狼陛下と愛の日       ※ 2人は文化祭の後から正式に付き合ってます。




「会長ッ!」

 すっぱーんと大きな音を立てて開いた扉に続いて、教室内に響き渡る声。
 彼女の声は良く通り、そしていつ聞いても耳に心地良いと思う。

「―――夕鈴。」

 朝一番で3年の教室に飛び込んできた恋人を、黎翔は満面の笑顔で出迎えた。



 どこから走ってきたのか彼女は顔が真っ赤だ。
 そんな顔も可愛いなーとぽややんと思いながら頬を緩める。

 どんな彼女でも可愛くて愛しい。


「今の会長は方淵だよ。」
 クスクスと笑いながら、おいでと彼女を手招く。

 会長職を退いた今は演技をする必要もないから、どっちの自分も遠慮なく出すようになっ
 た。
 最初の頃は戸惑っていたクラスメイト達も、ころころ変わる黎翔にようやく慣れてきて最
 近はあまり気にされない。

 ―――もちろん、夕鈴もどちらの黎翔も受け入れてくれている。
 全ての問題が解決したわけではないけれど、今の自分は満ち足りていた。



「そんなことはどーでも良いんですッ これは一体何ですか!?」
 どこまでものんびりな黎翔とは対照的に、彼女は何故か興奮していて ずかずかと大股で
 窓際の黎翔のところまでやってくる。
 そうして真っ赤な薔薇の大きな花束を黎翔へと突き付けた。
「朝来たら靴箱から溢れてたんですよ! 恥ずかしくて仕方なかったんですから!」

「――――…」
 彼女が怒っている理由が分からなくて困惑する。―――実は、その花束にも覚えはない。

「…どうして僕だと思ったの?」
 けれどそこは顔に出さずに逆質問してみた。
 すると夕鈴は勢いを削がれたようで、花束を抱え直しながらきょとんとする。
「え、差出人の名前がなかったし、こんなことするの他にいないじゃないですか。」
「……そっか。」

 何の迷いもない答えに内心で笑む。
 彼女の中には"僕"以外にいない。…それは思った以上に嬉しいことだった。


「あはは、ごめんね。それより今日は一緒に帰ろうね。」
 にこにこ顔で謝って、ついでとばかりに約束を取り付ける。
 あまりの手応えの無さに彼女の方も怒りは完全に吹っ飛んだようで、返ってきたのは仕方
 ないなの溜め息だった。
「何ですかもう。…良いですよ。ただ 遅くなるかもなので待っててください。」
「うんッ」
 元気よく頷けば、彼女は「じゃあまた後で」と自分の教室に戻っていった。
 …何だかんだでその花束は持ったままで。




 ―――本当はすぐにでも握り潰したかった。
 知らない男からの贈り物なんて、彼女の傍に置きたくないというのも本音。


 でも、彼女が自分からだと信じているのなら――― それも良いかと思ったから。










「…相変わらずキザな野郎だな。」
 いつの間にか几鍔が後ろに立っていた。
 呆れた様子でそう言って、彼は後ろの机に腰掛ける。
 そういえば1限目は彼も同じ授業だ。

 ―――本来のクラスは違うが、2人とも四大志望だから課外授業が重なることも多い。

 彼とは夕鈴の件が解決した後からはわりと話すようになった。
 互いに自由登校になってもほぼ毎日学校に来ていて、最近は2人で話していることもけっ
 こうある。
 彼は黎翔がどうあっても態度が変わらないから、そんなところは居心地良くてわりと話し
 やすかった。



「―――私じゃない。」
 すっと視線を鋭くすれば、几鍔も片眉を上げて反応する。
「へぇ。そりゃ命知らずがいたもんだな。」

 彼女は"狼陛下の恋人"だ。その彼女に手を出そうとする輩はなかなかいない。
 会長職を引退してたまに小犬の顔をしていても、かつて振るったその手腕は本物。
 その狼陛下敵に回すことに、その不届き者は恐れを感じないのか、それとも単に馬鹿なの
 か。

「で、どうするんだ?」
「何もしない。」
 きっぱりと答えると、几鍔は少し驚いた顔をした。
「珍しいな。」
「…私からだと信じているならそれで良い。」
 その存在を知らせることすら嫌だと思う。
 夕鈴の視界に入るのは自分だけで良い。

