狼陛下の秘密




 私立白陽学園には通称"狼陛下"と呼ばれる生徒会長がいる。


 会長に就任後、瞬く間に赤字続きの予算を立て直し、乱れがちだった校風を一気に引き締
 めた手腕の持ち主。
 また、実質活動していなかった部活やクラブを一掃するなど、無駄を省いたやり方を徹底
 し、反感を持つ者達も実力でねじ伏せた。


 その鋭い眼光で睨まれれば教師でさえ震え上がり、不良達も彼に刃向かおうなどと思わな
 い。

 誰も逆らわない、学園の最高権力者。孤高の王。


 そして付いた名が―――… "冷酷非情の狼陛下"








 1月前に高等部に入学したばかりの夕鈴も、もちろんその噂はよく知っていた。
 そもそもこの学園にそれを知らない者などいるはずもない。

 なのに何故、その日そこを通ってしまったのか。
 理由は生徒会室前を横切るのが1番の近道だったからだ。

 今思えば浅はかなことをしたと後悔は後をたたないが、それも今更言っても仕方ないこと
 だ。
















「ねー 李順。僕もう疲れちゃったよ。」
「もう少し我慢されてください。」

(ん?)

 少しだけ開いた扉の前を通りかかった時、中から誰かの話し声がした。
 どこかで聞いたことがあるような声だがいまいちピンとこない。
 李順と呼ばれた方の人は副会長で間違いないんだろうけれど、もう1人が誰なのか分から
 なくて。

「えー 休憩しようよー 売店で何か買ってきて食べよう。」
「狼陛下が売店で何か買うなんてできるわけないでしょう。」

(狼陛下!?)

 その名前を聞いたとき、夕鈴は本気で我が耳を疑った。
 けれど、確かに言われてみれば声は"狼陛下"のもの。
 口調は…かなり違っているけれど。

 急いでいることも忘れて、夕鈴はその場に立ち止まり混乱する頭で考える。

(だって狼陛下でしょう!? あの冷酷非情の!誰もが恐れるあの!!)



「もう放課後だからほとんど人いないと思うし。ちょっと買ってく―――」

 近づいてくる足音と共に生徒会室の扉が開いた。

「「あ。」」

 互いに目が合ってそのまま固まってしまう。
 やばい、気づかれた。


「ごっめーん 李順。今の話 この子に聞かれたー」
 振り返った会長が、奥にいる副会長にのんびりとした口調で言った。
 それを聞いた副会長が血相を変えてやって来る。
 そうして夕鈴の姿を認めると、一層眉間の皺を増やした。

「見ましたね…?」
 きらりと光る眼鏡の奥から睨んでくる視線がものすごく怖い。
「え、あの… その……」
 でも、この状況では誤魔化しようがない。
 しどろもどろに視線を泳がせながら、どうやって切り抜けようかと必死に考えた。

「ねー この子にしようよ。」
 突如緊張感の抜けた声が2人の間に割って入る。
 顔を上げると会長の笑顔にぶち当たって、びっくりした夕鈴はぱっと視線を外した。
「僕的にはオッケーなんだけど。」
 彼の言葉を受けた副会長に今度は上から下までじっと見られる。

(一体何の話だろう…?)
 すごく嫌な予感がする…と思ったそれはすぐに的中した。

「…そうですね。貴女、狼陛下の恋人をやりませんか?」
「は?」
 何を言われたのかと思った。
 ぽかんとする夕鈴に、再び副会長の鋭い視線が向けられる。
「もちろん、貴女に拒否権はありませんがね。」
「!!?」










 とりあえず立ち話もなんだからと会長から半ば強引に生徒会室に引き入れられ、応接セッ
 トのソファに座らされた。
 初めて中に入ったが、生徒会室というよりは校長室のような雰囲気なのは、ソファはじめ
 調度品の全てが高級品だからだろうか。
 さすがは金持ち私立だと内心で感心する。

 …いや、それが現実逃避なのは分かっているんだけど。
 どうやらさっきの話が冗談ではないというのは本当のようだった。


「誰もが恐れる狼陛下がこんな人物だと知られるわけにはいかないんですよ。」
 説明する副会長の隣でぽややんと座っている人物をどう見ても、あの狼陛下と同一人物だ
 とは思えない。
「……つまり」
「なめられないためのイメージ戦略です。」
「…マジですか。」
 どうやら"狼陛下"は演技ではったりだったらしい。
 教師すら怯えさせるあれが嘘だったなんて。どれだけ演技が上手なのか。
「せめて任期を終えるまでは維持しなければならないんですよ。」


