ドラマ『狼陛下の花嫁』




A-オマケ 焼肉屋にて

 彼らが訪れたのは芸能人も御用達の焼肉屋。
 スタジオからもほど近いここは奥の方に個室がある為、彼らにはもってこいの場所なのだ。

「タレはどれにしますかー?」
「大ちゃん、私 味噌だれー」
 浩大の問いかけに夕鈴が迷いなく言えば、
「辛口」
 方淵も続けて答える。
「ほいほーい。黎翔さんは?」
「僕も辛口?」
「りょーかいしましたー」
 軽い調子で応えて、方淵の皿に誰を注いだそのまま黎翔の皿にも同じものを注いだ。

「ねー シーフード食べる人いる?」
 メニュー表を持つのは黎翔。
 同意を求める彼に対して、向かいに座る方淵は呆れた顔になる。
「黎翔さん、ほんとシーフード好きですよね……」
「あ、オレも食べます!」
 タレを元の位置に戻しつつ浩大が手を挙げた。
「あれ? 大ちゃんって肉以外は邪道だとか言ってなかった?」
「いやー この前黎翔さんに勧められて食べたら予想外に美味しくて。」
「そうなの? じゃあ私も頼む。あ、ビビンバも食べたいです!」
 ニカッと笑う浩大に夕鈴も乗っかって、ついでにとばかりにビビンバを追加する。
「夕鈴ちゃんって見た目より食べるよね。」
「何だかんだで体力勝負の仕事だもの。ダイエットなんて言ってられないわ。」
「おー かっこいー」
「じゃあビビンバ4つお願いします。」
「…ん? なんか僕が頼む流れになってる?」
 顔を上げた黎翔に三人の視線が集まって、全員が一様ににっこり笑った。
「「「よろしくお願いしまーす」」」
 声までぴったりの少年少女に年長者の黎翔は諦めのため息をつく。
 まあ、注文くらい別に構わないけれど。
「はいはい。飲み物はみんなウーロン茶で良いかな。」
「黎翔さんも飲まないんですか?」
「んー 未成年の中で一人で飲むのもね。」
 夕鈴と浩大が17で方淵が19。
 確かにこの中で成人しているのは黎翔しかいない。
「それもそうですね。今度は李順さんか水月も誘いましょうか。」
「はは、頼むね。」

「注文お伺いにきましたー」
 呼び出しボタンを押してすぐに作務衣姿の店員が入ってきた。



*



「オレさぁ 夕鈴ちゃんは方淵センパイのことすっげぇ嫌ってると思ってた。」
 同じ作品のメンバーが集まれば、話は自然とドラマのことになる。
 今日のきっかけは浩大の言葉からだった。
「俺も思ってた。挨拶しても返してくれないし、話しかけて良いものかとかなり悩んだな。」
 他の出演者とは普通に接しているのに方淵にだけ冷たいのは現場でも噂になっていた。
 浩大はその頃はまだ出演していなかったが、周りから話を聞いて知っていた。
「だって、役に影響しちゃうかなって思ったから。特に方淵くんはドラマ初めてって聞い
 たし。」
「あーなるほど。」
 仲が悪い役なのに仲良くしてしまえばそれが演技に出てしまう。
 彼女の主張に周りは納得し、方淵もこくりと頷く。
「それを聞いて俺も安心したんだ。」

「確か初回の撮影が終わった時だったと思うんだけど、『貴女が俺のこと嫌ってるのは知っ
 てますけど、俺はこの作品に参加できて良かったです!』って言われてビックリしたの。」
「で、慌てて否定されて。」
 その時の夕鈴の反応を思い出して方淵がふっと笑う。
 夕鈴の方は恥ずかしさで頬が赤くなっていた。
「だって、そんな誤解されてたんだって思ってもみなくて。でもよく考えたら撮影以外じゃ
 会わないから誤解しちゃうのも無理ないわよね。」
 気遣いが裏目に出ていたのだと知って本当に驚いたと夕鈴が言う。
「でもさすが方淵くんよね。そういうの気にしなくてもちゃんと役に入ってて、すごいなっ
 て思ったの。」
「ギャップがすごいよね。本当はこんなに気さくなのに。」
 不機嫌が服を着ているような役の中の"柳方淵"と、実際の彼は性格が全く違う。
 それは彼だけではなく、ほぼ全員に当てはまることだ。
「名前がそのままならキャラもそのままだと思ってたから、台本読んだときびっくりした。」
 そう言うのは黎翔だ。
 ほんわかなところは"小犬"に通じるが、元々の彼の中に"狼陛下"のイメージはない。
「オレなんて年齢違うからねー 方淵センパイより上って聞いた時には笑っちゃったヨ。」
「李順さんはメガネ要らないほど目が良いのにね。」
「番宣なんかで出演すると、どうしてメガネしてないのって聞かれるらしいよ。」
 あまりに聞かれるから、彼は最近メガネを持ち歩いているという。
「水月は楽器全般ダメだし。」
「あはは、あれ本人すっごい困ってたよね。」
 水月の本業はモデルだ。
 役の"氾水月"と違い、楽器とは無縁の世界で生きてきた。
「その"違い"を探すのが一部で人気なんだって。ネット上に専用サイトがあるってサ。」
「へー ほんと?」

