狼陛下の恋敵?(後)




「夕鈴殿が心配していましたよ。」
 黎翔が顔を上げると、李順は己の眉間を指差す。
 それが示しているのは黎翔の不機嫌のことなのだろう。
「何か生徒会のことで心配事があるのではないかと。自分には話してくれないから代わり
 に聞いてくれと言われました。」
「…いや、特にない。」
 仕事では、今のところ特に問題もなければ気にしていることもない。

 ―――この眉間の皺の原因は、夕鈴と…あの男のことだ。

「…李順、お前は几鍔という男を知っているか?」
「? ええ。成績上位者にいつも名前が出ていますね。確か高校編入組でしたか。」
 それが何かと聞き返されて、黎翔は何でもないと返す。
 ただ聞いただけで、別にあの男のことが知りたかったわけではない。


 あの写真達が頭をちらつく。
 その度に機嫌が降下していく。

「苛々するな…」
「役員に当たらないで下さいよ。」

 それに返事はしなかった。

























 そしてさらに数日後、その日は靴箱前で不審な男を発見した。
 彼は黎翔の存在に気がつくと顔色を変えて逃げ出す。

「――――」
 もちろんそんなことを許すわけもなく、黎翔はあっさり追いつく。
 そしてその場に、その男子生徒を正座させた。


「お前か、あんな手紙を寄越していたのは。」
 タイの色は夕鈴と同じ1年。
 婚約者候補達の関係者とも思ったが、それとは違うようだ。
「目的は何だ?」
「だって… 許せなかったんだ!」
 彼は叫ぶと、果敢にも黎翔を睨み上げた。
 睨み返してやると思い切り怯んだが。一体何なんだろう。


「―――アンタ 何やってんの?」

 突然割り込んできた第三者の声に、2人同時にそちらを向く。
「夕鈴」
「姉御!」
 同じ人物を呼んだ声がきれいに重なり、その片方に反応した夕鈴が「誰が姉御よ!?」と
 怒って叫んだ。

「てか、アンタ達また何かやらかしたの? 向こうで何人か見かけたわよ。」
 その彼らに言われて夕鈴は来たらしい。

「夕鈴、知り合いか?」
 その口振りから同じ学年だからというだけではなさそうだ。
 黎翔が尋ねると、彼女はちらりと伺うように見てから口を開いた。

「…えーと、まあ、几鍔の子分というか取り巻きというか… アイツ妙に面倒見が良いので
 懐かれるんですよね。」

「姉御ッ 何でこの男なんすか!?」
「何が?」
 やっぱり鈍い夕鈴は意味が分からずにいる。
 彼はそんな夕鈴に半泣きで訴えた。
「俺ら、姉御は兄貴と付き合うもんだと思ってたのに… いきなり他の男と、しかも生徒会
 長とだなんて…ッ」


(ああ、だからあの写真…)
 1人で納得する。

 わざわざ一番仲が良さそうな写真を選んであったのはそのせいか。
 彼の目的もようやく分かってきた。


「あのね、だから何度も言うけど私とアイツはそういうんじゃないって言ってるじゃない
 の。」
「でもっ!」
 なおも食い下がろうとするので、溜息をついた夕鈴は携帯を取り出して誰かを呼び出す。

「―――ちょっと几鍔、アンタの子分を靴箱まで引き取りに来て。ついでに誤解を解いて
 もらうと助かるわ。」
 夕鈴は一方的に話すだけ話して通話を切る。

 けれど、黎翔が驚いたのはそこではなく。

「…夕鈴、携帯持ってたのか。」
「あ、はい。滅多に使いませんけど。」
 電話番号もメールアドレスも教えてもらった覚えはないのだが。
 それは"フリ"だからなのだろうか。
 それってけっこうショックだ。



「メールの返事は5回に1回返れば良い方だ。」
「仕方ないじゃない。メールは苦手なのよ。」
 声がした方をふり返って、夕鈴はバツが悪そうに返す。


「兄貴〜〜〜っ」
「何やってんだ。」
 几鍔の足に縋り付く子分に対して、几鍔自身は呆れかえって夕鈴と同じ言葉を吐いた。
 無意識のそれが悔しかったことはここでは言わないことにするけれど。
「だって、夕鈴がこの男に取られたのが悔しかったんです!」
「まだ私とアンタのこと誤解してるみたい。」
 隣の夕鈴は辟易といった感じだ。