「その男も可哀想だな。贈っても伝わらないなんてな。」
 少しだけ同情するように言った几鍔は苦笑いしている。
 けれど黎翔は露ほどにも心は痛まなかった。
「名乗らなかった方が悪い。」
「…名乗ったら潰すだろ、お前。」
「当然だ。」


「―――あら、意外。落ち着いてるわね。」
 2人の間に割り込んだ声は、几鍔のクラスメイトの少女のものだった。

「?」
「何がだ?」
 彼女の言葉に、黎翔と几鍔は2人して疑問符を飛ばす。
「だって今日バレンタインじゃない。2人ともモテるしたくさんもらってるかと思ったの
 に。」
 そう言って、つまらないわと彼女は口を尖らせた。

「あんな甘ったるいヤツ食えるか。」
 甘いものが苦手な几鍔は即答。
「僕はわりと好きだけど… 夕鈴が妬くから今年は貰ってない。」
 続けて黎翔も貰わない宣言。

(妬かれるのは嬉しいけど、それで本命を逃したら意味ないからね。)


「ふーん。じゃあ勝手に置かれてる分はどうするの?」
「子分達が勝手に回収してる。」
 だから知らないと言ったのは几鍔。
「僕も李順が片付けてくれるから知らないな。」
 黎翔もまた、同じような答えを返した。

「…ああ、貴方達は規格外だったわね。」
 それに返ってきたのは、心底呆れた風のクラスメイトの顔。


 そんなこんなで、今年はいつもより静かなバレンタインになっていた。



















*

























「…夕鈴は?」
 昼休み、一緒に食べようと教室まで呼びに来たのに彼女の姿がなかった。

「呼び出されたとかで裏庭に行きましたけど。」
 答えたのは夕鈴の友達の明玉で、弁当箱が乗ったままの彼女の机を指差す。
「たぶんすぐに戻って…」
 けれど、彼女の言葉は最後まで聞かずに踵を返した。

 向かうのは当然裏庭だ。



(まさか朝の―――…)

 嫌な予感を覚えて、歩く速度を速めた。






















「お姉様!」
「あれ、紅珠?」
 手紙片手に夕鈴が裏庭の指定された場所に行くと、何故かそこに紅珠がいた。

「お待ちしておりました。」
 そう言って彼女は今日も可愛く夕鈴に微笑みかけてくる。
 いつもならにこりと笑い返すのだけど、今日は戸惑いの方が先に出た。

「えーと、まさか この手紙…」
「はい! 1度やってみたかったんです。」
 あっさり肯定してみせた紅珠は、再びきらきらの笑顔を振りまく。
 …どこから修正するべきかと夕鈴は本気で悩んだ。

「……普通は異性にやるものじゃないかしら?」
「だって、お姉様以上に心惹かれる方がいませんもの。」
 今度もさらっと返ってくる。

 ……これは喜ぶべきなんだろうか。
 慕ってくれているのは嬉しいのだけど、何か根本で間違っている気がする。



「そういえばお姉様、お花はお気に召していただけましたか? 朝、靴箱に入れておいたの
 ですけど。」
「え、あれも紅珠だったの?」
 続いての新事実にも驚かされてしまった。


 てっきり会長…もとい黎翔さまだと思っていた。
 今日という日を考えてもそうだったし、何の脈絡もなくいきなりプレゼントをくれたりも
 するから。
 でも、そういえば最初は不思議そうな顔をしていたような気がする。

 それを訂正せず黙っていたのはたぶん夕鈴のため。
 朝の状態では彼が違うと言っても信じなかっただろうから。


 ―――会ったらまずは謝らないと。



「それから、こちらもお姉様へ。」
 今度はピンクの包装紙に包まれたハート型のものを渡された。
 間違いなく中はチョコレートなのだろう。

「ふふ。今日はバレンタインですから♪」
「ありがとう。」
 お礼を言えば、紅珠も嬉しそうな顔をする。

 ―――それに重なって、あの人の顔が思い浮かんだ。


(…私も、早く渡したいな。)

