一目惚れ -後編-




 夕鈴が廊下のど真ん中で告白を受けてから数日。
 紅珠と明玉は例の茂部君を屋上に呼び出していた。…夕鈴も強制参加で。


「それでは私達はこれで」
「あとは2人っきりで話してね〜」
 ごゆっくり、と紅珠と明玉はにこにこ笑顔でさっさと出て行こうとする。
 呼び出しておいて、会った途端にそんなことを言いだした。
 その魂胆は見え見えだ。
「ちょっと! 何なのその見合いの仕切り屋のような言い方はっ!」
 夕鈴がどんなに怒っても完全無視。
「待ってってば!」
 でもこのままにはしておけないと強引に腕を引っ張って引き留めた。
 巻き込まれる彼のことを思えば、早急にどうにかしなければと。

「アンタは男に対する免疫が足りない。これを機会に男心を学びなさい。」
「そ、それは、そうかもしれないけど…っ」
 こちらが怒るつもりが、逆に強く出られてしまって何も言い返せなくなる。
 自分の方が正しいはずなのに、何故あちらの方が強気なのか。
「だったらよろしいではないですか。」
 紅珠は最初から明玉側だし、夕鈴に味方はいなかった。
「あの厄介なのがいない今のうちに、普通の男との接触に慣れなさい。あっちに知られた
 ら妨害するに決まってるんだから、これは絶好のチャンスなのよ!」
 いったい何のチャンスなのか。夕鈴は納得がいかない。
「でも、私には……こ、恋人、がいるのに……」

 そう、夕鈴には恋人がいる。
 認めてもらうにはたくさん障害はあるけれど、それでも諦めることなんかできないくらい
 大好きな人だ。
 だから、夕鈴は彼の気持ちに応えてあげられない。

 彼は真っ直ぐに好意を伝えてくれた。とても良い人だ。
 そんな人を無駄に傷つけたくはないのに。

「夕鈴だって、その"恋人"が何を考えてるか分からないとか言ってたでしょう。だったら、
 それを知るためにもいろいろな男と接するのは大事よ。」
「そうですわ。今は免疫を付ける方が重要ですもの。この際それは置いておきましょう?」
「置いておくって… そんなこと……」
 …できるわけないのに簡単に言ってくれる。
 渋い顔をする夕鈴の肩をぽんと叩いて、明玉は軽い調子で「大丈夫」なんて言う。
 何が大丈夫なのかさっぱりわからない。

「じゃ! がんばってね!」
「あ……」
 止めようと手を伸ばすもそれはスルリとかわされる。
 無情にも、屋上の重い扉は夕鈴と彼を置き去りにして閉じてしまった。


「あ、あの、…茂部君、」
「はいっ!」
 仕方なく振り返って彼と正面から向き合う。
 ぴしっと背筋を伸ばしてこちらの言葉を待つ彼は、まるで大型犬のようだなと思った。
「普通に友達としてなら構わないの。でも付き合ってくれっていうのは、正直、その、困
 るの……」

 ……でも、それだけだ。良くて弟止まり。
 あの人以外をそれ以上には思えない。

「大丈夫です! 俺は何も気にしませんから!」
「いえ、そこは気にしてほしいんだけど…」
 夕鈴的には結構はっきり伝えたつもりだったのだが、相手にはいまいち伝わらなかったよ
 うだ。

「俺、かなり焦ってたんです。入院したせいで出遅れた分を取り戻さなくちゃって。でも、
 空回りも多くて…どうすれば良いかも分からなくて……」
「茂部君…」
「そんなとき、廊下で夕鈴先輩に出会ったんです。」
 正直夕鈴はどこで彼と会ったのか覚えていないけれど。
 彼の中ではそれなりに大きい出来事だったらしい。
「あまりの衝撃に金縛りにあって見送っちゃいました。」
 照れたように笑う彼は年相応に見えて可愛い。もちろん弟感覚で。
 真っ直ぐに視線も想いも伝えてくれるその純粋さが彼の良さだと思う。

「その時に俺はこの人だ!って思いました。」
「え、何が…?」
 いきなり何かが吹っ飛んだ。
「俺、絶対自信がありますからよろしくお願いしますっ!!」
「いや、だから、何の自信なの…」
 あれ、さっきまでちょっと可愛いなって思ったはずなのに。
 いきなり飛んだ展開についていけなくなった。

 そして、やっぱりダメだと思った。
 夕鈴の事情に彼を巻き込むわけにはいかない。

「あのね、誰も言わないだろうから、私が」
「2人とも、午後の授業が始まるから今日はこれまでにしときましょう!」
 もう少しで伝えられると思ったのに。
 バンッと勢いよく扉が開いて明玉達が戻ってくる。…絶対扉の向こうで聞いてたな。
 そのまま彼とは引き離されてしまい、結局伝えることはできなかった。




















