それぞれから受け取る二択の先の贈り物− 後編@ −




 夕鈴の誕生日当日――。


 今日の主役でもある彼女は・・・・・・



 ――政務室内でいつもの如く方淵との睨み合いをせず…。
 かといって陛下の仕事ぶりをじ…っと愛らしく演技で見つめることもせず

 ただ終始扇で顔をすっぽりと隠し続けたままずっと誰とも目を合わせる事も無く彼女の表
 情は心身ともに神経をすり減らし…


 …早くもほとほと疲れ果てていた。


 その傍からは見えぬいつもとは違い頭上に暗雲な空気を乗せている彼女の様子に近くで作
 業をしている水月は心配そうに見つめ、方淵は眉間に皺を寄せ誠に不愉快極まりないとい
 った感じな怪訝な表情で揃って目の前の業務に集中しつつ互いに首を傾げている。

 李順に至っては『バイトの分際で…仕事しろ!!』――…と、一人
 心の中でそう毒を吐きバイト妃に鋭い視線を向けているがあまり効果は無い様だ。
 ( ・・・・・・・後で妃修行の追加と説教でも用意して置きましょうかね )


 陛下は次々と官吏に指示を飛ばしつつ、目の前の愛する妃を見つめるが何を勘違いし察し
 たのか不明だが、夕鈴の所へ歩み寄ると彼女に優しく耳元で――…。

『どうした我が妃よ、具合が悪いのか?書庫の方にて暫し、疲れを取った方が良いだろう。
 具合が良くなったら後でまた君の可憐で華の様な愛らしい笑顔を私の傍で癒させてくれ 』

 ――と甘く蕩けそうな言葉を大勢の官吏の目の前で囁く。


 それを至近距離かつ間近で聞いた夕鈴はかろうじてその場で気絶するのを必死に抑えた上
 でコクンと頷くと妃らしく優雅な所作で立ち上がり、静かにその場を離れた・・・・。

 ――書庫に入ると自分の他には誰にもいない事に気付く。

 ( 良かった…―― )と、人知れずホッと息を吐く夕鈴。

 その後書庫の整理を一通り終わらせ周囲を注意深く確認した上で一番奥の棚の方へと移動
 すると直ぐに緊張していた分がぷっつりと切れたのか脱力すると一気にその場にぺたりと
 座り込んでしまった。


 ――・・・今日って私の誕生日よね??誕生日って本来何だっけ・・・?


 ささやかなお祝いの言葉とちょっとしたプレゼント貰ってご馳走食べて
 ・・・うん。そんな感じだった様な気がするんだけど・・・。
 何故、たかが誕生日で仮にも主役な自分が初っ端からこんなにも疲労しなければならない
 のだろう?


 一番最初で朝に貰ったのはえーと・・・・・・老師からの…。



 
 ・・・本当に…――。今日に限って何故こんな目に・・・・・・・??




 *** **** *** **** ***




『おー掃除娘!相変わらず床掃除に精が出るのぅ。感心感心』
『・・・・・。どうしたんです?老師、何か変なお菓子拾い食いしましたか??』


 ――それは夕鈴が朝起きてすぐに後宮立ち入り禁止区域でいつもの様に掃除のバイトに勤
 しんでいる最中の事である。
 今日はこの後、紅珠が遊びに来るので早めに終わらせるつもりだったのだが、いつもなら
 自分の掃除を悉く邪魔する隠密の浩大と後宮管理人の張老師が菓子をバリバリ食べ零しな
 がら絡むのに本日はそれがなかった・・・。

 おかげで仕事がスムーズに行えたので別にそれについては支障は無いんだけど・・・・・
 ・・・何故だろう。

 もう、あの二人が自分を色々な理由付けで構う状況――という環境に身体が慣れてしまっ
 た所為か、今日――自分の誕生日に限って、突如予想外の展開になると流石に嫌な予感が
 頭の中によぎってしまうから本来なら嬉しい筈なのに複雑な気持ちに駆られてしまう。


『・・・。まだ菓子は喰うておらん。ま、ワシにはそれより先に済ませなければならん急務
 があるからのぅ。それを済ませたらお前さんの掃除した部屋でのんびり喰う事に・・・』

( …食べるな!!フツーに嫌がらせですか老師!? )

 一気に青筋が浮かび、喉元まで文句の言葉が出そうになったが口に出さず、なんとか堪え
 る掃除娘。
 決して怒らず、今回だけは平穏に終わりたいから必死に老師の減らず口内容を極力聞き流
 し我慢し続ける夕鈴・・・。


『急務・・・?陛下か李順さんに用事ですか??』
『ふっふっふ……掃除娘!!』
『ふへっ?・・・・え!わ、私・・・!?』


 何だろう・・・?
( ――はっ・・・。もしや、新手の私に対しての嫌がらせか何か!? )


「 陛下に媚薬を飲ませて行ける所まで突っ込め! 」とか
「 良い衣装を手に入れたからそれで陛下と一夜を過ごせ!! 」
 ……といった無理難題事をこの私に投下させる狙いか――!?


