本編裏小ネタ





長くなることは分かっていたので、本編は中央部だけ書いてました。
そこから漏れた小ネタをここで公開していく予定。
他にも「ここが知りたい」などが何かあれば、随時リクエスト募集中です。


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@「遊園地デート」より、デート前の夕鈴と明玉


 遊園地デートの約束の時間まであと少し―――

 夕鈴の部屋からは、悲鳴のような声が何度も聞こえていた。


「こ、こわいこわい!」
「大丈夫だからじっとしてなさい。」
 後ずさりしそうになる夕鈴の肩をがしりと掴み、明玉は銀色に光るそれを片手に夕鈴を押
 さえ込む。
「だってっ 挟まったら…!」

 夕鈴にはそれが凶器にしか見えなかった。
 今まで自分で使ったことはなかったけれど、見ているだけでも痛そうで……
 明玉が使っているときも、いつも目を逸らしていたくらいなのに。

「アンタねぇ……」
 そんな夕鈴の様子に明玉は呆れる。
「普通挟まないから。ビューラーごときで怖がらないの。」
 時間がないからさっさと目を瞑りなさいと怒られて、渋々それに従った。

 ……その後、予想と違って全然痛くなくて驚いて。
 当たり前だとツッコミを入れられたのは言うまでもない。



「やっぱりグロスはこっちの色かしら♪」
 明玉によるメイクタイムはまだまだ続く。
 普段は勉強道具ぐらいしか広げられないテーブルの上に、今は様々な化粧道具が並んでい
 る。
 まるで絵の具のようだという言葉は反応が分かっていたから飲み込んだ。
「こんなに必要なの?」
「私は持ってないアンタに驚きよ。服によっても使う色は変わるんだから。」
「そ、そうなの…」

 正直どの色が合うかなんてさっぱり分からないからお任せだ。
 楽しそうな明玉に対して夕鈴はもう疲労困憊。世の女の子は本当にすごいなと他人事のよ
 うに思う。


「なんだか自分じゃないみたい…」
 緩く巻かれた自分の髪を指に絡める。
 普段は真っ直ぐで絡まることなんてないのに、とても不思議な気分。
「間違いなくアンタよ。これを今まで放っておいたなんてほんっとに勿体ないわ。」

 鏡の前にいる自分は、普段の自分と違ってキラキラしている。
 紅珠の誕生日に李順さんにメイクをしてもらったときも思ったのだけど、お化粧の"化け
 る"の字って嘘じゃないんだなって思う。

「お化粧ってすごいのね…」
「それは元が良いからよ。こんなナチュラルメイクで大変身するわけないでしょーが。」
 しみじみと呟いたら、明玉に呆れ顔で頭を小突かれた。


*
  夕鈴は可愛いんですよっていう話。


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A「狼陛下の引退」より、名前を呼んでもらおうと画策する黎翔さん


「ねえ、僕もう会長じゃなくなるんだけど。」
 尻尾を振る小犬が夕鈴を見つめてくる。
「これを機会に名前で呼んでよ。」
「う…」
 今まで恥ずかしいと逃げてきたけれど、今回はそうはいかない。
 確かに絶好の機会だと意を決した。

「れ、」
「うん。」
 にこにこ笑顔で待っている。
「れ…れれ、」
 名前を呼ぶだけだ。それだけで良いのに。
 なのに、なかなか次の言葉が出てこない。
「れれれ、れいしょ…やっぱり無理! 無理です!!」

 心臓が限界だ。バクバクし過ぎて壊れそう。
 すっかり涙目になっていた。

「李順さぁん…」
 どうしたら良いのかとその場にいた彼に縋る。
 名前を呼ぶだけなのに、それができない。どうしよう。

「別に名前で呼ばなくても、先輩で良いんじゃないですか。」
「…あ、成程。」
 あっさり返ってきた答えにものすごく納得した。
 何を悩んでいたのだろう。便利な呼び名があるじゃない。