「…夕鈴にチョッカイ出してる男がいる、と。」
 電話の相手からの情報に、纏う空気ががらりと変わる。
「―――へぇ。それは聞き捨てならないな。」
 低い声は冷えきって、皮肉げに笑みを浮かべる彼の瞳には狼のような鋭さがあった。

「浩大?」
 通話を切りつつ、後ろのソファでくつろぐ部下に目をやる。
 大事な少女の護衛として学園に送り込んだ男。…だったはずだ。
 その彼からは何の報告も受けていなかった。
「えー 別に危害を加えるでもないし良いかなーって。」
 大抵の相手なら青ざめるそれにも特に動じた様子もなく、相手は軽く返してくる。
「それに、お嬢さん達を敵に回したらオレだってあそこにいられなくなるし。」
 浩大の言うことも尤もではあるが。腹立たしいことに変わりはない。
 もう一言二言言ってやろうと口を開いたとこで着信音が鳴った。
 ちらりと見たディスプレイに示されていた名は几鍔。
 他なら無視するところだが、タイミング的に夕鈴のことだろうと通話ボタンをタップする。

「…ああ、……君もか。」
 相手の用件は案の定だった。あちらにも連絡が入ったらしい。
 続けて伝えられた提案に、今度は口元だけで笑った。

「―――それはぜひ、挨拶に行かなきゃいけないな。」


















 ふえっくしゅん!

「茂部君、どうしたの?」
 今日も夕鈴先輩の近くにいることを許されて幸せだ。
 そっとうかがうような上目遣いが最高です。
「いや、なんか昨夜から悪寒がしてくしゃみも続いてるんですよ。」
 風邪でも引いたかな?
 体が丈夫なのが自慢だからって油断したのがいけなかったか。
「大丈夫? 帰って寝てた方が良いんじゃない?」
「先輩…」
 くしゃみ一つでこんなに心配してくれる彼女の優しさに感動してしまった。
 この人を好きになって良かった! 見つけた俺すごい!!
「心配してくれるんですねっ 嬉しいです!」
「え、普通 心配するものでしょう?」
 いやいや、この程度で本気で心配してくれる人なんてなかなかいませんから。
「えへへ、嬉しいな−」
「犬の耳と尻尾が見えるわ…」
 ぼそっと何か呟かれたが、聞きそびれてしまった。勿体ない。
 そのままじっと見つめられてドキンッと胸が高鳴る。
「せっ 先輩!? 何ですか!? 可愛すぎて俺死んじゃいますよ!!」
「いえ、そうじゃなくてね…」

 ざわざわと周りが騒がしくなる。
 いつも廊下に人はいるけど、このざわめきはいつもと違う。

「ん?」
「何かしら? 向こうの方が騒がしいわね。」
 2人でそちらを見ると、窓際に人だかりができていた。
 なんだろう、黄色い声というか… 女子達がものすごく興奮している。

「もう誰かがたれ込んだのね。」
「いつか来るとは思ってましたけど…」
「明玉! 紅珠! いつの間に!?」
 夕鈴先輩が驚いた声を上げた後、はっと何かに気づいたように窓の向こうを弾き見る。
「っ! まさか」

 まさか? 何が??


『きゃ――――――!!!』
『せんぱ―――いっ!!』

 校舎中から割れんばかりの歓声が上がった。
 むしろ揺れたかもしれない。

「珀黎翔様と几鍔さんよ!」
「やっぱり来て下さったわ!」
 近くの会話も拾うが、何がなんだか分からない。

「な、何ですか この反応は…」
 アイドルでも来たのか?
 でも名前は聞いたことない。
 ハクレイショウサマ? キガクサン? 先輩ってことはOB??
「……誰が呼んだの?」
「オレじゃないよー」
 夕鈴先輩からの視線を受けて首を振ったのは浩大先輩。
「大方 あの方々に会いたいという女子でしょう。」
 代わりに答えてくれたのは氾紅珠様だ。

 どうやら分からないのは自分だけのようだ。
 夕鈴先輩達の知り合いっぽい? でもこの反応は一体何事??