 じゃあそのサイトを見てみようという話になって。
 浩大が検索して探し出したそれを見ながらしばらく盛り上がった。

 「―――私が一番難しかったって言われたの。」
 さんざん笑った後で、ふと笑みを消した夕鈴が呟く。
「あー どんな役でもこなしちゃうもんね。今回の場合は逆に難しそう。」
「うん、そう言われた。で、私としては子役のイメージを消してしまいたかったから、そう
 頼んだの。」
 子役時代のイメージを崩すような役を、と。
 そうして出来上がったのが今の"汀夕鈴"。
「ああ、はまり役だったもんねー 市姫の子供時代役。」
「アレ見て憧れてこの世界入りましたって今でも言われるのよねー」
 そう言われること自体は嫌ではないのだが、女優としてイメージが固定されるのはやはり
 抵抗があった。
「しかも大河だからねー 見てる人多いし。」
「そうなの、もうあの頃のイメージ強すぎちゃって。だから舞台ばっかり出てたのもある
 んだけど。」


 お姫様のような役はもう飽き飽きた。
 同じような役ばかりで成長を感じられない。
 
 そう思い悩んでいた夕鈴を拾ってくれたのが今の劇団の団長だ。

 そこでたくさんの役をこなした。
 もちろん努力もしたし、大変だったことだってたくさんあった。

 そしてそのうち、どんな役でもこなせる女優と言われるようになった。

 でも、テレビの中の夕鈴はいつまでも"市姫"のイメージのまま。
 だから、そのイメージも払拭したくて今回のドラマの主役を引き受けたのだ。

 成功したのかはまだ分からないが、メディアにも取り上げられたので「同じ人だったの!?」
 と驚かれることは多い。
 そうしていつか、市姫の呪縛から逃れられたらいい。


「これを期にいろんな役ができるといいね。」
「本当です。舞台は好きだけど、TVドラマも面白いんですよ。」
「夕鈴ちゃんってほんと演技好きなんだねー」

 ♪♪♪〜〜

 和やかなムードになったところで着信音が鳴り響く。
 誰のだと視線が交わされる中で取り出したのは夕鈴だった。
「あ、マネージャーの迎えだわ。」
 気がつけば時計は二一時を回っていた。
 時間になったら迎えに来ると言われていた夕鈴は代金をテーブルに置いて立ち上がる。
 奢るという言葉を夕鈴が好きではないと知ってる彼らはそれに口を出さない。

「皆さん、お疲れ様でした。」
「じゃあ、また明日!」
「気をつけてね。」
「ああ、そこまで送る。俺も連絡を入れるところがあるから。」
 手を振る二人とは別に方淵は一緒に立ち上がった。
「さすが王子様☆」
「スマートなエスコートだねー」
 それを茶化す二人にも方淵は気にした様子も見せない。
 彼的にはそれは当たり前のことだからだ。
「カルビ追加しといてください。」
 全く気負うことなく言って、方淵は手を振る夕鈴と一緒に個室を出て行った。




「…やっぱり、こういうの必要だなぁ。」
 パタンと扉が閉まった途端に黎翔が力を抜いて椅子にもたれかかる。
 緊張の糸が切れたようにズルズルと下がっていく彼に浩大は首を傾げた。
「どーゆーことっスか?」
「………彼女、演技上手いでしょう?」
「そーですね。やっぱ狼陛下の中でも一番だと思いますよ。」

 舞台で鍛え上げた演技力は伊達じゃない。
 誰もがそれぞれのキャラにギャップを感じるこの"狼陛下"でも、彼女の演技に違和感はな
 い。

「―――素をね、忘れそうになるんだ。」

 黎翔も素人ではない。実力派と言われる程度には演技に自信もある。

 けれど、彼女の演技には敵わない。
 彼女の演技に引き込まれ、そして飲み込まれる。

「彼女と演技をしていると、恋してるんじゃないかって錯覚しそうになる。」

 時々演技を忘れてセリフを言っていることがある。
 周りからは感情がこもっていると褒められるが、あれはそういうものじゃない。

 彼女の声も表情もあまりにリアル過ぎて、境界線が曖昧になる。
 彼女は自分を好きなんじゃないかと、錯覚してしまいそうになる。

「笑い飛ばされそうですね。」
「ホントに。だから、気をつけないと。」


 そして、この時の会話は二人だけの秘密になった。




2014.2.9. UP



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ちなみに、一部の男性陣には立ち位置的イメージがありまして。

 黎翔→向井理
 方淵→堂本光一(だから王子w)
 浩大→相葉雅紀
 経倬→福山雅治(うりうり様のAを見れば分かりますよw)

 こんな感じです。キスマイとかわかんないww 



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