ドラマ『狼陛下の花嫁』




B差し入れと忠告


 大人気ドラマ『狼陛下の花嫁』は、「王道かつ斬新なもの」を求め続ける可歌まとが脚本
 を手掛ける王宮ラブファンタジーである。

 今回の新たな試みとして、役者名をそのまま役名にあてる方法を採用。
 その結果、平均視聴率30%越えの大成功をおさめ、下町が舞台の劇場版を挟んだ後、現在
 は春の宴編を放映中―――…




「おはようございます。」
 撮影の合間のわずかな休憩時間に、彼は突然やって来た。

「お、几鍔くんじゃないか!」
「お久しぶりです。」
 笑顔で出迎える監督に挨拶を返し、彼は大きな紙袋を渡す。
「これ、差し入れです。みなさんで食べてください。」
「悪いねー」

 彼―――几鍔もまた、狼陛下の花嫁のキャストの一人。
 ただし、彼は通称"下町編"と呼ばれる劇場版にのみ参加している。

 彼が演じる"几鍔"は下町の柄の悪い若者達に慕われる男。
 しかし、それに対して彼自身はKO大学卒のインテリで、誰に対しても常に敬語を使うよ
 うな礼儀正しい青年だ。

 撮影開始当初、旧知の仲である夕鈴が違和感から笑ってしまい、三回連続NGを出してし
 まったというのはこの作品の伝説の一つとなった。



「几鍔!」
 彼の姿を見つけてすぐ、夕鈴が衣装のままで駆けてくる。
 後ろでスタッフが「転びますよ!」と慌てた声を上げていたが、すでに聞こえていなかっ
 た。

「夕鈴は今日も元気ですね。」
 走ってきた夕鈴の頭をポンポンと撫でながら几鍔が苦笑いする。
 それを受け入れながら、夕鈴はくるんとした瞳を輝かせながら彼を見上げた。
「もちろんよ! それが私の取り柄だもの。」
「そうですね。」
「それで? 几鍔はどうしてここに?」

 几鍔が演じる"几鍔"は劇場版にしか登場しない。
 彼がここに来る理由が夕鈴には分からない。

「隣のスタジオで別の撮影をやっていたので、その帰りに挨拶と差し入れに。」
 監督の横に置かれた紙袋を見た途端、夕鈴の表情がぱっと華やいだ。
「わぁ七辻屋のおまんじゅう! 大好きなのよねー♪」

「ああ、だからか。几鍔くんらしい差し入れの選び方だね〜」
 ピンときた監督がからかうように言って笑う。
 だが、几鍔の方は特に動揺した様子も見せない。
「私もここのが好きなんです。夕鈴が好きなのも知ってますけど。」
「はいはい。そういうことにしておくよ。」





「……あの二人、やっぱり付き合ってるのかな?」
 和気あいあいと戯れ合う二人を遠目に眺めながら、黎翔がぼそりと呟く。
 ちらりと視線を寄越された浩大はどうだろうと首を傾げた。
「劇団SHITAMACHIは家族みたいな雰囲気っスからね。子役の頃からの知り合い
 だし、気心知れてるって感じじゃないですか?」

 今はフリーで活躍しているが、几鍔は元々劇団SHITAMACHIの出身だ。
 彼が独立したのも仲違いからではないので劇団との関係も良好。夕鈴とも前と変わらない
 付き合いをしていた。

「…でも、前にあの二人って噂あったよね。」
「互いに即否定してましたけどネ。今じゃ番宣だったんじゃないかって言われてますよ。」
「ほんと、なのかな…?」

 几鍔の前では心からリラックスしてるように見える。
 自分の前では決して見せない表情を彼には見せるのだと思うと、勘ぐってしまうのも仕方
 ないと思う。

「―――黎翔さん、引きずられてるっすよ?」
 肩をぽんっと叩かれて我に返った。
「あー… ありがとう浩大。」

 危なかった。また勘違いしそうになってしまった。
 彼女はドラマの中での相手役。それだけの相手。それ以外には何もないのに。

 この"春の宴編"になってから恋愛要素が少し増え、危ないと感じることも増えた。
 その度に浩大や李順に助けられている。

(ほんと、まずいなー…)





「黎翔さん。」
 "彼"に呼ばれてふり返る。
 誰かというのは声で気づいていた。

「几鍔くん、久しぶり。」
 にこっと笑うと彼は軽く会釈で返す。
「…今日は、実は黎翔さんにお伝えしたいことがあって来たんです。」
「―――何かな?」
 黎翔が聞く意思を見せると、くるりと周りを見渡してから几鍔が手招きした。
 あまり人に聞かれたくない話のようだ。

「どうしたの…?」
「夕鈴には十分気をつけてください。」
「……え?」
 思わず瞬くと、真面目な顔で几鍔は続ける。

「夕鈴は演技が上手すぎます。」

 うん、知ってる。
 そしてそれは誰もが認めていること。

「夕鈴の演技は、相手を本気にさせてしまいます。」
「……まさか、君も?」
 じっと見つめると、いえと首を振られた。
「その前に僕は距離を置きました。フリーに転向したのもそのためです。」

 そして、そのことで辞めた劇団員がいること、劇団は夕鈴が主役の時は恋愛系の話を避け
 ていることを教えてくれた。

「黎翔さんは大丈夫ですか?」
「……正直、危ないかなって思ったことは何度もあるよ。」
「やっぱり… "夕鈴"が恋心を自覚した頃から心配していたんです。」

 勘違いをしそうになったのは自分だけではなかった。
 その事実は、黎翔に何よりも落胆をもたらした。


「やっぱり、この気持ちは勘違いだったんだ…」




2014.2.23. UP



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几鍔を敬語キャラにしたら誰これになりました。
KO大学はまもちゃん(@セーラームーン)の出身ですね!
と、どうでもいい設定入れている自分がいる。いや、完全版読んでるのでつい。
ついでに七辻屋は夏目友人帳に出てくるニャンコ先生が大好きなお饅頭屋です。

えー もうひとつどうでもいい話。
昔ハマっていた某作品に「心宿しっかりしなさい」というセルフパロ漫画がありまして。
(↑隠してないヨ)
あれがマジで好きだったんですよ。
これと同じで、それも本編がドラマだという設定で。
キャラとキャストの性格が全然違ってて。
さすが関西人ですね先生!っていうギャグセンスが最高でしたー(笑) 



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