 夕鈴にとっては"初めて"のバレンタイン。
 彼からどんな反応が返ってくるかは経験もないから分からない。
 けれど、こんなにドキドキして、そして頑張ったバレンタインは過去にないから。

 笑顔だったら良いな、と。

 あのふんわり笑顔を思い出していた。




















「あれ、黎翔さま?」
 裏庭から校舎に入るちょうどその時に、彼とばったり出くわした。

「どうなさったんですか?」
 どこか不機嫌そうな彼に首を傾げる。
 朝はあんなににこにこと楽しそうにしていたのに。

「…それはこちらのセリフだ。話は終わったのか?」
 どうやら心配して見に来てくれたらしい。
 狼陛下ver.でさらに不機嫌なのはそのせいだろうか。

 ―――これは最近知ったことなのだけれど。彼は結構ヤキモチ焼きさんだ。
 相手を意識していない時とかはつい相手との距離も近くなってしまって。
 そんな感じで知らない間に怒らせたりすることもあるので気をつけなくてはいけない。


「相手は紅珠でした。」
 種明かしをしてクスクス笑う。
「一体どこの―――…って、氾紅珠?」
 聞き返されたのではいと言って頷いた。

「なんだ…」
 途端に彼の表情から険しさが消える。
 さらにはぁと息を吐いたと思ったら肩から力が抜けていた。


「あの、それから朝はすみませんでした。あの花束も紅珠だったみたいです。なのに私、
 疑ってしまって……」
「ううん、気にしなくて良いよ。」
 きっと戸惑ったに違いないのに、彼は優しく笑って許してくれる。
 それについ甘えてしまいそうになるけれど、それではダメだといつも思う。

「僕は嬉しかったし…」
「え?」
 呟きは聞こえなくて聞き返したけれど、彼は答えてくれなかった。


「それより。お昼一緒に食べようって呼びに来たんだ。」
「あ。」
 そうだと思い出して辺りを探って、お弁当と一緒に"あれ"も教室に置いてきてしまったこ
 とを思い出す。
 会ったらすぐに渡したかったけれど仕方ない。
「じゃあ、食べる時にお渡ししますね。」
「何を?」

 ああ、しまった。説明が足りなかった。

「今日はバレンタインですから。…お菓子はあまり作らないので、ちょっと不格好になっ
 てしまったんですけ」
「え、手作り!?」
 声がぱっと明るくなって、彼は身を乗り出してくる。
 あまりの食いつきっぷりに夕鈴の方が1歩下がってしまった。

「は…はい。恋人なら当然手作りだと 老師に言われて……」
「ありがとう!」
「!!?」
 言い終わるか否かにいきなりぎゅうと抱きしめられる。
 ビックリはしたけれど、だいぶ慣れたおかげか今日はパニックにはならなかった。

「あの、まだ渡してませんけど…」
「楽しみだなー」
 夕鈴の呟きは軽くスルーされてしまう。
「ね、早くお昼食べに行こう。」
 そうして腕の中から解放されたと思ったらすぐ手を取られて、そのまま引っ張って連れて
 行かれた。


 強く握られた手は離れない。…もう、離さなくて良い。

 それがとても嬉しかったから、夕鈴からもそっと握り返した。









 手を繋いでいる、満面の笑顔の狼陛下とその恋人。
 しばらく前ならそのにこにこ笑顔に周りが驚愕していたけれど、今は特に関心を集めるこ
 ともなく。


 周りも見慣れて特に驚かれなくなった、―――そんな平和なバレンタイン。





2012.2.8. UP (2012.2.11.修正)



---------------------------------------------------------------------


犯人は紅珠でした。そんなお話。
珍しく時期ネタです。ノリだけで書いてます☆
あー そういやこの頃は付き合ってるんだよなー。で、こんな感じになりました。
亀の歩みで恋人のステップを登って行ってます。

そして、遅くなってしまったことを深くお詫びします…
ほんっとーにすみませんでしたー!(>_<)


修正で、黎翔&几鍔を入れてみました〜
ただ仲良くしている2人を書きたかっただけというか。
わりと好きなコンビです。
途中で割り込んできた女性は、某オリキャラのお姉さんのつもり。
学園ものだから口調は違うけど。



BACK