「……誰がこんな煩い女と付き合うかよ。」
「私もアンタのような不良なんか願い下げよっ」
 几鍔が即座に返した言葉に夕鈴も負けじと返す。
 その様子は無自覚同士の痴話喧嘩に見えなくもないか。…面白くない。

「で、でも兄貴は…」
 納得がいっていない様子の子分に、几鍔が再度溜息をつく。
「何を勘違いしてるか分からねぇが、鈍くて男慣れしていないこいつが騙されてないか、
 俺が代わりに見極めてるだけだ。」
「よけいなお世話よっ」
 アンタは私の兄か父か!!と夕鈴が叫ぶのは他の2人は無視することにした。


「こいつに関してはまだ途中だ。余計な手出しするんじゃねぇ。」
 几鍔がじろりと睨むとさすがの子分も黙り込む。
「こんな女のどこが良いか理解できねぇが… つーか、金持ちの坊ちゃんが手を出すような
 女じゃないだろ。庶民が珍しかったのか?」
 几鍔の対象が黎翔へと変わった。

「夕鈴の良いところか…」
 それに関しては考えなくても出てくる。


「真面目で(かつて風紀を黙らせたらしい)

 優秀、(姉弟揃って特待生だし)

 優しいし(秘密を守ってくれている上に恋人役もしてくれている)

 料理も上手(お茶はもちろんお弁当も)

 そしてとてもカワ」


「ストップ! 会長ッもう良いですから!!」
 あまりの惚気に最初に根を上げたのは夕鈴だった。
 がばっと自分の手で黎翔の口を塞ぐ。
「恥ずかしいから止めてください!!」
 あんまり必死に言うのでちょっとからかいたくなって、ぺろりと塞いでいるその手を舐め
 てみる。
「ッッ!!」
 真っ赤になりつつ、人前なので叫ぶこともできず。
 睨まれても可愛いので、黎翔は"狼陛下"の笑みで返してさらに顔を赤くさせた。


「…まあ今日のところは許してやる。だが何かあったら覚悟しろよ。」
 それをいちゃついていると見られたのか、几鍔の方が引く姿勢を見せた。
 ただしちゃんと釘を刺して。
「ああ、覚えておく。」
 はっきりとした答えを得た几鍔は、行くぞと子分を立たせて連れて行く。
 少しは認めてくれたのかとその背中を見て思った。



「覚悟か… これでは別れられないな。」
 にんまりと笑うと夕鈴の顔が真っ赤になる。

「何を言ってるんですかーッ!?」

 赤い顔も叫んでいても面白くて可愛いけれど。
 やっぱり期間限定にする気なのかと思うと切ない。

 けれどまだ期間は始まったばかり。
 どうやったら彼女が本当に手に入るのか。
 それが"狼陛下"の最大の課題になりそうだった。




2011.4.7. UP (2012.2.10.修正)



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遅くなってしまって申し訳ありません(汗)
仕事が終わらなくて、帰ったのが遅かったんですよ…

あんまり何も考えずに書くシリーズなので、どこかおかしいかもしれません。
特にこの恋敵?に関しては時間がないので。
いつかこっそり書き直してるかもしれません(笑)
ちょっと長くなったので、中まで入れちゃおうかと思って。
…面倒だったのでそのまま書きました。
几鍔は今のところこんな立ち位置でおさまりました。
4巻買ったら印象変わるかもしれませんが。

さて、続くような続かないような微妙な感じで終わりです。
以前ネタ(1月7日更新分)で書いたところ全然書いてませんしね。
老師に至っては本当に出番がなかったという(笑)
続けるかどうかはまた後にして、とりあえず次はキリリクを頑張ります☆


2/10追記)
更新は11日なのですが、こっちは10日のうちに修正していたのでそのままです…




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