「…李順……」
「何か?」


*
 黎翔さん、作戦失敗☆
 というわけで、先輩呼びになりました。

 ※ これは5話の後書きからの既出ですが、あちらからお引っ越しさせました。


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B「それでも貴方が」より、二面性がバレた後の黎翔さんと夕鈴


「…先輩。狼陛下も演技じゃなかったんですね。」
 秋風がフェンスを揺らす屋上で、何気なく夕鈴が切り出すと、隣でゲホッと噎せる音がし
 た。

「!? え、や、あの、それは…!」
 こんな風にあたふたしてる先輩を見るのは初めてだ。
 物珍しさに彼を見上げてじっと観察していたら、それをどう思ったのか、ものすごく申し
 訳なさそうにごめんなさいと謝られた。

「先輩?」
「騙すつもりはなかったんだ。…ただ、君に怖がられるのが嫌で、嫌われたくなくて……
 言い出せないままタイミングを逃しちゃったんだ……」
 叱られた小犬みたいにしゅんとうなだれる先輩に内心でクスリと笑う。
 それが可愛いと思ってしまった自分はもう末期なんだろう。

 小犬みたいな彼も、狼と呼ばれる怖い彼も、どちらも好きだと自覚した。
 この恋が叶わないと分かっていても、どうしようもなく好きになってしまった。

「先輩が謝る必要はないです。」
 謝って欲しかったわけじゃないから、安心させるようににっこりと笑う。
「…許して、くれるの?」
「許すも何も、私が勝手に勘違いしただけですし。先輩は悪くないでしょう?」
「ッ それは」
「先輩は優しい人です。私はそれを知っています。それで十分です。」
 続く言葉は彼が自分を責めるものだと気づいていたから遮った。

 謝らなくていい、責めなくていい。
 先輩が言えなかったのは、単に私の力不足。
 頼れるような存在になれなかった私が悪いんだから。

「先輩は何も気にしなくて良いです。私がもっと頑張りますから!」

 一緒にいられる時間はもうあまり残ってないけれど。
 せめてそれまで、少しでも先輩の役に立ちたい。

「先輩が頼れるくらい、かっこよくなりますからね!!」
 言い切って、満足げに息を吐き出す。
 びっくりして目を丸くしていた先輩は、少しの間の後でぷっと吹き出した。

「夕鈴は充分かっこいいよ。」
「甘やかさなくていいですっ!」

 貴方といられるあと少しの時間
 悔いのないように頑張りたい

 別れの日には、貴方に私で良かったと言ってもらいたいから――――


*
 黎翔さんは思いっきり狼狽えると良いです。
 そして夕鈴さんは相変わらず男前です(笑)

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C「最後のダンスが終わったら、」より、その後の黎翔さんと几鍔


「几鍔。」
 呼ばれて後ろを振り返ると、そこには予想通りの相手。

 ―――慌ただしく文化祭が終わり、振替休日を挟んだ週明け。
 俺は屋上に呼び出された。




「なんだ、人前じゃできない話か?」
「僕は全然構わないんだけど… 知ったら夕鈴が恥ずかしがるかなーって。」
 花でも飛んでいそうな幸せ全開の笑顔にイラッとするが、夕鈴も何だかんだで幸せそうに
 笑っていたのを知っているから何も言わない。
 目の前の男もようやく覚悟を決めたようだと分かったから。

「で、何が言いたいんだ?」
 言っておくが、俺はそんなに暇じゃない。
 さっさと済ませろと先を促す。

「うん。夕鈴は渡さないって宣言しとこうと思って。」
 笑顔のはずの紅い瞳に鋭い光が宿る。
「いつか、捨てるなら貰うと言ってたけど、僕が夕鈴を手放すことは絶対にないから。君
 に出番はないよ。」

