「先生、お世話になりました。」 「元気でな。」 深く頭を下げる少女に、老医者はまるで朝の挨拶でもするかのように軽く告げる。 これは悲しい別れではないと、ここが帰る場所なのだと。 そう言われている気がして、少女は顔を上げると彼につられて微笑った。 「はい。先生こそ、お身体に気をつけて。」 ここから王都は遠いけれど、これが今生の別れではない。 少し離れたくらいで切れるような関係でもない。 青年が王だと知っても変わらなかった育ての親を見て、少女はそれを信じていた。 少し離れた先に、愛した人が待っている。 少女は「さようなら」ではなく「行ってきます」という言葉を選んで、青年の元へ駆けていった。 彼の元にたどり着いて、最後にもう一度だけ振り返る。 いつもの優しい笑顔で手を振ってくれる先生に振り返し、少女は青年と共に町を出た。 「…これで良い。若き王よ、どうか、"あの方"を守って下され…」 一行の姿が消えてもなお、老医者はしばらくそこを動かなかった。 領主の妾になるよりも、きっと遙かに安全だろう。 苦肉の策で領主の元へ送ったが、それ以上の場所を彼女自身が見つけてきた。 これで自分の役目は終わりだ。 遠き日に交わした約束を守り通すことができた。 こちらへと近付いてくる複数の気配を感じる。どうやら間に合ったらしい。 「―――元宮廷医師、黄殿とお見受けする。」 懐かしい名前で呼ばれたなと思いながら、老医者はゆったりとした動作で声の主を見る。 日の光の下には不似合いな闇色の男達。 彼らに見覚えはなくとも、彼らが誰の命で動いているかは明白だった。 「…何用かな?」 「我が姫はどちらに?」 とぼけてみせても相手は動揺もせずにさらに問う。 こちらの話は聞く気がないとでもいう風に。 …あの方は王に託した。 ならば私は、最後の役目を果たそう。 あの方の居場所は、絶対に知られてはならない。 「…さて。何の話か?」 銀の刃が目の端に映った。 「―――?」 少女がふと後ろを振り返る 視線の先にもう慣れ親しんだ町は見えない。 「どうした?」 「いえ… 今何か、聞こえた気がして…」 気のせいだったのだろうか。 そこにはただ、平坦な道が続いているだけだった。 我が愛しき幼き姫、貴女に幾多の幸せを―――― →2巻へ続く --------------------------------------------------------------------- いえ、続きませんよ? ネタがないです。 最初は旅立って終わるつもりが、好評だったので最後が付け加えられた感じです。 紅珠先生のお話なのに、砂糖を買い忘れたほど甘さのない話になったのが反省です。 シリアスに書こうと思ったのが敗因ですかね…orz この後、少女が異国の王女であることがバレたり、その追っ手を振り切ったりしていく感じ。 悪い奴が美しい少女を見初めて浚ってみたり、それを青年がぶっ潰しに行ったりするのも楽しい。 2人旅も良いから、途中襲撃にあって側近達と別ルートってのも面白そう。 たぶん3巻までで後宮に到着。4巻からは新章突入的な。 ま、ネタ不足で書けませんけど。てゆーか、この先は何も考えてませんww 私が書くとこんな感じになりました。 では、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。 2012.11.20. 再録