「夕鈴!」
 騒ぎの中心人物達は、なんと、女子達の案内を受けて俺達のところにやってきた。

「久しぶりだね!」
 キラキラオーラが眩しい美形サマは、先輩を見るなり満面の笑みで手を振る。
 一方小さく振り返す夕鈴先輩は、疲れているというかどこか呆れたような表情だった。
「…黎翔様とは週末に会ったばかりのような気がするんですけど。」
「俺は本当に久しぶりだけどな。」
 その隣の男性は精悍な顔立ちというか、男らしい雰囲気の人だ。
 美形サマが"レイショウ"と呼ばれていたので、この人が"キガク"という人なのだろう。
 …2人並ぶと迫力がハンパないけれど。女子達が騒ぐのも分かる気がした。
「会うのはね。メールは昨日もしてたじゃない。」
「知り合いですか??」
 対応に若干の違いがあるものの、先輩の態度からしてそれなりに深い関係なのは分かる。
 こんなハイスペックっぽい人達と仲良いなんて、夕鈴先輩って一体何者??

「だいたい、卒業したのに堂々と校内闊歩なんてしていいんですか?」
 何しに来たのかと、そう聞かれて美形サマがにっこりと笑みを深める。
「それはもちろん君に会いに。」
 この顔でそんな甘い言葉を言われたら、普通は卒倒ものだ。
 現に後ろからものすごい悲鳴のような何かが聞こえた。
「―――ということもあるんだけれど もう一つ。そこの茂部とやらに用があるんだ。」
「えっ?」
 突然矛先がこちらに向いてビックリした。

「やっぱりね。」
「本当に早いですわね。」
 え、どういうことですか? 明玉先輩、紅珠様?

「そういうわけだ。ちょっとツラ貸せ。」
「え?え??」
 キガクさんに首を絞める勢いで腕を回され、抵抗する間もなくどこかに連れて行かれる。
 え? 何が起こってるんだ??
 視界の端で真っ青な顔をした友人達の姿をとらえたが、俺は彼らに助けを求めることも忘
 れるほど動揺していた。
 …というか、意味がよく分かっていなかった。






「あっ! ちょっと、黎翔様!几鍔!」
 止め損ねて慌てているのは夕鈴だけで、周りは特に動揺もしていない。

「やっぱりこうなっちゃったかー」
 分かっててやったの 明玉
「まあ、あの方々に太刀打ちできるとは思っていませんでしたけど。」
 貴女もなの 紅珠
「残念。この件も終わりかしらね。」
 それは助かるけれど…
「…え、これ放っておいていいところなの??」



















「教えられなくてごめんって。」
「俺らも逆らえなくてさ。」
 うなだれる俺に友人達が謝ってきた。
 正直返事をする元気もないが。

「汀夕鈴さんには珀黎翔さんっていう恋人がいて、その前までは幼馴染の几鍔さんが彼女
 を守ってたんだ。」
 さすが夕鈴先輩だ。周りが放っておかないんだな。
「あの2人は特別で… 珀さんは狼陛下の異名を持つ元生徒会長、几鍔さんは学園の不良達
 を束ねてたんだよ。」
 そんなにすごい人達だったのか。女子が騒ぐはずだよ。
「お前は入院してたから知らなかっただろうけど、入学式でも釘刺されててさー だからど
 んなに可愛くても誰も手を出せなかったってわけ。」
 でも、そういうのは先に教えて欲しかったな。

 まだ友人達はいろいろ言っていたけれど、すべてに生返事を返しておいた。
 ちょっと今は何も考えられない。…死ぬほど怖かった。マジ死ぬかと思った。


















「あの、大丈夫だった?」
 後日、夕鈴先輩に屋上に呼び出された。
「嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい。」
 謝る先輩は本当に申し訳なさそうで。
 …やっぱり優しくて、可愛いと思ってしまった。

「先輩! 俺、やっぱり諦めません!」
「え?」
 戸惑う顔も可愛い。
 ダメだ。こんなの絶対手放せない。
「好きなんです!」
「いえ、あの… 茂部君っ 私は」
「闘いますから! 先輩とラブラブになるために頑張ります!」
 狼陛下がなんだ! 不良の頭がなんだ!
 俺だって負けない! 先輩のためなら何だってやってやる!!
「茂部君 話を聞いてッ!」


 俺は燃えていた。
 自分と先輩の明るい未来のために。

 どんな困難だって2人なら乗り越えられるはずだ!!



「止めとけって。」
「殺されるぞ。」
 友人達の呟きは聞こえていなかった。





<< END >>




2018.1.7. UP



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つだみきよ先生の「運命の日」とのWパロですww(続・革命の日に収録されてますよ☆)
学パロ書き始めた頃からいつかやってみたかったんですよ!
ごめんよ茂部くん。2人じゃないから乗り越えられないよ。←
ちなみに名前が大翔なのは、単純に一番多い名前だからです(笑)
誰も呼んでないけど(笑)

   ←連絡用(TOPに置いてるものと同じ)

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