 気付けば夕鈴の頭の中には嫌な想像が次々と駆け巡り、老師が両手をずい!!・・・とい
 きなり自分の目の前に突き出してきたことに夕鈴は過剰に反応し咄嗟に悲鳴を上げ、何故
 か必死に抵抗の意を示す為にその場から一気に後ろへと後退した。

 一糸乱れぬ俊敏な動きで挙動不審な行動を取った夕鈴を目にした老師はパチクリと瞬き、
 半分涙目で大きく両腕でバッテン【= × 】を組むのを暫し眺めた後、己の皺くちゃな
 手を突き出したままじとー・・・と呆れた表情を臨時妃兼バイト娘の私に向け、双方沈黙
 し続けるのも居心地が悪いなと感じたのか張老師が徐に口を開いた。


『・・・・・・・。・・・・・・・・何しとんじゃい掃除娘、新しい健康法か??』

『いえ・・・・その、なんとなく条件反射的な感覚ですっごく嫌な予感がしたもんですか
 ら・・・えと・・・済みません。――何ですかそれ?』
『今日はお前さんの誕生日なのじゃろう?』

『・・・・・・そうですけどそれが何か??』



『――鈍いのう・・・ほれ、ワシからの贈り物じゃ!』
『あ、結構です。間に合ってますから』


 ――まるで、押し売り業者からの悪徳商法販売を断るからの様に夕鈴は即答できっぱりと
 【 要らない 】…と主張する堅実主義で主婦の真っ当な言葉に老師は切れた。


『…年寄りからの贈り物を無下に突き放すとは何事じゃ!!素直に受け取らんか掃除娘!!』
『〜〜っっんなこと言ったって…!老師からの贈り物は普通の物でも何か裏があるみたいで
 逆に怖いです!しかも二つもなんて、お返しがその数倍掛かります。こう見えて本当に私
 お金無いんですよ!?』
『誰がお前さんにお返しを要求しとるんじゃ。まごまご言っとらんで早ぅ選ばんかい!!』

『嫌ですっ!!私は絶対に・・・・。・・・・・・・・へ??え、選ぶ・・・?』


『そうじゃ。この二つから自分が欲しいと思う方を選ぶんじゃ!!』
『え・・・。この二つからですか??な――中身はまさか・・・!?』
『安心せい。お前さんがどちらを取っても気に病まぬ様、衣服とか宝飾類とかは元から除外
 しておるし、そんなに高い物を選んでおらん』
『そ・・・・そう・・・ですか。それは――ど・・・どうも』


 老師の手にはちょこんと小箱程度の四角い蒼と深緑の小箱が乗っかっている。

 その内のどれかを選べという事か・・・・・・・成程。

 背の低い老師が両手で持ってても平気でいるから――双方のプレゼントの中身はきっと重
 みを感じない位、気軽に使える物だろうと夕鈴は察した。


 『じゃあ…こちらの深緑の小箱を貰います。――有難うございます老師』


 蒼の小箱は箱の色味からしてかなり高尚な感じが漂ってきて、なんだか手を出すのもおっ
 かない。

 ――それに対し、自分が選んだ深緑の小箱は馴染み深い素朴さに惹かれたのが実は主な決
 定点。・・・身分不相応な自分が一番釣り合っていて手が届きそうだし持っててもあまり
 違和感が無さそうだったので夕鈴はあっさりそれに決めた。

 何が入っているのだろうと半分ワクワクドキドキしながら嬉々とした気分でその小箱を開
 け――・・・



 ・・・・入っている中身を見た夕鈴は固まった。





 *** **** *** **** ***




『・・・老師』
『何じゃ?』
『――・・・何ですか、コレ?』
『何って――・・・見て分からんか。掃除娘』


『一目見てすぐ理解できたらフツー聞きませんよ・・・』


 ――…先程の浮かれ気分は何処へやら。夕鈴は小箱の中身を至近距離でじっ…と凝視する。
 そこには小指程の大きさしかない小さい冊子がちょこんと収まっていた。可愛らしいのだが
 冊子の表紙が何処にも書かれていないのでツッコミ所が満載である。