 あの時は何も言い返せなかったくせに。
 決めた途端にこれか。

 迷いが消えた顔の相手に、几鍔は声を上げて笑った。

「要らねーよ。あんな色気のねーお転婆娘なんかこっちから願い下げだ。」

 別れの時を思って泣いていたアイツはもういない。
 なら、俺はそれでいい。

「ただし、アイツが悲しむようなことがあればぶん殴るからな。覚悟しとけ。」
「―――うん。」

 馬鹿みたいに幸せそうに笑っていればいい。
 願うのは、妹みたいに思うアイツの幸せだけだ。

「…守るよ。彼女の笑顔も未来も、全てを守ると誓う。」
「なら、いい。」

 もう俺が守らなくてもアイツは幸せになれる。
 俺の役目はここまでだ。


「…几鍔、君って夕鈴のお父さんみたいだ。」
「うるせーよ」
 どこかで誰かが言ったのと同じことを言う男の頭を叩いた。


*
 兄貴が夕鈴に向ける感情は父性なんだろうなーと時々思います。
 夕鈴のお母さんに「守ってね」と託されてたりしたらマジ萌えですけど。

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D「最後のダンスが終わったら、」より、その後の黎翔さんと夕鈴と李順さん


「……これはどういうことでしょうね?」
 低く静かな李順の声に、隣の夕鈴はびくりと肩を震わせる。
 それを宥めるように彼女の肩を抱き寄せ腕の中に囲う。
 見上げた彼女と目が合い微笑んで見せると、彼女はホッと安堵の表情を浮かべた。

「―――私は彼女を選んだ。彼女はそれに応えた。それだけだ。」
 二人の様子に、李順の眉間の皺が深くなる。
「それが何を意味するか、分かっておられるのですか?」
「私はこれまでになく幸せだ。」
 愛しい人の心を手に入れて、これに勝る幸せがあろうか。
 彼女と共に未来を歩める幸せは何物にも代え難い。

「黎翔様ッ ふざけている場合ではありません!」
「特にふざけた覚えはないが。」
 黎翔が答える度に李順の表情は険しくなるばかり。
「黎翔様!!」
「私のことは私が決める。誰に文句を言われる謂れもない。」

 どうやら私は珀家の当主の最有力候補になったらしい。
 しかし、だから何だ。

 当主とは家の意思に従わなければならないのか?
 奴らの言う通りに好きでもない女を妻に迎え、空っぽの心のまま闇の道を歩めと?
 そんなもの、冗談じゃない。

 彼女のいない未来など有り得ない。
 覚悟なら、彼女がこの想いに応えてくれた時にとっくに決めた。


「…周りが黙ってはいませんよ。」
「黙らせればいい。」

「守りきれる自信はありますか?」
「守るさ。几鍔にも宣言してきたことだしな。」

 もう決めた。もう迷わない。

「わ、私も頑張りますから!」
 そう言って、腕の中から夕鈴が飛び出した。

「黎翔様の隣にいても文句を言われないくらいになってみせます!」
「夕鈴…」

 ああ、そうだったね。
 君は守られてるだけのお姫様じゃなかった。
 自分の足できちんと立って、僕を支えてくれる強い女性だった。

「やはり、君以上に私に相応しい女性はいないな。」
 腕の中から飛び出した彼女を再び後ろから抱きしめる。
 頭の先にキスを落とせば、彼女からは元気な悲鳴が上がった。

 ちっとも大人しくなんかしていない。
 けれど、そこが愛しい。
 元気に跳ね回る兎を捕まえるのもまた愉しい。


「〜〜〜分かりましたよ! 貴方の意思がそれほどまでに堅いというなら、私も覚悟を決め
 ました!」
 李順らしくなく、その言葉は荒々しくやけっぱちに聞こえなくもない。
「その代わり覚悟してください! 風当たりも相当なものになりますからね!?」
「承知の上だ。」

 彼女と共に歩む未来のためなら、どんな障害も乗り越えられる。
 もう、それ以外の道は考えられないのだから。


*
 決めた黎翔さんは強いですね。
 まあ、元々我が儘な人ですから。


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A:2012.6.23.UP
@BCD:2013.12.23.UP



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