる。

愛しい人を抱きしめる
ただ、それだけで二人はこの上ない幸せだった。

ーーーー狼陛下と怖れられた国王と叶わぬ恋に身を焦がした一人の娘のハッピーエンドの
        物語。

ーーーーそして、白陽国 国王 珀黎翔陛下とその唯一の寵妃 夕鈴妃の新たな愛の物語
        が今始まる。



                  ーDear・完ー

2013.4.28. UP



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切ないですね! ラストは甘々ですけども!!

実は、これもメッセでもらってたんですけど〜
飛んだ先に表記がなかったので、ダメなのかと思ってました。
そしたらこれもですよーと言って下さったので掲載☆

こちらも全8話を、1ページにまとめちゃいました。
区切ってるから大丈夫だと思うんですけど…
 


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