 それはそうだ。
 "狼陛下"は力で周りを黙らせねじ伏せている。
 それが演技だとバレれば生徒達の反感を買うのは必至。

 …けれど、どうしても繋がらない。
 それと"狼陛下の恋人"になるのとどういう関係があるのか。


「まあこちらに関しては、貴女が黙っていてくれれば問題はないんですが。」
 夕鈴はこくりと頷いた。
 狼陛下のおかげで今この学校は落ち着いている。
 ちゃんとした理由があるのに言いふらすような真似はしない。

「…本題はこちらです。―――最近、生徒会の仕事に支障が出るほど婚約者候補が押し掛
 けてくるようになりました。」
「……へ?」
 あんまり耳馴染みのない言葉だったので思わず聞き返してしまった。
「この学園の理事長子息、そして珀財閥の後継者の1人となれば、近づこうとする者がた
 くさんいるというわけです。」
「"狼陛下"相手に勇気あるよねぇ。」
 可笑しいと会長が笑うと副会長が渋い顔をする。
「はっきり言って迷惑です。」

 何だか知らない世界だ。
 あまりに遠く感じてしまい、実感なく聞いていた。

「それで、貴女には彼女達を寄せ付けない盾になってもらいたいんです。」
 話が夕鈴に戻ってきて慌てて聞く体勢に入る。
「いずれは彼女達の中から相手を決めなければなりませんが、今はこの学校を完全に安定
 させることの方が大事です。ですから会長が任期を終えるまで、フリをしていただきたい
 のです。」
「…てゆーか、選べないんですよね?」
 拒否権はないとさっき言われた。
 それに「もちろんです」と返されて、やっぱりと肩を落とす。


 まあ、副会長の態度からして、けっこう切羽詰まった状況なのは分かったけれど。
 だって、たまたま通りかかって正体がバレたという理由で夕鈴を選ぶくらいだ。
 秘密を握ってる時点で夕鈴の方が立場は上のはずだが、何故か逆らいがたいのはやっぱり
 副会長の凄みのせいだろうか。


「―――良いですよ。困っている人は放っておけませんし。」
 元々夕鈴はお人好しな性格のため、ここまで話を聞いて見放すことはできなかった。

 だって本当に困っていたから。
 少しでも力になりたいと思ってしまったから。

「ありがとう。」
 そう言ってふんわり笑うこの人が、あの怖い"狼陛下"だなんて思えないけど。
 だからこそ、力になりたいと思ったのかもしれないけれど。
「…でも、引き受ける条件に、1つだけ聞いても良いですか?」
「答えられる範囲なら。」
 慎重な返しだなと思いながら、落ち着くために一つ息を吐く。
 向こうが少し緊張したのが伝わった。
「…どうしてそこまでするんですか?」

 自分を隠してまでして彼がやるべきことなんだろうか。
 素直な疑問に対して彼は少しだけ考えて、そうして口を開いた。


「―――僕、ずっと海外にいたんだ。それは知ってる?」
 はいと言って夕鈴は頷く。

 転校してきてすぐに彼は生徒会会長になった。その前は彼のお兄さんだったらしい。
 夕鈴は当時中等部だったが、その噂はこちらにも届いていた。

「ある日父が僕にこう言った。『学園を1つやるから実力を試してみろ。兄は変えられな
 かった、お前にそれができるか?』ってね。これを成し遂げれば父に認められると思って
 すぐに了承したよ。」

 会長についての噂は他にもいくつか知っている。
 その前会長のお兄さんとはお母さんが違うこと、彼がずっと海外暮らしをしていたのもそ
 のせいだということ。

「珀家は代々子供に会社を任せ、その中で優秀だった者に跡を継がせる風習があるんだ。
 僕もいずれは任されるんだろうけど、この学園もそのテストの一つなんだろうね。」

 だからお兄さんも会長を務めたのだろう。しかし彼は変えられなかった。
 そしてそれを会長はたった半年で成し遂げた。
 ―――婚約者候補が増えたのもきっとそのせい。

「でも、会長はもう目標に達しています。続ける必要はありませんよね?」
 少し意地悪な質問をしてみた。
 夕鈴の挑戦的な視線に、彼は苦笑いで返してくる。
「最初はそのつもりだったんだけど… 今は純粋にこの学校が好きで、だからもっと良くし
 たいって思ってる。その為に、今は何より学校を優先したいんだ。」

 会長が言ってから、少しだけ間を開けて。
 そうして夕鈴はにこりと笑った。

「……これがもしテストだけのためで、自分だけのためなら止めると言うところでしたけ
 ど。そういうことなら精一杯サポートします。」

 期間限定のことだけど、彼のために精一杯の力になろう。


「半年足らずですけど、よろしくお願いしますね。」
「それはこちらのセリフだよ。ありがとう、よろしくね。」





 こうして私、汀夕鈴は、狼陛下の恋人(仮)になりました。





2011.4.1. UP (2012.2.10.修正)



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企画のネタですから。
軽く笑って受け流してください。
予想以上に長くなってしまったのは… まあ気にしないでください。



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