狼陛下の恋人




『半年足らずですけど、よろしくお願いしますね。』


 笑顔で言った可愛い少女は、期間限定の僕の恋人。
 見たままに優しくて可愛くて。

 ―――ずっと傍にいてくれたら良いのに。

 そう言ったら李順がものすごく怒るんだろうなぁ。









 いつもと変わらない光景をただ車窓から眺めていたら、間違えようのない彼女の後ろ姿が
 目に入った。
 彼女は長い栗髪を風に靡かせて、迷いなく背筋を伸ばして歩いている。

 すぐに運転手に車のスピードを緩めさせて、彼女の横に並ぶと窓を開けた。

「おはよう、夕鈴。」
「あ、おはようございます。」
 そこで初めて気づいた彼女は丁寧に頭を下げてくる。
 ちゃんと躾が行き届いた礼儀正しい子なので、そこは李順も認めていた。
「乗ってく?」
「いえ。歩いてすぐなので…」
 2人が向かう先、目の前の坂の上には学校の門が見えている。


 彼女がこの学校を選んだのは歩いていける距離だからとのこと。
 そして授業料免除の特待制度も選択の理由の1つだという。
 中等部の弟も同じ特待生だというから、優秀な姉弟だと思う。

 品行方正、成績優秀。おまけにとっても可愛い。
 生徒会長の恋人としては理想的だ。



「…じゃあ僕も歩こうかな。」
 ここで別れてしまうのもつまらないので、ここで良いと運転手に告げて返事も待たずに車
 から降りる。
 そうして鞄を手に隣に並んだ。

「会長は車で行かれても良かったのでは…」
「だって夕鈴、放課後はバイトだって言ってすぐに帰っちゃうし。」

 恋人のフリを引き受けてくれて10日ほどだが、今のところそれらしいことといえば昼食
 を一緒に食べるくらいだ。
 人前で仲良くしてみたりもするけれど、元々学年が違うから会う機会はそんなにない。
 …正直言えば、ちょっと物足りない。

「…恋人役は校内だけじゃなかったんですか。」
「一緒に登下校するのも恋人の醍醐味だよね。こういうの憧れてたんだ〜」
 立場上、あんまり"普通"のことには縁がない。
 それに今まで不満も不便も感じたことはなかったけれど、夕鈴相手ならそういうのも良い
 なと思ったのだ。


「……分かりました。」
 何かに根負けした様子で夕鈴が肩を落として言った。
 けれど自分には何のことか分からなかったので視線で問う。
「今日みたいに時間が合ったら一緒に行きましょう。」
「ほんと!?」
 それを聞いた途端にぱっと表情が明るくなる。

 おそらく夕鈴には小犬の尻尾をぱたぱたと機嫌良く振ってる姿が見えるはず。
 彼女には時々僕が小犬に見えるらしかった。
 …他の人には狼にしか見えないのにね。

「あの、会長…もうすぐ学校ですから… 気を引き締めないと。」
「―――そうだな。君があまりに愛らしいことを言うから。」
 "狼陛下"で微笑むと、彼女の頬が赤く染まった。
「か、変わり身早いですね…」

 彼女は"狼陛下"が全部演技だと思っている。
 意識なく切り替わっているから気づかないけれど、彼女からすれば突然態度が変わったよ
 うに見えるそうだ。

 ―――本当のことを言うと彼女に怖がられてしまうので秘密にしたままだけど。


「…時間が合った時だけですからね。」
「ああ、分かっている。」
 合うのではなく合わせる気でいることは、彼女には言わなかった。





 それから毎朝彼女の通学路で待つようになり、一週間後には家の前で出迎えるようになる
 のだが。


 それはまた別の話。









・オマケ・
「狼陛下が歩いて登校してるぞ…!?」
「何でも、恋人が車に乗るのを断ったそうだ。」
「断れるのもすごいが、それであの方を歩かせるのもすごいな。」
「さすがは狼陛下の恋人なだけあるよ。」
 2人の与り知らぬ場所でそんな会話が様々な場所で繰り広げられていたとかいないとか。





2011.4.2. UP (2012.2.10.修正)



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前回が夕鈴視点だったので、こちらは陛下視点。
愛がだだ漏れてますが気にしないでください。うちの陛下の仕様です。



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