『それはな、“ 豆本 ”・・・と呼ばれるれっきとした本じゃ』
『いえ・・・そういう事を聞いているんじゃありません。老師…何で、よりにもよってコレ
 なんですか??』
『お主――・・・よもや、年寄りが選んだ贈り物にケチつける気か・・・?中身も見ずに
 文句言うのは戴けないのぅ…』

『うぐ・・・・・・す、スミマセン!!中身、今見ます!みますからっっ!!』


 老師からの尤もな指摘に慌てて小箱から急いで豆本を取り出し、慎重に持ちながら冊子を
 捲る夕鈴。あまりにもミニサイズだから気をつけて扱わないとちょっとした力加減でグシ
 ャリと簡単に潰してしまいそうになる。

 そ〜〜・・・っと間近で何の心の準備もせずに最初の1ページを開いた夕鈴は・・・・・
 再び…茫然自失状態になった。

 老師は無言状態のバイトを娘を眺めた後、自分の贈り物を気に入ってくれたんだと非常に
 満足し、袂の中から煎餅を取り出すとその場でバリバリと早速食べ始める。流石にお茶も
 欲しいなと感じた彼はその場から硬直して動かない夕鈴に頼もうと声かけをしようとした。

 ・・・が・・・・・・・・


『・・・老〜〜師〜〜……!!!!』 


 豆本から視線を外し、ゆっくりと此方に目を向けた夕鈴の顔は傍目でも分かり易い位、口
 元が引き攣り、額には青筋がいくつも浮かび、目が据わっている――といった状態で顔が
 真っ赤に染まり老師に向かって怒りの咆哮を挙げつつあった…。一方、何故彼女がこんな
 にも怒っているのか見当もつかない当人はしきりに首を傾げるばかりだ。


『・・・・・・気に入らんか??』


『当たり前ですっっ!!何なんですかコレ!?何でこんな物を贈り物にしたんですか!私に
 も分かる様に説明を求みます老師!!』

 真っ赤な顔で今にも口から火が吹き出しそうな怒涛の剣幕に流石の老師も不味いと今更な
 がらに感知したのか彼女にバレない様一歩ずつ脱出を図る彼だったがまんまと夕鈴に気取
 られ逃げ場を失ってしまう。夕鈴はワナワナと震えた状態で老師から贈られたプレゼント
 を指の力で半分ぐしゃぐしゃにしてしまう。


( 今日は私の誕生日……――の筈よね?私何か間違った事言ってる!? )


 夕鈴は半泣きしながらそう心の中で目の前の老師に抗議しつつ、何の疑いも心の準備もせ
 ずに中身を見てしまったことを激しく後悔していた。



 ―― 老師からのプレゼント & 夕鈴が選んだ贈り物
 = 豆本( 春本&房中術の所作が綿密に記されているいわば切り抜き本 )



 ・・・・・・どう考えても年頃の娘のしかも誕生日に贈る代物で無い・・・。


『…急で持ち合わせが無かったんじゃ!仕方無いじゃろうっ!?ケチケチせんと貰える物
 は有り難く受け取らんか掃除娘!!』
『そういう問題じゃありませんからっっ!!開き直らないで下さい!もっと他に手のかか
 らない方法ならいくらでもあったでしょ!?例えばお菓子とか・・・』

『これはワシだけの唯一のささやかな楽しみの物じゃ!!…掃除娘なんぞに一口もやる義
 理は無いわ〜!!』


 そう言いたい事を一気に言い放つと同時に老師は隙を見て遁走した。
 正確に言い直すと・・・・・・その場からトンズラこいたのだった。


『…あっ!!老師ーー!!コラ〜〜待ちなさーーい!!!』
 夕鈴はすぐさま捕まえようと慌てて後を追ったが時、既に遅し・・・。

 老師はすぐに姿を眩ませ
『 ほーっほーっほーっ…!! 』――と言った高笑いだけがこだましていったのだった…。








 − 贈り物のおまけ話 @ −

◆夕鈴が選ばなかった蒼い箱の中身= 食べかけの煎餅一枚のみ☆

…結局、どちらを選んでも別に大してあまり結果は変わらなかった。



――・・・続く★☆

2014.6.2. UP



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老師、なんてものを……
 


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